第29話 雨宿りの夜①
考えがまとまらない。パンツはどうにかするにしても、ハロファクグッズはどうする。咲良さんは俺がアイドルオタクだとしても軽蔑したりはしないだろうが、インターネットの荒波を漂流していると、そう言った意見も目にすることがするから油断大敵だ。
あれ?そう言えば、咲良さんって俺の部屋に来たことがあったのか。
初対面の合コンの2次会でテンションが上がりまくった俺は、飲みすぎた。それはもうガブガブと。そんな俺を彼女は送ってくれたのだが、あれから随分経ったように感じる。
俺が覚えていないだけで、祭壇も見られていたはずだ。うん、これについては、開き直るほかない。そもそも、俺のハロファク愛は人に軽蔑されたからと言って消えるものではない。例えそれが、咲良さんであっても。
雨は依然として降り続いている。茶袋はカツカレーの袋に突っ込んだ。熱々の饅頭が爆誕しそうだが、この雨だ。家に着く頃には冷え切っているだろう。
図らずとも相合傘になってしまい、気まずい空気になると思ったのは杞憂だった。1度話し始めてしまえば、会話が途切れることはない。何事もきっかけなのだ。
「清隆さんのお宅のあたりは静かなんですね」
「街の外れの方だからかな。住宅が多い分店が少ないんだけどね」
雨ゆえにだろうが、先ほどから誰ともすれ違わない。時折、車が通るが、それくらいだ。晴れていたとしても、似たようなものだが。
だからこそ、スワンマートのような弱小店舗も生き残れているのだと思う。ほとんどが通勤通学帰宅ラッシュ時の客だが、穴場的な立ち位置でやっていけているのは、そういうことなのだろう。
「大学からは、そんなに遠くないですし、夜も静かで私もこの辺りにすれば良かったと思います」
「はは、山ひとつ越えることになるから人気ないみたいでさ。あんまり同じ学部の人見ないんだよな」
「私の友達では、いないと思います。やはり正門の方が開けてますし、駅も近いですから」
「だよなぁ。家賃が安い以外は勝ってるところないもん」
我が家最大の利点、とにかく家賃が安い。駅前の同じような物件よりも1万円程はお得だと思う。山を越えるだけでこの値段だ。選ばない手はないだろう。
ここだけの話、大学近くの神社の脇に古い農道があって、この辺りに住んでいる人は商店街までの抜け道として昔から利用していたらしい。おやっさんが言っていたから間違いないだろう。このことは、最近教わったがそれ以来寝坊で遅刻することも無くなって、大助かりだ。
望もこの道を使い始めてから、遊びに来る頻度が上がった。電車で1時間揺られながら通学している彼にとって、ちょうど良い場所なのだろう。それに下手に商店街方面に繰り出してしまうと、元カノ連合軍から白い目で見られることがあるらしいからな。
「あの……濡れてませんか?あまり気を遣っていただかなくても大丈夫です。濡れて困るような服でもないですし」
「気を遣ってるなんて、そんなことないない。俺はいつでも自然体なんだ」
そうは言ったものの、実のところ俺の右半身は既にびしょびしょだ。傘の大半を咲良さんの方へ傾けている弊害なのだが、彼女を雨風から守っていることの証でもあるのだ。誇るべきことなのである。先の発言からして、俺の状態はバレているようだが、あくまでも自然体を振る舞うことが大人というものだろう。
「私がもう少し寄れば良いんですよね?」
「へ?」
拳ひとつ分空いていた距離が、彼女のその一言でなくなる。顔が近い。俺の胸の鼓動が聞こえてしまわないか心配になるくらいに。
「あ、あの、さささ、咲良さん?」
「いいから黙っててください。私だって……その……恥ずかしいんです。でも、清隆さんが濡れてしまう方がずっと嫌です」
俺とは目を合わせずに、正面を向いたまま彼女がそう言った。そうして、俺たちはまた無言になる。雨の音と水を弾く足音だけが響く。世界に隔離されたような気分だ。だが、悪くない。そして、めっちゃ良い匂いがする。呼吸変になってないよな?意識すると、普段自分がどうやって呼吸をしていたかも分からなくなってしまうから不思議だ。
アパートまでの残り少ない道のりは、あっという間に過ぎ去っていった。彼女と歩幅を合わせて歩いているだけ。ただそれだけなのに、自分が特別な存在になったかと錯覚してしまう。
あと少し。あの角を曲がれば目的地だ。いつもの帰り道であれば、1秒でも早く家に帰りたいと思うこの道も、今日は遠回りしたいくらいだ。
「ここに来るのは2回目ですね」
「いやー……その節はどうもってやつかな?ははは……」
もう着いてしまったのか。すなわち相合傘は、ここまでということだ。雨足は未だ強い。咲良さんもいくらか濡れてしまっただろう。綺麗なタオルあったかな。
少し古めのアパートの2階の角部屋が俺の城。記憶の引き出しを開けながら、階段を上る。お風呂場に置いてあるのは、くたびれたタオルだけだし、クローゼットの上段に未開封のハロファクのタオルはあるけど、流石に彼女に出すほど勇気はない。
そうだ、去年に実家から送られてきた頂き物のブランドタオルがあったはず。どこにしまったかな。置く場所がなくて、キッチンの棚に置いたような気はするけど。そこになければ諦めよう。
決意が決まったところで扉の前に着いた。鍵穴に鍵を差し込むとカチリと音がした。
「ごめん。散らかっているから、少しだけ玄関で待っててもらっても良い?」
「……急なお願いですみません。私は雨宿りだけ出来ればいいので、玄関にいさせていただければ大丈夫なんですけど……」
「いやいや、そういう訳にはいかないっしょ。待ってて、チャチャっと片付けて来るから」
咲良さんを残して、1人城へ攻め入る。目指すは本丸。俺のパンツだ。速攻で回収してクローゼットへ投げ込む。そして、タオルを咲良さんに渡せばミッションコンプリートだ。さぁ!やるぞ!




