奥様
「本当に会いたかったのよ、エマ!」
奥様に抱き締められて、私はちょっと泣きそうにもなったけれども、正直、戸惑いの方が大きい。
「あなたに会いたくなって久し振りに帰ってみたらあなたがいなくなってて私、本当に驚いて、急いで追いかけてきたのよ」
ええーと。いつの間に私は奥様のお気に入りに?
「この町にいれば会えるかもしれないと思っていたから、本当に会えて良かったわ」
流石奥様。強運の持ち主。
いくらこの町経由で港町に行くだろうと予想は出来ても、普通の人なら会うことなんて出来なかったはず。
「私、本当にショックだったのよ!?やっぱり持つなら娘の方が良かったわ、なんて思ってね、ほら、息子なんて可愛くないじゃない?そしたらね、家には娘と言っても過言ではないエマがいるじゃない!って気付いて私、お土産もたくさん買っていたのよ?なのに家に帰ったら可愛い娘はいないわバカ息子はバカやっているわで本当に最悪だったわ!」
もしかして………これは今回は私が奥様のターゲットになったパターン…?
そう思ってフィリアさんの方を見ると、頷かれてしまった。
確か1人目は料理長さん。奥様の昔の恋人、という設定で、事実ではない昔話をして料理長さんを困らせ…怒らせてたっけ。あの時の料理長さんは怖かった。普段から怖いのは怖いけど。
このままほっといたら料理長さんは辞めるかもしれないと皆が心配してたら奥様はまた賭け事の旅に行かれて何とか料理長さんは辞めなかった。
その後帰って来た奥様は今度はルマさんをターゲットにしていた。昔から仲良しの大親友設定で。この期間は長かった。1年もルマさんは奥様の大親友設定に付き合わされていた。
その時のお土産を私がお屋敷を出るときにルマさんがくれましたけれどね。奥様の少女時代を思わせるデザインはルマさんが使うには厳しかったようです。
そして次は私。娘設定らしい。
あんまり帰って来られない奥様からしたらお屋敷の使用人は帰ってくる度に人が変わっていてずっといる使用人の方が珍しいのかもしれないから私がターゲットになるのは不思議ではない………?
そもそもその設定って何ですか、ってことなんですけども。
正直、まだそれ続けてるんですか、っていう気持ちの方が強い。
「お土産も少しは持ってきてたんだけどね、まだまだたくさんあるのよ?全部は持ってこれなかったから家に置いてきたの。でも、本当に会えて嬉しいわ、エマ」
奥様の設定での言葉だとしても、正直嬉しかった。
奥様は服を何着かと飾り物もいくつか下さった。
「勝手にこんな話を進めてしまった主人のことはちゃんと怒ってきたから安心して?バカ息子達もこれから厳しい罰を与える予定だから。あなたに戻ってきて欲しい、ていうのは私のわがままだって分かっているの。だからそんなことは言わないけれど、あなたのことを娘のように思っているのは本当なのよ?だからね、エマ、落ち着く先が見付かったら必ず教えてくれる?あなたがどこにいるか知るだけでも安心出来るし、せっかく買ったお土産だって送らないといけないしね?」
奥様にそう言われて私は頷くしかなかった。
こんな風に言って頂けて、断るなんてできる訳ない。
「あら?そういえばあの男はどこ………?」
今更ながら奥様はアースがいないことが気になったらしい。
「知り合い、に会いに………」
行きましたよ。なんて簡単な文章がまだ喋ることが出来ない。
「エマをこんな所に1人で放っておくなんて、信じられない」
出歩いていたのは私が勝手にしたことなんですが。
そういえば奥様はアースのことをあんまり好きではなかった気がする。
「そうだわ、エマ。今日はここに泊まっていきなさい。こんな時間だから外に出るのも危ないし、ちょっとあの男を困らせるのもありよね」
こんな高級な部屋に泊まるだなんてとんでもない。
必死に首を横に降って拒否をしたのだけれども、私が奥様に勝てるはずなんてなく。
「私は約束があるから今から出ないといけないから、自由に使ってくれたらいいわ」
そう言って奥様は護衛の使用人と夜の町に消えて行きましたとさ。
奥様は相変わらず奥様だった。
やっぱり奥様は賭け事をしにこの町に来られたらしい。
賭け事なんて嫌いだけれど、でも、奥様の言葉は本当に嬉しかった。
でもこんな豪華な部屋では眠れる気がしない。
泊まるはずだった宿屋に戻ろうとすると、フィリアさんが扉の前で通せんぼしてきた。
どうやらフィリアさんは監視も兼ねているようです。
こんな時間に外を歩くのは危険だと言われて仕方なく従うしかなかった。
まだそんなに遅い時間ではないとは思ったけども。
アースは………もう戻って来ているのかな?
心配とか………しているかもしれない?
さっき見たこの町の有り様に、まだショックからは立ち直れてはいないのだけれども、それでも用意してもらえた食事は美味しかったし、奥様に会えて驚いたけど、嬉しかった。
あんなものを見ておいて食事が喉を通るなんて、私はなんて図太い神経をしているのだろう。
家があったはずの場所は悲惨な有り様で、家族がどうなってしまったのか分からないというのに。
最悪の場合も、あるというのに。




