工場街
父の仕事の関係もあって、引っ越してからも、そこは工場のある街だった。私服で学校に行くなんて初めてで、毎日困ったように思う。
いわゆる転校生だった小学五年の僕は、今まで聞いたこともなかった方言の渦にポイ捨てされて、混乱の真っただ中にいた。加えて、その頃は母の情緒不安定が最高潮に達していた時期でもあり、家にいるのは耐えがたい苦痛だった。薄情なようだが、僕はあの人に大した感情は持っていない。一番手のかかる時期には、もっぱら母方の祖母に世話になっていたし、彼女が老衰で亡くなって引き取られてからも、ろくに面倒を見てもらった覚えがない。何かしらいらだつことがあるたびに暴力をふるってくるなんて、煩わしいだけのものだ。
なるべく家にいる時間を減らすため、引っ越ししていくらも経たないうちに父に頼み込んで学習塾に通うことにした。昔から続けていたサッカーは、服が汚れるからとたびたび母が怒るので、転校の際にすっぱりと辞めた。浸み込んだ太陽の熱は、これからどんどん薄れていくばかりなのだろう。
神戸ときいて、勝手に洒落たにぎやかな街を想像していたのだが、新居は埋立地沿いの湾の近くで、知名度のわりに静かな市に在った。
転校先の小学校は、担任がクズで、生徒は話の通じない乱暴なやつが多い、といった印象だった。女子も男子もまったく笑えない冗談ばかり飛ばして、教室はいつも騒がしかった。あまりにもくだらなくて、自分が冷めていくばかりなので、もしこれまでの友達と会っても、相手してもらえないのではと思うほどだった。
姉にはしばらく会えないらしい。知らない間に転校が決まって、旅行だと言われ新幹線に乗り込み、何か言う前に新しい家に放り込まれた。お姉ちゃんはあとから来るから、と言われて、ばかなことにもそれを信じ込んでいた。父と久しぶりに一緒に住めることに、喜んでしまった。しばらく経ってから、あれは嘘だと聞かされた。東京に戻る金は持っていなかった。かつての家に電話をかけても、誰も出てはくれなかった。
結局その街にも、長くは住まなかったのだが、面倒な毎日の中で一人だけ、話ができるやつがいた。入塾して一週間、クラス分けのテストで上位のクラスにわり振られ、急行で三十分ほどかかるターミナル駅の近くの別の校舎に通うことになって知り合った。遼次はさらに遠いところから普通に乗ってきて、僕のマンションの最寄から急行に乗り換える。
その日もいつもの車両に駆けこんできた遼次は、眼鏡を外して汗を拭いながら手を振った。こいつの乗ってくる各駅停車は、この暑い中ろくに冷房も効かせてくれないらしい。新しく導入された型の列車は清潔で、流れる車窓は変わらないのに、俯いた気分は多少ましになる。隣の席に座った遼次は、鞄から凍らせてあるペットボトルを取り出して溶けた分の水を一気に煽った。
「お前も自習かよ」
「お前に言われたないわ」
あきれてそう言うと、ペットボトルの蓋を閉じた遼次が、鞄をまさぐりながら心外そうな声で返してきた。長い電子音とともにドアが閉まる。この駅はなぜか駆け込み乗車が多いから今みたいにすんなりいくのはめずらしい。
今日、僕たちのクラスは授業がない。けれども僕たちは家にいたくない。
電車はゆっくりと、しかし確実に動き出す。新型車両特有の、ギターの弦を弾いたような駆動音とともに見慣れた駅のホームが遠ざかる。小学生だってこんな距離は通ってしまう。大人になったらお前らみたいな小学生の時期をとても懐かしく思うんだと前の学校の担任は言っていたが、僕は大人になってもこんな生活を好意的に思い返したくはない。大人も大変そうだけど、子供も大変だ。つまり生きるのはたいへんだ。
無茶な理論で世を儚んでいると、目当てのものを見つけたのかようやく遼次は鞄から手を出した。
「食べる?」
堅いスナック菓子の味は僕の好きな期間限定のゆず塩だった。これくらいのことで顔が綻ぶのだから博紀は単純だと思う。以前、そう梨紗に言われた気がする。
車内の空気と一緒にぱりぱりと食べながら、まだ日の高い外を眺める。まだ六年でもないのに、土曜の昼くんだりから塾の自習室に籠っても、良いことなんかないことは十分わかっている。けれども仕方ない。付け加えておくと、どちらの家の母親も、子供を外に遊びに行かせたがらない。家の中の平穏を少しでも保つために僕は必死だ。そうは見せないけど、遼次も。
「この線路って、どこまで続いてるんだっけ」
小学校は歩いて行ける。スーパーにも、本屋にもパン屋にもコンビニにも文房具屋にも、自転車で行ける。電車に乗るのは好きだったのに、こっちに越してから母の病気と監視がひどくなったせいで、気ままに他の駅へ動き回ることはできなくなった。もう四か月経つけど、未だ土地勘が働かない。
「大阪。そのまま環状線回んで」
僕の世界は、東京の広い地図と、兵庫の狭い地図でできている。東京から乗ってきた新幹線の部分だけ白くなっていて、他は真っ黒。
「そっか、お前あんま出かけたことないんか」
「そりゃ、まああんなのだから」
三本目のスナック菓子を奥歯で砕いて、僕は座席を立った遼次に手を引っ張られる。ドアの上には導入されたばかりのモニターと、その隣には血管のように這う路線図。左上に見知った駅を確認して、下の方に視線をずらしていく。他の電車とすれ違うたびに、風圧でガラスがうるさく震えた。気を取られてそちらに目を向けると、クリーム色をした城崎への特急列車はあっという間に離れていく。残ったのは平坦な線路だけだった。声を上げる間もなく後ろに下がっていく枕木が、いつしか数に負けて認識できなくなってゆく。
「ここ、前俺が住んどったとこ」
遼次が指したのは大阪よりさらに下がった、青と白の境界だった。西御坊。和歌山。あまりピンとこない。みかんと梅干しと、パンダがいた? 社会は苦手だ。というより、覚えることが苦手だ。
現実味のない夢を見たことがない。いつも、今までに起こっていたようなことばかりを見る。選択肢の分岐で、あそこでああしていればどうなっていただろう。そんなややこしい夢ばかり。その残り香が漂っているから、自分の頭は信用できない。
枝分かれした毛細血管の端にある、田舎の終点。想像してみる。誰もいない駅、というのを、僕はみたことがない。壊れたスピーカーがひび割れた音でラジオを発信し続ける。周りには低い屋根の住宅街、道路と錆びた壁の店ばかり。亀裂の入ったホームのそこかしこに生える雑草。想像の中の無人駅は夏だった。今が季節なのもあるけれど、もっと、そう、容赦のない夏。永遠と一瞬を溶かして固めた飴玉のような。
遼次は頭がいい。人と接するのがうまい。僕も少し前まではまだかわいげがあると思っていたが、今となってはさっぱりだ。いろいろなことをあきらめすぎて、生きていくための潤滑油まで洗い流してしまったような気がする。お前はまだガキだろ。その通り。でも、お前が大人なら、人が抱える苦しみを、他人の目盛で測ることができないことぐらい知っていてほしい。
彼の笑顔は人を朗らかにさせる。いい気分にさせる。ぴったりとくる表現が思いつかない。僕は国語も苦手だ。
擦り減っていく感覚。けれど、世間一般で騒がれる事件にはもっとひどいものもある(たとえば、食事を与えられないとか)。昔はそんなこともあったけれど、誰かに助けを求められる年齢になってからは、さすがにもうない。
「お前、今日、どうしても勉強しなあかん?」
「そんなわけあるか」
ちょっととがった言い方になった。しょっちゅう梨紗に、「お前の真顔はこわいよ」と冗談めかして言っていたが、こちらに来て、僕の方も、「あんまり笑わないね」と言われるようになってしまった。違うか。「あんま笑わへんな」か。
まだ関西弁は覚えきれない。毎日浴びるように聞いているせいか、慣れてきたのは確かだけど、未だ特有の言葉にすぐに反応できない。いきおいのある言葉だと思う。
「ほんなら、今日は大阪行ってみよか」
「そんなお金」
「イコカに入ってるやろ」
カラカラと言うその言葉は、軽いものだ。僕らの手に持っているものも、まだまだ少ない。
「しゃーないなぁ、つきあってやるわ」
「うわっ、お前の顔から関西弁でてくんのびっくりするやんか!」
あと、お前関西弁下手やなぁ。
うん、おれもそう思う。




