幕間3ソフィアの手紙―下―
人間離れした美形、さすが軍神マーリー様の生まれ変わりだわ、とモリーは思いながら受け取った手紙を、内ポケットの中に確認して、女性用の小物店の前へ馬車を乗り付けた。
店主に尋ねるが、スズランの香油など仕入れていないと言う。
てっきりプリシア用の小物かと思ってミセスの店に来たが、オーネリーかもしれない。最近、生意気にも色気付いてきたご令嬢は、宝石や小物に興味を持ち始め、あれやこれやあちこちの店を見て回っているらしい。
それならお店の名前もついでに教えておいてもらえば良いのだが、ケント・ジェファーソンはあまり気の利かない男だ。
三軒目にしてやっと、一つだけあった在庫を譲ってもらえたので、モリーはそれを片手に、手紙は内ポケットに入れたまま、侯爵家の表門から中に入った。
「遅かったわね、モリー」
屋敷の裏口から入ったというのに、プリシアが待ち構えていたので、モリーは驚きを通り越して呆れた。
「奥様、ただいま戻りました」
「どこへ行っていたの?」
「王都へ、お使いに」
「誰の、どんなお使いに?」
意地悪な顔になってるわね、陰険婆は、とモリーは思いながら「侍従長に、小物を頼まれまして」と答えた。
「ジェファーソンに?」
「はい、奥様。私がモリーに頼んだのです。モリー、ありましたか?」
後ろから話に参加したケントは、モリーに向かって手を差し出した。
「はい」
来るの遅いし、と睨み付けながら袋を渡した。
「何を買ったの?」
「香油でございます。以前、プリシア様から頼まれていたものですが」
と、ケントは袋から小瓶を取り出してラベルを確認すると、プリシアに向かって小瓶を見せた。
「スズランで、お間違いありませんね?」
「え、ええ。よく覚えていたわね。それは前に頼んだら却下されたものだと思うけれど」
「奥様の香油がそろそろ無くなりそうだと、部屋付きの侍女から報告がございましたので。では、確かにお渡しいたしました」
ケントは頭を下げるとスタスタと歩いて行った。
「ご苦労、モリー。早く離れに戻りなさい」
「はい、奥様」
モリーは答えて、離れに逃げる。
プリシアが使うには若い香りだと思うが、それが趣味なら仕方あるまい。
昨夜の揉め事から復活したプリシアが、次の揉め事を起こす前に、ソフィアには是非屋敷を出てもらいたい。
王宮のほうがこの屋敷よりも、ソフィアにとって居心地の良いものになるのは、想像に難くない。
「ただいま戻りました、ソフィアお嬢様」
モリーがソフィアの部屋を訪れると、ソフィアは椅子に座って窓の外を見ていた。
屋敷の裏門がよく見える窓は、ソフィアはあまり好まなかったはずだが、とモリーは首を傾げた。
「お嬢様?」
「ああ、おかえりなさい、モリー。手紙は無事に届けてくれた?」
「はい。確かに。お返事もいただいて参りましたよ」
と、モリーは内ポケットから、王子直筆の手紙を取り出した。
「まあ、ありがとう」
頬を染めて手紙を受け取るソフィアは確かに恋する乙女だ。見ているこちらまで赤くなってしまう。
「あと、ジーナさんが、よろしく、と」
「ジーナが? 元気そうだった?」
「はい。王子殿下も、淋しがっていたと伝えてくれ、と」
「殿下に会えたの? そう、良かったわ」
実は王族に会うなどなかなかないことなのに、このお嬢様はそのあたり、明日の雨と同じぐらいの程度に感じているようで、モリーは、ソフィアの常識が少し心配だ。
手紙を開封して読み出したソフィアの隣に立ち、モリーは窓から外を見てみる。
王宮とは違い、門の側に衛兵などはいない。
「モリー、お茶を入れてくれる?」
「はい、お嬢様」
珍しく頼まれて、モリーはソフィアの部屋を出た。
ソフィアはあまり『お茶が欲しい』や『お菓子を食べたい』と言わない。
これは経済的な理由からではなく、単純にソフィアが頼むのを忘れているせいだ。
屋敷の厨房にはデザート専門の職人がいるのだからお菓子を頼めば良いのに、ソフィアはあまり頼まない。
元々、食が細いせいで、食事も残すことがあるというのに、お菓子なんて、という考えが働いているようだ。
そのあたり、あまりお嬢様らしくない。
「お返事を出されますか?」
「ええ、明日、頼めそうならお願いするわ」
プリシアの隙を突かなくてはならないので、機会があるかどうか分からない。
「早く王宮に戻れるといいですね」
気付くと、そんなことを口にしていた。
「モリー、そんな淋しいこと言わないで。私、この離れが好きよ」
「知ってますけど」
「あと2日だけ、こっちにいるから。それまでに色々片付けておきたいの」
「かしこまりました」
具体的に何を、と言われなかったので、モリーは返事だけして、ソフィアの部屋を辞した。
午前中に出来なかった掃除をしておこうと思ったが、どうやらソフィアとべティが済ませていたようなので、モリーは自分の部屋に帰ってお菓子の袋を開けた。




