ソフィアとオーネリー7
ベティの持ってきた果実水で喉と気持ちを潤したオーネリーはソフィアに鏡を要求した。
手鏡はなかったので寝室の鏡台の前に案内すると、オーネリーは自分の顔を見て悲鳴を上げ、ソフィアの胸をボカボカ叩いた。今度は少し痛かったが、ソフィアは顔をしかめるだけで我慢する。
その顔のまま屋敷に入るとプリシアから何を言われるか分からないから、とソフィアはとりあえず、オーネリーの化粧を一度全部落とした。
そういえば、化粧を落としたオーネリーなど、子供の頃以来だ。
「今、そばかす多いなって思ったでしょ‼」
オーネリーがムッとした顔でソフィアを見る。
「そばかす?」
思わず見返して、オーネリーの小鼻の辺りに、そばかすが散っているのを見つけた。
「あら、本当ね」
「ちょっと!」
「可愛いと思うけど、ダメなの?」
「お姉様みたいに染み一つない人から言われたくないわ!」
オーネリーは引き出しから白粉をひったくってはたこうとした。
「ダメよ、オーネリー。きちんと下地を作らないとそばかすが浮いてしまうわ。隠したいんでしょう?」
「それは、そうだけど」
そこへモリーがやって来た。
「お化粧でしたらお手伝いいたしましょうか?」
「助かるわ、モリー。お茶会用のお化粧にしてくれる?」
「かしこまりました」
ソフィアの鏡台の引き出しから化粧道具を取り出したモリーを見て、オーネリーは唇を尖らせた。
「ねえ、もっと明るい紅はないの? 地味な色ばかりじゃないの」
「ソフィアお嬢様に合わせて用意したものでございますので」
オーネリーには不服らしい。
「ソフィアお嬢様はお顔立ちが地味でいらっしゃるので、お色だけ派手にすると絵画のようになりますから、出来るだけ地味な物を選んでおります」
モリーには絶対に悪意があると思う。
それはオーネリーも思ったようで「貴女ねえ」と呆れた声を出す。
「仮にも主人でしょう? もっと言い様はないの?」
「事実でございますので。あと、私はワイズリー侯爵家に雇われて、この離れを管理していると自認しております。ソフィアお嬢様専用の侍女ではございません」
「それにしたって。ねえ、お姉様、それで良いの?」
「そうね、少しは考えることもあるけど」
「何を考えるって言うんです」
「え、人を増やすとか」
「間に合ってますから結構です」
今絶対に自分を働き手として頭数に入れたな、とソフィアは思う。
オーネリーの手前言わないが。
それにしても酷い話だ。
「まあ、きちんと出来てるなら良いけど」
オーネリーが不承不承言うと、モリーは、当然です、と頷く。
オーネリーは化粧を落とすと年相応の快活で可愛らしい顔をしている。
プリシアの影響なのか、紅を派手な色にしたがるので、全体的に化粧が濃く見える。
ソフィアの紅を使ったせいで、本来のオーネリーに近い雰囲気になっているが、そばかすはきちんと隠れているのでオーネリーは満足したようだ。
「オーネリーは本当に可愛らしいわね」
思わず感想を言うと、オーネリーが鼻の頭に皺を作る。
「お姉様が言うと皮肉にしかならないわよっ」
「オーネリーお嬢様、顔が醜くなっておりますよ」
モリーの舌鋒がオーネリーを貫く。オーネリーにまで容赦ないとは、モリーも命知らずだ、とソフィアは思った。
「オーネリー、楽しいことを思い浮かべて。楽しそうに笑ってる貴女のほうが可愛いわ」
オーネリーが一瞬、笑顔になったが、頬をぱっと赤くして、またムッとした顔になる。これはもう、ソフィアが前にいることへの条件反射みたいなものだろう。
実際、オーネリーは可愛いのだ。いつも必死にソフィアに意地悪をしているから怖い顔になっているので、ウォーレンと踊っている時の楽しそうな顔でずっと過ごしていれば良いのに、と思う。
「オーネリー、外では笑顔でね」
「分かってるわよっ」
オーネリーは噛みつくように言って、少し声を潜めた。
「お姉様、王宮から戻られたのは、お母様が病気だからって話、本当?」
「ええ。でも、それを知らせてくれた手紙が偽物だったの。私が王宮から出した手紙もこちらへ届いていないようだし。どうしたら良いか分からなくて、ケントに頼んであるの」
情けないことだけど、と心の中でだけ呟く。
「ケントさんですか? あの澄まし眼鏡にそんなことを頼んだんですか、お嬢様」
モリーの付けたあだ名がいい得て妙で、これは自分も影では何と呼ばれているか分かったものではない、とソフィアに危機感が芽生える。
「そんなの、お母様のせいに決まってるじゃない」
オーネリーが鼻を鳴らす。
「オーネリー、滅多なことを言うもんじゃないわ」
ソフィアの言葉にオーネリーは珍しいものでも見るような顔でこちらを見た。
「確かにお姉様の言う通りね。動くのは、証拠を掴んでからにするわ」
どうやら何かを阻止したようで、良いことだ。
オーネリーは立ち上がる。
「モリー、お化粧ありがとう。それからお姉様、は、話せて良かった。それじゃ」
そそくさとそれだけ言うと、足早に離れを出て行く。
後ろ姿を見送ってソフィアとモリーは顔を見合わせた。




