風と共に、7
その日の昼過ぎに、王宮の馬車と侯爵家の馬車が連なってやって来た。王宮からは5台、侯爵家からは2台の大所帯だ。
馬車は1度、村の広場に停車した。ウォーレンや祖父、ローズとソフィアが出迎える。
王宮からの馬車のうち2台と、侯爵家の馬車1台は村を通過してオスカ領主へ礼の品を届けに向かった。
王宮からの馬車で残った3台からは、もちろん、クリスとジーナが降りてきた。ジョシュアの姿もある。そして漏れなく全員怒っていた。
侯爵家の馬車にはモリーと、ジェファーソンがいた。モリーはともかく、ジェファーソンは年齢的にも道中はきつかったと思う。
「ジェファーソン! こんな遠くまで大丈夫だった? 体は」
「ソフィアお嬢様、私よりもお嬢様です。この場の誰もきっと言えないでしょうから、私が来たのですよ」
「え?」
「無謀過ぎます! 何かあってからでは遅いのですよ! 私があと10歳若ければ、ケントにこんなことは許さなかった!」
ジェファーソンから怒鳴られたのは生まれて初めてだ。侯爵家で育てられて19年、ジェファーソンは1度だってソフィアを怒ったことはなかったのに。
びっくりして涙が溢れた。
「ベティさんがまた寝込んでしまったんですよ。あと、旦那様も寝込んでます」
モリーが止めを刺しに来た。
「オーネリーは?」
「お元気に走り回って事態の収拾に尽力されてます」
オーネリーがいてくれて良かった。
振り返ると、ウォーレンが広場の地面に正座させられ、クリスとジーナから責められている。王族の威厳がどこにもない。
前から少し思っていたが、王宮の使用人は立場が強い。王族の使用人ではなく、国に仕えていると考えているのか、国の不利益と見るや、王族相手に怯むことなく意見している。ウォーレン相手にだけかもしれないが。
ソフィアに、もし自分が間違ったことをした時には叱ってほしい、自分にはなかなか意見してくれる人間がいないから、と言ったのはウォーレンだったはずだが。クリスとジーナがいれば大丈夫だと思う。
「ソフィアお嬢様!」
王宮の馬車からはもう一人、ソフィアの見知った顔が降りてきた。
「カレン、あなたまで」
「当たり前じゃありませんか! こんなに皆を心配させて! 火矢を掛けられた馬車が見つかった時には、皆倒れるかと思いましたよ! 本当にもう!」
ソフィアの体に怪我がないか一通り確認して、カレンはやっと息をついた。
馬を休めるために、飼い葉を頼んだり、今夜の宿を確保したり、皆が忙しく立ち回る。
邪魔になると言うので、ソフィアはウォーレンと共に空き家になっていた家に隔離された。祖父とクリス、ジーナにジョシュアもいる。
「では、殿下が王宮を出られた後、国王陛下がお決めになったことをお伝えいたします」
いちいち刺のある言葉を選んでくるのはクリスだ。相当大変な目にあったようだ。3年分くらい老けた。
「まず、ヘイリー公爵家はお取り潰し。旧公爵領は王家直轄領となりました。ミランダ・ヘイリーは絞首刑が決まりましたが、元ヘイリー公爵の嘆願により減刑され、南方の神殿で下働きとなりました」
国の南方は交通が不便で、国の中でも発展が遅れている場所の一つだ。特に夏場に病が流行るのが厄介で、原因も分からず、薬もない。
ミランダが送られることで、少しでも発展の足掛かりになれば良いが。
「ミランダの罪状は、父親の毒殺未遂、手紙の窃盗及び隠蔽、ソフィア様傷害事件教唆、ウォーレン殿下殺傷未遂事件教唆、ソフィア様殺傷未遂事件教唆です」
「傷害事件教唆?」
訊ねると、ジーナが答えてくれた。
「アナベル・ウィンスター嬢が侍女の格好をしてソフィア様へ近付いた件がございましたでしょう? あの事件でウィンスター男爵は爵位を返上なさいましたが。アナベル・ウィンスターが、ミランダ・ヘイリーに唆されたと証言しました」
では、アナベル嬢はウォーレンへの思いを利用されたのか。彼女はただ、恋をしただけなのに。
「貴族なら、利用されるような恋愛はしちゃいけないんだよ、ソフィア。だから私は家を出たんだ」
開け放たれていた家の扉から、山のような布を抱えたローズが入ってきた。ジョシュアが手伝いに入る。寝具らしい。
「まあ、そういうことだね。俺は庶子で本当に良かったよ」
「庶子でも、王子様に仕えているだけで狙われたりするだろうに」
「だから馬鹿には勤まらない。な? クリス」
「そうです」
クリスの目がキラリと光る。怖い。
「これは未確認ですが、プリシア・ゲイルの借金に不当な利息をつけるように指示していたとも。金貸しは既に姿を消していたので詳細は闇の中です」
都から人が一人居なくなっても、それが貴族でないなら大きな問題にもならない。そういう話だ。
「ゲイル子爵家も爵位返上、領地没収。プリシア・ゲイルの罪は特に重いと、こちらは絞首刑が決まり、来週執行されます。
これはウォーレン殿下とソフィア様を殺害しようとしたことの罪が重く、ワイズリー侯爵、ゲイル元子爵の嘆願は通りませんでした」
ソフィアへの嫌がらせのために、ウォーレンへ嘘をついたことも、きっと罪に数えられているだろう。
「また、プリシア・ゲイルが罪を犯したのはワイズリー侯爵夫人であった時期でもあるので、ワイズリー家の領地も一部没収となりました」
オーネリーが苦労することになる。申し訳ない。
「そして元ゲイル子爵領地はワイズリー家へ、プリシア・ゲイルがワイズリー侯爵に掛けた迷惑への慰謝料として譲渡されました。また、命掛けでミランダ・ヘイリーとプリシア・ゲイルの罪を暴いた娘を育て上げた功績を称え、ワイズリー侯爵に公爵位の授叙が決まりました」
これは判断が難しい。公爵位と侯爵位では、税の額が違う。
没収されたワイズリー侯爵領地がどの部分か、子爵領地がどれだけの税を賄える土地なのか。場合によっては褒美ではなく、罰であるかもしれない。
「筆頭公爵はコストナー公爵家に決まりました」
コストナー公爵夫人のお茶会には何度か呼ばれた。快活で朗らかな人柄で、友人の多い方だったと記憶している。
「そして、ウォーレン殿下とソフィア姫殿下のご結婚の儀と、お披露目は来年の冬です」
「冬?! まだ1年以上先なのか?! いくらなんでも遅すぎる!」
ウォーレンが叫んだ。
「これについては国王陛下から直々にお言葉を賜りました」
澄ました顔でクリスが言った。ウォーレンが唾を飲み込む。
「周りに迷惑を掛けたことを深く反省し、慎ましく生きよ、二人とも」
ああ、やはり、とソフィアは額を押さえる。
今しかないと動いたが、本来ならこんなことをしてはいけなかったのだ。
王族とは、貴族とは、その存在だけで国を左右する。そんなものが軽々しく動いてはいけない。国王の言葉は正しい。
「だが、悪手ではなかった。王太孫の誕生日によっては、夏の終わりにしてやっても良い、とのことです」
思わずウォーレンの顔を見た。ウォーレンもソフィアを見る。
王太子と王太子妃の御子は夏に生まれるということだ。
義弟の結婚式に出ないというのは外聞が悪い。マトリョーナが不遇を囲っていると噂されれば、事実がどうあれ外交問題にも発展しかねない。マトリョーナの健康状態を見ながら執り行うということだ。
そういう理由であるなら納得がいく。いや、むしろ歓迎する。マトリョーナがウォーレンの結婚を祝いたいと言ってくれているのだ。
「マトリョーナ様のお体は?」
「問題なく。公務も量を減らされておられますがお勤めになられておられます。早くソフィア様にお会いしたいと仰られました」
ジーナが教えてくれた。
マトリョーナの体調は気掛かりだったので、早く知れて良かった。
「それは、妃殿下のことを考えれば、そうだが、拷問のようだ」
ウォーレンが呻いた。
「何言ってんですか。こんな顔では結婚出来ないとか泣き喚いていたのは殿下でしょうが。結婚出来ることをまず喜んだらどうなんです」
「泣き喚いてなどいない!」
「いいえ! 泣いてました! 喚いていました! ジーナ?」
「はい。しかと見ました。あんなみっともない王子など、国の恥だと、鮮明に覚えております」
「へえええ。ねえ、その話、詳しく教えてもらっていいかな、クリス」
ジョシュアがにこやかに言い、ウォーレンはジョシュアに詰め寄ろうとしてローズに首根っこを掴まれ、祖父がにこにこと「大変興味深いお話ですな」とクリスに続きを促す。
どうやらウォーレンの周りに味方はいなかったらしい。
こんな王族見たことないわ、とソフィアはため息をついた。