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パンドラの箱

 兄として、人として、威厳を失う事がこれ程心にダメージを与えようとは思わなかった。

 俺とユキコは、仲の良い兄妹で有ったと過去形で語らなければならない日が来るとは……

 しかし、あの場を切り抜けるには、ああする他が無かった。

 他の方法で、あの変態兄貴を退ける事など、魔力0の俺には不可能だ。

 今は、今夜開かれるであろう家族会議の事は忘れて、命が有る事を喜ぼう。

 だけど、少しだけ……ほんの少しだけ休んでも良いかな。

 俺はもう疲れたよ……パトラッシュ……


「き、桐嶋さんっ!?」


 おや、天使がお迎えに来てくれたようだ。

 中々神様と言うのも粋な計らいをしてくれるものだ。


「わ、私天使じゃないですよ!?観月ですよ!見えてますか!大丈夫ですか!?」

「……色んな意味で再起不能に近い……」

「な、何があったんですか?」


 君のお兄さんと妹萌えについて熱く語っていたら、ウチの妹が帰って来て本気で殺されそうになりました。

 何て事は言えないな……もしも、言えば観月さんはロウガに辛辣な言葉をぶつけるだろう。

 そうなれば、俺が妹の信頼を失ってまで得た、変態兄貴との信頼を失ってしまう。

 全然欲しい関係性じゃないのだが、少なくともこの繋がりを持っていれば

 観月さんに近づいてもよっぽどの事が無い限り、ロウガから敵対対象とされる事はないだろう。

 当面の脅威を排除出来たと言う意味では、俺の選択は必ずしも間違っては無い筈だ。

 せめて……せめて、そう信じさせてくれ。


「うん、まぁ……家庭の問題だよ」

「そ、そうなんですか?それじゃあ……今日はお邪魔するのは難しそうですね……」


 残念そうな顔をする観月さん。そんなに俺の家に来るのを楽しみにしてくれていたのか。

 何だか段々テンションが上がって来た。もうあの変態兄貴の事は忘れよう。


「そ、そんなに楽しみにしてくれてたんだ……!」

「はい!早くこの世界のネットに繋いでみたいです!」

「あ、そう……」


 うん、まぁ……そっちだって思ってたけどね。

 元々それが目的で来る事になったわけなんだし……

 下がって無いっすよ。全然テンション駄々下がって無いっすよ。


「あ……でも、本当に無理そうなら出直しますから」

「いや……多分、大丈夫だよ。あとちょっと時間置けば……」

「そうなんですか?何かおウチに大穴とか開いてますけど……」

「あれは……まぁ、気にしないでくれ」


 恐らくユキコは、忘れ物を回収した後に学校に向かうだろう。

 そうなれば、また家には誰も居ない。しかし、完全にユキコには

 『自分の留守中に自分の部屋でハッスルする変態兄貴』って思われたよな……

 うぐぐぐ……忘れようとしても、痛い思い出として一生付いて回りそうだ。

 本当に早く世界を元に戻して、全てを無かった事にしてしまいたい。

 

「取り合えず中に入ろう」

「はい!」


 今は、終わってしまった事を悔やんでいる場合では無い。

 色々な物を失いながらも、得たこの時間を有意義に使うのが俺に課せられた使命だ。

 そう言い聞かせながら、俺は観月さんを玄関まで案内した。


「おじゃまします」

「多分、もう誰も居ないから気にしなくて良いよ」

「そういう訳にもいかないですよ」


 律儀に挨拶し、靴を綺麗に並べて観月さんは、俺の家に足を踏み入れた。

 挨拶も無しに、靴を履いたままいきなり俺の布団の上にワープしてきたレヴィアとはエライ違いだ。


「あ、これ、もし良かったら……今日のお礼ってわけじゃないですけど」

「え?」


 観月さんは、持っていた小さい包みを手渡してきた。

 とても可愛い感じにラッピングされたそれからは甘い匂いがする。

 まさか……これは……


「これって……もしかして……お菓子?」

「はい、クッキーです」

「て、てて……手作り……?ま、まさか……!あ、有り得ない……」

「そ、そんなに驚愕しなくても……私だって何時もああ言う事ばっかしてるわけじゃないんです!こういう趣味もあるんですよ!」


 生きていて良かった……!

 まさか、この俺が……女の子から手作りのお菓子を貰える日が来るなんて……

 下がっていたテンションが再びスーパーハイテンションへと舞い戻る。

 今の俺ならば、魔王の一人や二人くらい軽く捻る事出来る気がする。


「うん……神棚に飾っておくよ」

「ええっ!?た、食べて下さいよ!」

「だ、大丈夫かな?いきなり食べて……ほら、俺初めてだし……」

「な、何の話してるんですか!?」


 本当に三日くらい拝んでから食べる事にしよう。

 今の俺ならばバレンタイン等と言う軟弱者共の祭典も笑って許す事が出来そうだ。

 さぁ、パソコンだ!天使の観月さんのためにパソコンを立ち上げなければっ!!


「ゴホン……とにかく一刻も早くネットに繋ごう!今日は忙しくなるぞ!」

「は、はぁ……」


 テンションの上がった俺はキビキビとリビングよりノートパソコンを拝借する。

 別にリビングでネットに繋いでも良いのだが、さっきみたいにいきなり家族が帰ってくると

 俺が女の子を家に呼んだと言う事実で、またもや面倒になりそうなので自分の部屋でやるのが一番だろう。

 幸いにも、グレイト魔導器の店員さんによればネット自体が魔術師の魔力にて行うようなので、回線は不要。

 ならば、この時代の無線LANが無い我が家でも、ネットを行う場所は選ばないはずだ。


「お待たせ。取り敢えず俺の部屋に行こう」

「わかりました!」


 俺の部屋に行こう……

 まさか、俺が女の子に向かってこんな台詞を言う日が来るなんてね。

 部屋の片づけも必死にした。危険なアイテムは全て倉庫の中だ。

 兄としての信頼を捨て去り、変態に迎合したのも全てこの時のため。


 俺は観月さんを招き入れるために自分の部屋の襖を、大きく開いた。

 この瞬間を待っていた……!


「くんかくんか……ユキトの匂いがするよぉー」


 ピシャッ!!

 

 こんな瞬間は待っていない。

 どうやら、俺は疲れているようだ。


「あの……桐嶋さん?誰かいらっしゃたような?」

「気のせいじゃないかな。誰も居ないよ。誰も居るはずが無い」

「そ、そうですか?すいません……」


 そうだ。またも俺は観月さんを部屋に招待するって言うシチュエーションのせいで

 少しばかり、脳がヒートアップしているのだ。だからこそ、有り得ない物が見えるんだ。

 ついさっきもこんな事が有ったような気がするが、気のせいだ。絶対に気のせいだ。


 俺は意を決して、再び自分の部屋の襖を開く。


「はぁはぁ……もう……最愛の妹だなんて……はぁはぁ……」

 

 俺は思いっきり自分の頬を抓っていた。血が出るほど。肉が裂けるほど。

 ただ、残念ながら、俺は夢の国には居ないらしい。


「…………何してるの」

「あ、ユキト。さっきはゴメンね。私、びっくりしちゃって……ついあんな事……」

「うん、それは良いよ。うん、あれは俺が悪かった。本当にごめん。で……何してるの」

「私、嬉しいんだ。ユキトが……お兄ちゃんが私と同じ気持ちだったなんて……!」


 …………下着姿の妹が、息を荒くして俺の布団の上にいる。

 さっきの自分の行動の異常さを見せ付けられているようだ。


「き、桐嶋さん……」


 見てはいけない物を見てしまったと言う顔の観月さん。

 彼女の頬は真っ赤に染まっている。俺の顔は多分、真っ青だと思う。

 こ、こんな事は有り得ない……俺達は双子なんだぞ……

 二卵性とは言え、生まれた時から一緒の兄妹だ。

 ゆ、ユキコがこんな……そう言えば、元の世界でも明るいユキコはもてていたはずだ。

 しかし、あいつが男を作ったという話は二十六年間一度も聞いた事が無かった。

 まさか……そんなまさか……あ、あの変態兄貴を撃退するためだけに俺は開いてはいけないパンドラの箱を開いてしまったんじゃないだろうか。


「ねぇ……お兄ちゃん……私は……………………どうしてあなたがいるの?」


 甘い声を発していたユキコの声が、急に地獄の底から響くような冷たい声に変わる。

 ユキコの視線は、観月さんに向かっている。


「え……?あ、あの……」

「いや、こ、交流魔術戦の打ち合わせだよ!」

「…………二人っきりで?」

「あ……はい……今日は、二人ですね」

 

 俺の妹と後輩が修羅場になった場合はどうすれば良いんでしょうか?

 ハーレム主人公の会とかの連絡先を教えて欲しい。誰か俺に知恵を貸してくれ。

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