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大賢者と16人の落ちこぼれ弟子  作者: 伝説の男前


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第2話 「剣士がやって来た」


春の雨は、フェアウッド村に静かに降り続いていた。


村の南側の小高い丘に、一軒の建物が立っていた。かつての代官所を改築した、その建物は、村の古い記憶を背負っていた。


大賢者が塾を開設してから、三週間が経ちました。


その間、村人たちは何度もこの建物の前を通った。新しく張られた「賢者塾」の張り紙を見て、訝しんだ。誰が来るのか。何をするのか。そして何より、このような山里の塾に、本当に誰かが来るのか。


大賢者は、毎日、塾の前に立った。


朝。昼。夕方。夜。


いつ来てもいいように。


いつ誰が来てもいいように。


彼は、塾の中で、教材を作り、カリキュラムを組み、部屋を整えた。


来るはずのない弟子たちのために。


来るかもしれない若者たちのために。


春の雨は、絶えることなく降り続いていた。



レオン・グランツは、村の北側の小さな家に住んでいた。


十八歳の彼は、父親を失い、母親と二人で暮らしていた。父親は、かつて領主の護衛兵だった。剣術の達人として知られていた。


しかし、十年前、領主が暗殺されたその夜に、レオンの父親も殺された。


その後、レオンの母親は、レオンに剣術を教えた。


「お前には、お父さんの力が、必ず受け継がれている」


母親はそう言った。


レオンは、必死に剣術を学んだ。


毎日、毎日。


朝から晩まで、木刀を握り続けた。


しかし、何かが違った。


父親は、剣を持つと、まるで風のように動いたという。村人の話では、父親の剣さばきは、敵さえも幻を見たほどだと言った。


しかし、レオンは違った。


剣を握ると、バランスを失った。


数度の素振りで、彼は地面に倒れた。


母親は、何も言わなかった。ただ、黙って見守った。


やがて、母親は病で倒れた。


重い病だった。


村の医者は、「直らない」と言った。


レオンは、剣を握るのをやめた。


母親の世話をした。夜通し、彼女の側にいた。


そして、一か月前、母親は亡くなった。


レオンは、その時、初めて自分の人生を考えた。


父親のように、強くはなれない。


母親も、もういない。


自分には、何があるのか。


自分には、才能があるのか。


答えは、なかった。



レオンが、フェアウッド村で「賢者塾」の張り紙を見たのは、母親の葬儀の後、五日目のことだった。


彼は、村の広場で、その張り紙の前に立った。


「才能がない」と評価された若者たちへ。


その言葉が、彼の目に入った。


才能がない。


その言葉は、レオンそのものだった。


本当に、才能がない者たちを集めるのか。


本当に、そのような者たちを育てるつもりなのか。


それは、可能なのか。


レオンは、張り紙を読み返した。


何度も、何度も。


そして、三日考えた。


四日考えた。


五日考えた。


そして、決めた。


行ってみよう。


最悪、何も得られなくてもいい。


だが、もしかしたら。


もしかしたら、自分の中に、見つけられない何かがあるかもしれない。


その可能性だけが、彼を前に進ませた。



朝方の雨の中、レオンは塾の前に立った。


建物は、静かだった。


外見上は、古い代官所のままだ。ただし、壊れた屋根は直され、腐った木材は交換されていた。玄関のドアも、新しくなっていた。


レオンは、ドアをノックした。


「どなたですか」


内側から、静かな声が聞こえた。


「あ、あの…」


レオンは、言葉が出なかった。


「張り紙を見た…のです」


「わかりました。中へ」


ドアが開いた。


立っていたのは、灰色のローブの男だった。


レオンは、その男を知らなかったが、何か異常な雰囲気を感じた。


それは、圧倒的な力の雰囲気ではなく、むしろ深い静けさの雰囲気だった。


「おいでください」


男は言った。


「名前を聞かせていただけますか」


「レオン…レオン・グランツです」


「レオンですね。私は、賢者です。この塾の主です」


男は、レオンを塾の中へ導いた。



塾の中は、意外と広かった。


かつての代官所の造りがそのまま生かされていた。天井は高く、柱は太く、床は磨かれていた。


男は、レオンを一つの部屋に導いた。


室内には、簡単な机とイスがあった。壁には、本が棚に並べられていた。床には、修行用の練習具が置かれていた。


「座りなさい」


男は、レオンに言った。


レオンは、イスに座った。


男は、その向かい側のイスに座った。


「まず、簡単なことをお聞きします」


男は、静かに言った。


「なぜ、ここに来たのですか」


レオンは、答えた。


「張り紙に…『才能がない』と評価された若者たちへ、と書いてありました。自分は…自分には、才能がないと思っていて…」


「なるほど」


男は、うなずいた。


「では、何があなたに才能がないと思わせるのか、教えていただけますか」


レオンは、深呼吸をした。


そして、話した。


父親のこと。母親のこと。剣術が下手なこと。何をやっても失敗すること。


「つまり、あなたは『剣術が下手だ』と思っているのですね」


「はい」


「では、剣術を見せていただけますか」


男は、塾の奥の部屋へレオンを導いた。



部屋は、かなり広かった。


かつての代官所の舞踏室だったのだろう。床は木製で、ピカピカに磨かれていた。天井は高く、壁には何もなかった。


「では、剣術を」


男は、一本の木刀を、レオンに渡した。


レオンは、木刀を握った。


左足を前に出し、右足を後ろに。


父親から教わった、基本の構え。


木刀を腰の高さに持つ。


そして、素振りを始めた。


一振り。二振り。三振り。


四振り目で、レオンは転んだ。


バランスを失い、彼は床に倒れた。


木刀は、彼の手から転がり落ちた。


レオンは、立ち上がろうとした。


しかし、その前に、男の声が聞こえた。


「素晴らしい」


レオンは、顔を上げた。


男は、そこに立っていた。何か、笑っているようにも見えた。


「え…?」


レオンは、戸惑った。


「どこが…素晴らしいんですか…?」


「その転び方です」


男は、答えた。


「見てください」


男は、レオンに木刀を渡した。


「もう一度、素振りをしてください。ただし、今度は私に向かって」


レオンは、言われた通りにした。


四振り目で、レオンは転んだ。


しかし、その瞬間。


転倒の方向が、まるで計算されたかのように、完璧だった。


もし、敵がいたとしたら。


その転倒は、敵の攻撃を完全に躱す動きになっていた。


「わかりますか」


男は、言った。


「あなたは、転んでいるのではなく、特殊な回避をしているのです」


「え…?」


「あなたの身体は、無意識のうちに、バランスを失うことで、予測不能な動きを作り出しています。これは、多くの剣士が、生涯かけても習得できない技術です」


レオンは、理解できなかった。


「つまり…?」


「つまり、あなたには、才能がある。それが見える形でないだけです」


男は、レオンの目を見つめた。


「あなたの欠点は、実は才能です」



レオンは、その言葉の意味を、完全には理解できなかった。


しかし、何か。


その言葉の中に、光があったことは、確かだった。


「自分の才能を、本当に見つけたいですか」


男は、聞いた。


「はい」


レオンは、答えた。


「では、ここに来てください」


男は、レオンを改めて塾へ招いた。


「部屋を用意しています。ここに住み、毎日、剣術を学びなさい。そして、あなたの『転び方』の本当の意味を、一緒に探しましょう」


「本当に…ですか」


「はい。だから言ったでしょう。『才能がない』と評価された若者たちへ、と」


男は、微かに笑った。


「あなたは、才能がある。ただ、その才能が何なのかを、自分で気づいていないだけです」


レオンは、その時、初めて感じた。


この男は、本当に自分を見ている。


自分の中に、何かを見ている。


「ありがとう…ございます」


レオンは、涙ぐんだ。


「名前を聞いてもいいですか」


「私は、賢者です。これからあなたが見つけるであろう才能を、一緒に育てるために、私はここにいます」


男は、答えた。


「さあ。部屋を見せましょう」



その夜、レオンは、この塾で最初の夜を過ごした。


塾の二階に、彼のための部屋が用意されていた。


布団。机。ろうそく。


シンプルだったが、温かみがあった。


レオンは、窓から、フェアウッド村の夜景を眺めた。


村の灯火が、春の夜に揺らいでいた。


そして、月が、高く、上っていた。


「父さん…」


レオンは、呟いた。


「俺、やってみるよ」


「もしかしたら…俺には、道があるのかもしれない」


その時、一階から、男の声が聞こえた。


「レオンよ」


レオンは、耳を澄ました。


「明日からの訓練は、きつくなるだろう。だが、あなたの才能を見つけるためには、それは必要です。あなたの『転ぶ』ことの本当の意味を理解するために」


「わかりました…」


レオンは、窓から身を乗り出した。


一階の暗闇の中に、賢者の姿が見えた。


彼は、夜の空を見つめていた。


「多くの者たちが、自分の欠点に気づき、そこで諦めてしまいます。しかし、あなたは、ここに来た。その勇気が、すべてです」


「ありがとう…ございます」


「いいえ。これからが、本当の始まりです」


賢者は、静かに言った。


「明日、別の者たちも、来るでしょう。あなたが来たのと同じように、張り紙に導かれて。その時、あなたは、その者たちの最初の『同志』になるのです」


レオンは、その言葉の意味を、まだ完全には理解できなかった。


しかし、何か。


大切なことが、始まるような気がした。



その翌日。


朝の雨が止んだ頃、塾の前に別の人物が現れた。


一人の少女だった。


十六歳ほどだと思われた。


灰色のドレス。不安げな表情。


彼女は、張り紙を見つめていた。


「学費が、いるのだろう」


彼女は、呟いた。


「実家は…貧しい」


彼女の名は、ミア・ルーンといった。


彼女は、この村に住む魔術師の家の娘だった。


しかし、彼女には、致命的な欠点があった。


魔力が、ほとんどなかったのだ。


父親は、何度も訓練した。


「もっと、魔力を引き出せ」


しかし、ミアは、ほんのわずかな魔力しか引き出せなかった。


それでも、父親は諦めなかった。


「いつかは、お前も魔力が目覚める。待つんだ」


しかし、十年待った。


ミアは、今、十六歳だ。


魔力は、目覚めなかった。


父親は、最後に言った。


「お前には、才能がない。申し訳ない」


その言葉が、ミアを塾へ導いた。


ドアをノックした時、ミアは呟いた。


「…駄目でもいい。何か、やってみたい」


ドアが開いた。


「いらっしゃい」


賢者の声が聞こえた。


その瞬間から、ミアの人生も、変わっていったのだ。



三日後、別の人物が現れた。


ガルド・バルガス。


二十歳。がっちりとした体格。


しかし、彼には、大きな欠点があった。


すぐに疲れてしまうのだ。


体力がない。


それなのに、彼は武闘家志望だった。


父親が、かつて、領主の護衛だったからだ。


その父親の期待を、ガルドは果たせずにいた。


一撃のパンチは強いが、その後、息切れする。


何度も試した。訓練した。


しかし、変わらなかった。


「お前には、武闘家の才能がない」


村の武術家に、そう言われた。


ガルドは、塾に来た。


最後の望みをかけて。


その夜、賢者は、ガルドに言った。


「あなたは、何度もの訓練で、学んだはずです。あなたは、『一撃で倒す』力を持っているということを。それが、本当の才能です」


ガルドは、涙した。


そして、翌日。


別の人物が現れた。


十一


春の一か月の中で、次々と若者たちが塾を訪ねるようになった。


最初のレオンから始まって。


二番目のミア。


三番目のガルド。


四番目は、爆発を起こしてしまうリナ・ボムレット。


五番目は、人と目を合わせられないノア・ベル。


六番目は、料理の味が独特なココ・フライパン。


七番目は、血を見ると気絶するエマ・メディカ。


八番目は、力が強すぎるドグ・ハンマー。


九番目は、目を閉じて弓を射つシルフィ・アロー。


十番目は、犬しか召喚できないポチ・ワンデル。


十一番目は、何もかも普通なトム・ノーマル。


十二番目は、方向音痴のニナ・マヨイ。


十三番目は、ほとんど喋らないシオン・ダンマリ。


十四番目は、指示が混乱するバルド・アワアワ。


十五番目は、建物が傾くレン・ナナメ。


十六番目は、植物を枯らしてしまうモモ・タネマキ。


十六人。


全員が、「才能がない」と評価された者たちだった。


全員が、世間から落ちこぼれと呼ばれていた。


しかし、賢者は、全員を迎え入れた。


「素晴らしい」


その言葉を、何度も何度も繰り返した。


最初は、その言葉の意味が、わからなかった。


しかし、やがて、彼らは気づくようになるのだ。


賢者の目の中に、何が見えているのかを。


賢者の言葉の中に、どのような想いがあるのかを。


そして、物語は、本当に、始まるのだ。



春は、やがて夏へ向かっていった。


フェアウッド村の小高い丘に立つ一軒の塾。


その塾の名は、「賢者塾」。


その塾の主は、一人の賢者。


その塾の弟子は、十六人。


十六人の落ちこぼれたちが、ここに集まったのだ。


彼らは、まだ、自分たちの本当の力を知らない。


しかし、やがて、彼らは知ることになるのだ。


欠点は、欠点ではなく。


失敗は、失敗ではなく。


落ちこぼれは、落ちこぼれではなく、ただ別の場所に落ちた、光なのだということを。


そして、その光たちが、やがて、世界を変えることになるのだ。


物語は、これから、始まるのである。


第2話終了。

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