第1話 ハジメと双子姉妹
俺は異世界から転生してきた男、高町ハジメだ。
この前世ともいうべきかつての要素が関わらなければ、平凡な男子高校生である。
「ハジメ。遅いわよ」
「ハジメちゃーん。おはよー」
「おはよう。葵。愛の急かす癖なんとかしてくれよ」
「愛ちゃんは、ハジメちゃんにはやく会いたかっただけだから~」
「急かしてないし、はやく会いたかったわけじゃないし。……私は約束通り会いたかっただけ」
お隣さんの同い年の双子の姉妹。
三神愛と三神葵。
日本人らしさを褒めたくなるような黒髪黒目のすらっとした美人姉妹である。
この美人というのは俺の主観が入ってる。
異世界という前世の感性が残ってるせいで、桃や金や青、緑の髪なんてものに馴染みがある分、日本人らしい美しさがとても目を引くのだ。
姉の愛も、妹の葵も。
どちらも和服を着ればとても似合うのは夏祭りを共に過ごしてきた経験でよく知ってる。
慎ましさ、清潔さ、清廉さ、お淑やか。
大和撫子という言葉を知った時は衝撃的だった。
これぞ俺の好みの代名詞だと思った。
目の前の幼馴染二人はまさに好みの代名詞そのものだ。
先ほどの平凡なという自己評価は取り消すべきだろう。
高校生にもなっていまだに美人姉妹と登校できる男子高校生など平凡ではない。
俺は勝ち組だ。
「うへへ」
「あ、いつもの変な笑みしてるー」
「……何を笑ってるのよ?」
「二人とも可愛いなぁって。俺幸せだなあって。今朝も眼福ありがとな。ほんと美人でありがてぇよ」
「それ染めたこと言ってるわよね。……ほんとに、染めるの嫌がるわよね」
「愛ちゃんが茶色に染めた時、土下座して戻してくれって泣いてたの。私ずっと覚えてると思う」
「染めるなんてやめてくれよ? ほんと。二人とも今のままで最高に綺麗だからさ。ほんと。黒髪ロングが最高だ!」
「馬鹿なこと言ってないで行くわよ」
愛の言葉で学校に向かって歩き始める。
三人並べば山になる。
俺が真ん中で愛が右、葵が左手だ。
両手に花で通学させてくれるのは、俺の希望を叶えてくれる二人のおかけだ。
「じゃあね。二人ともまたお昼に」
この山から真っ先に離れるのは葵だ。
一人だけクラスが違うのだ。
「葵がいなくなると、はやくお昼になってくれって思うわ」
「ほんとにね……。あの子、クラスで上手くやれてるのかしら」
葵の前では出てこない心配性の顔が俺と愛の顔に浮かぶのもこの時だ。
三人の中で唯一の妹である葵のことを、同い年だというのに世話したがってしまう。
この世話したがりは葵にバレると、とてもヘソを曲げられてしまうものだ。
「ところで、放課後の予定は忘れてないでしょうね。私に渡しておいてくれる?」
「はいはい。愛にはかなわねぇからな」
教室に続く廊下で俺は愛への貢物を取り出して差し出す。
それは一冊の文庫本だ。
しかも、俺のサイン入りである。
「はい。へぇ……いいイラストついてるじゃない。今回のリアリーちゃんの顔はこんな感じなのね」
「俺のイメージ通りだ。イラストレーターさんはすごいぞ。見ろこの表情」
「魔石発掘のために酷使されるんでしょ。毎日首絞められて。ほんとよく思いつくわ。葵の首絞めたりしないでね。変態」
「変態じゃねぇし、首なんて絞めねぇよ。抱きしめていいならするけど」
「変態じゃないの」
黒髪ロングストレートを俺の眼前に誘うように揺らして、愛が教室に入って行ってしまう。
俺の愛が愛に通じていないわけがないのだが。
リアリーが首絞めされて酷使されてるのも、別に俺の趣味ではない。
前世で実際にあったことを嘘なくそのまま書いてるだけだ。
「俺は変態じゃないって」
愛の後ろをすぐ追いかける。
そうとも、俺は何も好きでリアリーに過酷な試練を与えてるわけではない。
俺の小説『リアリーの英雄』は、経験談なのだから。
『リアリーの英雄』はweb小説で拾われる形で本になった。
正直自分に文才があるとはこれっぽちも思わないので、評価された理由を探すとなると、やはりリアリティだったのではないかと思う。
何せ、実際に目にしたことなのだから。
「え、え――! ほ、ほんとに!?」
「ほんとよ。ほんと。お姉ちゃんの顔の広さを尊敬すること」
「わー! お姉ちゃんだーいすき! すごーい!」
葵が『リアリーの英雄』のサイン入り書籍を愛から受け取って、歓喜の抱きつきをしている。
ここは図書室だ。放課後とはいえ、あまり騒ぎになるようなら司書の先生がにこやかに注意することになる。
俺は片手のジェスチャーで声を落とすように葵に伝えた。
「ハジメちゃん見て! お姉ちゃんすごいの! サイン本だよサイン本! 『リアリー』の! 二回目!」
「声を落とせ。怒られるぞ? やー、愛はすごいなぁ」
全く通じなかったジェスチャーを誤魔化して、葵の頭を撫でる。
こんなふうに扱えば機嫌を損ねるところだが、葵はその手の中にあるサイン本に興奮していて気に留めていない。
その本の作者である『だんるけ』が目の前の俺だとは思いもしてないだろう。
「私の人脈を崇めることね」
少し胸を張って自慢げな愛と目が合う。
愛の人脈は知らないが、その観察眼や文章への勘の良さは本当にすごいと思う。
葵に教えずに、愛にだけ教えるなんてことはない。
俺が作者だと愛が知ってるのはweb小説を読んでいて俺の文章だとすぐに気づかれたからだ。
――黙ってるから時々お願い聞いてね。
と、不平等条約を結ばされた時はどうなるかと思ったが、愛のお願いは葵の希望を叶えるものばかりだった。
その一つがこのサイン本である。
web掲載の時点で『リアリー』を気に入っていた葵は書籍化すれば三冊買うほどのファンになった。
観賞用、保存用まで買う読者なだけあって、サイン本ときけば欲しがった。
発売キャンペーンで十名に当たるというものがあったのがより葵の欲求を刺激したのは間違いない。
――愛ちゃんも、ハジメちゃんもやってね!
作者が目の前にいると知っている二人を前にして頼んできた葵は、小学生の頃に戻ったみたいに幼い様子だったが、当然十名様にあたるというのはだいたい当たらない。
本気で欲しい時ほど盲目になるもので、外れた葵はそれは落ち込んでいた。
そんな姿を慰めるために愛が新刊のたびにサイン本を寄越せというのは、理解できるお願いだった。
「今日の活動はリレーの続きでしょ? 二千字は最低限のノルマなんだから」
「はーい。よーし、私張り切っちゃうから!」
俺たちは俺たちの代しかいない文芸部の仲間でもある。
だんるけ先生に憧れた葵は、中学生の頃から受験勉強そっちのけで小説を書いていた。
サイン本の他にきいた愛のお願いは、三人で文芸部に入って活動することだった。
ちょうど先輩方が誰もおらず、最低三人はいないと部活動が認められなかったからだ。
この話は俺にとってもいい契機だった。
ただの前世の記憶でデビューしただけの俺には文才がない。
『リアリーの英雄』が打ち切りにでもなればそこで俺の作家生活はおしまいだ。
せっかく作家という葵が憧れてくれる立場になれたのだから、やり続けたい。
まだ高校生なのだ。腕がないなら磨けばいい。
その腕を磨くために文芸部の活動はありがたかった。
「そのやる気で……俺の近未来ロボ物に、剣と魔法のファンタジー要素をリレーするつもりか?」
腕を磨くのだから今書けるものを取り上げることはない。
流石に異世界物を書けば葵にバレるので、俺が書いていたのは変形合体ロボが活躍するノーファンタジーテーマなのだが……。
「え? そうするよ? ファンタジーでお花溢れて魔物が闊歩する展開にするから」
「二千字でそこまでやれたらすごいぞ。やってみろ」
「ハジメ。葵が言ってるのはそこまで出てくるくらい字数増やすつもりなのよ」
「うん! そのつもり。今日の私なら一万字だって余裕な気がする! もっといける!」
ものすごいいい笑みでなんてことを宣言するんだ。
そうと決まれば会話が勿体無いと椅子に座った葵が、スマホを取り出して指を滑らかに動かしている。
いつもならスマホで小説を書けるその指の動きが羨ましいところだが、ここまで育ててきた俺のロボットが、もしかしたらゴーレム扱いされるかもしれないと思うと恐ろしい。果たして来週手元に戻ってきたらロボットはロボットでいてくれるのだろうか。
「はいはい。ハジメ。私のリリカちゃんをよろしくね」
「あぁ……立派なライダーにして見せる」
「魔法少女物なのになんでライダーにするのよ⁉ あんたも葵のこと言えないからね!」
愛の魔法少女は重低音のエンジン音と排気ガスを撒き散らしながら登場することに、今決まった。
恨むのなら可愛い妹を恨むが良い。




