2
「もし獅子道くんが関西に戻るなら、俺も関西の大学を目指さないとなぁ」
「え……?」
ぽつりと零した言葉を聞いた獅子道くんが、少し体を離して無垢な瞳で俺の顔をじいっと見つめる。
「言ったじゃないですか、ずっと傍にいるって」
「っ、でも、俺はただ嫌なことから逃げるだけで、そんなことに蒼人くんを巻き込みたくない」
「俺はそんなつもりないですよ。獅子道くんの育ったところなら、一回ぐらい住んでみるのもありだなぁと思うし」
「…………」
「むしろこれは、片時も離れたくないっていう俺のエゴですよ。……あ、関西行ったら、俺と同棲してくれますか?」
「……蒼人くんのあほぉ」
「ふふ、今のは了承したってことで受け取っておきますからね」
顔を少し赤くした獅子道くんが、泣きそうな顔を隠すために俺に抱き着いてくる。すりと猫が甘えるみたいに擦り寄られたら、あまりのかわいさに理性の糸が切れかけた。
「……ほな、蒼人くんも勉強頑張らんとね」
「獅子道くんのためなら、何だってできますよ。不可能という意味の『impossible』っていう英単語だって、スペースをひとつ入れるだけで『I'm possible』になるらしいので。不可能は可能にできます」
「あ、ほんまや。蒼人くんは英語得意なんやね」
「いや、これはたまたまつけたテレビで、なんかアイドルが言ってました」
「へぇ、どんなアイドルなんやろ。ちょっと気になるなぁ」
他の男に興味を持たれると、途端にジェラシー。獅子道くんには俺のことでいっぱいになって、他の男のことなんて考える余裕もなくしてほしいのに。だけど、それはまだ口には出せない。こんなどろどろとした重たいものを抱え込んでいるなんて、ビビらせるだけだろうから。これからゆっくり、じわじわと、俺に染めていけばいい。
「獅子道くん、」
「ん?」
「俺以外に目移りしたら、嫌ですよ?」
「ふふ、分かっとるよ。そんな心配しやんでも、ずーっと最初っから、俺には蒼人くんしか見えとらん」
宥めるように俺の頭を撫でる獅子道くん。その表情が大人びていて、子どもじみた俺よりもやっぱり歳上なんだなぁって実感する。
「……好きです」
「っ、不意打ちやめて」
「何回言っても足りないから、言いたくなった時に言おうと思って」
他人の好意を受け取るのが苦手な貴方が、勝手に暴走して俺の愛を疑うことがないように、何度だって伝えてやる。そう決意していると、獅子道くんがくいっと袖を引っ張って、甘い熱を帯びた瞳で見つめてくる。
「蒼人くん、」
「はい」
「……俺も、好き」
えへへ、と照れ笑いをする獅子道くん。ズキュンと、シンプルな言葉が胸の奥深くまで突き刺さって、抜けそうにない。今までで一番、最上級にかわいくてどうしよう。その言葉の威力を自覚していない獅子道くんは呑気にぽやぽやと笑っているけれど、俺にそんな余裕はない。今ので完全に理性の糸が切れた。
赤らんだ頬に手を当てて、その小さな唇に口付ける。柔らかい感触が心地よい。今まで抱えていた醜い感情すべてが綺麗に消え去って、ただ獅子道くんへの愛で満たされる。名残惜しく思いながらもすぐに唇を離せば、林檎みたいに真っ赤になった獅子道くんが俺を睨み上げた。
「っ、蒼人くん! ここではしぃひんって言うたのに……」
「あれは付き合う前の話なので」
「もうっ、公の場ではキス禁止!」
「それって保健室は含まれますか?」
「あほ、学校で何しようとしとるんよ」
「健全なこと、ですかね?」
「蒼人くん」
獅子道くんがぷんぷん怒っている。けれど、本気で怒っているわけじゃなくて照れ隠しだって分かるから、ちっとも怖くない。
「ちゃんと周りにバレへんようにしてや?」
「……はい」
「何、その嫌そうな顔」
「だって、世界中に『どうだ、俺の恋人は世界一かわいいだろ』って言って回りたいぐらいなのに」
「そんなんせんでええから」
「分かってますよ。その代わり、獅子道くんは俺の愛をぜんぶ受け止めてくださいね?」
「……がんばる」
ぎこちなく頷く獅子道くんについ笑ってしまう。
いいですよ、ありののままの獅子道くんで。俺は飾らない貴方を好きになったので。
・
・
不良と噂の獅子道くんは、純粋で、根っからの善人。「保健室の悪魔」と呼ばれているけれど、そんなのは全くのデタラメ。陽だまりのようなあたたかさを持っていて、自分のことよりも他人のことを優先させる、優しいひと。
そして、俺を虜にして離さない。
とびっきりかわいくて、たまらなく愛おしいひとだ。
【完】




