配信者人生の始まり
脳内をかき回された白漂会長が、糸の切れた人形のように力を失うのが分かった。刺突剣をやつの頭に突き刺したまま、飛び離れる。その直後、やつは大きな音を響かせながら地に伏した。
「……あ、がぁ……ぺ…?」
うえぇ……まだ生きてんのかよ。なんて、うんざりし始めた時だ。会長の周囲に居た魔物たちが――会長を攻撃し始めた。いや、攻撃というより……これは……補食されているのか?
「うがぁ……! ぴょ!? ぴょがあっ!?」
頭をかき回されたせいで、今の白漂会長は、自身に何が起きているのかも、はっきりと分かっていないのだろう。とはいえ、やつの声にもならない悲鳴を聞けば、苦しんでいることは伝わる。やつの体はゆっくり再生するが、周囲に湧き続ける魔物たちに食われる方が早い。下手に再生能力を持っているせいで、やつはより長く苦しむことに、なってしまってたというわけか! その姿を、可哀想……とは思わない。世界中の人々を自分の都合で振り回し続けた……身勝手な男の妥当な最後だ。
魔物に食われていく白漂会長の姿を眺めていると、いきなり肩を掴まれた。振り向くと、そこにはクニハラの姿があった。
「アキヤ先輩! 下がってください。後は、俺たちでやります! 援軍も来てますから、何とかしますよ。ほら、サナさんや、ハルカさんと一緒に下がって!」
「……了解した。後は任せるぞ」
「うっす! 任せといてほしいっす!」
その後、渋谷での、冒険者と魔物たちの戦いは夜が明けるまで続いた。朝日が昇る頃には、魔物の群れの出現はおさまり、渋谷ダンジョンの歪みも、元に戻った。一安心だ。
冒険者たちの戦いを見ているうちに一つ気付くことがあった。白漂会長がやられた後から、一部の冒険者の動きが良くなっている。彼らの姿を見ているうち、もしかして……と思う。
全てが終わった後、俺たちは渋谷駅のホームまで移動する。多くの冒険者たちが休んでいる中、ウイカゼさんや、彼女に介抱されるハルカさんとサナに、調子はどうだろうかと尋ねる。心配もあるが……どうしても、気になることがあるのだ。
「……調子ですか? しばらく、休んでいたお陰で、私たち三人とも調子は戻ってきてますわ」
「本調子とはいかないけどな」
「うん、そうだね。あ、でも!」
何かに気付いた、という様子でサナが俺を見た。お、もしかして! と、思ったが「お腹が空いた」という彼女の言葉にずっこけてしまう。そういうのじゃないんだよなあ。
「えっと、ほら……もっとこう……記憶的な変化とか無いかい?」
「記憶の変化? んーあまりピンと来ないかなー」
そっかー。それじゃあ、俺が思ってたことも勘違いだったのかもな。白漂会長に奪われた皆の記憶が元に戻ったんじゃないかと期待したんだがなあ。
「ところでさ。おじさん。一件落着みたいだし、返したいものがあるんだよね!」
「返したいもの?」
サナに何か預けてたかな? なんて、思い出そうとしていたら、彼女はそれを出して見せてくれた。金色の魔石が付いた銀色の針。あー、ドクバリか!
「ドクバリ! 金属スライム狩りの時から、借りっぱなしになってたからさ」
「そういえば、そうでしたわね。おじ様。お返しします。杉並ダンジョンでの経験は、大きなものでしたわ」
返ってきたものは受け取るよ。ってか、金属スライムのこと思い出してるじゃん! やっぱり、記憶戻ってるじゃん!
「皆、金属スライムのことを思い出したんだな!」
「……あれ、そういえば金属スライムのこと忘れてたんだね? 私」
「そうですわね? 針はなんとなく持っていたのですけれど、金属スライムのことは、忘れていました」
不思議そうに顔を見合わせるサナとウイカゼさんを見ながら、俺は胸に込み上げてくるものを感じていた。
「なるほどなあ。ハルカちゃんが感じていた違和感の正体は金属スライムだったのか! なるほど? あの白漂会長をぶっ倒した結果だな?」
俺が感じていたものは、正しかった! 世界は元の記憶を取り戻したんだ!
「そうか……戻ってきたんだな。皆の記憶が、戻ってきたんだな。良かった。まじで良かった……!」
ここまでが……俺が冒険者としてダンジョンに戻ってから、世界が記憶を取り戻すまでの物語だ。世界は記憶を取り戻し、いつの間にか、消えていたはずのS級冒険者たちも戻ってきた。世界は元の形に戻ったかに思えた。だが、変わったままなもの、もある。
五月。ゴールデンウィーク。
「やっほー皆! こんさなー! 今日もダンジョン配信を始めるよー!」
「皆さん、ごきげんよう。ウイカゼですわ」
「ハルカちゃんも居るぞー。と、おじおじ、配信は始まってるぜー」
「どうも、こんにちは。冒険者のアキヤです。今日も皆さんの安全を保証します」
※こんサナー
※ウイカゼさんもごきげんよう
※ハルカちゃんも元気だね
※おじおじも配信になれてきたんじゃない?
※うおー週末のダンジョン配信だ!
世界に色々なものが戻ってきた後も、ダンジョン配信は多くの人に受け入れられている。皆、この形の配信を見慣れてしまったし、受け入れてしまったようだ。となれば、俺たちも、これまで通りの配信を続けよう。そして、俺はサナたちの横に立って戦う。そうしたいと、俺が望んでいる。
あと、俺自身に心境の変化があり、顔を隠すのはやめた。俺は漆黒の騎士団の名をもらった時から、サナからすれば立派な叔父さんだったのだ。いつの日にかリリスが見せてくれた夢で、そのことに気付いた。サナにとって立派な叔父さんであったことは、何よりも嬉しい。
配信者としての俺の人生は、始まったばかりだ。
了
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