表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/45

5───────────火災騒動


 蕎麦屋の男の口元が、微かに上がった。



 それは、冷たい笑みだった。誰もをゾクッとさせる、氷のような笑い方。



 しかし、署の刑事たちは、男の表情になど全く気付いていなかった。空腹をようやく満たすことができる喜びに、彼らは危険など感じることはできなかったのだ。



男の正面にいたヨーコですら、デラックス天丼に眼を奪われていた。



 だから、刑事たちは気付くのが遅れてしまった。男が蕎麦湯用のジャーから、どす黒い液体を撒き散らし始めたことに…────。



ツンとした刺激臭が鼻腔を襲って、ヨーコはようやく異変に気が付き、顔を上げた。そして、男がライターを投げたのを見た。



「あっ!」

叫んだが、もう遅い。



ライターの火は、床に撒かれた液体の上を瞬時に滑った。そして、あっという間にメラメラと炎が立ち上がった。



「なんだ!?」

刑事たちは、一斉に立ち上がる。角川が青ざめ、ヨーコの元に走ろうとした。

「桐原さん!」



炎は、ヨーコの目の前で燃え上がっていた。瞬時に、火柱は人の背丈程になる。今にも彼女に燃え移ってしまいそうな勢いだ。しかし、ヨーコの背後にあるのは刑事たちのデスクの列。逃げることなど、できそうにない。



「桐原さぁん!」

角川は、ヨーコを炎から守ろうと必死に声を張り上げる。しかし、デスク越しなので彼女に触れることすらままならない。

「桐原さんっ!!」



 火災警報機がけたたましく鳴り響く。



しかし、ヨーコは落ち着いていた。クルッと角川を振り返ると、鋭い目をして叫ぶ。

「消火器を!早く!」



「しょ…しょうかき…?」

角川は一瞬ポカンとした。ヨーコを助けることしか考えていなかった彼の頭は、その単語になかなか反応しなかったのだ。



代わりに、素早くマドンナが動く。

「桐原さん!伏せて!」



合図と共に、マドンナが手にした消火器から、細かい泡が勢いよく吹き出た。しかし、強い炎の力に、泡はみるみる吸い込まれていく。



「これじゃ足りないわ!」


マドンナが声を上げるか上げないかのうちに、二本目の消火器が泡を吹いた。刑事たちによって次から次へと、フロアに設置していた全ての消火器が栓を抜かれていく。



「わゎっ!」

角川は、ザザが放った泡の直撃を受けて尻餅をついた。しかし、誰もそんなことに気をとめない。皆、火を消すことに全神経を注いでいる。



そんな中、ヨーコは、煙の向こうに走っていく「蕎麦屋の男」の姿を捉えた。

「待ちなさい!」

叫ぶが、煙や火に阻まれ、追いかけることはできない。



男の姿は、サッとヨーコの視界から消えていった。



「待ちなさい───!!」

ヨーコの声だけが、虚しく煙の向こうへと飛んでいく…。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ