4───────────恋の目覚め
「出前でーす」
フロアの入り口から大きな声がして、蕎麦屋の配達人が姿を現した。刑事たちの結婚談義は、ここでひとまず終わりを迎える。
蕎麦を注文していた松田が、料金を払うためによっこらしょ、と腰を上げた。それと共に刑事たちは座っていた椅子をクルリと回転させ、自分の席に戻る。
「ふぅ…」
角川は安心して、息をついた。あれ以上追及されたら、いつしか『嘘』にも限界がきてしまうように感じていたからだ。
…───恋のことなんて、考えたことも無かったな───…。
フッとそう思い、角川は目を細める。
…──もし、付き合うとしたら。さっき言ってしまったとおり、可愛らしくて、明るくて、元気な女性がいいな…。桐原さんのように───…。
ビクン!!
急に、角川は震えた。
「私は…今、何を考えた…?」
誰にも聞こえないような小さな声で呟く。彼は、自分自身に驚き、激しく動揺した。たった今、無意識のうちに、ヨーコを恋愛対象とみなしてしまった自分に…。
…───私は…桐原さんのことを…?!
半ば信じられない思いで、角川は両手で顔を覆った。とんでもない方向にいきなり動きだした自分の感情を、力ずくで押さえ込む。
…──ダメだぞ。桐原さんには、もう相手がいるんだ…───。
つい先ほどの、ファミリーレストランでのヨーコの言葉が蘇る。
『とにかくカッコいいのっ。優しくて、包容力があって、でも強くて…あっ、顔もイケメンなんだよっ』
「ダメだぞ…」
角川は再び、自分自身に呟きかけた。
「いいか、彼女はダメなんだぞ…」
その苦悩の言葉に、ザザが耳を澄ませていたことを。角川は知らない。
*
「月見そばをご注文のお客様───」
出前を届けに来た男が、声を上げる。蕎麦屋だというのに、ピザ屋のような格好をしていた。キャップを目深に被っているので、よく顔が見えない。
「あ、僕です」
松田は財布を片手に、男の前に進み出た。
「いくらでしたっけ」
「580円になります」
静かに男が答える。
松田は千円札をポン、と男の手に押しつけた。
「悪いね。今、ちょうど小銭がないんだよ」
「かしこまりました」
男が軽く頭を下げる。
「420円のお返しになります」
ちょっと乱暴にお釣を返すと、彼は再び声を張り上げた。
「デラックス天丼をご注文のお客様ー」
刑事たちは、一瞬ざわめいた。この蕎麦屋の『デラックス天丼』は超巨大サイズ。海老の天ぷらが4本もついており、ご飯の量も通常の3倍ほどある。真っ昼間からそんな食事をとる者がいるなんて…。
しかし、真新しいシャネルの財布を手に進み出た人物を見て、刑事たちは納得のため息をつく。
「おいくらですかー?」
威勢よくニッコリ笑ったのは、桐原ヨーコだった。
*
その時まだヨーコは、蕎麦屋の口元が微かにニヤリとしたことに、気付いていなかった…。




