3───────────嘘
「ザザと恋仲になったのは、僕が入院していた時からなんだ」
刑事達に取り囲まれ、恥ずかしさに顔を赤らめながら、松田が話しだした。その横には、トイレから逃げ出してきたザザが寄り添っている。
春、井の頭公園で起きた事件に巻き込まれた松田は、ザザを庇って大怪我をした。一時は、生死の境を彷徨ったほどだ。
「ザザが、毎日僕のところに通ってくれてさ。それで、こういう仲になったんだ」
松田が優しくザザの肩を抱きながら言う。
長髪の高橋刑事が、怪訝そうな顔をした。
「…ということは、二人はまだ恋仲になって三ヶ月位でしょう?婚約するには、まだ早くありませんか?」
「そうよ」
マドンナも口を挟む。
「もう少し時間をかけて付き合ってみるのも手よ。スピード結婚したカップルって、大抵がスピード離婚するんだから」
しかし、松田は首を横に振った。
「いや、これでいいんです。僕は、ザザを選んだことに間違いはないと確信してますからね」
周りの刑事達が、感嘆の声をあげた。
「それにねっ」
ザザも話しだした。
「あたし達、こういう職業でしょ。ちょっと大げさだけど、いつ死んでもおかしくないじゃない?だから、好きな人とはすぐに結婚しておきたかったのよ」
なかなか重々しく、説得力のある説明だ。刑事達は、再び感嘆の声を洩らした。
*
…────婚約、か。
松田とザザの話を聞きながら、角川は某っとしていた。
真面目に勉強一筋で生きてきた彼には、恋愛経験というものが全く無い。高校時代、周囲で恋の話が持ち上がってはいたが、角川はバカにして、そんな話に加わろうとはしなかった。
しかし、二十代を迎えた今になると、流石の角川にも恋愛に対する“意識”が芽生えてくる。
…──そろそろ、自分も考えた方が良いんだろうか?結婚について───…。
そう思ってはいるものの、どうしたら具体的な行動に移せるのかすら分からない。そんな角川にとって、松田とザザのスピード婚約は、驚異的な出来事なのだ。
「そういえば、高橋くんはお相手がいるのよね?」
マドンナが、話を高橋にふった。
「はい。25歳の時からなので、もう5年7ヶ月と21日になります」
高橋刑事は、細かい日付をサラリと答える。
「しかし、まだ婚約はしていませんね」
「高橋、もう三十路だろ?」
周りの刑事達が騒ぎだした。
「そろそろ踏み切った方がいいぞっ」
しかし、高橋は静かに笑うだけだった。
「急がば回れ、というじゃありませんか。結婚のような人生の節目には、焦りは禁物です…あぁ、松田くん達の決断にケチをつけている訳ではありませんよ。善は急げ、ともいいますからね」
そして、彼は再び長髪を掻き上げた。品の良いコロンの匂いが霞のように漂ったが、すぐに彼方に消え去った。
「じゃあ、角川くんは?彼女、いるでしょう?」
ザザが話を角川にふる。
「えっ?!わ、私ですか…?」
いきなりのことに、角川は慌てた。
「いえっ、私は、その、まだ20歳ですので…そんな、結婚なんて…」
「もしかして、彼女いないんじゃないのぉ?」
ザザは猫のように目を細め、ニヤリと後輩を見つめる。
「角川くん、すごく慌ててない?」
「そ…そんなことありませんよっ!!」
角川は、とっさに大きな声で反論した。
「私にだって、彼女くらいいます!!」
勿論、これは嘘だ。見栄とプライドがとっさに生み出してしまった、真っ赤な嘘。
しかし、角川の剣幕に驚いたためか、刑事たちは妙に納得してしまった。
「へぇっ。角川くんの彼女、かぁ。どんな人なの?年上?」
興味津々、といった感じでザザが聞いてくる。
「え、えーと…同い年です」
角川は口をパクパクさせながら、必死に答えた。
「美人ではないですけど…可愛い感じで…明るい女性です」
「あら」
マドンナが瞬きした。
「角川くん、可愛い系が好みなのね。意外だわ」
「そ、そうですか…?」
ハハ、と角川は弱々しく笑った。どうかこの嘘がバレませんように、と祈りながら。