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2───────────雨の中のチェイス


目の前を、ミリタリーコートの男が走り去る。

「あ!!」

ヨーコは思わず声を上げた。

一瞬とまっていたかのような時間が、彼女の中で再び動きだす。

「ひったくり!!」

慌てて後を追う。

風が雨粒と共に頬を打った。

「待ちなさい!!」

必死に叫ぶが、男に止まる気配はない。

…そのバッグ、シャネルなのよ!!アウトレットで買ったけど…

全然安くなんかなかったんだから!!

ひったくりなんかに盗られてたまるもんですか!

第一、刑事のあたしを襲おうなんて、百億年早いっつーの!!


上司と同じようなセリフを思い浮かべているとは、ヨーコが知るはずも無い。

とにかく、走る、走る。


パシャーン!!


足元で水が撥ねる。

「とまりなさーーーい!」怒鳴ると、ヨーコは赤い傘を道端に放り投げた。

傘は柄を空に向けて転がる。

ひったくり男の方も、随分しぶとい。

ヨーコが追ってくるのに気付くと、脚にターボをかけた。

一気にヨーコとの距離を引き離す。

「女だからってナメてんじゃないわよ!!」

ヨーコも必死に追う。

途中でヒール靴を脱ぎ捨て、ストッキングのまま全力疾走に入った。

足が冷たいけれど、我慢しなきゃ。

あのバッグには、携帯も家の鍵も、カードも入ってる。

絶対に盗られる訳にはいかない。

しかも、刑事である自分がひったくられるなんて恥ずかしい…!!

「待てって言ってるでしょおぉーーーー!!」

猛然と走ってくるヨーコを見て、犯人は少し怖気づいたようだ。

男のスピードがフッ、と落ちる。

それに怯まず、ヨーコは一気に突っ込んだ。

  バシャァッ…

見事な水飛沫が飛ぶ。

ヨーコのスライディングが男の脚をすくい、ひったくり犯はズサァッと歩道に倒れこんだ。

おまけに、街路樹に衝突するというオマケつき。

「イッテェ…」

男が呻く。

サングラスが割れ、額には血が滲んでいた。

息を切らしながら、ヨーコはびしょ濡れのバッグを奪い返した。

「あんた、私が誰だかわかってんでしょうね」

凄味のある声を轟かせる。ナイスなタイミングで、ピカッと稲妻が光った。

「知らねぇよ…」

男がぶつけた頭をさすりながら呟く。

茶色に染まった髪は、根元がプリン状態だ。

「私は桐原ヨーコ。吉祥寺本町警察署の刑事よ」

セリフを決めると、ヨーコは水の滴るスーツのポケットから手錠を取り出した。ハッと男が身を堅くする。「窃盗、公務執行妨害で逮捕するわ」

すかさず、男の腕をグイッと捻りあげ、手錠をかけた。

「!!」

信じられない、という顔で男が目を丸くする。

「さあて、署まで来てもらいましょうかね」

冷たく言い放つと、ヨーコは男を立たせようとした…


『桐原!!桐原、応答しろ!!』

突然、レシーバーから岩波の声が響いた。

余りの大音量に、ヨーコも男もビクッと飛び上がる。走っている最中にイヤホンが抜けてしまったらしく、周りに音が筒抜けだ。

『桐原ぁ!!』

「はいっ!私です」

慌てて答える。

『電話ボックスの中にいる人物を至急確保だ!!今、そっちに他の刑事も向かってる!急げ!!』

「電話ボックス…?かくほ?」

突然のことに、ヨーコはたじろいだ。

『何とぼけてるんだ、ボケ!!お前の担当してる電話ボックスに、今犯人がいたんだよ!!』

「犯人…あっ!!」

ヨーコは息を呑んだ。

…私、ひったくりを追うことに一生懸命になって、自分の職務をほったらかしてる!

『おい聞いてんのか桐原ぁ!!』

岩波の怒鳴り声が、頭の中にキンキン響く。

…どうしよう!?

「戻れば??」

プリン頭の男が言った。

「まだいるかもよ?犯人」言い返す余裕も無かった。パニックで泣きそうになりながら、ヨーコは今来た道を走り去っていく。


「あーぁ…」

プリン頭の男が、うずくまったまま、ため息をついた。

「俺、これからどうなるんだろぅ…」

シャネルのカバンが、雨に打たれながら、そこに残されていた。

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