13───────────目撃者
ヨーコと山川の捜査(?)も、いよいよ本格的になってきました!!
山川の見た謎の男。
その手がかりを得ることはできるのでしょうか!?
がぜん、やる気が湧いてきた。
ヨーコはスキップのような軽い足取りで、一軒一軒を回っていく。
「警察の者です」
「昨日ボート見かけませんでしたか?」
「ご協力ありがとうございました!」
隣の家へ。
「警察の者です」
「昨日ボート見かけませんでしたか?」
「ご協力ありがとうございました!」
隣の家へ…。
くるくると、次々にこなしていく。
そんな彼女を、山川は呆れて笑いながら見ていた。
さっきまでイライラしていたのが、魔法にかかったかのように消えている。
その魔法は、山川の吐いた情報がかけたのだった。
ヨーコは、心から被疑者を追い求めている。
それが例え自分の利益の為であろうと。
それが、なぜか山川には眩しく思えた。
「ご協力ありがとうございました!」
何度言ったかわからない位繰り返したセリフ。
しかし、ヨーコはめげることなく次へ次へと進んでいく。
いつの間にか、彼女は山川の数歩先をリードするように歩き始めていた。
「ほら、早く!」
ヨーコが急かす。
山川は苦笑いしながら、それに従った。
二人が立っているのは、赤い大きな屋根の邸宅の前だった。
陽光に白い漆喰の壁が映え、目も眩むほどだ。
青銅の、槍が沢山突っ立っているような門を開け、敷地内に足を踏み込む。
「すげー…」
山川が声をあげた。
ヨーコも、息を呑んだ。
そこは、一面花、花、花…花の庭だった。
菜の花が風にゆれているかと思えば、バラが高貴に香る。
桜の大木から千の花びらが散っている。
チューリップがカラフルに並び、すみれや野の草が顔を出していた。
小さな蜂が蜜を吸い、アゲハが優雅に舞い飛んでいる。
奥の方には、小さい噴水まであった。
白い石で彫られた子供の天使像が、溢れる水を瓶で受けとめている。
「きれい…」
ヨーコが感動して呟いた。こんなに美しい庭は、始めて見た。
あちこちに見とれてしまって、なかなか前に足が進まない。
それを、山川がやれやれ、といった感じで後押しする。
手入れされた石畳の道を行くと、そこが家の玄関だった。
ヨーコはドキドキを抑えながら、ちょんっ、とインターホンを押した。
リンゴーン。
まるでヨーロッパの鐘のようなチャイム音だ。
ヨーコは服の泥を出来る限り払い、背筋を伸ばして応答を待った。
『…はい』
女の声が出てきた。
「あ、突然のところ申し訳ありません」
ヨーコは丁寧に挨拶する。「わたくし、吉祥寺本町署の桐原と申します。
少々お時間を頂けないでしょうか?」
『警察の方ですか?』
女の人は、少し驚いたようだった。
『今行きますので、少々お待ちくださいね』
通話は、そこで切れた。
ヨーコは花の香を胸いっぱいに吸い込み、ふうっと吐き出す。
そして、思い出したかのように後ろにいた山川を振り返った。
「ほらっ、コート脱いでっ」
「え?」
「コート脱いでっ。こういうお家に入るときは、そういうのが礼儀でしょっ」
「そうなの?」
「そうなのよ!」
ヨーコのイライラが、一瞬だけ復活した。
山川は渋々ミリタリーコートを脱ぎ、腕に抱える。
直後、ガチャッと音を立てて木製の重そうなドアが開いた。
「お待たせしました」
現れたのは、純白のワンピースに身を包んだ、背の高い女性だった。
長いストレートの黒髪は背中までまっすぐに伸び、ワンピースの胸元にはキラキラと白く輝くペンダント。シンプルな彼女の出で立ちに、またもやヨーコは見とれてしまった。
「おい、挨拶」
山川が後ろから小声で突っつく。
ヨーコはそれで我にかえった。
「私、吉祥寺本町署の桐原と申します」
警察手帳を見せる。
「吉祥寺?」
女性は意外そうにヨーコを見た。
「どうして、吉祥寺の刑事さんがここに…?」
「一昨日、この川で誘拐事件が起きたんですが、何かご存知じゃないかと思って。一軒ずつお伺いしてます」
ヨーコが微笑みを見せる。「本当は私達の管轄地区ではないのですが、署が連携して捜査しているんです」女性は、納得したようだった。
ヨーコは更に質問する。
「一昨日、川で不審なボートを見かけませんでしたか?」
「ボート?」
「ええ、ボートです」
ヨーコが答えた。
「この川でボートに乗る人は、あまりいませんが…」女性が首を傾げた。
「一昨日…何時ごろでしょう?」
「三時前後です」
ヨーコが答えた。
「ごめんなさい。私、その時間は外出してまして…調布に居りました」
「そうですか…」
ヨーコは少し落胆した。
けれど、また胸を張りなおす。
…ここがダメでも、次がある!
その時、女性が何か思い出したかのように目を見開いた。
彼女の唇がわずかに開く。「あの…」
「何でしょう!?」
ヨーコはビクッとした気持ちをあわてて抑えた。
冷静に続きを促す。
「ボートは見ていないのですが、おかしな男の人は見ましたわ」
女性が言った。
「おかしな…男の人?」
「ええ。1週間ほど前ですが、うちに来たんです。
酸素ボンベを貸してくれないかって…」
「酸素ボンベ!?」
ヨーコは、思わず山川と目を合わせた。
山川が目を丸くしている。「私の弟が、よく沖縄でダイビングするんです。
だから、家には酸素ボンベがありました。
でも、どうしてそのことを知ったのか…」
女性は、不安そうだった。声が震えている。
「その時はお断わりしたんです。
それが、3日前に急にボンベが無くなってしまって。弟は沖縄には最近行ってませんし、盗まれたのかと…」
「そうですか…」
ヨーコは内心ガッツポーズをした。
何かがわかりそうだ。
そんな予感がする!!
「もう少し、お話を聞かせて頂けますか?」
静かに興奮しながら、彼女が言った。