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11───────────疑問、そして最悪の予感


日差しが肌を刺す。

白いレースの日傘の影から顔を出し、光のあまりの強烈さに目を細める。


筑摩麗奈は、その凜とした表情で、池を眺めていた。水面を切るように、カモの親子が泳いでいる。


「カモ食べたいなぁ…」

彼女が呟くと同時に、お腹がグウッと鳴った。

もちろん、後ろに控えていた若年刑事たちに聞こえるはずはない。

彼らは、マドンナの肌が日の光に白く輝くのを見て、うっとりしていた。


ここは、井の頭公園の池のほとり。

休日ということもあり、お花見客で辺りはごった返している。

酒とタバコの強い匂い。

陽気な笑い声。

舞い落ちる花びら。

しかし、マドンナはそれらのものに全く興味を示さなかった。


昨日の夜から、カップ麺しか口にしていない。

空腹は我慢の限界だ。


美しい表情からは想像もつかないが、彼女はイライラしていた。

基本的に、お腹が空くと気が短くなる質なのだ。


イライラを募らせながら、池の反対側に目を移す。

そこには、目立たない赤い鳥居が何本か立っている。


犯人が現れる予定なのは、夕方だ。

少なくとも、あと5時間はある…。


マドンナは、漂ってきたお弁当の匂いに顔をしかめた。

…我慢、我慢。

空腹を忘れるため、彼女はひたすら事件に思いを馳せた。


犯人と接触できる最後のチャンスが、身代金の受け渡しだ。

夕刻、犯人は対岸にある稲荷にやってくる。

そこで、身代金の受け渡しが行われるのだ。

刑事たちは稲荷の周りに張り込んでいる。

合図があれば一斉に被疑者確保に動く予定だ。

念のため、不審な動きが無いか、朝から稲荷を見張っている。


…あの新人が、ミスさえしなければ…。


マドンナはイライラと考えた。


…そしたら、今頃には文春くんを保護できていたかもしれないのに!!


彼女の頭の中は、ヨーコへの怒りで一杯だった。

そんなマドンナの様子を見て、また刑事たちは見とれていた。


「文春くんが、葦原で捕まったんじゃないってことは、わかったわ」

土手を登りながら、ヨーコが言った。

「ボートで連れ去られたかも知れないってことも。でも…」

前を登っていた山川が、振り返った。

「なんか腑に落ちないのか?」

ヨーコは頷いた。


二人は、川を見下ろす遊歩道に出た。

蝶がひらひらと雑草の周りを舞っている。


「犯人は、文春くんが川までやってくるとは知らなかった筈なのよ」

ヨーコが考えこみながら喋った。

「ボールを取りに行くのは、他の子かもしれなかったわ。

ううん、もしかしたら、どの子も川に近づかなかったかも知れない。

…それなのに、どうして犯人は川辺で待ち伏せしてたのかしら?」

山川が肩をすくめる。

「知らねっ」

「ちょっと、ナニよその反応は!」

すかさずヨーコが怒った。「ちゃんと答えてよ!」

「知らないことに、どーやって答えんだよ」

山川がジロッとヨーコを睨んだ。

「あのなぁ。俺が何でも知ってるとでも思ってんのか?」

「だって同じ犯罪者じゃない」

ヨーコが言い返す。

「同業者なんだから、私よりわかるでしょ」

「俺は誘拐犯じゃねえからな」

山川が、道端の小石を蹴った。

石はコロコロと転がり、草むらの中に消えた。

「なんでガキなんか攫うのかなんて、理解不能だし。お前と同じでさ」

「…」

ヨーコは肩を落とした。

この男、本当に役に立たない!!

「行こうぜ」

山川が言った。

「証言。とるんだろ?」

そのままスタスタ歩きだす。

「ま、待ってよ!」

ヨーコは慌てて追い掛ける。

が、ふと思ってしまった。


…こいつに主導権握られてるような気がするのは、気のせい!?



「被疑者から着電!」

突然声があがったのは、正午の時報と同時だった。


「出ろ!」

一声怒鳴ると共に、岩波は電話をオンフックにした。中年刑事の一人が、パッと受話器をとる。

部屋中の刑事たちが、その周りをざっと取り囲んだ。「…もしもし。本町署の川出だ」

『オレだよ』

変声機を使った、太い声が部屋中に響いた。

『今日の約束。覚えてる?』

「もちろんだ」

川出が答えた。

「夕刻、井の頭公園の稲荷に5千万。そうだな?」

『うん。オーケー』

楽しむように、犯人が笑う。

『じゃ、よろしくー』

「待て!」

川出が叫んだ。

その目が、岩波をとらえる。

岩波が、頷いてみせた。

川出の目が、頷き返す。

『なに』

犯人の、少しイラついた声がした。

「…文春くんは、無事か?」

川出が聞いた。

『今はね』

犯人が笑った。

『用がなくなったら、そのうち返すよ』

「そのうち?身代金を渡したら、すぐにでも文春くんを解放しろ!!」

『黙れクソ野郎!』

犯人が怒鳴った。

部屋が、しーんとなった。『ナメてんじゃねぇぞコラぁ』

完全にキレている。

『命令しやがってょぉ、刑事さん。

あのガキャまだこっちの手ン中にあるってこと、忘れんじゃねぇぞ!』


ブチッ。


電話は切れた。

刑事たちは、呆然として突っ立っていた。

最悪の予感が、嵐のように部屋を駆け抜けていった。


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