姉弟
翌朝目覚めたメリルは現実を思い知った。
やはり夢ではなかった。実家の階段を下り、キッチンで家事をしている母親に挨拶した。
「おはよう、メリル」
「お父さんとフィンは? 仕事と学校?」
「お父さんは休みを取って警察署に。フィンは学校よ」
「警察?」
「メリルの捜索願いを取り下げによ」
「あ、そっか。ごめんね、色々……迷惑かけて」
「ううん、いいのよ。言ったでしょ。戻ってきてくれただけで、本当に嬉しいの」
母はにこりと笑った。
「着替えてらっしゃい」
「うん。着替えたら手伝うね」
「あら、いいのよ。ゆっくりしてて」
「ううん、帰ってきたんだもん。何かさせて」
返したい、とメリルは思った。散々心配と迷惑をかけてきた家族へ、少しでも何かを返したい。今すぐ出来ることは家事だ。
それに体を動かしていないと、心が千切れそうだった。痛い。ロイの顔を思い出してはずきりと胸が痛む。
昼食時に帰ってきた父親は、捜索願いが無事取り下げできたことを家族へ報告した。
手続きは呆気なく済み、捜索願いを出したときのことを思い出し、父親は不満をこぼした。
「そうそう、あのときは腹が立ったわねえ。未成年でもないし、事件性もないって判断されたのよねえ」
母親が頷いた。
「まあ、とにかく戻ってきてくれて良かったわ」
「……しかし本当に事件性はないのか? 疑問に思わざるを得ん。だってお前、メリルは記憶が無いんだぞ。どう考えても異常な状態じゃないか。気づいたらあの男の家にいたっていうのが本当なら……、あの男にずっと監禁されていたんじゃないのか。変な薬でも飲まされて……」
「お父さんったら、またそんなことを。ロイはそんな子じゃないわ。メリルがいなくなって、一緒にあちこち駆けずり回ったの、お父さんだって覚えてるでしょう。クールなあの子が、必死な形相で、なりふり構わず知り合い全員に頭下げて回って。あれからげっそり痩せて、まともに生活していないようだったし」
「それはお前、そういう風に見せておけば、自分が疑われることがないと思ったのかもしれん」
「まさか。監禁ったって、どこにです。ロイの家は無理ですよ。物理的に考えても無理よ。変なこと言わないで、メリルの前よ」
両親の言い争いを前に、メリルは困惑し肩身を狭くしていた。一番の当事者が何も覚えていないのだ。かつての婚約者を庇えばいいのか疑えばいいのか、それさえメリルには分からなかった。
昼食後、気分転換に散歩に出た。
辿り着いたのは、住宅街を見下ろす位置にある小高い丘だった。子ども達の遊び場や犬の散歩コースとして、住宅街から程よい距離にある丘だ。
子供時代を思い出して感傷に耽っているメリルに、声がかかった。
「懐かしい?」
メリルは驚いて声の主を見た。自転車に跨がった弟のフィンレイだった。
「うん……フィンともよく来たよね。覚えてる?」
フィンが幼稚園児の頃、虫取りに熱中した時期があり、夏休みは毎日のようにこの丘に来たがった。ここに来れば約束していなくても友達に会えることもあり、フィンはご機嫌だった。
「覚えてるよ」
虫取り網と麦わら帽子がトレードマークだった少年の面影はない。成長した弟は向日葵のごとく背が高くなり、不機嫌そうに答えた。
「あのね」
「あのさぁ」
少しの沈黙の後、切り出した言葉が被った。
「何?」
「どうぞお先にっ」
「……悪かったなと思って」
「え?」
「俺さぁ、昔言ったじゃん。あんた覚えてないかもしんないけど。家族捨てて、男取ったやつなんかもう知んねえって」
メリルはドキリとした。忘れるわけがない。それを境にフィンとの距離がぐんと遠くなったのだから。
「ガキだったからさ。一回言ったら取り消せなくてさ、意地張ってる内にますます撤回できなくなってさ。でも家族なんだし、そのうちフツーに会えるに決まってるって余裕ぶっこいてた。そしたらあんた、突然いなくなっちゃうし」
フィンは苦笑した。
「フィン……ごめん、私……」
「良し。もう良しとしねえ? お互い。俺のことも許してくれる?」
「もちろん。てか許すも何も、私フィンに怒ってることなんてないよ」
「あらそ。俺はすげー怒ってたよ。けど許してやる。世界でたった1人の姉貴だし」




