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ナタリーの願いごと


30分ほど車を走らせ、着いた先は大きな屋敷だった。

敷地内に大きな建物が何軒もある、田舎の名家という雰囲気だ。


出迎えてくれた高齢の女性はどうやらサイモンの祖母で、彼らの会話からナタリーは大体の事情を察した。

メリルの着けている指輪を外すには、「儀式」が必要らしい。その儀式には、気・火・水・土の4使徒の協力が要る。


(だから、これだけのメンバーが集まったのね)


夫のロイドは気の使徒だ。

そして友人のサイモンが水の使徒で、サイモンの祖母の弟子の、赤髪の女性が火の使徒だ。


(そして、ペレス元大佐が土の使徒)


ナタリーが遠巻きに見守る中、「指輪を外す儀式」は始まった。

サイモンの祖母が方法を説明し、手を繋いで輪になった4使徒へ順々に術の手引き書を見せて回った。

輪の中心には椅子に座ったメリルがいる。緊張した面持ちだ。


「4つの属性の術が上手い具合にかけ合わさったとき、指輪は外れるはずじゃ」


4使徒がそれぞれの術を発動し、メリルの頭上に小さな竜巻と泥水が発生した。それが蒸発して完成したのは、小さな石だった。


サイモンの祖母の言葉で、儀式が無事に成功したことが分かった。


「これが4使徒の石じゃわい。お嬢ちゃん、この石を指輪の石に重ねてみてな、すっと石の中に吸い込まれたら、指輪は外れるはずじゃ」


石を受け取ったメリルが、言われた通りにした。取り囲んでいる皆から、おおっとどよめきが起こった。

どうやら指輪は外れたようだ。


「でかした。早く寄越せ」


そしてペレス元大佐の手に渡った。

固唾を飲んで見守っていたナタリーは、ほっと息を吐いた。

しかし次の瞬間、こちらに向かって一直線に指輪が飛んで来るのが見えた。


「貴様っ!」

「サイモンやめろっ」


ペレス元大佐とロイドが騒いでいる。

何が起きたのか、ナタリーは理解が追い付く前に、咄嗟に指輪をキャッチしていた。


「ルーシーが、娘が人質に取られてるんだ! 指輪は諦めてくれ、頼むっ」


夫の必死の懇願が聞こえた。

協力者のサイモンが裏切ったようだ。

この指輪を欲しがっている者は他にも大勢いるとペレス元大佐は言っていた。


「ナタリー、そこから動かず持っていてくれ。大佐、妻から指輪を受け取って、どうぞ行って下さい。邪魔をする者は俺が相手します」


ロイドがそう言うと、サイモンも張り合った。


「1人で勝てると思ってるの? 僕とロイド、一対一なら互角かもね。けどこっちにはばあちゃんとアランとザラ、キースもいるんだよ?」


どうやら人数では夫の分が悪いようだ。

ロイドとペレス元大佐は、高い能力を持つ軍人だ。普通の者が何人束になってかかろうが、能力を使えば一瞬で片が付くだろう。


しかし、対するサイモンとその身内たちも能力者だ。能力のレベルは分からないが、一歩も引けを取らない自信を見せている辺り、相当に強いのだろう。


両者がぶつかれば、誰も無事では済まない。


ナタリーははらはらした。握り締めている指輪を自身の指に嵌めた。

この指輪を外すには、先程の儀式が再び必要だ。儀式には4使徒の協力が要る。とりあえず争いは避けられるはずだ。


(どうか皆、落ち着いて……!)


「願いごと?」


すぐ耳元で声がして、ナタリーは目をみはった。

目の前に子供が立っていた。

異国の民族衣裳のような服を着た、透き通るように美しい子供だ。

いや、その姿は実際透き通っている。半透明だ。


(ゆ、幽霊!?)


「違うよ、悪魔だよ。名はワガナオ。その指輪に閉じ込められてる、可哀想な悪魔さ。願いごと叶えてあげるよ。さっきの願いごとなら、そうだなあ1週間かな」


「な、何を言ってるの?」


「その古い指輪、どうして皆が欲しがってるのか不思議だよね? それはね、願いごとを叶える指輪だからだよ。但し、契約者の時間と引き換えに。さっきの、皆を落ち着かせてほしいって願いごとなら、1週間で引き受けるよ。どうする? 確認だけど、『皆』ってのはこの建物内にいる人間でいいんだよね? 『落ち着く』っていうのは、リラックスした状態を指す。状態を持続させるなら、その期間によって対価はもっと頂くよ。1週間って言ったのは、1時間に付き」


ナタリーは混乱した。しかし実際に見えているし、話しているのだ。

ひどく饒舌な、商魂たくましそうな悪魔だ。


「私の時間をあなたにあげれば、願いごとを叶えてくれるってこと?」

「そそ。早く願わないと、あの怖いオジサンが来ちゃうよ」

「じゃあ違うことを願うわ。ルーシーを、私の娘を返してほしいの。あとあの怖いオジサンをどうにかして」


ひそひそ声だが、ナタリーは力を込めて言った。


「どうにかしてって、具体的には? 抽象的な願いごとは困るんだ。死なせればいいの? どういう死因がいいかな。死体の始末はそっちでする? それとも存在自体を抹消するとか?」


立て板に水を流すようにさらさらと悪魔は恐ろしいことを言った。


「飛ばしてっ! どこか遠くへ……この国から一番遠い外国……メナディゼへ。出来る?」


メナディゼは地球の真裏、ここから一番遠い国として知られている国だ。

悪魔はにっと笑い、「出来るよ」と言った。


「君の娘、ルーシーをここへ移動させて、あの怖いオジサン、ペレス元大佐をメナディゼへ移動させる。2人を移動させるだけね。対価はそうだなあ、3ヶ月」


悪魔の提示した「3ヶ月」を、ナタリーは軽く捉えた。

何十年とある寿命の内の、3ヶ月だ。人生に於いて何となく無駄に過ごしてきた時間は、3ヶ月を優に超えるだろう。


(寿命が3ヶ月縮まる……けど、それでルーシーが助かって、ここにいる皆も助かるなら)


ペレス元大佐に指輪を渡したところで、ルーシーが必ず無事に戻るという保証はない。

指輪を手に入れたら、もう用済みだと手のひらを返される可能性もある。

ペレス元大佐の言動は端々で暴力的で、安心できる要素がなかった。


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