愛犬を封印してました
2017年ラストの更新です。
「首輪……って、キールがつけてたあの赤い首輪のこと?」
「それだ!俺様が寝てる間に!断りもなくテメェが俺に付けた、それだ!」
私がキールに付けた首輪……
とは、キールを拾ってすぐの日まで遡る。
疲れていたらしいキールは、我が家に来てすぐ丸二日間ほど眠り続けたのだ。
私はキールが大魔王様ではなく、ただの犬だと思っていたので、また迷子になってはいけないと確かに首輪をつけた。
銀色の毛並みに映える赤い首輪を。
あれは……そう。
「父さんの部屋で発見した首輪だよ、別に普通の首輪のはずだけど」
「普通の首輪のはずがあるかよ!あの首輪を付けてる間、俺はヒトの形にもならなかったし、喋れなかったし……ただの獣みてぇに四つん這いで移動して……あ、あまつさえこのキノコ女のペットになってたんだぞ!」
「え、羨ましい……」と、ラファエロが呟いたような気がしたが無視する。
「そういえば確かに……首輪を外したらキールが人間の姿になったんだっけね」
そして愛犬が大魔王だとかなんとか。
何かを納得したように、ラファエロがメガネをかけ直した。キールに殴られてボロボロのまま、表情だけはキリリと引き締める。
そんなことより……メガネにヒビ入ってる……
「では本当に、その首輪とやらが魔力を封印するものだったんですね?そんな物騒なものが人間界にあるなんて思えませんが……」
「思えなくたって事実なんだよ、バーカ」
「そうなんでしょうね。可愛いキールフィンの魔力は、ここ三年間ほど完全に消えていました。それが昨晩、首輪が外れたというタイミングで出現したんです。ヨルイロの千里眼をもってしても見つけられなかったということは、封印されていたというのが妥当ですからね」
流れるようにラファエロが告げる。
ひと息でそこまで言い切ると、メガネのイケメンは褒めてほしそうな顔で私を見てきた。
そんなラファエロよりも、ラファエロのメガネにヒビが入っている方が気になる……
「キールフィンの魔力が完全に消えていたものですから、キールフィンは死んだと思っている輩も多いですよ」
「あぁ?大魔王の俺様がそう簡単に死ぬわけねぇだろ、ゴミが。相変わらず脳ミソ腐ってる野郎しかいねぇんだな、マジで」
「俺は信じていましたけどね、お前が生きていることを。可愛くて憎らしいキールフィンが、そう簡単に死ぬわけありません。しかし……なぜこのタイミングで首輪を外したのですか?」
どうやらその質問は私に向けられているようだ。
ぼんやりとラファエロのメガネを見つめていた私は、視線はメガネに向けたまま考える。
えーっと。
何で首輪を外したっけ?
「あー……昨日は新月だったでしょ?それでなんかキールがはしゃいじゃって、お散歩したいお散歩したいって。私がひもを持った時点でもう飛びついて来て、こう私の顔をペロペローーーって……」
「そーーーいうのはいいんだよ!!とっとと本題に入れ、クソでゴミで虫けら野郎が!!」
白い肌を少し赤くして、キールが話を遮った。
なんなの。これから私とキールのラブラブな犬ライフの話になるのに。
「キールが泥の中にダイブしちゃったから、洗うためにお風呂に連れて行ったんだけど……首輪も汚れてたから、取った」
「すると、目の前にこんな暑苦しい男が現れた、ということですね」
「あ?目の前に俺様みてぇな芸術品が現れたら泣いて喜ぶ奴はいるだろうけど、暑苦しいなんていうバカはいねぇんだよ」
「私は『そういえば納豆の賞味期限いつだっけ』って考えてたよ」
「泣いて喜んどけよ!」
真実を述べただけなのに、うちの愛犬ときたら何故か私の頭を叩く。
もうなんなの、さっきから。
叩かれた頭を自分で撫でながら、私は小さく舌打ちをしておいた。
「あ?今テメェ舌打ちしたのか?は?」
視線をそらしつつ、私はラファエロのメガネのヒビを見つめておいた。
本当に割れてる……
「まぁまぁキールフィン。お前は確かにバカですが、これ以上のバカを露見させるような行動はやめたまえよ」
「誰がバカだって、あぁ?もう一回いってみろ、ゴミ野郎!」
私に向かって飛びかかってきそうなキールをラファエロが落ち着かせつつ、でも少し喧嘩を売りつつ、喧嘩を思い切り買われて蹴られつつ……
キールに蹴られても、なんだか満更でもなさそうなラファエロは「ということは」と、続けた。
「やはりキールフィンが付けていた首輪こそが、キールフィンの魔力を封じていたに違いありませんね」
「何かなかったのか!?あの首輪に注意書きみてぇなよ!悪魔封じのもんがその辺に転がってるなんてありえねぇんだよ!」
注意書きみたいな、何か?
私は改めて、あの日のことを思い返してみる。
シロクマみたいな大きな犬を拾った、あの夜。
弟のルクが「こんな大型犬は絶対に危ない!迷い犬だとしても、すぐに飼い主が来たとしても、せめて首輪をつけていないと野生の獣だと思われて処分されちゃうかもしれないし、一時的にでも首輪をつけてて!」といったんだ。
「確かに一理ある」と思った私は、死んだように眠っているキールの首に新聞紙なんかをまとめる時に使うヒモを付けようとしたんだよね。
そうしたらルクが「姉さんのことだから絶対にそのまま締めちゃうだろうし、そうしたら攻撃されたと勘違いして暴れるかもしれないし普通の首輪にして」っていって……
普通の首輪なんてないよ、と私は適当に父親の部屋を見に行って……
そしてキールの白い毛にピッタリと似合いそうな、赤い首輪を見つけたんだ。
そこまで考えて私は首をかしげる、だってやっぱり普通の首輪だもん。
あの首輪は悪魔封じの首輪だと疑っているキールに向けて、口を開いた。
「やっぱり普通の首輪だと思うよ」
「そんなわけねぇんだけどな」
「話を聞いている限り、悪魔封じの首輪ですよね」
もー疑い深いなぁ、イケメンは。
ハハハ、と私は笑う。
「使用禁止とか触っちゃだめ、とか魔封じの首輪とか、そういうことは書いてあったけど普通の首輪だって」
「完全に書いてあんじゃねぇか!!」
「………………!」
「ビックリ!じゃねぇよ!!」
「賞味期限ってちょっとは過ぎても大丈夫だったよね、消費期限とは違うから」
「話をそらしてんじゃねぇ!!」
ナチュラルに書いてありすぎててスルーしてたけど、そっか……
私は自分の愛犬を見つめる。
「あれは普通の首輪じゃないよ……!」
「知ってたっつーんだよ、この大バカ野郎!!」
何故か私の代わりにラファエロがぶっ飛ばされた。
そっか私、愛犬のこと封印してたんだ。
「知らないとはいえ悪いことしたね」
「ガチで思ってんのか、テメェ!?表情ひとつ変わってねぇぞ!」
「心の底から申し訳ないと思ってるよ、表情筋が死んでるだけで」
「それ以上何も喋んな!!ムカつきすぎて世界を破壊しそうだ!」
うん、理不尽。
そしてそんな私達に、キールにぶっ飛ばされたラファエロがひとつの提案をしたのだった。