第4話 春、快晴、本日は桃色日和
階段で足を踏み外して足首を捻挫した同級生に処置を施したり、彼氏からプレゼントされたキーホルダーを落とした後輩の探し物を手伝ったりと何かと忙しかったが、俺はボリノと二人で顧問の先生から押し付けられた資料室での作業に励んでいた。
「こうやって資料を捨てていくの、まるで機密資料を焼却して証拠隠滅しているようでワクワクしないか?」
と、埃っぽい資料室で古い資料を仕分けながら、俺はボリノに言った。
「……いや、しないけど?」
ボリノは茶髪のポニーテールと大きな黒いリボンを揺らしながら俺の方を振り向くと、呆れたような口ぶりでそう言った。
「ほら、例えば外交官とかが訳あって大使館から退去する時、書類を燃やしたりするらしいじゃないか」
「そういうのもあるかもしれないけど、別に燃やしてるわけじゃないじゃない」
「この学校に焼却炉でもあればなぁ」
と、古い資料を延々とシュレッダーにかけながら天井を仰ぐ。なんて地味な作業だろう、雑用ここに極まれり。
「昔はあったかもしれないけど、あんなのが学校にあったら危ないでしょ。頭のネジが外れた生徒が何をしでかすかわからないし、例えばツバル君みたいな」
「まるで俺に前科があるみたいな口ぶりだな」
「だって、ツバル君って頭のネジが何個か外れてそうだし」
「俺を副会長に指名した奴の発言とは思えないな」
俺とボリノはこの高校に入ってからの仲で、一年の時に同じクラスになったというだけで何か関わりがあったわけではないのだが、ボリノが生徒会長になった時にどういうわけか俺が副会長に指名されてしまったのだ。
「こういう雑用でもちゃんと楽しまないとな。もしかしたら平間先生は学校の教師に扮した裏社会の組織の構成員で、この学校に隠された秘密を探っているのかもしれないぞ」
「例えばどんな?」
「まぁ、それは……夜になると校長室の肖像画の中から、歴代校長達が飛び出てくるみたいな?」
「それ、ただの七不思議じゃない……」
なお、生徒会のナンバーワンとナンバーツーがこんな雑用に励んでいるのは、他の役員に諸々の仕事を割り振った結果、この地味な作業が残ってしまったからである。ぶっちゃけどこかのクラス委員にでも頼めば良いような雑用だが、これも信頼の証と受け止めるべきか。
とはいっても、先生から指定された時期よりも古い資料を探して、それをシュレッダーにかけて廃棄していくだけの地味な作業だが……。
「ふぅ。後はそっちの棚の上にある段ボールだけね」
ボリノがテキパキと仕分けをしてくれるからか作業はスムーズに進み、俺が無心でシュレッダーを眺めている間にボリノは小さな脚立を持ってきて、棚の上に置かれた段ボールを取ろうとしていた。
脚立は年季が入っているからかちょっとぐらついていて、俺は自分の作業を中断して脚立を支えに向かう。身長を考えれば俺が登った方が良いはずなのだが──。
「って、何覗きに来てんのよ!」
と、俺の善意が誤解されたあげく容赦なく顔面を蹴られる。上履きって結構痛い。
「せっかくだから、その綺麗な御御足を間近で拝ませていただこうと思ってだな……って、蹴るな蹴るな! 顔が潰れるだろ!」
「変態の顔なんて潰れて上等よ」
俺の目の前には黒いタイツに包まれたボリノの御御足があるとはいえ、脚立もそんなに高いわけではないからそこまで際どい角度ではない。
だから、俺は見ていないはずだ。あぁ、見ていないとも。ボリノが俺に蹴りを入れる度に何かチラチラと見える気がするが気のせい気のせい。
「大体な、脚立を使う時は下で支える人がいないと危ないんだぞ。この脚立もぐらついてるからな」
「だ、だからって下に来ないでよねっ」
「黙って登ったのはボリノの方だろ。ほら、俺は鋼の意志で下を向いとくから早く取ってくれ」
「い、良いわよこれぐらい、そんなに大きい箱じゃないし。ほら、しっしっ」
ボリノに足で追い払われ、俺は渋々脚立から離れた。
相変わらず人を頼るのが下手な奴だ。何でもかんでも自分一人でやろうとして……この資料室の整理だって俺が気づかなかったらボリノ一人でやろうとしていたぐらいだし。
なんて呆れながらボリノを見守っていると、彼女は棚の上に置かれた段ボール箱を取ったのだが──。
「わっ、わわわあっ!?」
と、俺が脚立から離れてぐらついてしまったからか、ボリノはバランスを崩し──。
「ぼ、ボリノ!」
と、俺は下で待ち構えてボリノの体を支えようとしたのだが。
「へぶっ!?」
まず、彼女の手から離れた段ボール箱が俺の顔面に直撃し。
「うごっ!?」
「きゃあっ!?」
そして体勢を崩した俺の体に容赦なくボリノの体がやって来て──ドタンバタンと、脚立やパイプ椅子をなぎ倒して大量の資料をばら撒きながら、俺は床に背中を打ち付けたのだった。
「いったた……」
俺の体がクッションになったからかボリノはそこまでダメージを負っていないようで、すぐに起き上がった。そして彼女の下敷きになり、床に仰向けで倒れる俺の姿を見ると、ボリノは青ざめた表情で口を開いた。
「だ、大丈夫!?」
俺の意識はハッキリしていてちゃんと目も見開いてボリノの姿を捉えているのに、ややパニックに陥っているのかボリノは心配そうな面持ちで俺の体をユサユサと揺さぶる。
「顎が……」
「あ、顎?」
「お前の頭が顎にクリーンヒットして、めっちゃ痛い……」
結構な重さの段ボール箱が顔面に直撃したのも中々の痛みだったが、それよりもボリノの頭突きを食らった顎の方が痛かった。当たりどころが悪かったら気絶していたかもしれない。
「わ、私の頭が石頭だとでも言いたいの?」
「そういうわけじゃねぇよ。お前こそ怪我はないか?」
「う、うん、大丈夫だけど……」
ボリノは俺の体の上からどくと、わざわざ俺の背中を押さえて俺が起き上がるのを補助してくれた。結構な痛みだったがそんな大げさなものではない。
しかし、いつも俺に対してツンツンしているボリノが珍しく伏し目がちに、しゅんとした表情で口を開いた。
「ご、ごめん……私が、変なことしたせいで……」
……ボリノはいつも俺のからかいに突っかかってくるのに、そうやってしおらしくされるとこっちの調子が狂ってしまう。
「気にすんなよ。ただの事故だろ事故」
普段は皆から聖母なんていう恥ずかしい異名で慕われるボリノがツンツンしている相手は俺ぐらいだ。きっと丁度いい関係性の奴が俺ぐらいしかいないのだろう。ボリノは俺のことを舐めているだけなのかもしれないが。
何でもかんでも一人でこなそうとしてしまう奴が、無理をしていないわけがない。
「ほら、仕事が増えたんだからとっとと片付けるぞ」
と、俺は倒れた脚立やパイプ椅子を直しつつ起き上がったのだが、ボリノは床にペタンと座ったままで起き上がろうとしないどころか黙り込んだままだ。
「ど、どうしたんだ?」
どこか体を痛めたのかと思って俺が心配していると、ボリノは神妙な面持ちで口を開いた。
「こういう時って、なんというか、ラッキースケベ的な展開になっていてもおかしくないわよね……」
「いや何言ってんだお前」
コイツのことを心配していた俺がバカみたいだ。まずボリノの口からラッキースケベなんていう言葉が出てきたのも驚きだし、まさかそういう展開を期待していたわけじゃあるまい。
するとボリノは何事もなかったかのように起き上がって、そしていつもの調子で失笑しながら言う。
「どさくさに紛れて私の胸やお尻を揉んでこないあたり、ツバル君を副会長に指名して正解だったと思うわ」
「……そりゃようござんして」
偶然だったらまだしも、人が倒れてきてるのに「これがチャンス!」と目を輝かせる程俺は鬼畜ではない。
まぁ、ボリノは俺の体の上にうつ伏せで倒れてきたから、その見事なモノの感触はちょっとだけ堪能させていただいたが……。
「まぁ、お前のパンツを拝ませていただいたから、それでチャラにしてやるよ」
「え? み、見えてたの?」
「見えてないとでも思ってたのか」
俺が散らかった資料を集める中でボリノはと言うと、何故かスカートを押さえて顔を真っ赤にしていた。
「……み、見えてたの?」
「桃色。可愛いの履いてるんだな」
タイツを履いているとはいえ案外わかるものなのだよ、小娘が。
「ば、バカッ!」
「いってっ」
「バカッ、バカッ!」
「バカはお前だ、バーカッ!」
「バカって言った方がバカなんだからっ!」
「最初に言ったのお前だろうが!」
と、ガキンチョみたいなくだらない口喧嘩をしながらも、俺達は散らかった書類を整理していたのだった。
いや、見られて恥ずかしがるぐらいならあんな攻めたようなことするなよな、と俺は心の中で呟きながら。
……。
意外と、可愛いの履いてるんだな……。
と、ボリノと二人きりという状況が急に落ち着かなくなったのであった。
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