第2話 可愛い女の子と会話すること>遅刻
彼女が落とした懐中時計を探して見つけてあげたらもう一度泣かれてしまったため、甲斐性の人が俺達を見かけたら誤解されて俺は駅員にしょっぴかれるんじゃないかと内心ビクビクしていたが、さっきよりは早めに泣き止んでくれたので安心した。
駅のホームは相変わらず混雑しているが、彼女は自販機の隣に体を縮こませて俺にペコペコと頭を下げていた。
「な、何度もすみません、ご心配をおかけしてしまって。私はもう三日三晩どころか十月十日ぐらい泣き止まないかもしれません……」
「あぁいや、まぁ仕方ないだろうさ。誰だって死ぬのは怖いし、大事なものを失くしたらショックも受ける」
もし懐中時計が見つかっていなかったら本当に十月十日ぐらい泣いていたかもしれないが、この子は。
彼女はどうにか泣き止んでくれたようだがやはり目元は真っ赤で、手に持った懐中時計をジッと見つめていた。
さっきの出来事がきっかけというわけではなく、彼女は心に何か抱えているのかもしれない。
こういう時にお節介を焼きたくなってしまうのは、俺という人間が心優しき証なのか、こういう庇護欲をそそられるタイプの女の子に優しくしてしまいたくなるゲスい男の性なのか。
どちらにしろ、彼女を放っておくことなんて出来ない。
「それ、そんなに大事なものだったのか?」
「はい、とても大切なものなんです」
「でも壊れちゃったな……」
「いえいえ、良いんですよ。元々壊れていたものですから」
彼女はそう言って苦笑したが、俺には意味がわからなかった。
どうして壊れた懐中時計を持ち歩いているのか? あまり考えたくないことなのだが、彼女の身に不幸が降り掛かったことだけはわかる気がする。だからこそ俺はそれを聞くべきなのか迷っていた。
すると、そんな俺の疑問や迷いが顔に出てしまっていたのか、彼女は自嘲するように笑ってから口を開いた。
「私が泣き虫だから、心配してくれてるんですよね?」
「そりゃあ、誰だって心配するだろうさ」
「あはは、私ったら泣き虫なので……」
「別にそれを馬鹿にしようとは思わないさ。俺だって泣くときは泣く。そりゃあもうワンワンとな、俺は一度泣き始めたら中々泣き止まないぞ」
「もう、私と良い勝負ですね」
俺の冗談を聞いて彼女はクスッと笑った。本当に冗談だと思ってくれているだろうか。
自分が泣いている理由を話したくないなら話さなくてもいいと俺は言おうとしたのだが、彼女が先に口を開いた。
「その……最近、事故で兄を亡くしたんです」
そして、予想だにしない重い事情が彼女の口から放たれたのだった。
「私、兄と仲が良かったので、中々現実を受け入れられなくて……階段から足を踏み外した時、もしかしたら同じ場所に行けるかも、なんて考えちゃって。でもやっぱり怖くて……あははっ、私ったら何て変なこと考えてるんでしょうね……」
彼女がさっきあんなにも泣いていたのは、あの出来事をきっかけにトラウマが呼び起こされてしまったからだったのか。ここから飛び降りれば……なんてことも彼女の頭をよぎったのかもしれない。
「そんなの、お兄さんが喜ぶはずないだろ」
俺は彼女の身内でも友人でもないのに、ついカッとなってそんなことを口に出してしまう。今まで会話したこともない、ただ駅で見かけるだけの間柄だというのに、彼女が線路に身を投げる姿を想像するだけでゾッとしてしまう。
対して、彼女は鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしていた。
「もしも君が死んでしまった時、お兄さんが後追いしてきたら、君は喜ぶのか?」
「……いいえ。そんなの、嬉しくありません」
「だろ。俺だってそんなことをされるのは御免だ」
こんなに悲しんでいるぐらいなのだから、きっと彼女はお兄さんのことをとても慕っていたのだろう。その尺度は俺が測れるものではないし、その悲しみを理解することは出来ても、実感することは不可能だ。
ただ、彼女の中にそういう選択肢が存在してほしくない。
「悲しくなるのは、それだけ故人のことが大切だったってことだ。その悲しみを乗り越えるのはとても大変かもしれないが、頑張って幸せに生きて天寿を全うして、いつかまたあの世でお兄さんと出会えた時に、自分は貴方のおかげでここまでこれたって胸を張って言えた方が、お兄さんは喜ぶと思うぞ」
なんて俺は偉そうに言ってしまったが、こんなのただの受け売りだ。
俺も昔、似たようなことを言われたから……。
「……そうですよね、その方が良いですよね」
どうやら俺の言葉を前向きに受け取ってくれたようで、ようやく彼女に笑顔が戻った。
「ありがとうございます。貴方のおかげで、今日も学校に行けそうですっ」
「本当に平気か? 普通に学校の階段ですっ転んだりするなよ?」
「わ、私はそんなドジじゃないですからっ」
俺が高一の時から見かけてるから、彼女も俺と同じ高校三年生のはず。そう簡単には学校をサボれない大事な年で、気分もナイーブになりやすいだろう。
だからこそ、彼女には元気でいてほしい。毎朝この駅のホームで彼女の姿を見かける度に、なんとなく元気を分けてもらえるような気がするからだ。
「その懐中時計って、お兄さんの形見なのか?」
「はい。事故の衝撃でちょっと壊れちゃったんですけど、大事なものなんです」
「でも珍しいな、懐中時計を持ち歩いていたなんて」
「私の兄、こういうのを持っているのがかっこいいって思ってるタイプでしたので……」
懐中時計というアイテムを身につけてかっこつけてるお兄さんか。意外と面白いタイプのお兄さんだったのかもしれない。
「そういえば、貴方のお名前は?」
「あぁ、俺は……って、もう電車出るぞ。そろそろ乗らないと遅刻するんじゃないか?」
「え、あぁっ!?」
彼女は元々早めに登校するタイプだったのかもしれないが、流石にそろそろ電車に乗らないとまずい時間になってきていた。ホームに発車ベルが鳴り響く中、彼女は慌てて電車に乗り込もうとしたが、ホームに突っ立っている俺に声をかけてきた。
「あ、貴方も乗らないと!」
「いや、俺は別の行き先だから」
「あ、そうだったんですね」
ホームは同じだが彼女とは電車の行き先が違うのだ。だから悔しいことに彼女と一緒の電車に乗ることは出来ない。あぁ、悲しい。今からでも女子校に転校したい。
「で、では! 明日もお会いしましょうねっ」
「あぁ、気を付けてな」
車内から手を振っている彼女に手を振り返しながら、俺は彼女を見送った。
明日もお会いしましょう、か。
これ、何かフラグが立ったと思って良いのだろうか?
名前とかは聞きそびれてしまったが、今までは遠くから眺めることしか出来なかった高嶺の花にお近づきになれるチャンスが巡り巡ってきたのだろうか?
そんな明日が待ち遠しくてしょうがないが、俺は苦手なブラックコーヒーを一口飲んだ後、小さく溜息をついた。
「遅刻確定だなぁ」
俺が彼女についた二つ目の嘘。
俺には、彼女と話しているほどの時間的余裕なんてなかったのだ。
だって、俺が通っている松楠高校はここからまぁまぁ遠いんだもの。彼女が通っているであろうリハジョはここから電車で十五分ぐらいだが、松楠高校までは三十分ぐらいかかる。
「まぁ、いっか」
俺は再び苦みたっぷりのブラックコーヒーを一口飲んで、難しいことは考えないことにした。
遅刻すると言っても朝っぱらからやっている朝課外に遅れるというだけで、朝のHRにはギリギリ間に合うはずだ。いや、電車の遅延具合によっては間に合わない可能性もあるが。
まぁ遅刻は遅刻だが、人生で初めて遅刻した理由が、可愛い女の子を助けていたからですってなったら多少は箔が付くはずだ。
そんなことよりも、明日もまたあの子と会えると思えるだけで俺、津々見昴は有頂天だったのだ。
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