第12話 ばれてた……だから? ACT2
午後の業務は背中にじっとりと汗をかきながら、作業に追われている。
集中しないといけないが、どうも今日長野がうちに来るという事が頭から離れない。
ああ、タイプミスだ!
ここもだ!
駄目だ、本当に集中しないと作業が滞ってしまう。
デバックすれば赤いエラーコードが何行か即座に出てくる。
まったく、これほどまで窮地に追い込まれるのは久しぶりだ。
「あのう、先輩」
そんな時俺に声をかけて来たのが後輩の水瀬愛理だった。
「どうしたんですか、さっきからコードエラーばかりが連発しているんですけど」
「わりぃ、すまん。今すぐ修正するからちょっと待ってくれ」
「別にいいんですけど、この案件そんなに急ぎませんから」
「ああ、分かってる。でも、ここでこれが止まれば後あとの作業に響くからな」
「確かにそうですけどね。でも今日の先輩、らしくないですよ。最近調子よすぎていたせいの反動ですか?」
此奴は今年で入社2年目。うちの部署に配属され去年までの1年間、俺が教育係として見てきた奴だ。
それなりにスキルはあるし、細かいところにも良く気が回る女子の新入社員としては出来る方だと俺は思う。
そう言う水瀬も、今年からもう一人立ちをさせている。
最も俺の後方支援と言うところだが。
水瀬の容姿に派手さはない。
それと言って地味という訳でもない。
社会人としてのPTOは今どきの新人よりはしっかりと身につている。言わば卒のない新人と言えるだろう。
時間だけが加速していくように過ぎていく。
何とか修正箇所を直して、デバック後エラーが出ないことを確認すると、水瀬から「OKです! 少し休まれたらどうですか?」とメールが送信されてきた。
「ああ、そうするよ」と返信した後、席を立ち喫煙所に向かった。
カチンとジッポライターの軽く乾いたような音を耳にして、煙草に火を点けた。
「ふぅ、どうすんだよいったい」
自販機から缶コーヒーを買い、プタブを開けコーヒーをすする。
ま、でも多分遅かれ早かれ、あの長野には繭の事はばれる気がしていたのは事実だ。
それが今日であるのならば、それはそれで受け入れるしかないのかもしれん。
長野が繭の存在を知ったからと言って、彼奴は社内にそのことを言いふらすような奴ではないことは分かっている。
口は意外と堅い。だが、自分が気になる事はとことん詮索する奴。
逆を言えば長野に繭との関係を知っておいてもらった方が、何かと相談も出来るのではないか?
生身の女から遠ざかっている俺にとって、女子高生と言う存在は、未知だらけだ。女の事は実際よく分からないし、長野だったらいろんなアドバイスをもらえるかもしれない。
物事は悪く考えればどんどん悪い方にばかり向いてしまうが、それを自分なりにいい方向に解釈していけば、まんざら悪い状況という訳でもなくなってくる気がしてくる。
全く不思議なものだ。
何となく気分が晴れてきたような気がする。
缶コーヒーを飲み干し、煙草を灰皿の水の中に落とし込んで喫煙室を出ようとした時、部長が扉を開けて入って来た。
「おう山田、どうしたなんか調子悪そうに見えたんが、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です」
「そうか、ならいいんだけどな」そう言いながらくわえた煙草に火を点けて
「今日は定時に上がれ。遅れている案件は今のところないんだろ」
「はい、何とか遅れは今のところないです。」
「だったらあとは水瀬に仕事放り投げてお前はさっさと帰れ! もう水瀬もそれなりに出来ているようだから、出来る仕事はどんどん水瀬に振ればいい」
なんだかいつもと違う雰囲気の部長の様な感じだ。
いつもはすぐにがみがみ難癖付けてくるんだが、今日はもの凄く温和な感じがする。
「なぁ山田、お前最近何か変わった事があったのか?」
「いえ、別に……これと言って変わったことは何もないですけど」
「そうか……」と言い白い煙を口から吐き出した。
喫煙所を出る時
「山田、とにかく今日は早く帰れ」
よっぽど俺の表情が切迫せいていたのか、ああ、多分また顔にもろに出ていたんだろうな。それで部長がこんなこと言ったんだ。
「わかりました。それじゃ後、水瀬さんに指示してすみませんが定時で上がらせてもらいます」
「おう!」
部長の声を耳にして俺は喫煙所を出た。
とりあえず、自分の今こなせる切りのいいパートまで処理をして、その後の事は水瀬さんにメールで指示書を送った。
水瀬さんから返信で「了解しました。大丈夫ですから早く今日は帰ってくださいね」と返信があった。
定時を5分過ぎたところで、部長がちらっとことらを見るのを目にして。
「それじゃすみませんがお先します」といい、オフィスを出た。
それに続いて「それじゃ僕もお先しまぁーす」と軽い声で長野が俺の後をついて来た。
「長野お前大丈夫なのか今日定時で上がって」
「大丈夫だよ、もともと今日は定時で上がる予定してたから、ちゃんとやるべく事は済ませているよ」
「まったくお前は要領のいいやつだな」
「ああ、そんなことないよ。本当は今日仕事終わってから町村さんと待ち合わせしてたんだけど、彼女朝一から残業確定だって連絡来てたんだ。だからその時間つぶしにどうしようかと思ってたところだったんだ」
「なんだ俺の所に来るのは単なる時間つぶしなのか」
「あはは、そうかもね」何となく含みのある笑いが気になる。
「あ、そうだ。手ぶらで行くのもなんだから、ケーキでも買っていくよ」
ちょうどケーキ店の前に差し掛かったところで、長野がさっと店の中に入っていった。
俺もその後を追うように店に入る。
「どれにしようかなぁ」
ショーケースに綺麗に並べられている、ケーキをガラス越しに眺めながら。
「うんやっぱり見た目はこっちの方が今どきの子は喜ぶかなぁ」
小さな声で呟くように言いながら
「すみません、これ3個ください」と、見た目かなりカラフルでフルーツてんこ盛りのケーキを注文した。
「へへへ、喜んでくれるといいんだけどね」
そんなことを独り言のように言いニタつく長野。
此奴何考えてんだ?
何となく嫌な予感がしてくる。
長野は何度か俺のアパートに来たことがある唯一の奴だ。
もちろん、俺の趣味? 部屋の中の状態も知っている。
「あ、見えて来たね山田のアパート」
何となく嬉しそうに言う長野。こっちにしてみりゃこれから起きる事をどう対処したらいいのかと、頭が回転しすぎて真っ白状態になりかけていると言うのに。
部屋のドアの前に来ると台所で、繭が料理をしているのが雰囲気的にわかる。
もうどうにでもなれと言う思いでドアを開けた。
「ただいま……」
「やや、今日はやけに早いお帰りだねぇ」
とぼけ声で繭がキッチンから顔を出す。
「あ、いや今日は定時きっかりに上がって来たんだ」
「ふぅーん、そうなんだ」と、俺の後ろにいる長野の存在にきづき。
「お、めっずらしい! 山田さんがだれかを連れてきている」
「こんにちは、山田君のお母さん!」
「ん?」
おい、長野、繭の姿見てわざとらしんだよ。
「お母さん? はて? 誰の事かなぁ……」
にまぁとした顔をして繭が俺の顔をじっと見つめている。
「ま、とにかく入ったら」
「お、おう」
「おじゃましまーーす」
長野はこの状況でも相変わらず軽いノリだ。
「初めまして山田君とは同じ部署で同期の長野勇一と追います。どうぞよろしく。とても若い山君のお母さん」
此奴おちょくってんな。
「……ちょっとちょっと、山田さん」
繭が小声で手を引っ張り、部屋の奥の方に向かわせた。
「あのぉ、これってどうなってんの?」
「うぅぅぅ。説明するとだな」と俺が言いかけた時
「大丈夫だよ山田。僕知ってたんだ。お前が若い子といるっていう事」
「はぁ―!!!」
「ごめんごめん、この前さぁ、山田この子と二人で買い物してただろ。その時僕も同じ店にいたんだよ」
「え、! なんだって……」