16彼の知っている彼の話
馬車は街の中心部にある広場で止まった。
馬車を降りたセレイアたちは、テリーに案内されながら、人気だという露店通りへと向かう。
奇抜な衣装と見慣れない肌や髪の色をした異民族の者達が売り子の露店では、珍しいかたちの宝飾類や、奇妙な置き物、香木などが売られていた。
セレイアが以前、元婚約者から貰った、気持ち悪い蛇の置き物に似たようなものもあって、あれは異民族の手によるものだったのだろうか、と思ったりした。
しばらく興味深く見て回っていたのだが、外出するのは久しぶりなうえ、人混みには熱気があり、セレイアは少し疲れてきた。
休憩がてらにセレイアは食堂に入ったのだが、アンネは別行動で、髭面の騎士の護衛とともに、露店を見て回っていた。
「あのメイドさん。メイドとしての仕事放棄してるみたいですけど、いいんですかね」
自分の欲求を我慢し、主人であるセレイアに付き従うのがメイドの役目である。
自由なアンネと、それを許すセレイアに、テリーは驚いた風だった。
「いいのよ。私だけじゃなく、あの子の気晴らしでもあるのだから。あなたは、あっちに同行したかった?なら申し訳ないけれど」
「まさか。女の人の買い物に付き合わされるのは、正直……疲れます」
苦く笑ったテリーは、やはりニコラスによく似ていた。
ニコラスは女性にもてると、元婚約者が言っていた。
同じ種類の優男であるテリーを、アンネは気に入ると思っていたのだが――。
(……アンネってああいう感じの人が好みだったのね)
二手に分かれようとセレイアが言うと、アンネは厳しい髭面の男を同行者にと願った。
食堂の窓から、人混みの中にいるアンネが見える。
アンネは熱心に、髭面の騎士に話しかけていた。
そんな彼女の様子を眺めながら、テリーの『おすすめ』だという料理を食べる。
揚げたじゃがいもと、キノコが串に刺さっていた。辛めのタレにつけて食べるのだが、そのタレにはこの地方特有の調味料が使われているらしい。
確かに、おすすめなだけあって、とても美味しかった。
「貴族のご令嬢が食べるには、ちょっと低俗なのかなって思ったんですけど、美味しそうに食べますね」
「料理に低俗も高尚もないと思うのだけど」
あるのは不味いか、美味いかだけな気がする。
食べるときのマナー的なことも含んで言っているのだろうけれど、社交場ではないのだから多少、豪快にかぶりついても、問題ないはずだ。
「僕、一度、あなたに会ってみたかったんです。思っていた通りの人だったんで、良かった」
嬉しげな表情で言われ、セレイアは手にしていた串を、皿に置く。
「ニコラスさんから、何か聞いてたの?」
「いいえ。ニコラスじゃなく、ハロルド副隊長から。以前、バーム族との紛争があったでしょう?ハズバの辺境騎士団からも、僕を含めて数十人、参加したんです。その時、僕、ハロルド副隊長と同じ隊に回されました。ニコラスもいましたよ。若い騎士が多い隊だった」
ニコラスの従兄弟で、騎士なのだから、元婚約者と顔見知りでもおかしくはなかったが……同じ隊にいたと聞き、セレイアは眉を顰めた。
「隊って……彼、王太子殿下の側近みたいな立場だから……安全だって聞いていたのだけれど」
「最初のうちはそうだったみたいですけど……当初、想像していたより戦況が厳しくなったってのもあって、ハロルド副隊長自ら志願したらしいです。最後の方、前線に駆り出されちゃったのは予想外だったっぽいですけど」
前線、という単語にセレイアの眉がさらに寄る。
危ない目に遭ったのだろうとは、その後の彼の様子で何となく察していた。
けれど自ら望んでなど……腹が立つが、すでに何年も前に終わった話だ。今更、怒っても空しいだけである。
「前線に行ってからは流石に送ってなかったみたいですけど、ハロルド副隊長……三日に一度は必ず、婚約者の女性に手紙を書いていて。堅物なのに意外だって、噂になってたんですよ」
大した内容ではなかったが、手紙はよく貰っていた。とくに、北の国境の紛争地へ行っている間は、セレイアに心配させたくなかったのか、いつも以上に頻繁に手紙が届いた。
「野花を摘んで押し花にしたりして。まるで乙女のようだって、からかわれたりしてました」
押し花など手紙に挟まっていた記憶はないけれど……と、当時のことを振り返り、そういえば、と思い出す。
時々、粉々になった枯葉のようなものが手紙に混入していたことがあった。ゴミが入っているわ、と呆れていたのだけれど……あれはきちんと処理をしていないため押し花になれなかった、野花の残骸だったのだろう。
「あの堅物をここまで夢中にさせる婚約者だ。きっと美人で、イイ女に違いないって話になって。どんな女なんだ、イイ女なのか、って囃し立てられたら、ハロルド副隊長、普通です、って答えたんです」
「へえ。……そう」
思わず乾いた相槌をしてしまった。
「いつも澄ました顔をしているのに、赤面してましたから。きっと、恥ずかしかったんですよ」
セレイアが不機嫌になったのに気づいたのか、テリーが慌てたように付け足した。
「それに……前線に行って、酷いっていうか……もう、いろいろ諦めちゃうような事態になったことがあって……その時、ハロルド副隊長、自分や僕達を鼓舞するように言ったんですよね。婚約者を残して死ぬことは出来ないって。生きて戻って結婚するんだ、って。そう約束したって。お前たちも生きて戻りたい、帰りを待ってる人がいるだろうって。……いつも冷めた感じの人だったのもあって、情熱的な言葉に、感動して、みんな涙を流していました」
「……そう」
「だから、会ってみたかったんです。あの人を熱くさせる人って、どんな女の人なんだろうって。思っていた通りの人でした」
「どんな人を想像していたの?普通の人?」
セレイアは、冗談っぽく訊いた。
「違いますよ。きっと優しくて、穏やかな人なんだろうなって。そう思ってました。……あと、それから…………ハロルド副隊長は、あなたのことを、ものすごく大切に想っていて、愛していたはずですって。それをどうしても伝えたかったんです」
テリーは詳しい経緯をニコラスから聞いていないのだろうか。
二人が婚約を解消し、セレイアがディルクの婚約者になったことを、感情のすれ違いの結果だと思っているのかもしれない。
それともコルネリア王女とのことを知っているうえで、セレイアに彼の気持ちを……あの頃の彼を疑って欲しくないと思っているのか。
今更、伝えられたところで、セレイアにはどうしようもないのだけれど。
「知っているから。大丈夫よ」
ほんの少し、コルネリア王女との仲を疑ったこともあった。
しかしセレイアは知っていた。
大切に想われていたことも、きちんと彼なりに好きでいてくれたことも。
「……すみません」
「どうして謝るの?」
「いや……すみません」
セレイアの返事を聞き、セレイアと目を合わせたテリーは、はっとしたような表情をした後、苦い顔になって――なぜか謝罪を口にした。




