EX3.それは彼らの他愛もない日常
ウナ達が外へ出る数日前のお話になります。
どうしても、アンさん中心になりがち……
前回との温度差がひどい。
轟音が鳴り響く。
場所はダンジョンの中層と表層の中間にあたる大広間。
そこで激しい戦闘が行われていた。
何度目か分からない、爆発の後、土煙の中から一人と一匹の人影が飛び出してきた。
「うわーん。また負けたー!」
「ぷるー……」
ボロボロの姿で、出てきたのはトレスとぷるるだ。
二人とも傷だらけである。
その後に煙の中から出てきたのは二本の剣を携え、地龍のマントを羽織ったインぺリアル・アント。
アンだ。
ところどころ傷は負っているが、二人ほどではない。
『今の攻撃は危なかったですね……。ですが、ぷるるが一度攻撃を吸収してから放つという特性上、“吸収限界”が存在します。今の様に吸収の隙に、高出力の一撃を一気に叩き込めば、あっさりと攻略されてしまいますよ?』
「うー……、そんな事出来るのなんて、アンさん位だよー!」
「ぷるー!」
どうやら二人は新技のコンビネーションを試すために、アンと模擬戦をしていたようだ。
だが、見事に返り討ちにあってしまったらしい。
トレスは悔しがって地団駄を踏んでいる。
『そう悔しがらないで下さい。……私だって、必死だったんですよ?』
「そんな風に見えなかったー!」
「ぷー!」
どうやら二人は頑張って考えた必殺技が通じなかったことが、よほど悔しかった様だ。
『それでしたら、先ほどトレスが使った『極日線』で、敵の体に穴をあけ、その穴にぷるるが入り込み内側からもダメージを与える、と言うのはどうですか?これなら、内と外の両方から相手にダメージを与えられますし、吸収を阻害される可能性も格段に減りますよ?』
アンは、なかなかにエグイ提案をする。
「あ、確かに!……うーん、でも負けて悔しいーよー!」
「ぷるー…。ぷぷぷー!」
二人は、成程と言った様子で頷いた。
だが、すぐにぶーぶーと負けた不満を口にする。
どうやら、誤魔化せなかったようだ。
その姿にアンは苦笑する。
『でも、おそらくその手を使わなくても、私がこの剣を手に入れる前でしたら、負けていたでしょう。それ程までに、二人のコンビネーションは素晴らしかったです』
そう言ってアンは手に持った剣を掲げる。
先日ダンジョンにやってきた冒険者を始末した際に、手に入れた『地龍の剣』だ。
魔力を込めれば込めるほど、斬撃の威力が増すという優れもので、現在のアンの主力武器となっている。
それに、たとえ別の地龍の素材とはいえ、あの御方と同じ素材で造られた剣を使っているのだ。
それで敗北などしたら、あの御方の最初の眷属として顔向けできない。
『ですから、そう言った意味では、今回の勝負は、武装の差ともいえるので、地力では二人の方が……』
「えー、でも負けは負けだもん!」
「ぷーぷー!」
二人は抗議をやめない。
さて、どうしたものかとアンが思案していると、後ろから声がかかった。
「コラ!二人とも、そうやってアンさんを困らせたらいけません!」
『ウナですか。それに、千手も』
フロアに入ってきたのは、ゴーレム・ホムンクルスのリーダーウナと、千手観音ゴーレムの千手だ。
千手の腕には、今しがた仕留めたのであろう土蟲が抱えられている。
「あ、千手だー」
「ぷるー」
そう言ってトレスとぷるるは千手の元へ向かう。
どうやら興味の対象から解き放たれる事が出来たらしい。
アンはため息をついた。
「おぉー、おっきな土蟲だね。千手が仕留めたの?」
トレスの問いに千手はこくりと頷く。
千手を始め、一部のゴーレム達はダンジョンの防衛だけでなく、自ら進んで土蟲などを狩っている。
そして、トレスが以前、食事は眷属と一緒の方が美味しいよ、という言いつけをかたくなに守り、獲物を仕留めた際には必ずこうやって誰かの元へと持ってくるのだ。
もっとも、千手本人は魔力と魂が主な食事なので、肉そのものは食べることが出来ないのだが。
「頂きまーす!はむはむはむ!美味しい!」
「ぷぷぷー♪」
二人はものすごい勢いで土蟲の肉に齧り付く。
小さな少女が血まみれの肉に食らいつく光景は、中々に衝撃的だ。
「ふぅー食べた食べた!よーし、ぷるる、私たちも狩りにいこう!さっき、アンさんが言ってた事を試してみよう!」
「ぷぷー!」
「千手―!待っててね。私もすっごく大きな土蟲狩ってくるからねー」
「ぷぷーぷー」
そう言って、トレスとぷるるはダッシュで大広間を出て行った。
地龍のダンジョンが拡張を続けてる今、その強大な魔力と地龍の存在によって、土蟲がダンジョンへ侵入してくる数は格段に減っているが、たまにこうして迷い込んでくる奴もいるのだ。
ただし、迷い込んできた土蟲は例外なく、アン達の食料になっている。
土蟲の血の匂いに引かれて、他の子蟻達もやってきた、
『千手、ご苦労様でしたね。では、みんなで頂きましょうか』
アンがそう言うと、千手はかたかたと震えて、アンから距離をとった。
まただ、とアンは思った。
あの冒険者達を始末して以来、なぜか千手はアンや子蟻達を前にすると、こうやって距離をとる様になっていた。
もしかしたら、あの冒険者の魂を食べさせたのが、何らかの要因になっているのかもしれないと、アンは考察している。
でも既に、地龍様には報告済みだ。
今のところは問題はないが、これが続くようならば地龍様の元へ、千手を連れて行こうとアンは考えている。
ふと、ウナの方を見た。
ウナはなにやら土蟲の肉とにらめっこをしている。
『………どうしたのですか、ウナ?』
言われてウナは、はっとなる。
「あ、すいません。ボーっとしてしまって。肉を食べていたら、勇者の記録に“串焼き”というモノがあったなぁというのを思い出しまして……」
『串焼き?』
「な、何でもないですよ。それより、アンさん、ちょっといいですか?」
土蟲の肉を齧りながら、ウナはアンに話しかける。
『どうしたんですか、ウナ?』
「提案があるのですが……外に出る、と言うのはどうでしょうか?」
『外、ですか?』
「はい。先日のゴブリン共を始末してから、しばらく経ちます。もし、アレらの仲間がいるのなら、やつらが戻らないことを、不審に思っているのではないでしょうか?」
『確かに……そうですね。アレらを直ぐに殺したのは、早計だったかもしれませんね……。一人か二人、生かして外の情報を聞き出すべきでした』
それを聞いてウナは首を振った。
「いえ、人間の……あの汚らしいゴブリン共が来たのは初めてでしたし、仕方が無かったと思います。その上、アクレト・クロウの襲撃まであったのですから」
アンはそこで、ふと思い出したようにウナの方を見た。
『そう言えば、言うのが遅れましたね。ウナ、あの時は私の代わりにダンジョンの皆をまとめてくれて有り難うございます』
アクレト・クロウと戦闘の後、地龍様に触られて舞い上がってしまい、ウナ達にお礼を言うのをすっかり失念していた。
だが、ウナはブンブンと首を横に振る。
「い、いいえ!そんな!私なんて全然、それよりもアンさんの方が凄すぎます!あのアクレト・クロウと戦って勝つだなんて!」
興奮した様子で詰め寄るウナに、アンは苦笑した。
『ですから、前にも言った様に、勝ったのではなく、一時休戦になっただけですよ。それに、彼が……ヘレブが普段の戦い方をしていれば、私はおそらく勝てなかったでしょうから……』
今ならばわかる。
あの時、最後に『火具羅』を使うまで、ヘレブは明らかに手加減をしていた。
地龍様から頂いた知識によれば、アクレト・クロウの本領は火や風の魔術による遠距離攻撃だ。
それなのに、ヘレブはその殆どを使ってこなかった。
使っても、殆どは近距離か中距離からの、直接攻撃範囲内。
だからこそ、アンも戦えたのだが。
「アンさんが負けるなんて、あり得ません!直接見たわけではないですが、もし同じ状況に私がいたとしても、アンさんと同じ事が出来るとは思えません!」
強く拳を握ってウナは言う。
その力強い断言にアンは少し引いた。
一体、彼女の中でアンの存在はどこまで大きくなっているのだろうか?
彼女がこうしてアンに敬語を使うようになったのは、確か最初に模擬戦をした時だったかと、アンは思い出す。
生まれたばかりで実戦経験皆無だったため、インペリアル・アントに進化していたアンは楽勝で勝ててしまったのだ。
それ以来ウナは、アンに敬語を使うようになった。
『でも、前にも言った通り、私が強くなれたのは地龍様のおかげなんですよ?』
「あの……例の魔石ですか?ぷるるも進化したという?」
『ええ、そうです』
そう言うと、ウナは渋い顔をした。
「………でも、私には信じられません。いくらアンさんを強くするためとはいえ、あれ程致死率の高い魔石をお父様が食べさせるなんて……」
『いいえ、ウナ。それは違います』
「え?」
『地龍様は失敗する筈が無いと、確信していました。だからこそ、私にあの魔石をお与えになったんだと、私は思っています』
「ど、どうしてそう思うんですか?」
ウナとて父親であり創造主である地龍様の事を疑っている訳ではない。
でも、どうしても聞きたかった。
『実を言うと、私はあの日、地龍様が持ってきて下さった魔石の中に“進化の魔石”が混じっている事を知っていました。地龍様から、遺跡の知識を頂いた時に、“進化の魔石”についての知識も入っていましたから。その色や形状も』
知っていて、それでも喜んで食べたと、アンはそう言った。
それがウナには信じられなかった。
「そ、そんな……怖くなかったんですか?」
『勿論、怖かったですよ?』
事も無げにアンは言う。
「だ、だったら――――」
『ここで死ねば、今後地龍様にお仕えすることが出来なくなると―――。そう思うだけで、私は怖かったです。もう二度とあの御方に会えなくなる。そう思うだけで、私は激しく恐怖しました。でも、その一方で私は、もう一つの思いの方がよほど怖かったのです』
「もう一つ?」
『ええ。“このまま―――弱いまま地龍様にお仕えすること”。それが、私には死よりも恐ろしい恐怖でした』
「それは……っ!」
弱いままではあの御方を守れない。
それはウナも感じている事だ。
なぜなら地龍はウナ達の創造主であり、父だ。
アンやほかのゴーレム達との実戦で確実に強くなっている自信はある。
でも、そのために死を乗り越えるほどの“覚悟”が、自分の中にはあっただろうか?
『強くなる道が示されている。それも、地龍様が自ら手を差し伸べているのです。ならば、拒む理由がどこに有りましょうか?私はあの御方にお仕えすると決めた以上、“死”を恐れるという恐怖など、とうの昔に捨て去ったのですから』
それに、魔石はすごくおいしかったですよ、と最後にアンは冗談めかすように言った。
「アン………さん……」
そう思った時、ウナはアンの事を心の底から敬愛した。
この方についていこうと。
この方と共に、偉大なる父を、地龍様をお守りするのだと。
「……私は……どうすれば良いんでしょうか?アンさんみたいに強くなるには?」
『私の様に……と言うのは少しむず痒いですが。ただ、そうですね……強くなる秘訣、それは“意志の力”だと、私は思っています』
「意志の力……ですか?」
『はい、意志の力です』
うーん、とウナは頭を捻る。
意志の力とはなんだろうか?
トレスにも言えることだが、ウナ達ゴーレム・ホムンクスル達の意志とは、すなわち父であり、創造主でもある地龍様の意志だ。
まだ生まれて間もない、ウナには心の機微と言うものが良く理解できなかった。
でも、きっと理解できるはずだ。
この人と、アンと一緒なら。
「アンさん。私も……私も強くなりたいです!アンさんと一緒に!どこまでも!」
それを聞いてアンはにっこりとほほ笑んだ。
『わかりました!それでは、訓練を始めましょうか?』
「はい!」
土蟲の肉を食べ終え、二人はその日、夜遅くまで訓練に励んだ。
ただ、そのせいで疲労困憊になり、地龍への『外へ出ましょう申請』が一日ほど遅れてしまったのは、ご愛嬌と言うところだろう。
そして、アンとウナが訓練をしていた頃、トレスはぷるると一緒にサイ型のゴーレム・ホムンクルス、ゴンゾーの背中に乗って、中層を駆けていた。
「うわー速い!はやーい!ゴンゾー!もっと、もっと速く!」
「ぷーるー!」
「ぶふぉおおおおおおおおおおおおおおっ!」
トレスはぷるるたちと共に、大きな土蟲を仕留めていた。
それを背中に乗せ、中層を走り回っていたのだ。
「よーしっ!これ持って、千手の所へ行こう!」
「ぷるー」
「ぶふぉおおおおおおおおっ!」
楽しいなぁと、トレスは思う。
こんな日々がずっと続けばいいのにと。
地龍様がいて、眷属がいて、みんなでのんびりと暮らす。
これ以上の幸せをトレスは知らない。
「あ、そうだ!今度千手に、肩車っていうのをやってもーらお!」
だから、彼女が考えるのは常に他愛のない事だ。
ぷるるやゴーレム達を一緒にどうやって遊ぶかなどの、他愛のない事。
だって、自分たちは眷属なのだから。
“ずっと”、一緒にいるのだから。
だから、トレスはいつも他愛のない、皆と一緒に遊べる我儘ばかりを考えている。
「よーし!ゴンゾー、千手の所へレッツゴー!その後は、お父ーさんと一緒にお昼寝だー」
「ぷっぷるぷー」
「ぶふぉおおおおおおおおおおおおおお!」
三人は中層を駆ける。
こんな日々がずっと続くと信じて―――――――。
この二日後、ウナ、ドス、トレスの三人は人間の町へと出かける事になる。
そして、彼女が千手の最期を看取るのは、そのすぐ後の事だ。
ちなみに、ドスは一人でひたすら『風掌』の練習をしていたそうな。
「………………頑張る」
次回はエリベルとベルクの過去のお話になります。
ちょっとだけシリアス風味。
その後で、第四章に入ります。




