8.開戦と邂逅
ようやくの第三章本番です。
かなり視点が入り乱れています。ご了承ください。
ウナがその異変に気付いたのは今朝になってからだった。
地龍への報告を終え、そのままドスと共に宿で夜を過ごした。
ウナは地龍やアン達のいない場所で眠るのは初めての事だった。それゆえ、きちんと休眠をとることが出来るか不安ではあったが、予想以上に寝具と言うものが心地よく、思いのほかぐっすり眠ることが出来た。
当然ドスが一人じゃ寂しいと思って、きちんと一緒に寝てあげたのだが、ドスの匂いと寝具の心地よさがまるでスポンジの様にしみ込んできて、ものっすごい安眠できたのだ。
その後、朝食済ませ(勿論きちんとお代わりをした)、情報収集のためギルドへと向かう途中で、最初の異変に気付いた。
「ドス、昨日と比べて、随分と冒険者の数が少ないと思いませんか?はむ……むぐむぐ」
屋台で買った串焼きを頬張りながら、ウナは疑問を口にする。
ちなみにドスは袋持ちだ。流石に朝食を食べたばかりで、肉の串焼きなど食えない。
余程この屋台の串焼きがウナの口にあったらしい。
「………ん」
ウナに言われてドスも周囲を見渡す。
そして、気づく。
朝という事で人通りはまばらではあるが、歩いているのは普通の格好をした町人ばかりだ。
冒険者、ウナ達の言うところの汚らしい恰好をした者たちは殆んどいなかったのである。
「…………冒険者、いない」
「そうですね。………姿が見えないというよりも、魂の気配そのものが少なすぎます」
なるべく町を見渡すようにギルドへ向かったが、ギルドに到着するまでの間に見つけた冒険者は、たった一組だけだった。
なにやらモヒカンや肩パッドをした小汚たらしい恰好をした男たちが老人を囲んで話し合っていたのだ。汚らしいので間違いなく冒険者だ。
もちろん関わりたくないので、ウナ達は衛兵に話をしてギルドへと向かった。
「…………すくない」
「そうですね」
そして、到着したギルド内部も閑散としていた。
広間のテーブルにも殆ど空いており、人は少ない。
「すいません」
「おはようございます。冒険者ギルドアグール支部へようこそ……て、あら、貴方達は昨日の……?」
「はい、昨日はお世話になりました」
カウンターに座る女性は昨日、ウナ達が冒険者登録をした際担当してくれた女性だ。
長いブロンドの髪を後ろで束ね、薄く化粧をした二十代ほどの女性だ。
眼鏡をかけ、手には黒い手袋をはめ、いかにも受付嬢と言った雰囲気を醸し出している。
ウナ達は小汚い赤毛の女冒険者に色々と情報をもらったが、その後にギルドの職員である彼女にも、様々な情報を教えてもらった。
向こうも女性であることで気を許したのか、随分と親身になって教えてくれたので、かろうじてウナは彼女の事を覚えていたのだ。
確か名前は………いや、とにかく覚えていたのだ。
ブロンド眼鏡の女性だ。
「いえいえ、あの程度で、お礼なんていりませんよ?本日はどのようなご用件でしょうか?」
爽やかな営業スマイルで、用件を聞く受付嬢。
ウナは気になっていたことを聞いてみた。
「なぜ今日はこれ程人がいないのですか?ここへ来るまで町の中を見ても、冒険者は殆んどいませんでしたが?」
「ああ、その事ですか」
受付嬢は納得したといった様子で説明を始めた。
「実は一か月ほど前から、冒険者へ緊急クエストの募集が掛かっていたのですよ」
「緊急クエストですか?」
「はい、依頼主はお上、つまり国からの依頼です。内容は兵の募集ですね」
「兵の、募集ですか?………一体何の?」
ウナは妙な胸騒ぎがした。
「討伐任務です」
受付嬢の女性はにっこりと笑って答える。
そして、次の言葉でウナの胸騒ぎが確信に変わった。
「ウナさん達はまだEランクなので参加することは出来ませんので、昨日はお伝えしておりませんでしたが、Cランク以上の冒険者を対象に国が募集をかけているんですよ。何でもエルド荒野に災害指定種が現れた、とかで」
それを聞いてウナとドスは言葉を失った。
かそうじて、なんとか平静を保ってウナが言葉を紡ぐ。
「…………詳しく聞かせて下さい」
一刻も早く主へと伝えなければいけない。
ウナとドスの頭の中はそれだけだった。
だが、ウナは疑問に思うべきだった。
そもそもなぜ、たった一日で、冒険者の数がこれほど少なくなっていたのかを。
一方、エルド荒野の手前にある死の境界、通称デッドラインには、その境界を埋め尽くさんばかりの人間の軍で溢れていた。
「全軍止まれ!ここで一旦、休憩とする!」
その数は、数万は下らないだろう。
正規軍に加え、この周辺の冒険者ギルドに徴兵を行い、かなりの数の冒険者を集めることが出来た。
だが、その軍勢になによりも驚いていたのは、エルド荒野を見張っている“兵士”たちだった。
彼らは次々に驚きを口にする。
「……お、おい。あいつらいつの間に現れたんだ?」
「俺に聞くんじゃねーよ。知らねーよ。あいつら、気づいたら、あそこに居たんだよ……」
「はぁ?そんな訳あるか!あの大軍勢だぞ!ここまで接近してたら、どうやったって気づかない方がおかしいだろ!」
監視用の砦は混乱の極みにあった。
それもそうだろう。
彼らはいつも通り、エルド荒野の監視を行っていたのだ。
そこに“突然”この軍勢が現れたのである。
驚くなと言う方が無理な話だ。
そんな監視塔の混乱とは裏腹にのんびりとした表情で、その男は荒野を見つめていた。
「いやー助かったよ、エクレウス。まさか、この大軍を一瞬でエルド荒野目前まで転移させられるなんてねぇ。いくらスピードが命の作戦とはいえ、まさか進軍を本当にたった一日で済ませるなんて、賢者程じゃないにしても君も十分に化け物だねぇ」
青髪紅眼の派手な男。
その外見に似合わず、のんびりとした口調で言うのは、龍殺しの大英雄、ヴァレッド・ノアードだ。
その傍らには、青い顔をした宰相エクレウスが立っている。
と言っても、今にも倒れそうな程に衰弱しているが。
更に彼の傍には、数人の魔術師がぐったりと倒れている。
明らかに疲労困憊の色が目に見える。
「はぁ……はぁ……言ったはずだ……失敗は許されぬと………」
そういうエクレウスの手には、彼の二倍の長さはあろうかと言う杖が握られている。
いや、杖と呼ぶにはあまりに歪な形をしていた。
先端は箒のように枝分かれし、長い棒の部分には蛇が巻き付いたような意匠が施され、つかの部分にはバスケットボール程の巨大な魔法石が取り付けられている。
『転移の杖』
その杖はそう呼ばれている。
かつて、エクレウスの祖先、賢者エリベルが残した大規模転移術式の理論を応用し、魔術都市エンデュミオンの若き天才魔工技師ラウラドールが作り上げたとされる最高傑作だとエクレウスは聞いている。
大量の魔力と引き換えに、大人数の人間を決まった場所へと転移させることが出来るという破格の性能を持つ魔道具だ。
まさに戦争の歴史を変えると言っていい一品だ。
だが、欠点として製作に時間がかかりすぎること、発動に時間がかかりすぎる事、術を行使する人物が行ったことがある場所でないと転移することが出来ない事、更に消費する魔力が、あまりに桁違いであり、一回使えばしばらくの間使えなくなってしまう、まだまだ改良すべき点が多すぎて、量産には向かない魔道具だ。
また、使用後には魔術都市への返品もしなければいけない。
エクレウスが無理を言って融通してもらったのだが、その甲斐はあった。
この魔道具ならば、兵の募集も進軍スピードも大幅に縮めることが出来る。
エクレウスは自身が行ったことのある場所で、エルド荒野に最も近い“死の境界”にある監視用の砦付近を転移先として選んだのだ。
そしてエクレウスは、その超大規模転移を本人を含むたった数人で成し遂げた。
エリベル程ではないにしろ、彼は宰相と言う地位にいるが、同時にすさまじい才覚を持った魔術師でもあるのだ。
「いやー、有難うありがとう。これで、僕の考えた作戦は完璧に実行できるね」
「ハァ……ハァ……次はお前の番だぞ……本当に……ハァ…可能なんだろうな?この期に及んで……出来ませんでは済まさんぞ?」
ぎろりと、エクレウスはクマの出来た目でヴァレッドを睨み付ける。
部下から受け取った回復用のポーションを浴びる様に飲む。
少しでも失った魔力を回復するためだ。
「大丈夫、問題ないさ。じゃあ、往って来るよ」
そう言って彼は、ベルディーと共にエルド荒野へと入ってゆく。
あっという間に彼は目的の場所に到着する。
それは、今回目的とするダンジョンの直ぐそばだ。
ヴァレッドは鞘からオレンジ色の剣を抜く。
聖剣レヴァーティンを。
「それじゃあ、始めますか」
そう言って彼は剣を抜く。
オレンジ色の剣。
聖剣レヴァーティン。
彼が持つ唯一にして、絶対の武器。
鞘から抜かれた瞬間、聖剣から高密度の魔力が迸った。
彼は剣の刃を地面に刺し、片方の手も地面に添える。
彼の手から複雑な魔法陣が現れる。
「……地形把握……形状一致。………予測深度……………想定範囲内。………効果可能範囲………………条件一致…………よし、いける。ていうか、予想以上にこのダンジョン大きいねぇ……でも、大丈夫だろう」
彼はにやりと笑った。
その頃、とある冒険者が近くの騎士へと質問していた。
俺達は何をするのかと。
「……ああ、そうか」
そういえば冒険者達には、詳しい作戦内容は伝えられていないのか。
まあ、それも仕方ないかと騎士は思った。
だって、言ったところで信じないだろうから。
事実、作戦を伝えた正規軍でさえ、殆どのものが半信半疑だったのだ。
それは彼とて同じだった。
騎士は苦笑しながら冒険者の方を向いた。
「ふむ、貴様はダンジョンを攻略する、一番手っ取り早い方法が何かわかるか?」
騎士は冒険者の男へと尋ねる。
「は……?えっと……一体どういう事ですか?」
いきなり問いを投げかけられて、混乱しているのだろう。
だが、騎士は気にせず前を向いた。
「―――――答えは、簡単さ。見ていればわかる」
ヴァレッドは地面に向けて剣をかざす。
次の瞬間、彼の持つ聖剣がひときわ強い光を放つ。
「さあ、往こうかねぇ」
ヴァレッドは大地に向けて、剣を振った。
「“砕け”レヴァーティン!」
次の瞬間だ。
ズドンッッッ!!!!!!!!とすさまじい轟音が響き渡った。
さらに続く激しい地鳴り。
そして、騎士たちは、冒険者たちは、エクレウスはその光景を見た。
大地が――――――割れた。
この日、エルド荒野の地図は書き換えられることになる。
突如として現れた、底無しの峡谷によって、エルド荒野は真っ二つに分断された。
その頃、地龍は深層でウナの知らせを聞いていた。
『お父様、大変です!軍が、人間共の大軍がエルド荒野へ向けて進軍していると』
俺は突然のウナの知らせに呆然としていた。
は、軍が?
なんで?
「へぇ、外にも仲間がいるの?一体どんな―――――――ッッ!!!」
だが、俺とは対照的にエリベルは落ち着いた様子で、ウナの報告を聞いていた。
て、あれ?どうした、怖い顔して?
いや、骸骨だから表情は無いんだけどさ。
『………お父様、今の声はどなたですか?』
あ、そっか。ウナにはまだエリベルの事は話してなかったっけ。
ウナに紹介しないと。
『ああ、そういえば言ってなかったな。今の声はエリ―――』
「地龍!今すぐ防壁を張りなさい!」
『え?』
俺の言葉は最後まで続かなかった。
その前にエリベルが、被せる様に声を出す。
恐ろしく切羽詰まった声だ。
え?どうしたの?
「――――ちっ、あんたの頭の回線借りるわよ!」
そう言ってエリベルは俺の頭を掴む。
うごぉ!脳みそをシェイクされるような感覚!
な、なにすんんんっごおおおおおおおおおおお!!!頭があああががががあがああがががが!
だが、俺の混乱などお構いなしにエリベルは、俺の思念通話の回線に強制的に接続する。
『ダンジョン内に居るやつ全員に告げるわ!今すぐ何らかの防壁を張りなさい!衝撃に備えなさい!死にたくなかったら、言うとおりにしなさい!早く!』
そう言ってエリベルは俺の頭から手を放す。
何だ一体?
「ちっ、誤算だったわ。まさか、この国に“アレ”を使えるやつがいたなんて……。いや、そもそもなんで、このタイミングで――――」
ぶつぶつとエリベルは独り言をいう。
『おいおい、エリベル……。一体どうし―――』
「いいから!早く防壁を張りなさい!死にたいの!?」
次の瞬間だった。
ぞわりと、寒気がした。
そして、目の前が――――――割れた。
事前に作戦内容を伝えられていた騎士たちでさえ、その光景に息を吞んでいた。
いや、そもそも何が起こったのか、半ば理解できないでいた。
突如として起こった巨大な地割れ。
その地割れはまるで、このエルド荒野全てを真っ二つにしているかのようだった。
そんな地割れを彼は、ヴァレッドはのんびり眺める。
「―――――見つけた。へぇ、ホントに居たよ。リアスちゃんの情報も侮れないねぇ」
じゃりっと音がする。
隣に隻眼の冒険者、ベルディーがいた。
「ヴァレッド、こっちも見つけた。私は表層に用がある。ここで一旦別れるぞ」
ベルディーの槍を持つ手に力がこもる。
それを、どこか心配そうにヴァレッドは見た。
「そうだねぇ。……ねぇ、ベルディー」
「何だ?」
「くれぐれも油断はしないでおくれよ?作戦通り、マッピングを終えてエクレウスに送信したら、僕たちが頭を潰す。残りを騎士たちが掃討だ。わかってるね?」
「誰に言ってんだ」
残酷な笑顔を浮かべてベルディーはヴァレッドを見る。
「………それも、そうだねぇ」
そして、彼らは躊躇うことなく、地割れへと足を進める。
そのまま、地の底へと落ちて行った。
その光景を見た冒険者の男はその場にへたり込んでしまった。
ありえない、かろうじてその口はそう呟いた。
うわさには聞いたことがあった。
聖剣の一振りは大陸を割ると。
だが、それを自身の眼で見ることになるとは。
ダンジョン攻略においての正攻法とも、奇襲とも全く違う。
聖剣の力にモノを言わせた、まさに常識破りの戦術。
まさかの―――――『ダンジョン無視』
迷宮を無視して、直接最深部へと向かう。
これが、聖剣の力。
これが大英雄。
しばらく冒険者はその場から動けなかった。
ようやく彼らが、軍の指揮官の指示に従い始めたのはそれから二分後の事だ。
そして、その光景を信じられない者が最深部にもいた。
『………なんだよ、これ』
俺は今起こったことが信じられなかった。
ていうか、何だ!?何が起こった!?
端的に言うなら―――――目の前がいきなり割れた。
バキバキと音を立ててダンジョンが崩壊してゆく。
うっすらと陽光が見える。
光?え、なんで?
ここ深層だぞ?地下何百メートルあると思ってるんだ……?
『お父様!どうしたんですか!今の轟音は一体!?返事をしてください!お父様!』
ウナの声が耳に届かない。
それほどに俺は混乱していた。
え?え?え?
何だこれ?
あり得ないだろ………。
一体何が起きたっていうんだ?
「あ、ちょっと地龍、混乱してないで!手ぇ!手を貸して!」
そこでようやく俺は正気に戻った。
声のした方を見る。
エリベルだ。
エリベルが崖から落ちそうになっている。
「進化したばっかで、もう魔力もろくに無いのよ!さっきの通信で魔力は空なの!悪いけど引き上げてくれないかしらー!」
結構切羽詰まった声で、エリベルが叫ぶ。
そ、そうだ。とりあえず、エリベルを助けないと。
『あ、ああ待ってろ!いま―――――』
だが、そんな俺の目の前に、更なる混乱が降ってきた。
派手な装いをした男が落ちてきたのだ。
ズダン!!と音を立てて、そいつは二本の足で着地した。
その手にはオレンジ色の剣。
え?あれって確か――――聖剣レヴァーティンか?
本物?一体どうして?
封印されてるんじゃなかったのか?
いや、ていうか何なんだこの状況?
なんだ、なんだ、なんだ?
何だこいつ?
どこから現れた?
とにかく、訳が分からなかった。
ただ、目の前の男は笑った。
そいつの左手にはめた腕輪が砕けて、地面に落ちた。
ゆっくりと、男は口を開いた。
「へえ………これが本物の“地龍”か………成程、確かに化け物だ」
目の前の男は、俺を見て笑った。
寒気がした。
何だこいつ?
いや、その前に………こいつは、本当に人間か?
「初めまして、地龍さん」
それが、龍殺しの大英雄ヴァレッド・ノアードとの出会いだった。
レベルを上げて物理で壊して、頭を叩けばいい!
だいたいお察しの通りの作戦でした。
ヴァレッドの作戦の全容や、そもそも全部ぶっ壊さねーの?とか、今回の話の色々な部分の補完は次話でします。




