13.そして現実へ……
――そこで映像は途切れた。
『こ、これで終わりですか?』
『はい。ここから先は私の記憶もあやふやになっているので……』
申し訳なさそうにミュルスは答える。
『そ、そんなぁ……』
ここからが気になるところだったのに、とアンは内心歯噛みした。
『……この後、星脈の眷属は少しずつ時間を掛けて、バラバラになって行きました。最初にヤムゥが、次にハルシャが、そしてアジルが。去ってゆく眷属に、ギブル様は酷く心を痛めていました』
『……何故?』
ウロヌスにあれほどの仕打ちをしておいて、悲しむ? 何を言っているのだ?
いや、そもそもあれだけの事があっても何故、彼らは星脈に残り続けたのだ?
もしアンが彼らの立場なら、きっとリアスやジョーカーのようにすぐにでも星脈を出ていくだろうに。
『ウロヌス様の『滅尽』は封印後も、ギブル様の記憶に影響を与えたのですよ。いえ、ギブル様だけでなく、あの場に居たおそらくは全ての眷属に。それだけギブル様の記憶に干渉するのは困難だったのでしょうね』
周囲への影響を気にする余裕などない程に、と。
つまりあの場に居た、全員が記憶の改変を受けたのだ。それも完全ではなく虫食いのように不完全な記憶の消去。
矛盾だらけの辻褄合せ。
『そのせいで、逆に記憶を奪われるとは、なんとも皮肉な話ですね』
虫食いのようにギブルの記憶が飛んだ結果、ウロヌスはギブルによって断罪され記憶を奪われた。
彼がリアスの事を何も覚えていなかったのはそのためだろう。いや、ひょっとしたらギブルへのあの狂気にも似た偏愛すら、その影響かもしれない。
ウロヌスはリアスの事を何度も『特別』だと言っていた。
その特別が、彼の記憶から消えた結果、その愛情が、彼の記憶の中で整合性を持たせるように、ギブルへと向けられた可能性はある。
だがその結果、帝都でギブルはウロヌスに敗北することになるのだから、なんとも皮肉な話だ。
誰一人として救われていない。滑稽で、哀れで、あまりにも報われない笑い話。
『……大した存在ですね、貴方達は』
最大の皮肉を込めて、アンはそう感想を漏らした。
ギブルだけではない。他の星脈の眷属達も、どこかちぐはぐな――そう矛盾をはらんだ言動が多かったが、その理由もこれなら説明がつく。彼らは皆、記憶が欠落していたのだ。だからこそ、歪ながらも繋がり、対立し、そして分かれた。少しずつ時間を掛けて。
ミュルスもどこか苦笑するように溜息をもらす。
『もしかしたら、あの時こうしていれば。何度もそう考えたことはあります。ですが、それは全く無意味だと、分かっていても考えずにはいられませんでした』
その声は、どこか疲れているようだった。
『……何故、私にこれを見せたのですか?』
『知ってほしかったからです。アナタ達がこれから最後に立ち向かう相手がどういう存在なのかを』
『なんですかそれは? 私達にギブルを救えとでも?』
残念ながら、それは出来ないとアンは断ずる。確かにギブルは間違いなくアースの母親だ。だが、それだけだ。例え何かあったとしても、アンがギブルの味方に立つことは絶対にない。
星脈の眷属やギブルに何かあったとしても、それはアンには関係ないし、敬愛してやまない彼女の主と、大事な眷属に危害が及ばないのであれば、どこでどうなろうとどうでもいい。
むしろ迷惑ばかりかけられているのだ。
欲を言えば、とっとと死んでほしいと願うくらいである。
『ふふ、分かっています。そういうところも含めて、本当にアナタは私にそっくり……』
『……馬鹿にしているのですか?』
『いいえ。ですがこの記憶は必ず、貴方達の役に立つはずです。そして願わくばギブル様を――』
視界がぼやけていく。
そしてアンの意識は現実へと引き戻された。
意識が覚醒する。
視界がハッキリすると、そこには見慣れたダンジョンの光景が広がっていた。
場所は、深層の入口のすぐそばだ。
『戻って来たのですね、現実に……』
つい先ほどまで、無重力の中に居るような感覚だった。思わずバランスを崩し、壁に寄り掛かってしまう。
『――さま。お母様、中層ダンジョンの修理の件で相談が。お母様? 聞こえてますか、お母様?』
すると次世代の女王種の一匹ヤンから念話が届いていた。
それでようやくアンは自分の直前の行動を思い出す。
(そうでした。確か私は、ヘレブとの会話を終え、ダンジョンの深層へ戻ってきた。そして次世代の女王種たちに、それぞれ指示を出した後、ミュルスの声に導かれてあの白い空間に――)
ずいぶんと長い間、あの場所に居た気がする。
『ヤン、聞こえますか?』
『お母様。良かった。いつもならすぐに返答があるのに、どうかなさいましたか?』
『……私はどれほどの間、沈黙していましたか? いえ、質問を変えます。私がアナタ達に指示を出して、どれぐらいの時が経ちましたか?』
『? えっと、おおよそ一分程度だと思います。子蟻たちと中層に向かったのですが、少々確認することがあってお母様に再度、連絡を入れました。その、申し訳ありません。要らぬ手間を掛けてしまって……』
『いえ、そんな事はありませんよ。要件を言いなさい』
『あ、はい。実は――』
アンはヤンの念話を聞きながらも、自分の予感が正しかった事を確信した。
ミュルスも言っていたが、本当にあの白い空間での出来事は、現実ではほんの一瞬の出来事だったのだ。
(ヘレブの件といい、今の経験といい、本当にやる事が多いですね。ですが、まず今はこの情報をアース様とエリベルさんの元へ届けなければ……)
特にギブルの記憶に関しては最重要事項だ。
もしギブルの記憶が完全に蘇れば、あの悲劇という名の大災害がまた繰り返されることとなる。
そうなっては全てがお終いだ。
『まったくとんでもない記憶をプレゼントされたものですね……』
アンはヤンの確認事項に対し、指示を出すと急いで転移門をくぐり、アースとエリベルの元へ向かった。
そして――……。
『うぉおおおおおおおお!早く……早く体をもどさねぇと。どうすればいいんだあああああ。あぁ、怖い……ギブルが怖い……』
『落ち着け相棒!そもそも戻るのは俺であってお前じゃねぇ!はぁ、記憶共有の弊害だな。ちょっと迂闊だったわ。というか、ヤバい……魔力が……魔力が無くなってくる。さっき、記憶渡した時に魔力結構使って……。あ、相棒、魔力くれ。この体、魔力ないと死ぬかもしれない……』
「ふー!ふー!フバァアァアアアアア!(バァルを寄越せぇ!ペロペロさせろぉおおおお!)」
「あー、体が痛いなぁ。エリちゃん拘束するのにまた大怪我しちゃったし……」
≪報告。ウナ、ドスより面会を申し込んでいる人物が居るとの事です。こちらへの到着予定時刻は……。確認。このアナウンスが聞こえていますか?確認。お父様、聞こえていますか?お父様、聞こえていますか?≫
『…………』
アンの目に飛び込んで来たのは、敬愛してやまない主の慌てふためく姿と、何故か磔にされ、口枷をされながらも必死に何か(意味は分かるが理解したくない)を叫ぶエリベルの姿。何故かいるレーナロイド。そして何事もないように報告を行うギジーのアナウンス。
それを見たアンは――。
『アース様、エリベルさん、落ち着いて下さい。急を要する情報があります』
なんだいつもの事かと思い、全員を落ち着かせたあと、先程得た情報をアース達に話し始めるのであった。
人は慣れる生き物だ。
蟻だって、魔物だって慣れる。
アンにとって、目の前の光景は、もはやただのいつもの日常でしかなかったのである。
……いいのかそれで?
あとウナとドスから連絡があったシュヴァイン卿の面会は当然後回しにされた。




