3.霧の行方
ゆっくりと、ジョーカーはダンジョンの中を進む。
しばらく進み続けて、彼は異変に気付いた。
おかしい。これは一体どういう事だ?
(……魔物やトラップが一切見られないッス)
いや、正確に言えばゴーレムらしき魔物は何体もいた。
だがそのどれもが、自分へ攻撃を加えてこなかったのだ。
まるで“居ない者”として扱っているかのようだ。
トラップにしても同様。
明らかにここに罠ありますよー的な罠も、巧妙に隠した罠も、そのどれもが自分が通り過ぎても、うんともすんとも言わない。
(……確かに魔力や気配は極限まで消してるッスけど、こうまであからさまに気づかないもんッスかね……?)
気付いていない―――いや、もしかして“認識”すらしていないのか?
(……まさか……)
ジョーカーはおもむろに自分の仮面を外し、地面に落としてみる。
トランプの道化を思わせる白い仮面は、カランカランと音を鳴らした。
するとゴーレム達は一斉にこちらを向いた。
彼―――ではなく、落ちた仮面に向けて。
そして訝しげに首を傾げた後、再び周囲を徘徊した。
(……本当に、僕の事を“認識”していないんッスね……)
でもどうして?
自分にこんな特性があったか?
答えは否、だ。
彼の下位種族に当たる“道外し”ならば、特定条件を満たした者のみしか認識できないという特性があるが、それは彼には無い。
そんな特性が無くとも、霧で自分の存在を認識できなくさせてしまえばいいのだから。
だが、今彼はその霧の能力も使っていない。
(一度死んだ……というか、死にかけた影響で、僕自身にも何かしらの変化があったと考えるのが妥当ッスね)
今のジョーカーの魔力は全盛期には遠く及ばない程に弱まっている。
ならば認識されないというのは、今の状況下ではかなり助かる。
このままダンジョンを抜けてしまおう。
そう思い、ジョーカーはダンジョンの中を進む。
(……それにしても)
ふと、ジョーカーは気になった。
(……さっきから僕、全然迷ってないッスね……)
こっちを行けばいい、こう進めばいい。
そう“頭の中”に入っているかのようだ。
(ファーブニルの深層は、僕も知らない筈なんッスけど)
まるで進むべき道が“分かって”いるかの様に、ジョーカーの足は止まらない。
最初からどこか一点を目指して進んでいる様な感覚だ。
やがて、彼の目の前に開けた空間が広がった。
(……ここは?)
キョロキョロと周囲を見渡す。
そして、そこに鎮座する“それ”を見た。
(アレは―――)
その瞬間―――彼の意識は暗転した。
◇◆◇◆◇
恐ろしく不毛な戦いを終えて数分後、エリベルとレーナロイドが目を覚ました。
「うぅん……なんか体が随分痛むわね……何でかしら?」
自分の頭を押さえながら、エリベルが呟く。
どうやらエリベルは、ここ数分の記憶を失っているようだった。
ブレスによって頭を強く打ち付けたのが原因だろうか。
まあ、何にせよ覚えていないのなら、その方が良い。
あんな出来事さっさと忘れてくれ。
『アース君、アース君』
などと思っていたら、レーナロイドから思念通話が来た。
……あれ?というか、この人も俺のブレスの余波多少は喰らってたよな?
相当血を流してたみたいだし、大丈夫なのだろうか?
『レーナロイドか?体は大丈夫なのか?』
『……正直、めっちゃギリギリだけどね。一瞬、綺麗な川の向こうに死んだ隊長格の連中が見えたよ……』
『そ、そうか……』
やっぱりヤバかったらしい。
『それはそれとしてさ。もしかして、エリちゃんが記憶を失ってるの、偶然だって思ってるかい?』
『え?』
という事は、まさか……。
レーナロイドはこくりと頷く。
『正確に言えば、記憶に“蓋”をしただけだけどね。何がきっかけで、思い出すか分からないから、君もエリちゃんの前でうかつな発言はしないようにね』
しーっと言う様なジェスチャーで笑うレーナロイド。
『忘れてるかもしれないかもしれないけど、私は認識操作や認識阻害の術式が得意なんだよ?ほら、大陸会議の時もルギオスが仕事する時にサポートしてたじゃんか』
そんなことあったっけ?
……あ、思い出した。
大陸会議の時、コイツの部下のルギオスって、帝都で活動してたんだったな。
ウナやドスも巻き込まれてた。
『あん時はごめんねー。まさか、“烈風”君と“水姫”ちゃんまで巻き込んじゃうなんて、予想外だったからさー』
『……まあ、もう済んだことだし、いいけどさ……』
結果的に二人は無事だったし、今回のアジルとの戦いでは彼女に相当助けられた。
今更、あの件を蒸し返すつもりはない。
「あれ?そう言えば、なんでアンタとクソ婆が、私の研究所に居るわけ?」
そこからか。
俺はエリベルに、俺の現状について再び説明した。
ちなみにバァルは既に避難済みだ。
今は、別室でジュースとお菓子を堪能している事だろう。
ちょっと今回の件がトラウマになったかもしれないが……。
どうしても駄目な場合は、レーナロイドに頼んで記憶に蓋をしてもらおう。
「なるほどねー。魂の分離か。確かに、私が生前に倒した“深淵”のケースと似てるわね」
紅茶をすすりながら、エリベルは頬杖をつく。
「んで、エリちゃん。彼を元に戻す妙案はあるかい?」
レーナロイドが訊ねると、エリベルはんーと呻る。
「……結論から言えば、可能でしょうね」
『ッ!?ほんとか!?』
「ええ。いくつか方法はあるけど、一番確実なのは、アンタともう一人のアンタが魂を分離したという事実自体を“無かった事”にするって方法かしらね」
『無かった……事にする?』
どういう事だ。
「正確に言えば、魂が分離する前の状態まで戻す。―――“聖域踏破”を使ってね」
『あ』
そうか。その手があったか。
エリベルの禁術“聖域踏破”は、対象の姿やスペックを、過去、現在、未来とあらゆる時点へ自由自在に変化させる魔術だ。
対象の過去へ指定してエリベルが全盛期の力を取り戻したように、対象を未来に指定して俺を成体へ強制成長させたように、対象の姿を自由自在に変化させる究極の干渉術式。
それが、“聖域踏破”だ。
それを使えば、確かに俺たちの魂は元の状態に戻るだろう。
『そ、そうか。じゃあさっそく―――』
「といっても、これは無理な案なんだけど」
『無理なのかよ!?』
あっさりと、俺の期待を踏み砕くエリベル。
「あくまで実行できればって話よ。“聖域踏破”の使い手が居なきゃ、所詮は机上の空論で終わっちゃうでしょ?」
ああ、そっか。
今のエリベルって魔術が使えないもんな……。
あんなトンデモ術式、エリベル以外には使えないか。
『いや、でも……あ、そうだ。宝具ヴァジュラ!
あれみたいに、なんか代用品で―――』
「あんな超高等魔導具、そうそうあるわけないでしょうが」
だよなー。
ヴァジュラそのものも、俺が成体になる時に、ボリボリかみ砕いちゃったし。
せめて同じような魔道具があれば……ん、いや、まてよ、それなら―――。
「あー、ちょっといいかい?」
レーナロイドが手を上げる。
「“聖域踏破”がエリちゃん以外に使えないみたいな前提で進めてるけど、もう一人居るじゃないか。エリちゃん以外にも、“聖域踏破”を使えるヤツがさ」
『もう一人……?誰だよ?』
「決まってるじゃないか、彼だよ」
たっぷり間を開けてから、レーナロイドはその名を口にする。
「―――“皇獣”アジル・ダカール・レイノルズさ」
その瞬間、場の空気が変わった。
「……クソ婆、アンタ遂にボケた?」
「ぐっはぁ!?」
エリベルの容赦のないツッコミが刺さる。
酷い言い方だが、言わんとしてる事は俺にも分かる。
だってソイツ、ついさっきまで俺たちと殺し合ってた相手だぞ?
「べ、別にボケてないよ!?」
心外だなと、レーナロイドは慌てる。
「純粋に魔術の腕前だけで言えば、アジルは多分エリちゃんに匹敵するだろ?実際に“聖域踏破”も使って見せたし、“もっと高度な魔術”だって行使しようとしていたしね」
もっと高度な魔術……?
それってもしかしてあの空に浮かんでいた魔術陣だろうか?
……あれって結局、どんな術式だったんだろう?
「んで、だからなんだってのよ?まさか、頭を下げて協力でも求めるっての?」
「うん、その通り」
エリベルの冗談めかした物言いに、レーナロイドは素直に頷く。
今度こそ、俺とエリベルは完全にぽかんとなった。
「……は?」
「アジルに“聖域踏破”を使わせて、アース君を元に戻せばいいんだよ。大丈夫、私が説得するから。何せ私は、かつて彼のパートナーだったんだからね!アース君やエリちゃんは、大船に乗ったつもりで良いんだよ!ハッハッハ」
俺とエリベルは無言で目を合わせる。
(……不安ね)
(……不安だな)
お互い思ってる事がすぐ分かった。
これ多分、あかんパターンや。
◇◆◇◆◇
一方その頃、
「ファルー、調子はどう?」
ツムギはダンジョン深層にあるファーブニルの療養施設を訪れていた。
「おお、ツムギか。調子はいいぞ。迷宮核の方も、ここ最近はさらに大人しくなってきたからな」
「そっか、よかったー」
元気そうなファーブニルの姿を見て、ツムギは安心する。
迷宮核との分離と彼自身の延命を図る為、ファーブニルの身体にはいくつもの管が取り付けられ、彼自身も一切身動きが取れない状態だ。
だからこそ、先程のアジル達との戦いで、この施設に異常がないかどうか不安で仕方なかったのだ。
(ホント、ファルが無事でよかったぁー……)
はふーと大きなため息をつく。
その姿を見て、ファーブニルの方が苦笑してしまう。
「それよりもツムギ、随分と大変だったようだな」
「あ、うん……」
アジル達との戦いに参加できなかったものの、何があったかはファーブニル自身も知っている。ギジーを通じて、限定的だが戦場の様子も見ていたのだ。
無論、ツムギが“夢霧”へと進化した事も知っている。
それでもツムギは直接話しをしたかったのだろう。
身振り手振りを交えて、どんな戦いだったのか、どんな活躍をしたのか、ファーブニルに説明した。
「そうか……強くなったのだな、ツムギ」
「うん!進化したし、もっともっと強くなって、ファルやみんなを守れるようになるんだ!」
まだまだその力を扱いきれてはいないが、経験を積めば、その力は神災級の名に恥じないものとなるだろう。
むふーと拳を握るツムギに対し、ファーブニルは僅かに尻尾を揺らす。
「……ツムギ、勘違いしているかもしれないが、お主はもう十分に強いぞ?」
「え?そ、そうかな?」
「ああ、強くなった。以前とは比べ物にならない程にな」
「え、えへへ……なんだか照れるなぁ……」
ファーブニルに褒められて、ツムギは嬉しそうに笑みをこぼす。
「あ、でもでも私が強くなったのって、ファルや皆のおかげなんだよ?お父さんは優しいし、アンさんは頼もしいし、エリベルさんだって……ちょっと怖い時があるけど、色んな事知ってるし、トレスちゃんやぷるるちゃんは一緒にいて楽しいし。……私、このダンジョンが大好きなんだ。だから、私が強くなれたのは、皆のおかげだよ」
「ふふ、それを素直に言えるからこそ、お主は強いのだよ。その繋がりこそが、お主の力なのだからな」
「そう、かな……」
照れて、ツムギの顔はますます赤くなる。
(あの弱かった子がここまで変わったか……。本当に、強くなったのだな)
嬉しいような、寂しいような。
子の成長を見守る親というのは、こういう気持ちなのだろうか?
目を細め、ファーブニルは尻尾でツムギを撫でる。
今の身体では僅かしか動かせなかったが、それでもツムギは嬉しそうに目を細めた。
「そう言えば、ツムギ」
「ん、なに?」
「先ほどから気になっていたのだが……その手に持っている“白い仮面”はなんだ?」
「え?」
そう言われて、ツムギは自分の右手を見る。
そこにはピエロを思わせる白い仮面が握られていた。
「……なんだろう、これ?」
何でこんなものを自分が持っているのか?
訳も分からず、ツムギは首をかしげるのだった。




