41.父親
勇者カディアスへのケジメか。
まあ、確かに俺たちの中じゃ、ある意味一番の被害者みたいなやつだけど。
『でも具体的にはどうするんだよ?ていうか、カディアスってお前が食ったんだろ?』
記憶送信で詳細を送って貰ったから、何があったかは知っている。
俺が眠ってる間に、もう一人の俺はカディアスを喰らい、その力を取り込んでいる事を。
ついでにそん時に、前世の俺の身体も一緒に喰われちゃってる事も。
ま、俺の体に関しちゃ、別に未練もないし良いけどさ。
『ああ、今も俺の腹の中に入ってる』
ポンポンと、自分の腹を叩くもう一人の俺。
『エリベル』
「ええ、分かってるわよ。連絡はしておいたわ。多分、もう少ししたら、“彼女”もこっちに来るでしょ」
そう言って、エリベルは踵を返す。
あれ?エリベルはもう何をするか知ってるのか?
『どこ行くんだよ?』
置いてけぼりにしないで。
「他の皆の様子を見て来るのよ。準備はしておいたから、ここに私の出番はもうないし、他を手伝った方が効率的でしょ?……なによ、その寂しい目は」
『いや、別に……』
もう一人の俺と二人だけになるのが気まずいとか、そういうんじゃない。
そんな今更な事、無いったらない。
「そ。じゃあ、また後でね」
そして、エリベルは転移門をくぐって消えてしまった。
『…………』
『…………えっと』
『なんだよ?』
『いや、別に……あ、それで、これからどうする訳?』
『今からもう一人、ここに来るから、その時に話すよ』
今話せや!
と、突っ込んでやりたいところをぐっとこらえる。
『誰が来るわけ?』
『見ればわかるよ』
今話せや!
と、突っ込んでやりたいのを何とかこらえる。
―――そして特に会話もする事も無く数分が経過した。
『……お、来たようだな』
隅に設置された転移門が光り出した。
あ、ようやくこの微妙な空気が解消される。
でも誰だろ?
彼女っていうからには、女性だよな。
という事は、レーナロイドあたりか?
俺と同じ転生者だし、魔王や勇者にも因縁が深いし。
だが、現れた人物は俺の予想外の人物だった。
「―――ここは……もうダンジョンの中なのですか?」
「……ん、そう。足元に気を付けて」
「ああ、なんか久々に帰ってきた気がしますね」
現れたのは三人。
そのうち二人は、俺のよく知る人物だった。
『ウナ?それに、ドスも』
「……んっ、パパ、さっきぶり」
「お父様、会いたかったです」
ウナは勢いよく抱きついてきた。
ただ、俺がデカくなりすぎている為、足首辺りに抱き着く形になってるけど。
「ああ、お父様のこの温もり……久しぶりです……くんくん」
ウナは、なにやら涙ぐんで顔をうずめている。
そうか……そんなに寂しかった―――て、何匂い嗅いでんだよ!
「……んっ、僕も久々に会えて嬉しい……」
ドスは相変わらずの無表情だが、心なしか声が弾んでいるように見える。
いや、俺もお前たち二人に会えて嬉しいけどさ。
でも再会を祝うのには、まだちょっと早い。
その前に、どうして彼女が二人と一緒に来たのかを確認しなければいけない。
『―――アンタは確か……オリオン、だよな?』
聖女“聖櫃”オリオン・カーラー。
おっぱいが大きい盲目のシスター。
ウナとドスが大陸会議で護衛を務めていた聖王国の重要人物。
なぜ、彼女がここに?
『オリオン、よく来てくれたな』
だが、もう一人の俺は待っていたかのように、彼女を出迎える。
「頭の中に響くこの声……そう、アナタが地龍アースさんですね。お話はウナさん達からかねがね伺っております。こちらこそ、ダンジョンへ招いていただきありがとうございます」
そしてオリオンの方も、なにやら普通に挨拶をしている。
え?なにこれ?どういう事なの?
というか、俺の事何気にスルーしてない?
『よし、それじゃあ、始めるか、相棒』
『何を!?』
せめて説明してくれ!
何で俺の周りの連中は、俺を置いてけぼりにして話を進めてるわけ!?
もう、ほんとこれ、俺がここに居る意味あるの?
『ああ、そうだったな。オリオンが来たら説明するんだったな』
もう一人の俺はようやく説明する気になってくれたようだ。
『彼女の能力“聖櫃”を使って―――死者との対話をするんだ。それで、カディアスの望みを叶える』
……なんだって?
◇◆◇◆◇
一方その頃―――。
「……ん……」
目が覚める。
ゆっくと瞼を開くと、そこは見慣れたダンジョンの天井だった。
「あれ……?私は、確か……」
そう言って、聖龍エルジャはゆっくりと起き上る。
「確か……第六エリアで、魔王軍の隊長格と戦って、それで―――」
ズキンと頭が痛んだ。
思い出す。直前までの自分の状態を。
「―――ッ!そうですわ、私は―――!?」
ハッとなって己の体を確かめる。
幹部と戦い油断した自分は、極上の呪いを受けた。
自分の浄化能力でも消し去れない程の強力な呪いを。
だが、
「……えっ?」
無い。
自分を蝕んでいた呪いの刻印も、体を内側から引き裂くような痛みも消えている。
これはどういう事だ?
「―――目が覚めたみたいね」
振り向くと、そこにはエリベルが居た。
アースと別れた後、彼女は深層の治療室に来ていたのだ。
「エリベル……様?これは……?」
「自分の体に意識を集中してみなさい。そうすれば分かるわよ」
そう言われて、意識を集中する。
すると奇妙な違和感がした。
自分の身体なのに、まるで糸で遠くから操っているような感覚。
「これは―――憑代、ですの?」
「そうよ。んで、エルジャちゃんの本体はあっち」
エリベルが指差す方向には、半透明なカプセルに入った自分の体があった。
均整のとれた裸体には禍々しい呪印が刻まれ、肉体の至る所が壊死している。
だが、それ以上に気になるのは胸の部分に無理やり押し込めたかのように取り付けられた球体の方だった。
あれは―――“魔核”?
しかも、感じる魔力は桁違いだ。
胸に埋め込まれた魔核が脈打ち、その度に体に刻まれた呪印が少しずつ消え去っている。
「……あの魔核が、私の呪いを浄化しているんですの?」
「ええ」
なんと。
その光景にエルジャは、ほうと思わず息を吞んだ。
聖龍の自分でも消し去れない程の強力な呪いを打ち消す程の浄化能力。
死を覚悟していた緊張が一気に緩む。
「流石、エリベル様ですわね。こんな凄い切り札を用意していただなんて。でも、黙ってるなんて、人が悪いですわ。私危うく死にかけるところでしたのよ?」
「……そうね」
「……?エリベル様?」
その歯切れの悪い反応に、エルジャは首をかしげる。
様子がおかしい。
どうしたのだろうか?
そう言えば、とエルジャは思った。
「ところでエリベル様、この魔核はどこから手に入れたんですの?こんな凄い浄化能力を、持つ魔物……なん、て……」
そこまで言いかけて、エルジャは表情を変えた。
不自然に、体が震えた。
流れない筈の冷や汗が流れた気がした。
「………あ………え?」
そして、その可能性に思い至った。
でも、あり得ない。
そんな筈はない。
だって、その魔物は―――今も結界を張って聖地を、彼女の故郷を守っている筈なのだから。
「……………………………お父様?」
独り言に近いその呟きに、エリベルは頷き、そして―――残酷な真実を彼女の告げる。
「そうよ。聖龍ハルシャルードは死んだわ。皇獣アジルと戦ってね」
「―――っ」
ハルシャとアジルの戦い、その結末。
その後のアース達との総力戦も全て、事細かにエルジャに説明した。
意外な事に、エルジャはそれを黙って聞いていた。
「―――そう、だったんですの」
全てを聞いた後、言葉を絞り出す様にエルジャはそう言った。
「『聖域結界』を解除したせいでしょうね。ハルシャには殆ど力が残っていなかったのよ。そこを突かれて、アジルに敗北した。……それでも善戦出来たのは、彼が力を覚醒させた真の龍王種だったからでしょうね……」
「そうでしたの……」
しばしの沈黙。
ゆっくりと、エルジャは訊ねた。
「……もし私が呪いを負わなければ、お父様は死ななかったのでしょうか?」
「どうかしらね?もしあのまま、ハルシャが結界を維持し続けていたら―――」
どうなっていただろうか?
意味の無いifだが、エリベルはその可能性を考えてみる。
『聖域結界』が解除されなかった場合、魔王軍との戦いはさらに激化の一途をたどっていただろう。彼らは更にダンジョンの奥を目指し、進撃を続け、よりダンジョンに被害が出ていたに違いない。
それだけでなく、アジルのあの巨体によって、中層エリアはほぼ破壊し尽くさるだろう。深層エリアも少なくない被害が出ていた筈だ。主だった眷属達にも死者が出たかもしれないし、なによりエルジャを助ける事はほぼ不可能になっていただろう。
そう、『結果』だけを見るなら―――ハルシャが結界を解いたおかげで、決戦の舞台はダンジョン外のフォード沙漠へと移行し、アースのダンジョン、そして眷属達、エルジャの命は助かった。
そう捉える事も出来る。
だが、それをここで言うのは流石のエリベルでも憚られた。
お前の父親が死んだおかげでみんなが助かったと言っているようなものだからだ。
どうしたものか?
ぼりぼりと、頭を掻きながらエリベルが悩んでいると、
「―――決めましたわ……」
「え?」
それまで俯いていたエルジャが急に顔を上げた。
その顔は場違いなくらいに明るく笑顔だった。
そしてパンと柏手を打った。
「決めましたわ、エリベル様!私は、もっともっと強くなります!今回の戦いで自分がどれだけ不甲斐ないかを痛感させられましたわ!だから、もっともっと強くなって、お父様も越える聖龍に―――そう、真の龍王種になってみせます!」
「え、あの……エルジャちゃん?」
「そうと決まれば、こうしてはいられませんわ。先ずは、ダンジョンの修理を急がなければいけませんわね。憑代の状態では、なにかと力不足かも知れませんが、私もお手伝いいたします」
「…………」
「その後は、申し訳ありませんが、少しお暇を頂きますわ。聖地に戻ってポロロたち―――聖龍たちへ、今後の方針を伝えなければいけませんしね。お父様が亡くなったのですから、私が今後は族長として皆をまとめていかなければいけませんし、ああ忙しくなりますわね」
「……エルジャちゃん」
「聖地とダンジョンの復興が終わったら、魔王軍の処理もしなければいけませんよね。向こうのダンジョンはどうするつもりですの?ああ、そう言えば皇獣や、幹部も何人か生きて捕えているんでしたよね。流石、アース様ですわ。なんてお強いんでしょうか。私もそう成れるように―――」
「エルジャちゃん!」
エリベルが叫ぶと、エルジャはビクッと身を震わせた。
「エ、エリベル様、どうしたんですの?急に大きな声を出されて……」
エリベルはつかつかと歩いてエルジャに近づく。
そして、その両肩をしっかりとつかんだ。
「強がらなくてもいいの」
「え?いや、何を……言ってますの?」
「辛い時はね、我慢しなくても良いの」
「…………え?」
エリベルはエルジャを抱き寄せ、ポンポンとその頭を撫でる。
「悲しい時はね、誰かの胸で泣いたって良いの」
「な、何を言ってますの?わ、私は別に悲しくなんてありませんわ。我慢もしていません!お父様が死んだのは、お父様が弱かったからで―――」
「嘘をつかないの」
「嘘なんて―――」
「見ればわかるわよ。エルジャちゃんが無理してるって」
「あ……」
「本当に辛い時はね、無理に立ち上がろうとせず、誰かに手を貸してもらって、ゆっくりと立ち上がったって良いの。寄り掛かったっていいし、背負って貰っても良いの。誰もそれを責めはしない。それは当たり前の事なんだから」
「…………」
「大事なのは、それを恥ずかしがらない事。じゃないと、いつまでも溜めこんで、最後には勝手に暴走しちゃって、結果的にもっとみんなに迷惑をかけることになっちゃうのよ」
―――私も以前はそうだったから、と。
心の中で、エリベルは言う。
「…………」
「ま、慰めてくれる相手が、愛しいアースじゃなくて、私なのは残念かもしれないけどね」
エリベルがそんな風に冗談めかして言うと、
「………ずるいですわ……そんな風に言うのは……」
「ずるくていいのよ。だから、我慢するのは止めなさい」
そう言って、エリベルは一層強くエルジャを抱きしめる。
すると、
「……うぁ……ぁぁ……ぁぁぁあああああああああああああ!!お父様!お父様あああああああああ!ごめ……ごめんなさい。いつも冷たい態度とってばがりどっで……こんな、こんな事になるなんて……わだ……ワダグジまだ、なんもお返しできてないのに……ごめんなさい……ごめんなさいっ……。お父様……お父様あああああああああああ―――」
ダムが決壊した様に、エルジャは泣き続けた。
お父様、お父様と、何度もうわごとのように言いながら、延々と、エリベルの胸の中で泣き続けた。
「(―――ホント、損な役回りね……)」
慰めるなんて、自分の柄じゃない。
どう考えたってキャラじゃない。
けど、あの時―――。
『―――無理すんな』
『は?何の事を言ってるのよ?べ、別に私は無理なんてしてないわよ。アンタ、私を誰だと思ってんの?』
『……そっか。じゃあ、悪いんだけどさ、俺、結構疲れてんだよ。だから、少し休んでから、行動しないか?』
帝都での戦い。
彼女が己の師匠リアスを殺めた時、あのバカはそう言って、柄にもなく自分を慰めてくれた。
勝手に暴走して、ダンジョンを危険にさらして独断行動をとった自分を責める事も攻める事もせず、下手な言い訳までして、自分が泣き止むまで待っていてくれた。
だから、これはそのお返しだ。
バカな事をした自分だから、せめてもの罪滅ぼしに、柄にもないような事をしなきゃいけないのだ。
エルジャが泣き疲れ眠りに着くまで、エリベルは彼女の傍に居続けた。……珍しくその寝顔に悪戯をすることなく。
◇◆◇◆◇
アンはエルド荒野に立っていた。
目の前には、エルド荒野の二大勢力の一角、アクレト・クロウの長ヘレブが巨大な岩を止まり木代わりにして、体を休めている。
『今回は助かりました。改めて、礼を言います』
『ふん、気にするな。我々の一族も、魔王軍には浅からぬ因縁がある。互いの利害が一致しただけだ』
『因縁……?』
言った後で、ヘレブは余計な事を言ってしまったと後悔した。
『……我らアクレト・クロウもかつては魔王軍に所属していたのだ』
『そうなんですか?』
『ああ、我が生まれる前の話だがな。連中がダンジョンに封印される前に大局を見た我の父―――先代の族長は魔王軍を離脱し、この地へとやって来た。ここは豊かな森だったからな』
『森……?』
この一面岩と大地が広がるエルド荒野が?
『そうだ。四百年以上前、ここは西のユグル大森林に匹敵する程の豊かな森であった』
昔を懐かしむようにヘレブは言う。
『まあ、今では見る御影も無いがな。だからこそ、驚いたのだ。貴様の主が、地下にとはいえ、このエルド荒野に再び森を作ったのだからな。正しく偉業と言えるだろう』
アースの事を称賛されてアンもこそばゆい気持ちにある。
実際にはただの趣味のガーデニングなのだが、そんな事実はこの二人は知らない。
『我の父にもその光景を見せたかった』
『……失礼ですが、貴方の父は?』
『もう死んだ。我に族長の席を譲ってな。……偉大な御方だった。アレを超える猛者はもう現れんと言える程にな……』
『そうですか』
この尊大なヘレブがそう言うとは、余程の魔物だったのだろう。
出来れば会ってみたかったと思うアンであった。
『それにしても、龍殺しに、神災龍王、皇獣と、一体貴様らはいくつ厄介事を、このエルド荒野に持ち込めば気が済むのだ?どれも一歩間違えれば、このエルド荒野が滅ぶことになっていたのだぞ?』
呆れる様に口にするヘレブに対し、アンは多少申し訳ない気持ちになる。
『それについては、申し開きようもできませんね……』
アンもそうだが、アースはそれ以上のトラブル体質だ。
本人が何かしなくても、向こうから手を振ってやってくる。
まあ、流石に今回以上のトラブルなんてそうそうあるとは思えないが。
『全く本当に騒がしい奴らだ。これなら四百年前の騒乱の方が、まだマシと言える』
悪態をつくヘレブだが、それが本心から出た言葉ではない事はアンにも察することが出来た。
なんだかんだ言いつつも、このカラスはエルド荒野に住まう者全員の身を案じているのだ。
『四百年前というと?』
『ああ、以前に言わなかったか?四百年前にも貴様と同じような黒蟻が居たのだ』
ああそう言えばと、アンは思い出す。
ヘレブと初めて会った―――というか、戦った時にそんな事を言っていた気がした。
だからこそ、初対面でいきなりアンの種族名を言い当てたのだ。
『尤も、あ奴は貴様と違い正気を失っていたがな。それでも、破格の強さを備えていたぞ。個としても、群れとしてもな。名は……何といったか?確か―――ミ……ミュルス……だったか?』
『―――え?』
ドクン、と。
アンは己の心臓が高鳴るのを感じた。
まさか、この場でその名前が出て来るなんて。
『……ヘレブ、その話……詳しく聞かせてくれませんか?』
『む?構わんが、少し長くなるぞ?』
『構いません』
いくらでも聞くと、アンはその場に腰を下ろした。
◇◆◇◆◇
中層に設置された拘留施設。
魔力や筋力、運動能力など、対象の様々な能力を封じる魔術陣の中で、皇獣アジルは寝転んでいた。存在の大半をアースに食われ、今の彼には中級の魔物程度の力も残っていない。
その事を考えれば、この拘束は些か過剰ともいえるかもしれないが、念には念を入れておくべきだろうと、エリベルの判断だ。
「いやぁー、負けちゃったね、アジル」
そんな彼に、魔術陣越しに話しかけるのは、ひび割れた眼鏡をかけた地味な女性。
魔女レーナロイド・レイノルズだ。
「……何の用だい?」
「用事がなくちゃきちゃいけないのかい?酷いなぁ、私と君の仲じゃないかー」
「…………」
その言葉に何とも言えない微妙な顔をするアジル。
彼女とは封印されている期間も含めれば五百年以上になる付き合いだ。
まあ、それを言えばザハークやアンリなどは、千年以上の付き合いになるのだが。
ぷいっと顔を背けるアジルに対し、レーナロイドは苦笑する。
「―――とりあえず、朗報。……ハルワタート君、生きてたってよ」
なので、レーナロイドはとりあえず報告を先に済ませる事にした。
ハルワタート。
アンリと同じく魔王軍の隊長格で、向こうのダンジョンの防衛に当たっていた魔物だ。
「アンリちゃんをこっちに送り出した後、一人でベルク君や銀鬼を相手に奮闘したようだね。大分瀕死らしいけど、死んではいないってさ」
「……そうかい」
そっけない口調だが、そこには確かな安堵の声が混じっているように感じた。
「結局生き残った幹部はたった三人。ザハーク、アンリちゃん、それにハルワタート君だけ。残りは、みんな死んじゃったね」
「…………」
「強かっただろ、エリちゃんやアース君、その眷属達は」
「…………」
「ねえ、今どんな気持ちだい?何百年も連れ添った仲間たちが死んじゃって、今どんな気持ちだい?」
畳み掛ける様に問い詰めるレーナロイドに対し、流石にアジルも顔を顰めた。
「…………君は、僕を貶めにきたのか?」
「結果的には、そうなったって事だろ?ま、私が言えた義理じゃないけどねー」
「僕らの誘いを断っておいてよく言うよ」
「君が直接来れば、頷いていたかもしれないよ?それをしなかったのは、君の怠慢だよ」
「嘘だね。例え僕が直接出向いたとしても、君は頷かなかっただろ。何せ君には―――」
「うん、アジルより大切な友達が出来た」
アジルの言葉に被せる様に、レーナロイドは言う。
「……最初聞いた時は信じられなかったよ」
「だよね。多分、昔の私でもきっと信じなかったと思うよ」
アジルと契約していた当時の彼女は本当に荒んでいた。
何もかもを壊そうと躍起になり、嬉々として魔王軍に彼女の前世―――日本に住んでいた頃の知識を提供し、人と魔物の戦争を助長していた。
「……で、そんな世間話をしに来たのかい?」
「いいや、勿論違うよ。君に聞きたいことがあったから、ここに来たんだ。しばらくは戦後処理で、忙しくなるだろうから、その前にね」
「何が聞きたい?」
「アース君の事さ」
やっぱりそれかと、アジルは思った。
「彼はどう考えても異常すぎるからね。転生者やギブルの息子だって事を差し引いてもあの強さ、成長速度は異常だ。生後僅か三年で、神災級である君やウロヌスとも戦えるだって?あり得ないよ。どう考えても普通じゃない」
「だろうね。僕もそう思う。それで、何が知りたいんだい?」
「彼の父親についてさ」
「…………」
「多分、私の勘じゃ、それが全ての鍵になってる筈だ。彼の成長に関しても、ギブルや君の因縁についても、これまでの全ての出来事にも、ね。だから教えてよ」
「知ってどうする気だい?」
「さあね。知った後で考えるよ、エリちゃんと一緒にね」
じっと、アジルはレーナロイドの眼を見る。
「教えるまで絶対に引かないって目だね。……分かったよ、教えよう。どうせ、僕にはもう何もできないだろうし」
「案外あっさり折れてくれたね」
「一応、敗者だからね。それに魔王に勝った勇者には、褒美が付き物なんだろ?」
「ゲームのお約束だよね。……覚えてくれてたんだ」
日本のゲームや漫画についても話したが、アジルはしっかり覚えていたらしい。
「君と過ごした時間を忘れた事なんてないよ。話した内容だってね。僕にとっては全部大切な思い出だ」
「そうかい。……で、アース君の父親って?」
「昔話に花は咲かせないか。……まあ、いい」
一旦言葉を区切り、
「―――ゼパル。それがその龍の名前だ」
アジルはその名を口にした。
「ゼパル……ねぇ。初めて聞く名前だね」
彼女が知る知識にはその名の魔物はいない。
「そりゃ、僕だって調べ上げるのに数百年掛かった位だからね」
つまり、それだけの存在と言う事か。
「ゼパル―――アース君の父親にして、全ての神器を作り上げた錬金の龍。そして……星脈のダンジョンを作った“前”神災龍王だ」
一応次回で第十章は終わる予定です




