11.取引先との大事な交渉を経験の浅い若者にさせるのはNGだってお話
「……ん、どういう意味?」
ポロロの依頼の意味が分からず、ドスは首をかしげる。
「言葉通りの意味だ。“皇獣”アジル・ダカール・レイノルズ。またの名を“魔王”アジル。かつて魔族と人間の戦争を引き起こした最悪の魔物。その討伐を、君たちに手伝ってもらいたいんだ」
「……ん」
皇獣の名はドスも聞いたことがある。
ギルドに公式登録されている三体の神災級の一体だ。
つまり脅威の度合いで言えば、あのギブルに匹敵すると言う事。
まあ皇獣が魔王と言うのは初耳だが……。
「……ん、却下」
「ですね。お断りします。お父様に伝えるまでもありません」
「ええっ!?」
にべもなく、二人はポロロの依頼を却下する。
当然だ。そんな化け物、関わり合いたくもない。
即答は流石に予想外だったのか、ポロロは間抜けな声を上げる。
そもそも、彼らの長聖龍ハルシャ・ルードは公にこそなっていないが、数少ない“力”を覚醒させた真の龍王種だ。
ならば、その力は間違いなく神災級。
アース達の手など借りずとも、自分だけでどうとでもなるのではないか?
そんな二人の視線を察したのだろう。
降参するようにポロロは両手を上げた。
「……分かった。とりあえず、最初から説明するよ」
「ん」
「ただ……これから話すことはみだりに話さないでくれよ?これを知っているのは、聖地でも僕とハルシャ様の側近、教皇、そしてそこに居るオリオンだけ。つまり、僕ら聖王国にとってそれほど重要な機密と言う事だ」
「……ん」
ドスとウナも頷く。
結論を変えるつもりはないが、情報は多いに越したことはない。
とりあえず話だけは聞いておこう。
「それじゃあ、まずは皇獣と勇者についてだ」
語った内容はレーナロイドが第零魔道研究所でアースとエリベルに語ったのとほぼ同じだった。
神災級の魔物であり、かつてこの地上を支配しようとした魔王アジルと、人間を超えた力を手にした勇者カディアスの戦い。
そしてアジルは、勇者に負けたが、死んではおらず、八大ダンジョンに封印されている事。
魔王軍の主戦力もそのダンジョンに封印されたため、地上は人間達の手に渡り、平和がもたらさせたこと。
客観的で分かりやすく、丁寧にポロロは説明してくれた。
「そして、ここからが本題になるんだけど……ひと月前にダンジョンの封印が破られた」
「え?」
「……ん、どうしてわかるの?」
「当時―――まあ、今から五百年前か。“皇獣”のダンジョンへ封印を施したのは、正確に言えば勇者ではなく、彼の仲間だった“白の聖女”の方なんだ」
「聖女……」
自然とウナ達の視線がオリオンへと向かう。
彼女もまた聖女と呼ばれる女性だ。
「“白の聖女”はその封印が破られた時、それを知らせるための仕掛けを施した。そして、一か月前、ある者によってその封印が破られたと知らせが入ったんだ」
「……ん、誰が、やったの?」
ポロロはその名を告げる。
「―――リアス・アウローラ」
「「―――っ!」」
その名前に、ドスは思わず目を見開く。
ウナも動揺したのか、手に持ったお菓子を落としてしまった。
……が、三秒ルールで口に放り込んだ。
「知っているだろう?」
当然だ。
かつてのエリベルの師匠であり、死龍ウロヌスを復活させ、大陸のみならず自分達のダンジョンへも多大な被害をもたらした最悪の死人。
まさか再びその名を聞くことになるとは思わなかった。
「彼女がダンジョンに施された封印を解いた。……いや、正確には解ける様に細工を施した、という方が正しいか」
「一か月前……帝都での死龍騒動の時ですか?」
「ああ。彼女はアオバ達だけでなく、魔族ともコンタクトを取っていたらしい。死龍の復活に合わせ、ダンジョンの封印を解いてアジルと魔族を解放し、共闘してギブルとその眷属を殺す算段だったようだ。死龍の復活の後もきちんと念頭に置いてた辺り、彼女は相当綿密に計画を練っていたようだね。……まあ、失敗に終わったようだけど」
そう、結果的に彼女は失敗した。
たった一つの誤算―――死龍ウロヌスが彼女を忘れていたという、ただ一つの決定的な誤算、そしてギブルとアース、皆の協力によって彼女の計画は失敗してしまった。
「……ん、でも、今の情報、どうやって調べたの?」
封印うんぬんはともかく、魔族とのコンタクトなどはどうやって調べたのか?
「決まってるだろう、“本人”に聞いたからだよ」
「……え?」
どういう意味だ?
リアスは死んだはずだ。
死人である彼女は、死ねばもう蘇生することもない。
まさか……生きていたのか?
「いや、リアスは死んだよ。それは間違いない」
疑問を先読みしたかのように、ポロロは答える。
「詳細は話せないが、オリオンの能力だ。彼女の力で、リアスの事を調べ上げた」
「……ん、オリオンの?」
ドスが視線を向けると、オリオンは気まずそうに顔を俯かせる。
目は見えていないが、気配で自分に向けられる視線と感情に気付いたのだろう。
「そう言えば、オリオンの力の事は、私達も知りませんでしたね。どういう能力なんです?」
彼女の能力が高い事は帝都での戦いで分かっている。
だが、彼女自身―――いわゆる“聖櫃”の由来になった力は分からなかった。
「悪いが、その質問には答えられない。彼女の能力“聖櫃”は、我々にとっての最重要機密だ。おいそれと話すわけにはいかない」
「話せないのに信用しろとは随分な話しですね?」
「言いたいことは分かるよ。納得できない事も。それでも、理解してほしい」
「何を勝手な―――」
立ち上がろうとしたウナをドスが止める。
「……ん、続きを」
「ああ」
『―――っ!ドス、どうして』
『……ん、怒るのは全部、聞いてからでもいい』
『分かり……ました』
思念通話で会話を終え、ウナは再び席に座る。
ポロロの視線を向け、話を促す。
「すまない。……ともかく、リアスによってダンジョンの封印は破られ、彼らはいつ動き出してもおかしくない状態なんだ。いや、もう動いてる可能性の方がよっぽど高い」
「……ん、目的は?」
「ん?」
「……ん、アジルと、魔族は、どうしてリアスと手を組んだの?」
ギブルという共通の敵の排除か?
それとも、彼自身のなにか目的があったのか?
「……アジルの詳しい目的までは分からない。ただ、彼らはハルシャ様を……“聖地”を目指していると聞いた」
「聖地……」
聖龍とその眷属達が住まう場所であり、ここ―――聖神教総本山と目と鼻の先にある山脈。
そんなところを目指して何になるのか?
「五百年前の戦争の際にも、アジルはこの地を目指していたらしい。ならば、再び彼らがこの地を目指す可能性は高い」
その最大の障害になるのが聖龍ハルシャ・ルードとその眷属。
そして、そこにアースとその眷属が加われば、その守りは確かに盤石となるだろう。
「……ん、理由は?どうして、アジルは、聖地を目指すの?」
一体聖地には何があるのか?
聖剣や神器のような特殊な武器でも封印されているとか、そう言う類だろうか?
「……すまない、それは僕にも分からない」
「……ん、自分の住んでるところなのに?」
「ああ。ただ、聖地の奥には、ハルシャ様しか入る事を許されていない場所がある。ひょっとしたら、そこに“何か”があるのかもしれない」
「はぁ……分からない事だらけではないですか。そんな状態で、よく私達に手伝えと言えたものですね」
「正論過ぎて言い返せないね……」
呆れるウナに対し、困ったようにポロロは頭に手をやる。
おそらくは彼も上の指示で言われて動いているだけなのだろう。
若い奴と言うのは、どこの世界でも使いパシリにされるのはお約束らしい。
「……ん、それで、協力して、僕達に何の得がある?」
「ハルシャ様は示した報酬は聖地との恒久的な協定。また、聖地で産出される魔石や鉱石もいくらでも融通すると言っていたよ」
力を覚醒させた龍王種とのその眷属達との恒久的な協定。
有事の際には強大な戦力である彼らの力を借りることができる。
そして、様々な魔石や鉱石の輸出。
それもこちらが望みたい分だけを融通すると。
成るほど、確かに魅力的な条件だろう。
―――あくまで、“人間”の目線で考えるならば。
「……ん、話に、ならない」
だが、ドスは即座にこの提案を切って捨てる。
アースやダンジョンに伺いを立てるまでもない。
「なっ……!?」
ポロロの顔に動揺が浮かぶ。
そもそも彼は理解しているのだろうか?
聖地との協定は既になっている。
彼の娘エルジャがアースに惚れて、ダンジョンに居る限り、聖地の者達―――というか、あの親バカがダンジョンに手を出すことは殆どないと言っていい。
無論、それは絶対ではない。
そもそも魔物間における協定とは、あくまでも口約束程度のものだ。
守るかどうかは本人達次第。
つまり、気分次第でいくらでも破る事が出来る。
誇りや義理を重視するあのヘレブならともかく、あの親バカ聖龍がいつまでその口約束を守るものか甚だ怪しいものだ。
そして、魔石や鉱石も論外だ。
ダンジョンの深層で採掘させる魔石の方が、聖地よりも純度が高い。
わざわざ外部から受け入れなくとも、自分達でどうとでもなる。
つまり、ポロロが示した報酬はダンジョンにとってメリットとは言えないのだ。
交渉としては最低て稚拙。殆ど、お願いのようなモノだ。
「ほ、他にもいくつか出された報酬はある!聞いてくれ」
あまりにもあっさりと断られて動揺したのだろう。
ポロロは捲し立てる様にその他の条件を二人に話した。
だが、そのどれもがダンジョンにとっては大した旨味にならないものだった。
「……ん、残念だけど、これじゃ、受けられない、と思う」
「そ、そんな……」
ポロロは絶望したような表情を見せる。
断られると思っていなかったのだろう。
なんで、そう思ったのか。
考えが甘すぎる。最初に上から言われた時に気付かなかったのだろうか?
いや、思わなかったんだろう。
考えてみれば、彼は感情に任せてダンジョンへ乗り込んでくるような龍だった。
そういう“考える”という作業が苦手なのかもしれない。
皮肉でしかないが、こういう考えの浅い部分はエルジャとよく似ていた。
「あの、ドスさん。私からもお願いします。どうか……引き受けて下さいませんか?」
オリオンからも懇願される。
必死に頭を下げ、祈るような姿勢をこちらに向ける。
「……ん」
一瞬、その姿に心が痛んだ。
だが心情とは裏腹に、ドスの思考は冷え切っていた。
成程、彼女を呼んだのはこれが理由か。
利益で駄目なら、情に訴える為に。
「……ん、確かに、オリオンの事は大事」
「で、では―――」
「…でも、それとこれとは、別」
「えっ」
「……ん、ダンジョンを、危険にさらすことは出来ない」
彼女には情もある、恩もある。
それを引け目に感じてしまう。
でもアースとダンジョンを―――眷属を優先する。
それがドスの結論だ。
「そんな……」
オリオンが膝から崩れ落ちる。
「……ん、一応、ダンジョンには伝える、また後で、連絡する」
「そうですね。あくまで結論を出すのはお父様ですし……」
そう言って、ウナとドスは席を立つ。
「すまない」
俯いたまま、ポロロは謝罪する。
「ん、別にいい、でも、期待はしないで」
「ああ」
ポロロは二人に対して頭を下げた。
既に彼も結論を悟っているのだろう。
「本当に…………すまない」
何度も何度も、二人に頭を下げ、謝罪を口にした。
だがドス達はまだ気づいていなかった。
ポロロの謝罪のその本当の意味を……。
こうして、ウナ達の会談は終わった。
◇◆◇◆◇
そして、エルド荒野深層の森にて―――。
「わーい!お父ーさん、はやいはやーい!」
「ぷるー!」
『よーし、じゃあもっと加速すっぞー!』
「わーい!」「ぷるー!」
深層の森で、俺はぷるるとトレスを背中に乗せて走り回っていた。
えっ、なにしてんのかって?
気・分・転・換だよ!
最初は一人で気分転換にガーデニングしてたんだけど、トレスとぷるるが来て、「じゃあ、一緒にお散歩しよー?」って誘ってきたんだ。
んで、気付けば、こうなってた。
まあ、悪くない。
頭にちょこんと乗ったぷるるのヒンヤリした触感が気持ちいい。
らぶりー。
癒されるわー。
……うん、言いたいことは分かるよ。
分かるけど、それがどうした!
そうだよ!現実逃避だよ!悪いかよ!
こちとら、混乱続きで癒しがほしいんじゃい!
ぷるるとかトレスとか森林浴とかして癒されたいんじゃい!
まあ、深層の森はどっちかと言えば、ナウ◯カに出てくる腐海みたいな感じだけど、それでも森の中はやっぱ気分が良い。
魔力が漲る。
最近は木々もますます成長しているし。
「ブフォ~」
「キシッ、キシッ!」
『お、ゴンゾー、それにチュランも』
声の方を見れば、チュランとゴンゾーが居た。
食事中だったんだろう。
周りには食べかけの木のみが落ちてた。
あっ、あのでけー木の実美味しいんだよなー。
中に入ってる種が魔石になってて食べると魔力が溢れるんだよ。
「あ、ゴンゾー、チュラン、一緒にあそぼーよ!」
「ブフォ?」「キシッ?」
「うん、今お父ーさんとぷるると一緒にお散歩中」
「ブフォ~?」
「うん、勿論だよ。チュランもいいよねー?」
「キシッキシシッ」
「あはは、大丈夫だよー、取ったりしないってー」
「ぷるー」
うーん、トレスって当たり前にこいつらと会話できてるよな。
子供ゆえの純真さか、トレスはぷるるを始めほとんどの魔物と言葉を交わすことが出来てる。
魔物とのコミュニケーションに関しては、四人のゴーレム・ホムンクルスの中でも間違いなくダントツだろう。
「お父ーさんもそれでいい?」
『へっ?何が』
「もー、ちゃんとお話聞いてよ。みんなでやる遊びだよ!かくれんぼしよって!」
「ぷるー、ぷるー!」
『ん、ああ、別にいいけど』
ちゃんと聞いてよーみたいな感じに、頭をぺちぺち叩いてくるぷるる、まじらぶりー。
超癒される。
ずっとぺちぺちしてほしい。
「わーい!じゃあ、お父ーさんが最初の鬼ねー。けってーい!」
『えっ?』
なにそれ聞いてない。
ぴょんっと、ぷるるも頭から離れる。あー…。
「もーいーよって言ったら合図だしてねー。それでスタートだよー」
言うないなや、トレス達はあっという間に散開し、森の中へ消えて行った。
……普通こう言う時って、じゃんけんじゃないの?
ま、たまにはいいか。
しばらく経って、もーいーよーと返事が聞こえてきた。
んじゃ、合図代わりに吠えて……いや、せっかくだしちょっとビックリさせてやろうかな。
俺は上の方を向く。
そして、大きく息を吸い込んだ。
そう、ブレスの構えだ。
ふふ、スタートの合図代わりにブレスを撃つなんて、流石に皆もびっくりするだろう。
上には誰もいないし問題ない。
それに穴の表面には特殊な結界が貼ってある。
魔力を吸収する結界だ。
たとえ俺が全力のブレスを撃っても、その結界が魔力を吸収しダンジョンへと還元させるようになっている。
ここ最近、新たに実装されたモノだ。
地上へ漏れないなら白飛龍やアクレト・クロウにも迷惑は掛からないし、ダンジョンの魔力も補充できて一石二鳥。
それに、ここでのブレスはテストも兼て何回も撃ってるし、エリベルに怒られる心配もない。
それに大きな声を出せば、ストレス解消にもなる。
という訳で―――全力ブレス発射。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
巨大な魔力が破壊の渦となって放出される。
ふぅ、気分もスッキリ。
ブレスはそのまま、上へ向かい―――。
「きゃあああああああああああああああああああああああああ‼?」
―――何かに当たって爆発した。
………えっ?
ひゅー、ボテッ。
……………何かが落ちてきた。
えっ、あれ……?
黒焦げの何かはかろうじて人の形に見える。
もしかして冒険者か?
え、まさかあのタイミングで穴に飛び込んだのか?
なんて運の無い奴。
う、うん。俺は悪くない、悪くないぞ。
確認せずにいきなり飛び込んできたコイツが悪い。
「おっ……お久しぶりです、アース……さ、ま……がくっ」
そう言って、黒焦げの誰かは気絶した。
…………あれ、知り合いだった!?
前半と後半の温度差がひどい……




