10.たくさん食べる女性って見てて微笑ましいよね
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
新年早々なのに、ダンジョンの外でのお話になります。
すいません。
さて、アースがいつものように悩んで悶々としていた頃、地上は地上で動きがあった。
場面はハルシャルード聖王国へと変わる。
聖王国の中心、聖都パボナ。
聖龍やその眷属の龍種が住まう“聖地”に隣接するこの都市は、聖神教と呼ばれる宗教の総本山でもある。
総本山は、聖龍達が住む聖地と人の住まう場所を丁度区切る様に建設されており、聖都は総本山を中心に扇状に展開している。
その一角、冒険者ギルドにて―――。
「むぐ……すいません、おかわりをお願いします」
「……ん、ウナ姉、まだ食べるの?」
ウナとドスは食事をとっていた。
と言っても、ドスはもうとっくに食べ終え、ウナの食事風景を眺めているだけだ。
ウナの目の前には既に十枚以上の皿が並べられている。
食べ残しや食べかすは一つもなく、ソースまで綺麗に平らげている。
十人前以上の量を平らげても、ウナは余裕そうだ。
「当然です。何かあった時の為に少しでも栄養を取らなければ」
新たに運ばれてきたシチューを美味しそうにそれを頬張るウナ。
そんな彼女に一部の冒険者達は熱のこもった視線を向ける。
基本的にウナは見てくれだけなら、おっぱいも大きい美人さんなのだ。
たとえ中身がどれ程残念だったとしても、遠目に眺める分には目の保養になるのである。
ちなみに声をかけないのは既に冒険者の間では暗黙の了解になっている。うかつに声をかけようものなら、ボコられるからだ。
「……ん、太るよ?」
「私が太るなんてあり得ません」
ドスの皮肉もウナには通じない。
ウナの能力は水を触媒とした魔力や肉体の操作だ。
水によって対象の固定値と変動値をはじき出して、その数値を変動させるという恐るべき能力なのだが、それを応用すれば自分の肉体をいつでも最適の状態に保つ事も出来るのだ。
ダイエット?何それ美味しいの?
痩せたいなら体を操作すれば良いじゃない。
世の女性を敵に回す女ウナである。
「それよりも……むぐっ、午後の予定ですが、オリオンとポロロが待ってるんですよね?」
「ん」
ウナの問いかけにドスは頷く。
午後には聖神教の総本山で彼らと面会の約束がある。
「オリオンの方は……また、ですかね?」
「……ん」
ウナとドスの表情は曇る。
“聖櫃”の聖女、オリオン・カーラー。
一か月ほど前まで、ウナとドスの護衛対象であり、ウナやドスが人間ではない事に気付いた唯一の女性だ。
紆余曲折の末、彼女は自分達と手を取り合う道を選んでくれた。
きっかけになったのは、ファーブニルの眷属ロブンだ。
以前、ロブンは任務中にオリオンを助けたことがある。
更に死龍騒動の時にも、結果的には彼女を助ける形となり、それは彼女の胸に深く刻まれる事となり、彼女はダンジョンに協力してくれるようになった。
だがその所為で、ある弊害……というか、困ったことも起きたのだ。
あの時のお礼が言いたいとオリオンが切望するので、ロブンに彼女を会わせたのはいいのだが、その後も何度もしつこくロブンとの面会をねだるようになったのだ。
それはもう毎日のように。
ぶっちゃけ、ウザい。
彼女の人柄は知ってるし、ダンジョンに不利益をもたらす気も無い事は二人も理解している。むしろ、彼女のおかげで聖神教にも新たなパイプも出来たし、ダンジョン側としてのメリットは十分だ。
でも、流石に毎日毎日のように言われては気が滅入る。
それにロブンの仕事にだって差し支える。
彼は忙しいのだ(主にエリベルの雑用係として)。
「彼女……一体ロブンのどこに惚れたんでしょうね?」
「……んっ、ごほっ、ほ、惚れた?」
ウナのその言葉に、思わずむせてしまうドス。
「どこからどう見てもそうでしょう?ていうか、ドス大丈夫ですか?」
席を立って、背中をさすり、さすり。
ウナは一応優しいお姉ちゃんなのです。
「……ん、大丈夫、そ、そうなんだ、ふーん……」
「どうしたんですか?なんか、妙にがっかりしているように見えますが?」
「……ん、なんでも……ない?」
「なんで疑問形なんですか?」
なぜだろう?
今自分は何に対してがっかりしたのだろうか?
分からない。
それにしても、とウナは話題を変える。
「ここ最近魔物の目撃情報が増えてますね」
シチューを頬張りながらウナがそんな事を言う。
ギルドのカウンターを見て見ると、複数の冒険者が職員へ報告を行っていた。
内容は魔物の報告の様だ。
「……ん、確かに」
聖都周辺は比較的安全な地域で、魔物の群れなど殆ど出ないが、ここ最近は低級とはいえ魔物の目撃情報が増えている。
だが、まあ脅威と言う程でもない。
今は気にする程でもないだろう。
それにもし何かあれば、嫌でも高位冒険者である自分達の耳に入ってくるはずだ。
「しかしオリオンの方よりも、ポロロの用件の方が気になりますね」
聖龍ポロロ。
エルジャの元婚約者であり、現在聖王国におけるウナ達の伝言役だ。
一体どんな要件なのだろうか?
「……ん、ウナ姉、そろそろ」
「あ、もうそんな時間ですか?」
オリオンはともかく、ポロロは時間に厳しい。
遅れるのはマズイ。
ウナは急いでシチューをかき込み、ギルドを後にした。
◇◆◇◆◇
聖神教の総本山についた二人は、受付を済ませオリオンたちの待っている部屋に向かう。
「お待ちしておりました、二人とも」
ウナとドスが部屋に入ると、オリオンが顔をほころばせる。
お茶の用意がしてあるところを見ると、既に魔力感知で二人が来る事を察していたのだろう。盲人である彼女は、目が見えない分、魔力や気配を察知する能力にたけているのだ。
「二分遅刻だ、二人とも……」
案の定と言った形で注意するのは、聖龍のポロロだ。今は人の姿をしている。
十代後半と言った容姿で、翡翠色の髪を後ろで束ね、軍服のような衣装に身を包んでいる。エルジャも人の姿は相当な美少女だったが、ポロロもかなりの美少年と言っていいだろう。聖龍は皆、容姿が優れているらしい。
「……ん、ウナ姉の、食事の所為で、遅れた」
「ちょっ、ドス!?」
弟、あっさり姉を売る。
姉、涙目。
「あらあら、それでしたら食後の紅茶はいかがですか?お茶請けもありますよ」
そして相も変わらずマイペースなオリオンである。
「あ、でしたらハチミツも下さい。紅茶に入れたいので」
そして姉も相変わらずだ。
弟、頭痛がひどい。
ポロロも表情を険しくする。
オリオンの淹れた紅茶を楽しんだところで、会話が始まった。
「お二人は、最近はダンジョンには戻らないんですか?」
「定期報告だけですね。元々私達は、地上での情報収集が主な任務ですし」
「そうでしたか……もし二人がダンジョンに戻るなら、またお願いしたいことがあったのですが」
来たよ。
予想通りの展開だ。
どうせまたロブンに会わせろと言うのだろう。
「……ん、それよりも、ポロロは、今日はどうしたの?」
先んじて、ドスが切り出す。
会話をぶった切らないと、延々オリオンのロブンコールが始まるからだ。
「ん?僕の方が先でいいのか?」
そう言って、オリオンの方を見る。
「私は構いませんよ。聖女として、聖龍様のお言葉を遮る事など出来ません」
この場に居る事からも分かると思うが、オリオンはポロロの正体も分かっている。
ついでに言えば、アースのダンジョンと聖龍が繋がっている事を知るのは、聖王国では彼女と教皇を含めた数名だけだ。
「そうか」
「……ん、もしかして、ラセツへの、リベンジ?」
ドスがそう切り出すと、ポロロは渋い顔をする。
「いや、そっちはまた今度だ。まあ……いずれはあの鎧に勝つけどね」
エルジャの婚約者騒動の後、ポロロは定期的にアースのダンジョンを訪れては中層で自身の力を試している。
アースやエリベルも中層の実践データが取れると、好きにやらせていたのだが、ある時、同じく中層で修行していたラセツと出会い、彼はラセツを中層に配備されたゴーレムだと勘違いし激突したのだ。
結果は………ポロロの惨敗。
近接特化のラセツに、ダンジョン内で挑むのは流石の聖龍(人型)でも分が悪かった。
それは今まで恋以外では敗北を知らなかったポロロのプライドを大きく傷つけ、以来、彼はラセツの事を一方的にライバル視しているのだ。
ラセツもいい練習台が手に入ったと喜んでいる。
ウィンウィン?の関係だ。
「……ん、じゃあ、何?」
ラセツの件でないとすれば、エルジャの事だろうか?
未だに彼女へのアプローチは続けていると聞く。
「今日は我らが御主ハルシャ様から、君達のダンジョンへ伝言を賜ってる」
「……伝言?」
「ああ」
ポロロは頷く。
「本来ならば、僕が直接ダンジョンへ行って伝えるべきなんだろうが、今は事情があって僕やほかの眷属たちはここを離れられない。なので、君たちへ伝言を頼みたいんだ」
それはまた奇妙な話だ。
エリベルによって聖地とダンジョンを繋ぐ直通の転移門は開通している。
通信魔石による会話も可能な筈だ。
それなのに直接伝えてほしいとはどういう事か?
「念話や魔道具では万が一にも“向こう”に知られる恐れがある。非効率ではあるが、君たちにダンジョンへ戻って伝えてもらうのが一番確実で秘匿性が高い」
ドスの疑問を察してか、先んじてポロロは説明してくれた。
随分と慎重な対応だ。
つまり、それほどの重い内容と言う事。
ドスも、そしてウナもすぐにそれを察する。
「……ん、内容は?」
ちらりと、オリオンの方を見る。
「ああ、構わない。彼女も協力者だ」
オリオンも頷いた。
彼女も協力するとは、一体何なのか?
ポロロは真剣な表情で口を開いた。
「―――“皇獣”アジルの封印が解かれたらしい。その討伐に君たちの力を借りたいそうだ」
あ、これアカン奴や。
ウナもドスもすぐにそれを察した。
◇◆◇◆◇
その頃エルド荒野では―――。
「ここがアース様のダンジョンですか。素晴らしい……なんと強大な魔力でしょうか……」
うっとりと、エルド荒野に出来た巨大な縦穴を見つめる女性。
牛のような角を生やし、青白い肌、白と黒が反転した瞳、一目で人ではない容姿をしているにも関わらず、吸い込まれてしまいそうな美貌の持ち主だ。
名を―――“嚇牛”クシャスラ。
アースの母親、神災龍王ギブルの眷属であり、星脈のダンジョン第七階層守護者である。
「さて、ではギブル様より賜った伝言を伝えに行きますか」
そして彼女は何の躊躇もなく、飛び降りた―――。
アース『またか……………』
投稿情報などは作者のTwitterを参考にしていただければと




