6.聖龍さん家の男性事情 前編
時系列的には、第七章と第八章の間の出来事になります
前回が悪ふざけが過ぎたので、今回はとってもまじめなお話です!
それは聖龍騒動が一段落した辺りの出来事である。
「う~んですわ~……」
聖龍エルジャ・ルードはダンジョンに設けられた私室で悩んでいた。
豪華なお部屋の真ん中に置かれたベッドの上で、両足をパタパタさせる。
その表情は暗い。
悩ましげに溜息をつき、彼女は部屋に飾られた絵画や調度品を見る。
金で造られた額縁に飾られた龍の一枚絵、魔石や宝石をふんだんに使った調度品。
天井には光魔石によって作られたシャンデリア。
まさに絵に描いた様な貴族のお部屋と言った感じだ。
これらは全て彼女の父であるハルシャ・ルードによるものだ。
曰く、『仮とはいえ、エルジャちゃんが住む部屋をむき出しの土壁なんぞに出来るか!』との事だ。
その為、アッド山脈の転移門を通じて聖王国から腕利きの職人(人化した龍)達が集められ、彼女の部屋の為の大規模リフォームが行われた。
ファーブニルもそうだが、龍は基本的に光物―――金銀財宝を好む。
人間でいうところの贅をあしらった貴族チックな部屋と言うのは、彼らの趣向にばっちりはまっていると言う訳だ。
その出来栄えに思わずエルジャも感心したほどだ。
尤も、この部屋を見た瞬間のアースや眷属達の心情は『うわっ……』の一言で全て表現できるのだが、それは置いておこう。
価値観が違う、それだけでいいじゃないか。
それら煌びやかな芸術の数々を見ても、エルジャの心は微塵も晴れない。
枕をぎゅっと抱いて、顔を顰めている。
見てくれだけは抜群な彼女の姿は、それだけでも素晴らしい画になる。
「……どうすれば、もっとアース様とお近づきになれるんですの……」
悩みの種はもちろん、彼女の婚約者(と、彼女が勝手に思っている)アースについてだ。
せっかく愛しい殿方と同棲し始めたのに、一向にその仲が進展しないのだ。
既に彼女の妄想の中ではアースの子を三子儲け、円満な家庭を築き上げ皆がそれを祝福しているビジョンが展開しているというのに(ちなみにその景色の中でアンはエルジャの脇でメイドをしている)。
脳内妄想が激しすぎる乙女である。精神外来に行った方が良いかもしれない。
「アース様も、もっと私にアプローチしてくれても良いですのに……」
以前深層の森で出会った時には、出会い頭に首筋の鱗を舐めるという超積極的な一面を見せてくれたのに、今ではそんな事皆無だ。
まあ、当然だろう。アレはあくまで偶然であり、アースにはその気など一切合財ないのだから。
「何か共通の話題でもあればいいんですけど……」
生粋のお嬢様として聖地で育てられたエルジャと、辺境の地で野良同然の生活をしてきたアースとでは、龍としての価値観や話題が合わなさ過ぎる。
先ず食べ物に関して。
アースはほぼ魔石しか食べない。
肉や野菜、他の魔物や水すらも殆ど飲もうとしない。
ひたすらに魔石ばかり食べている。
実際、アースが採掘している魔石は美味しい。美味しすぎる。
聖龍の娘であるエルジャでも口にしたことが無い程の超高純度の魔力を含み、食べた瞬間服が破けて昇天する程のイメージが脳内を駆け巡ったほどだ。
聖地特産の肉や果物(媚薬入り)をプレゼントしてみたが、反応はいまいちだった。
それどころか、『暴食』の効果で、媚薬耐性が付いてしまい、更にアンに気付かれ中層でこってりお仕置きされてしまった。ぶるり。
次に趣味の話題。
これも全然そりが合わない。
アースの趣味はダンジョン製作及びゴーレム作りだ。
「アース様の趣味に合わせようと、頑張ってゴーレムも作ってみましたが……その結果がこれですものね……」
ちらりと部屋の隅を見ると、そこには見るも無残な人形の様なゴミが転がっていた。
豪華な部屋に在って物凄く浮いている。ていうか、不気味だ。
エルジャは壊滅的なまでに手先が不器用だった。
トレスなんかは「なにこれー呪いの人形?」と感想を漏らしたくらいだ。
正直、泣きたくなった。
「外へ連れ出そうとしても、出たくないの一点張りですし……」
エルジャの趣味は空中散歩や、人間に紛しての買い物だ。
聖王国では教皇の計らいで、人間の貴族と言う偽の肩書まで持っており、お得意の店も多い。
超引きこも龍であるアースとは真逆すぎる趣味だ。
反りが合わないにも程がある。
なのに、「なんで好きなんだ?」と聞かれれば、“好きになっちゃったから”の一言以外に答えようがないんだから仕方が無い。
恋する乙女に理論武装など意味がないのだ。
(あうう……一体どうすれば良いんですの?ダンジョンの中でデート?いやいや、意味が分かりませんわ。それじゃあ、アース様のお部屋でお喋り……いやいやいや、それこそ理性を保っていられる自信がありませんわ。もしそうなったら、アン様に一体どんなお仕置きをされる事か……うぅアン様超怖いですわぁぁ……。でもアース様との仲は進展したいですし……子供欲しいですし。優しく抱かれて、愛をささやいてほしいですわ~。あーもう!難しいですわー!もどかしいですわー!)
と、だんだん思考の袋小路に嵌りかけた時、エリベルから思念通話が届いた。
『エルジャちゃーん、ちょっといいかしらー?』
『あら?エリベル様?どうしたんですの?』
『実は聖地の方から、貴女に通信が入ってるのよ。悪いんだけど、監視室まで来てくれないかしら?』
『通信……?』
エルジャは首をかしげる。
ここに住むようになってから、ハルシャの懇願でいつでも連絡を付けられるようにと、聖地とダンジョンを繋ぐ直通の通信魔石が置かれるようになっている。
だが、大抵使っているのはハルシャだけで、用件の殆どが「エルジャちゃんはどうしてる?」だの「エルジャちゃんはちゃんとご飯を食べているのか?」だのとりとめの無いモノばかりだ。
あとは、たまに眷属達が、近況を報告し合ったりに使う程度。
「またお父様が寂しくなって通信を寄越したんですの?全く……」
ほぼ毎日のように連絡を寄越す父にエルジャはうんざりしていた。
いい加減子離れしてほしい。
父からの通信だけ着信拒否に出来ないだろうか?
ため息をつきながら、エルジャは監視室へと向かった。
◇◆◇◆◇
監視室に着くと、そこにはエリベルと数体のスケルトン達が待っていた。
「お待たせしましたわ。またお父様から通信が来ましたの?」
挨拶もそこそこに、エルジャはエリベルに問う。
だが、予想とは裏腹に、エリベルは首を横に振った。
「いや、今回は違うのよ。随分若い感じの声なのよね」
「若い……?」
嫌な予感がした。
その予感を裏付ける様に、極彩色の球体から声が響いた。
『え、エルジャ!?そこに居るのかい!?僕だよ!ポロロだ!』
その声を聴いた瞬間、エルジャは思わず顔を顰めた。
正直、父以外では、一番聞きたくない声だったからだ。
「ポロロ……何の用ですの?」
なるべく冷たく、感情を感じさせない様にエルジャは問う。
『き、君の事が心配だったんだ!もう何日も聖地に帰って来てないって話じゃないか!君が、聖地の外で一人暮らしだなんて。僕はもう不安で心が張り裂けそうなんだ!』
思わず眩暈がした。
「……私が、どこで何をしようと、アナタには関係ない筈ですわ。話はそれだけですの?じゃあ、サヨナラですわ」
『そ、そんな冷たい事を言わないでくれ!だって僕は君の―――』
ピッ、とエルジャは極彩色の球体を操作し、通信を遮断する。
「……知り合いみたいだったけど、良かったのかしら?」
「ええ、構いませんわ」
「ちなみに、どんな関係か聞いても?」
「……いいですわよ?どうせ、昔の事ですし。彼の名はポロロ。聖地に住まう龍の一体で、種族は私と同じ聖龍。そして―――」
そこで一旦言葉を区切り、
「……私の“元”許婿候補の一匹だった龍ですわ」
「許婿……候補?」
一瞬、エリベルの眼窩の炎が激しく揺らめいたが、エルジャは気付かずに話を続ける。
「ええ、私は仮にも聖龍の長ハルシャ・ルードの一人娘ですので、番い……いわゆる許婿候補も何人も用意されていたんですわ。尤も、全て断らせていただきましたけど。先ほど通信を寄越した彼もその一人ですわ。まあ、候補の中では、マシな部類でしたけど、ちょっとしつこいのが玉に傷ですわね。それに、そもそもアース様に比べたら他の龍なんて―――」
そこまで言ってエルジャはぽっと頬を赤らめる。
その姿はどこからどう見ても恋する乙女だ。
成程、とエリベルは頷き、エルジャをまっすぐに見つめて言った。
「エルジャちゃん……」
その声音の真剣さに、思わずたじろいでしまう。
「は、はい」
すぅっと息を吸い、エリベルは言った。
「死ねッッ!!!!!」
「何でですの!?」
いきなりの理不尽な罵声に面食らうエルジャ、
「うるさい!死ね!!!!!リア充は死ねえええええええええ!!ふざけんじゃないわよ!!何よ許嫁って!?ふざけんhsc;オzシフォジhfz;ンhフェオrホdふぉぞ」
「な、何をするんですの!?落ち着いて下さいまし、エリベル様!?というか、何を言って……や、やめて下さい、揉まな……脱がさないで―――あああああああああ!!?」
ちゅどん。
監視室に絶叫が響く。
生前は何百回と婚活を繰り返しては破綻してきた生粋の独神エリベル。
そんな彼女がどうして相手選びほうだいのエルジャを憎まずには居られようか?
いや、無い。
監視室は瞬く間に戦場と化し、その後アンが駆けつけるまで、悲しき独神は暴虐の限りを尽くした。
………ちなみに、スケルトン達は部屋の隅でガタガタ震えていたという……。
が、事態はこれで終わらなかった。
◇◆◇◆◇
その翌日、深層の監視室にはアースをはじめとした眷属達がそろい踏みしていた。
理由は映像に映し出されている一体の魔物だ。
エルド荒野のダンジョン入口の大穴。
その上空に、一匹の龍の姿が映し出されている。
紅い鱗に緑の鬣。
そして東洋の龍のような細長い体の一体の龍。
なんというか、非常にデジャブする光景だ。
つい先日もこんな光景を見たばかりである。
そして、映像に映し出された龍は声高に叫んだ。
「我が名は聖龍ポロロ!!地龍アースよ!聞こえているだろうか!僕は君に決闘を申し込む!!エルジャを愛する者同士、正々堂々勝負してほしい!!」
「「「『『…………………………』』」」」
皆、一斉にエルジャを見る。
エルジャはダラダラと冷や汗を流し、頬をひきつらせている。
アースを始め、眷属達は皆こう思った。
―――ああ、また面倒臭そうなのがやって来たと。
後半へ続く。
ホント龍王種ってね………




