2.VS土蟲(ワーム) 変わる心と変わらぬ心
頑張った
――――はっ!
私は寸での所で正気に返る。
躱す。
私のすぐ右を土蟲が通り過ぎた。
ぐちゃり。
何かがつぶれる音がした。
見たくなかった。
でも、見た。
喰われていた。私の、子供が。
ぐちゃぐちゃと音を立てて、土蟲に食われていた。
心の中にナニカが湧きあがる。
でもそれを必死に抑える。
し、指示だ。
指示を出さないと。
『第二部隊は負傷した第一部隊の援護を!第三部隊以降は距離を保ちつつ、酸液を浴びせ続けろ!』
蟻たちは指示に従い動き出す。
でも遅い。
土蟲は体を回転させ酸液を弾く。
ぐちゃっ。
喰われる。また一匹。
遅い。どうしてこの子たちはこんなに遅いの!
いいや、違う。
蟻たちは全力だ。
ただ、土蟲のスピードが圧倒的に違うのだ。
これが中級と下級の違い。
その力の差に私は愕然とする。
いくら地龍様にお力を頂こうと、基本的なスペックが違うのだ。
そう思わされてしまう。
せめてダンジョンの改築が間に合っていれば、まだ変わったのだろうか?
せめて、もっとお力を頂いていれば、まだ変わっただろうか?
益体もない、たらればを思い浮かべてしまう。
また喰われた。
まだ生まれたばかりの子だ。
でも喰われてしまった。
死んでしまった。
ああ、そうか。
今、分かった。
心の中に湧き上がってきたものの正体。
それは“恐怖”だ。
あの感覚が再び甦ってしまった。
初めての戦場、初めての戦い。
いや、違う。これは闘いじゃない。
土蟲による、一方的な捕食だ。
ただの狩りだ。
そう思わされるほどの力の差。
地龍様やアクレト・クロウ、白飛龍とは違う。
あの時は、余りにも力の差が離れすぎて恐れを感じても恐怖は感じなかった。
しかし、土蟲は違う。
中級。階級が一つ違うだけ。
わずか少しの差。
それ故に分かってしまった力の差。
怖い、怖い、怖い。
じゃりっ。
自分の足音が聞こえる。
気づけば私は無意識のうちに後ろに下がっていた。
―――――どうして?
声が聞こえる。私の声が。
――――――また、逃げ出すの?
違う
――――――誰にも必要とされずに、ただ生きるの?
違う!
――――――それとも死ぬの?
『違う!』
私は………私は誓ったんだ!
生きると!
あの御方のために!地龍様の為に生きると、そう誓ったんだ!
命を救ってくれた!眷属にしていただいた!必要として頂いた!
あの御方に報いるのだと!
―――――だったら、
ああ、だったら。
『逃げるんじゃない!』
逃げれば死ぬ!臆せば死ぬ!
だったら前を見ろ!
恐怖を払いのけろ!
捨ててしまえ!
ただ、子が食われるのを見る腑抜けた心は捨てろ!
心(恐怖)を変えろ!
心(忠誠)を変えるな!
『うああああああああああああああああああああああああ!!』
私は走った。
土蟲目がけてとにかく走った。
牙を、爪を、土蟲の体に浴びせようとする。
土蟲は体を捩って躱す。
それでも打ち込む。
打ち込む、躱される、打ち込む、躱される。
打ち込む!
でも、躱された。
土蟲の口が歪む。
それは嘲笑に似ていた。
――――なんだ、その程度か、と。
不意に土蟲が視界から消える。
次いで右側。
視界いっぱいに土蟲の口が見えた。
素早く私の右側に回り込んだのだ。
―――――死ネ。
土蟲はそう言っているようだった。
ああ、そうだよ。
いくらやったって、躱されるのは分かってた。
だったら待っていればいい!
攻撃をする振りをしながら、お前から私に喰らいつくのを!
ガブリッ!
土蟲の牙が体にめり込む。
痛い。でも私の体は他の蟻たちと違う。
地龍様にお力を頂き、他の蟻たちよりも少しばかり―――堅い!
甲殻が軋む。ひびが入る。
でも耐える。耐えてみせる。
『グアッ………ガアアァァァァァァアアアアアアアアアッッ!!』
私も齧り付く。土蟲の横腹に。
「ギギャアアアアアアアア!!」
土蟲が悲鳴を上げる。
まさか、反撃されるとは思っていなかったのだろう。
噛む牙に力を籠めようとする。
でも、少しだけ―――遅い。
ぺっと、私は口に含んだ肉を吐き出す。
そして土蟲のむき出しの肉に、私は思いっきり酸液を流し込む。
全体に吹きかけるような感じにではない。
それは一点に集中した酸液の槍だ。
超高圧の酸液の一点集中発射。
この発想を思いついたのは地龍様が私に魔石を与えてくださった時だ。
あの時、地龍様はブレスを放つ振りをして、天井から魔石を落とした。
それはつまり、魔力の放出先を“限定”させたのだ。
攻撃の縮小、圧縮。
私はこれをキラーアントの唯一の遠距離技『酸液』に応用できないかと考えた。
そして、発射口を極限まで絞ることで、水圧を上げ、槍のように貫通力を持たせることに成功した。
でも命中率は低いし、なにより、かなりの魔力を消耗する。
本来はまだ実践で使えるような技ではない。
それでも、酸液の槍は土蟲の体を貫いた。
「グギャアアアアアアアアア!!!」
土蟲の噛む力が弱まる。
私は身を捻って、土蟲の口から逃れる。
土蟲が苦しそうに体を捩っている。
出来れば“魔核”まで貫きたかったけど、そう上手くはいかないか。
でも上々!
齧り付く。肉を食いちぎる。
だが、反撃を喰らう!
顎の一部が砕ける。吹き飛ぶ。
脚が折れる。触覚が曲がる。
だから、なんだ!
『この機を逃すな!一斉に掛かれ!土蟲に止めを刺せ!』
私は兵隊アリたちに突撃を命じる。
蟻が一斉に土蟲に殺到した。
傷ついた土蟲に、その大軍勢から逃れるすべはなかった。
勝った。
体はボロボロだ。
でも私たちは初めてと言える侵入者を倒すことが出来た。
土蟲の肉は全員で食らいつくした。
傷ついた者も多かったし、少しでも多くの魔力を含んだ食べ物が必要だったから。
ああ、眠い。辛い。痛い。
兵たちに指示した後、私は倒れた。
負傷した部分からドバっと体液があふれだす。
やばい、このままでは死んでしまう。
せっかく勝ったのに。
地龍様のお役にたてると思ったのに………。
そこでふと、あるモノに目が行った。
それは地龍様の脱皮した皮だった。
私はずるずると体を引きずってそれに近づき被った。
やはりそうだ。
地龍様の眷属である私には、僅かだがこの皮から発せられる魔力を吸収することが出来る。
あぁ、地龍様の温もりを感じる…………。
暖かく、優しい魔力がしみ込んでくる。
でも、それでも………足りなかった。
回復に必要な魔力は、足りていなかった。
ゆっくりと、私の、意識は………暗く………沈んで…………
『――――うぉっ!なんだこりゃ!?なんで蟻がこんなに増えてるんだ!?』
…………声が………きこえ………る。
『ちょっと見に来たらなんだよこれ!?つーか、アンはどこだ?』
………地龍、様?
アンは………アンは、ここに………おり……ま……。
『ん、あれか?何アイツ、俺の脱皮した皮被って寝てるのか?て、うおおおおっ!びっくりした!足元に蟻が群がってやがる!』
ぶんっと何かを投げる音がする。
コツン、と私の頭に何かが当たる。
これは…………魔石?
カリッ、こりこりこり………ごくん。
体が、みるみる回復してゆく。
間違いない。これは私が地龍様に初めてお会いした時に頂いた魔石と同じもの。
超高純度。死の淵からでも回復する特級の魔石。
砕けた顎で私は必死にそれを咀嚼する。飲み込む。
治ってゆく、体が。
満たされてゆく、心が。
あぁ、地龍様。
やはり、貴方こそ、私が仕える唯一の御方です。
お慕い申し上げます、地龍様。
そして、どこまでも、どこまでも、アンは貴方と共に往きましょう。
例えどんな敵であっても、どの様な障害でも、アンが防いで見せます。
守って見せます。
だから、地龍様、貴方の御傍に居させて下さい。
いつまでも、どこまでも。
おかしいな………どうして、こうなった?




