22.リアスの最後
話をしよう。
リアス・アウローラと言う女性の話だ。
彼女が産まれたのは今から千年以上も昔の事だ。
当時、彼女の住む国の王は歴史上初の大陸制覇という偉業を成し遂げた。
だが、大陸が統一され平和がもたらされても、全ての問題が消え去るわけではない。
戦災孤児は生まれ、自然日陰者たちは一箇所に集まりスラムを形成する。
そんなスラムに、彼女は生まれた。
両親は知らない。
育ての親は、いつの間にか死んでいた。
周りは人よりも獣に近い連中で、その中で生き残る為に、リアスはなんでもやった。
ネズミを捕まえては、飢えをしのいでいた。
ゴミ貯に手を突っ込んでは、カビの生えたパンを見つけて喜んだ。
泥水を飲んでは、渇きを癒した。
人を騙しては、金品を奪った。
知識がないから、結局奪ったものも安く買い叩かれた。
生きていくだけで精一杯。
最底辺の生活。
そんな生活に何の疑問も思わなかった。
思う暇も、なかったから。
ずっとずっと、そんな日々を、彼女は独りで過ごしてきた。
そして彼女が十二歳になった時、それは起こった。
その日は、最悪だった。
油断していた。
いつものように、ゴミをあさり、食べ物を探していると、複数人の男が寄ってきたのだ。
逃げることが出来ず、彼女は捕まった。
男たちは彼女を辱めようとした。
ぼろきれの様な衣服を剥ぎ、殴りつけ、そして“こと”に及ぼうとした。
どんなことをされるのかは、子供ながらに想像で来た。
これから自分に起こる事を思って、彼女は泣いた。
どうして自分ばかりこんな目に合うのだと。
どうして自分はこんなに不幸なのだと。
嘆き、悲しみ、泣き叫び、彼女は、この世界を呪った。
そして奇跡は、いや、悲劇は起こった。
巨大な“何か”が、空から降ってきたのだ。
激しい揺れが起こった。
凄まじい爆音が響き渡った。
周囲の建物が崩れた。
そして、何かが潰れる音がした。
何が起こったのか、リアスには分からなかった。
ただ、気が付くと、自分を襲っていた男たちは全員死んでいた。
瓦礫に巻き込まれて、ミンチになっていた。
幸運にも、彼らがクッションの役割を果たし、リアスは死なずに済んだのだ。
ざまあみろ。
死んだ男達には欠片の同情もわかない。
死んで当然の連中だ。
それを強引に押しのけ、リアスは周りを見渡した。
あちこちから巻き起こる黒煙。
瓦礫の端からはみ出す人の何か。
肉と血の焼ける匂い。
今まで彼女が住んでいた、スラムはどこにもなかった。
一体何が起こったというのだろうか?
疑問に思う彼女の目の前で、巨大な何かが起き上がったのだ。
アレは……なんだ?
見上げる程の巨体。
それは鋭い牙を持ち、堅い鱗に覆われていた。
――――龍。
龍は大きな口を開けた。
その口から、何かが放たれた。
まばゆい光が、彼女を包み込んだ。
彼女の意識はそこで途切れた。
そして―――。
「―――あ、目が覚めた?」
声が、した。
「……?」
「あ、駄目だって。まだ体動かさない方がいーよ。“反転”の反動で、まだ肉体と魂が、きちんとくっ付いてないんだから」
反転?
何の事だろうか?
分からないけど、分かる事もある。
自分は、この少年に助けられたのだ。
「ありが……とう……?」
「疑問形だね。いや、まあ、僕も巻き込んじゃった身としては責任取らないといけないしさ」
そう言って、少年は苦笑する。
その仕草が見た目よりも、どこか子供っぽく感じた。
何故かリアスの心臓は高鳴った。
「全く、姉さんも無茶するよなぁ。まあ確かに、あの王様は人間にしてはかなり強かったけど。だからと言って、大陸まで割る必要はないじゃないか。地上にはこの子みたいの他の人間達だって、たくさん住んでるのに。はぁ、後始末する僕の身にもなってほしいもんだよ」
「あの……」
「ん?なに?」
「あなた……だれ……?」
「あ、そう言えば、まだ名乗って無かったね。僕の名は、ウロヌス」
にっこりと笑い、
「―――ドラゴンだ」
あっけらかんと、少年は自分の正体を告げた。
「ドラゴン……?」
それが、“最初の死人”リアスと“死龍”ウロヌスの、最初の出会いだった。
そして現在―――。
「ふぅー……」
アースとエリベルが黒の祭壇へと向かった後、レーナロイドは深くため息をついた。
体がだるい。
魔力が、枯渇しかけた事による反動だ。
今誰かに襲われたらひとたまりもないなぁ、と割とピンチな状況でも彼女はのんびりとしていた。
そんな彼女の背後に、近寄る影。
「どうやら、エリベル様は行かれたようですな」
「ん?」
振り返る。
そこに居たのは身の丈ほどの大剣を担いだ大男。
顔の半分を白い仮面で覆い、神父の様な服装に身を包んだ奇抜な格好。
ルギオス・トランジェッタ。
レーナロイドの騎士だ。
「や、ルギオス。悪いね、“雷斬り”の相手させちゃって。流石に、きつかったでしょ?」
ルギオスの格好はボロボロだ。
服のあちこちは擦り切れ、血が滲んでいるし、左腕はボロボロの消し炭の様になっている。
あのヴァレッド相手に、ほぼ無傷で勝利した彼をそこまでになるのだから、“雷斬り”がどれほど厄介な相手なのかが良く分かる。
「ええ、まあ。ただ、向こうが勝手に引いてくれたので何とかなりましたが」
「引いたのかい?」
「ええ。『死龍も復活したし、これ以上は時間の無駄だ。魔女に伝えておけ。いずれ近いうちに、貴様に会いに行く。知っている事、全て洗いざらい吐いて貰うとな。あと、いい加減離れてくれないかスイレン』……だそうです」
「えー……めんど……ていうか、最後の部分は完全に伝言じゃないよね?」
心底、どうでも良さそうにレーナロイドは呟く。
彼女にとっては、“雷斬り”でさえもその程度。
そんな主の態度に、ルギオスは苦笑する。
「それよりも……」
ルギオスは頭上を見上げる。
黒い祭壇、更にその上空には白い膜の様なものが球体上に展開している。
おそらくは白飛龍グウィブの張った結界だろう。
そこから感じる凄まじい魔力の渦。
神災に名を連ねる二体の龍が、あの中で闘っているのだ。
「死龍ウロヌスと、神災龍王の激突ですか……。流石に、凄まじい魔力ですね」
正直今すぐこの場から逃げ去りたいが、レーナロイドがこの場に留まっているのに、騎士である自分が、そんな事を言い出す事など出来ない。
冷や汗が垂れる。
ルギオスも規格外の強さを持っているが、それでもあくまで“人間”という枠の中での話だ。神災の領域にある二体の龍の戦いなど、彼の介入できる範囲ではない。
「もしかして、逃げたいのかい?」
そんな彼の心情を察してか、レーナロイドがそう言う。
はいその通りですと言う訳にもいかず、彼は強がって首を横に振るが、
「言っとくけど、逃げ場なんてどこにもないよ」
そんな彼の不安を倍増させるかのように、レーナロイドは即座にそう断じた。
「もうこの大陸に安全な場所なんてないよ。いや、たとえこの大陸から逃げようとも、この“世界”に居る限り、絶対に安全な場所なんて存在しない。ギブルも、ウロヌスもそう言う存在だからね」
だからこそ、その被害をグウィブが最小限に留めているのだ。
もし仮に、あの結界が展開されていなかったら、今頃この帝都は跡形もなく吹き飛んでいただろう。
「……それは何とも……。しかし……」
そう言って、彼は眼下に広がる光景を見る。
瓦礫の山と化した帝城、その眼下に広がる破壊の爪痕。
「帝都も、もう終わりですね……」
一体どれほどの命が失われたのだろう。
地獄ともいえる光景を眺めながら、ルギオスは何とも言えない気持ちになった。
彼は、魔女の騎士だ。
魔女の命令に従い、数多の命を刈り獲る存在だ。
それでも、戦いとは無縁の一般人の死を嘆かぬほど、彼は人間性を捨ててはいない。
そんな彼からすれば、この光景はおおよそ度し難い。
「ああ、そっちの方も大丈夫だよ。オリオンが動いてる。見た目の割には、“死人”は殆ど出ちゃいないよ」
「オリオン……“聖櫃”の聖女、オリオン・カーラーですか?」
「うん。どうやら、ジョーカーの霧が発生すると同時に、“聖櫃”を発動させたようだね。彼女の気配が消えたから、まず間違いないよ。教皇……いや、ハルシャあたりの指示か。あの親バカ聖龍は意外と抜け目ないからなぁ……」
「どういう事ですか?」
「どうもこうも、“こうなる事”を見越して、聖王国はオリオンを代表に選んだって事だよ。龍王種によってもたらされる被害を最大限食い止める為にね。“聖櫃”が発動すれば、傷の程度はどうあれ、死者は出さずに済む。あれはそう言う類の能力だからね」
全く忌々しいと、レーナロイドは吐き捨てる。
その説明に、ルギオスは首を捻った。
これ程の破壊が起きても、死者が出ずに済む?
にわかには信じられない。
ルギオスは集中して、魔力感知を発動させた。
そして、その表情が変わる。
「これは……っ」
魂の、魔力の気配が―――した。
それも、かなりの数だ。
怪我の程度はどうあれ、殆どの者が“生きて”いる事が、容易に分かった。
安堵と同時に疑問もわき起こる。
一体、“聖櫃”とはどういう能力なのか?
結論を言えば、彼がオリオン・カーラーについて知っている事はそれほど多くない。
殺害リストには上がっていたが、それも結局は空振りになったし、直接会った際も、それほど大した使い手にも見えなかった。せいぜい魔力量が多いな、と感じた程度だ。
「オリオンの……“聖櫃”の能力とは、如何なるものなのですか?」
やや間をおいて、レーナロイドは答えた。
「……すごく、クソッ垂れな能力だよ。死んでも英雄を酷使し続ける、残酷で、最悪な能力さ。だから、私はあの子が好きじゃないんだよ。盲人のくせに、自分から目を閉ざしたくせに、世界の残酷な部分はきっちり見てるんだ。それを理解したうえで、あの力を使ってる。ホント、嫌な奴だよ……」
それよりも、と。
「君も、少しでも体を回復させておいた方が良いよ。多分……もうすぐ決着がつくと思うから」
何が?とは聞かない。
レーナロイドは、遅くとも数分で決着がつくと予想していた。
龍と龍、そして―――賢者と死人の戦いに。
帝都上空黒の祭壇にて―――
「決着……ですか……」
ハァと、どこか自嘲気味に、リアスは笑った。
杖を投げ捨てる。カランと、乾いた音が響く。
そして、おもむろに両手を広げた。
何のつもりだ?
「私を殺したいのであれば、どうぞご自由に。抵抗はしませんので」
一瞬、エリベルはリアスの行動が理解できなかった。
そして、直ぐにその表情は憤怒に変わる。
「アンタふざけてんの?」
「ふざけてなどいません。ただ……もう、“どうでもよくなった”だけです」
虚ろな瞳で、リアスは言う。
「どうでもよくなった……ですって?」
「ええ、そうでしょう。だって、私の目的は果たされました。死龍ウロヌスは復活しました。ああ、苦労が報われました。彼の姿を見るためだけに、千年間、頑張ってきたんですからね。だからぐふぉっ!?」
リアスの言葉は最後まで続かなかった。
エリベルが、杖で思いっきりぶん殴ったからだ。
「ふっっざけんじゃないわよ!」
「っ?……?」
意味が分からないという様な、表情を浮かべるリアス。
「ふざけんじゃないわよ!アンタ、どんだけ私をイラつかせれば気がすむの!?もう、どうでもよくなった?ふざけんじゃないわよ!たかだか、シスコン野郎に忘れられた程度で、レイプ目みたいに光失って!アンタの想いは所詮その程度だったわけ!?」
エリベルはぐいっと胸ぐらをつかみ、顔を寄せる。
「立ちなさいよ!もっと不遜に、いつもみたいになんでも分かってる様な顔で、不敵に笑いなさいよ!なんでも自分の思い通りになるような面して!何でもかんでも、見透かしたような振りして!そんなアンタはどこに行ったのよ!」
「……」
「私がぶっ飛ばしたいのは、決着つけたいのはそういうアンタなのよ!今の自暴自棄で、全てを諦めてるアンタじゃない!戻りなさいよ!あんなクソ龍の事なんて、さっさと忘れて、私がぶっ飛ばしたいアンタに戻りなさい!きちんとまともに戻って、ボコボコにさせろ!」
支離滅裂な主張だ。
これから殺そうとする相手を、なぜそうも挑発するのか?
「―――」
だが、その叫びが何を揺さぶった。
リアスの瞳に、光が灯ったのだ。
「アナタに……っ」
エリベルと同じように、相手の胸ぐらをつかみながら、
「アナタなんかに私の何が分かるってんだよ!」
リアスは叫んだ。
「恋も、愛も知らない!誰かを“本気”で好きになった事の無いアンタなんかに、私の気持ちなんて、分かるわけないだろうが!」
それは今までのリアスからは考えられないような表情だった。
だが、その表情は今までの作り物めいた顔とは違う本当の顔の様な気がした。
エリベルは引っ張り出したのだ。
彼女の、リアスの本当の感情を。
「千年だぞ!千年間、ずっと私はウロヌスの為だけに生きてきたんだ!」
むき出しの感情を、リアスはぶつける。
「こんな私を慕ってくれたジョーカーやミュルスや、他の色んなものを全部、全部、騙して、犠牲にして!思考操作の魔術も使って、自分の心すら騙して!それでも、彼に会いたくて、頑張ってきたんだぞ!それを、アンタみたいなお見合いをしては会場ごと相手を爆破する様なキ〇ガイお嬢様にとやかく言われる筋合いはないんだっつーの!」
感情のままに、リアスはエリベルを殴りつけた。
エリベルは避けなかった。
頬が腫れ、つぅっと唇から血が流れる。
だが、エリベルは、
「はっ」
笑った。
「ようやく、“私”を見たわね。そうこなくちゃいけないのよ!」
お返しとばかりに、平手打ちをくらわす。
モロに喰らったリアスの首が直角に曲がった。
えっ、ちょっと待て。あれ、折れてない?
「~~~~っ!痛ってーんだよ!私はアンタに、魔術のイロハをたたき込んだ師匠なんだぞ!もっと丁寧に扱えっつーの、このクソ馬鹿弟子ッ!」
「散々人の事騙しといて、今更師匠ヅラすんじゃないわよ!このお子様体系が!」
「無駄にデカい乳ぶら下げたテメェに言われる筋合いはないんだっつーの!どうせ揉ませる相手もいないんだろうが!」
「うっさい!千年失恋女!」
「黙れ!変態賢者(笑)!」
「千年ロリババア!」
「あんだと!?」
「なによ!」
……なにこれ?
小学生のケンカ?
罵声と共に、二人は殴り合いを続ける。
余りにも低レベルな、戦略も糞もないただのヒステリーな女の掴み合いだ。
服を引っ張り合い、肌をひっかき、つねって、殴って、罵声を浴びせて。
そんな、醜く、酷く、そしてどこにでもあるような、普通のケンカだ。
止める気になれなかった。
止めちゃいけないと、思った。
やがて、どちらからともなく膝をつく。
「ふぅーふぅー……」
「ハァッ……ハァッ……」
お互い睨みあったままだ。
二人ともボコボコになってる。
目や頬が腫れて、鼻血が出て、口が半開きで血が垂れてる。
女の子がしちゃいけない顔だろそれ……。
エリベルがポツリとつぶやく。
「……ねえ、なんで、話してくれなかったのよ?」
「―――」
「私は別に死龍やソイツが復活したらどんな災害が起こるのかとか、そんな事には微塵も興味なんて無かったわ……。研究対象としては有意義かもしれないけど、それでも、別に私にしてみたら、その程度の事なのよ」
「―――」
「だから、ただ一言でよかったのよ……」
「―――」
「私も、ずっとずっと……“その一言”が言えなかったわ。だから、なんも見えなくなってた。みんなに迷惑かけて、巻き込んで、空回りしてた……」
「―――」
「ここに来る少し前の事よ。馬鹿な引き籠りにね、言われたのよ。『迷惑かけても良い。それでも、俺を頼ってくれって』。そう言われたわ……」
「―――」
「思い知らされたわ。本当に、私は何も見えてなかった。いや、見えてた振りをしていただけだったのよ。分かった振りをして、理解した様に振る舞って、さも相手の事を考えたように行動して、それで結局巻き込んじゃって、八つ当たりして……どうしようもない馬鹿な女だと思わない?」
「―――」
「それでも、“アイツ”は私を見捨てなかった。手を差し伸べてくれた。そこまでしてもらって、ようやく気づいたのよ。ただ一言……“手伝って”って、そう言えることが、どれほど難しくて、そしてどれほど簡単な事だったのかって」
「―――っ」
「多分、それだけなんだと思うわ。たったそれだけできっと私達は今と、違った結末を迎えてたんだわ……」
結局は、それが、エリベルの伝えたかったことなのだろう。
エリベルは言っていた。
どんなに恨んでも、どんなに嫌っても、リアスを心の底から憎むことが出来ないと。
ダンジョン破壊や転移の杖と言った研究成果を盗まれても。
ベルクを騙し、二百年近くの眠りにつかされても。
俺の知らない、様々な悲劇があったとしても。
それでも、おそらく最後の最後で、エリベルはリアスを許そうとしたんだろう。
ボコボコにするし、拷問もするだろう。
散々痛めつけて、鬱憤を晴らしもするだろう。
でも、それで終わりだ。
最後には手を差し伸べ、もう一度以前の関係に戻ろうとしていたのだ。
いや、きっとエリベルは戻りたかったのだ。
あの頃の関係に。
師匠と弟子。
二百年前の気に置けない関係に。
だからこそ、こんな回りくどい手段を何度もとった。
「……戻って来てくれないかしら、リアス?」
手を差し出す。
エリベルの願い。
その全てが込められた手を、リアスはじっと見つめる。
そして、ふっと笑った。
「そうですね。……ええ、それもいいのかもしれません」
リアスは立ち上がった。
そして、ゆっくりと手を前に出し、
「でも」
落ちた杖を―――拾った。
「―――もう、遅すぎたんですよ……」
すべての本音をぶちまけ、お互いの腹の中を全て晒して、それでもリアスが選んだ答えは―――“拒絶”だった。
「………分かったわ」
エリベルも立ち上がる。
リアスの返答を、予想していたのだろう。
お互い距離を取る。
そして、お互い杖を構えた。
「理解、出来てるわよね?さっきまでの私ならいざ知らず、今の私に“魔術”で勝負を挑むって事の意味を」
それは、エリベルの最後通牒だ。
今のエリベルは、かつての霊王級まで極めた肉体に戻っている。
リアスがどの程度の力を持っているかは知らないが、少なくとも霊王級以上でない限り、エリベルに勝てる筈が無い。
勝てないと、告げているのだ。
「分かっていますよ。でも、虫が良すぎるじゃないですか。今まで散々、許されなない事をしてきた私が、よりにもよって一番私を恨んでいる筈の貴女に許されるなんて。それだけは、駄目なんです……ですから―――」
リアスの体から、魔力が放出される。
成程、確かに凄まじい魔量の圧を感じる。
でも……それでも、今のエリベルまでは届いていない。
「お別れです、エリベルお嬢様―――“戦神の風剣”」
「ええ、さようなら、リアス。―――“千群氷柱”」
二人の魔術が―――発動する。
リアスの杖からは巨大な風の剣が。
エリベルの杖からは、億を超える程の無数の氷の槍が。
ヒュガガガガガガガガガガガガガガガッッッ!!
激突する。
氷の雨を風の剣が切り裂く。
それはとても幻想的な光景だった。
砕けた氷がキラキラと光りに反射して、虹を作り出す。
拮抗は一瞬だった。
僅かの後に、リアスの魔術が押し負けた。
億を超える氷の槍はリアスの風の剣を完膚なきまでに叩き潰したのだ。
氷槍の雨はまだやまない。
そのまま、次々にリアスを貫いてゆく。
貫かれた部分から、血が溢れ、直ぐに凍りついてゆく。
『……終わりだな』
その最中、俺は驚くべきものを見た。
笑っていたのだ。
氷の槍で体を貫かれ、もうすぐ絶命しようとする少女は、それでも微笑んでいた。
その唇が、かすかに動き、
何かを呟き―――
そして―――リアスは粉々に砕かれて死んだ。
―――やはり……お強いですね、エリベルお嬢様は……。
己が発動した最大魔術が破られる光景を見て、それでもリアスは笑った。
身体が氷の槍によって貫かれる。
激痛が走る。
それでも、意識を失う、死ぬその直前まで、エリベルから視線を逸らさなかった。
―――“千群氷柱”……、私がお嬢様に初めて教えた魔術。
もっと強力な、それこそ霊王級の魔術だって、今のエリベルなら使えただろうに。
あえて、その術式を選択した、彼女の胸中を思い、リアスは笑った。
彼女なりの手向けのつもりなのだろう。
こんなにも上手に使えるようになったぞ、と。
アンタなんか、とっくに超えてるんだぞ、と。
本当に、つくづく甘い弟子だ。
甘すぎて反吐が出て、そしてどうしようもなく喜ばしい。
体温が、冷えてゆく。
意識が、遠のいてゆく。
これが、本当の死か……。
千年前に体験した時は、そんなの味わう暇も無かったなぁ……。
死んだら、皆に合えるだろうか?
千年の間、幾度となく出会い別れて行った者達。
ミュルス、ルリエル、エクレウス、そしてジョーカー。
その全てを欺き、利用してきた自分。
地獄と言うものがあるなら、きっと自分はそこに落ちるだろうなぁ……。
薄れゆく意識の中、ふと違和感に気付いた。
温かいのだ。
自分の右手が。
どうして?
見れば、黒い霧が右手に集まっていた。
少しでも、彼女を守る様に。
いつまでも、彼女と共にあろうとする様に。
その霧を見て、リアスは小さくほほ笑んだ。
「……全く、貴方も大概大馬鹿ですね……。私は貴方を裏切った最低の女ですよ?それでも、貴方は……それでも、こんな私と共に在りたいというのですか?」
黒い霧は答えない。
だが、リアスに纏わりつく霧の量が少しだけ増した。
それが答えだと言わんばかりに。
「……お互いに難儀な性格ですね」
リアスも、ジョーカーも、その想いは偽物から始まった。
偽りだらけの中、自分の中の愛を信じ、貫き、裏切られ、そして果てた。
救いは無いのかもしれない。
報われない生き方だったのかもしれない。
だがそれでも、その愛を、その在り方を望んだのは、ほかならぬ彼ら自身だった。
ならば、彼らが願う限り、その想いは“本物”なのだろう。
例え“偽物”であっても、そこに“本物”であろうとする意志が存在するのならば……。
「本当に、こっけいな話です……。千年頑張って、手に入ったのは、たったこれだけなんて……」
でも、悪くはない。
欲を言えばきりがない。
そっと、自分を纏う黒い霧に手を添える。
すると満足した様に、黒い霧は、消えて無くなった。
それを愛おしげに眺めた後、リアスの意識は完全に消失した。
―――ありがとう。
その呟きは、誰に向けられたものだったのか。
それはもう、誰にもわからない。
氷の破片となって、リアスの体が消失してゆく。
最後に何故か彼女の周囲に集まった黒い霧と共に。
風になびきながら、溶け合う様に、徐々に徐々に、消えて無くなった。
決着が、着いた。
二百年に渡るエリベルと、リアスの因縁が、ここに終結した。
「………」
それをエリベルはただ黙って見つめていた。
『エリベル……』
どう声を掛けたらいいのだろうか?
気の利いた言葉なんて、俺に言えるわけがない。
俯きながら、エリベルは俺の方へ歩いてくる。
そして、
「まだ、終わってないわ」
そう言った。
「アイツの後始末をしなきゃいけないわ。死龍ウロヌス。アイツをどうにかしないと、まだ本当の意味で終わったことにはならない。そうよ、まだやる事は一杯残ってるわ。だから、アース、悪いんだけど、もうちょっと手伝ってもら―――」
『エリベル』
「なによ―――っ!?」
そっと、俺はエリベルを胸に寄せた。
ひんやりとした金属質の皮膚から、エリベルの体温が伝わってくる。
『無理すんな』
「は?何の事を言ってるのよ?べ、別に私は無理なんてしてないわよ。アンタ、私を誰だと思ってんの?」
『……そっか。じゃあ、悪いんだけどさ、俺、結構疲れてんだよ。だから、少し休んでから、行動しないか?』
そう提案すると、エリベルは体を預けてきた。
「……そう、それなら仕方ないわね。しょうがないから、付き合ってやるわよ、全く」
『ああ、悪い』
「…………………………ありがと、ごめん」
かすれたような小さな呟きは………聞こえなかった。
その場に横たわり、エリベルも体を預けて、蹲る。
少しだけ休もう。
ほんの少しだけ。
エリベルが涙を拭う、ほんの少しの間だけ。
そして―――。
空に張られた結界の中で、ギブルとウロヌスは闘い続けていた。
「―――アハハハハッ、愉しいね!タノシイね、姉さんッッ!アハハハハハハ」
龍と人が融合したような姿の少年、ウロヌスは、血まみれの顔を歪めて笑う。
手の鱗は剥がれ、三対の翼も半分が千切れ、痛々しい姿になっている。
それでも、ウロヌスの顔からは笑みが剥がれない。
「凄く楽しいよ、姉さん。分かるんだ。姉さんが僕に刻み付けた傷口から、姉さんの魔力が流れ込んでくる。痛みを通じて、姉さんとの繋がりを感じるんだぁあ~~~っ!最っっっ高だッッ!!」
両手を広げ、
「姉さん―――愛してる!!」
ウロヌスはギブルへの愛を宣言する。
同時に、黒い魔力の塊を放出。
それは、巨大な鎌のような姿となりギブルに襲い掛かる。
「ふんっ!」
だが、ギブルはそれを腕で払う。
そのまま、カウンターで爪をたたき込む。
ぐちゅりと、ウロヌスの左腕が潰れた。
「痛い!イタイ、イタイイタイイタイ!姉さんが、僕を傷つけてくれた。ああ、あああああああ!僕の体に姉さんの傷跡が刻まれたよ!姉さん、姉さん!」
狂喜に染まった双眸。
死に掛けているにもかかわらず、ウロヌスはそれを意にも介さない。
「………っ」
その余りの狂気にギブルですら、思わず後ずさってしまう。
間違いなく、今優位に立っているのはギブルの方だ。
与えられた傷も、消費した魔力も、明らかにウロヌスの方が多い。
にも拘らず、焦っているのはギブルの方だった。
なぜなら……これ程優位に立ちながら、“追い詰められている”のは、ギブルの方なのだ。
「……拙いですね……」
このまま勝負を続ければ、間違いなくギブルはウロヌスに勝てるだろう。
だが、その瞬間―――“彼女の敗北”が確定する。
ギブルは間違いなくこの世界で最強の龍だ。
その立場はゆるぎない。………ただ一体の例外を除いて。
それこそが、死龍ウロヌス。
ギブルとは対極、最凶と呼ばれる龍。
「あはは、アハハハハハハハハ!姉さん。姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さんんッッ!!」
『暴食』を極めたギブルにとって、最も相性が悪く、そして、おそらくこの世界で唯一ギブルに勝てる可能性のある者。
“天敵”ともいえる存在。
それこそが、死龍ウロヌスなのだ。
頂点を極めた二体の龍王種の戦いはさらに激しさを増してゆく。
リアスは退場しましたが、ウロヌスとの過去のお話はまだ少し残っています。
もうちょっとだけお付き合いください
どうでもい補足。
生前エリベルがやらかした事
お見合い相手を会場ごと爆破、数百回に及ぶリア充爆破テロ、奴隷市場における幼女独占
お見合い相手の腕をパイルバンカーに魔改造、酔った勢いで王国の穀倉地帯を吹き飛ばす、
地図を書きかえる(物理的に)等々……。




