14.普段のイメージって、とても大事だよって話
だらしない更新速度で済まない……
あ、それと活動報告に書籍のイラストを載せてます。
アースさんの溢れんばかりの主人公感をご覧下さい。
自分で言うのもなんだが、俺はこれでも結構温厚な性格だと思う。
前世、つまり人間だった頃だって、相手のミスに怒鳴り散らしたりする事も無かったし、何かあった時も、自分から謝る様にして敵を作らないよう比較的穏便に物事を済ませてきた。
後輩の花田になんか「先輩の性格って、名前と全然違いますよね」なんて言われた位だしな。
まあ……俺も自分の名前が、そんなに好きじゃなかったけどさ。
まあともかく、相手に怒る事や腹を立てること自体、俺にとっちゃあまり縁のない事だったわけだ。
危機感が薄いって言われるかもしれない。
平和ボケした、警戒心の無い、事なかれ主義で、どこまでも平凡で、小物で、誰かと誰かの繋ぎの様な立ち位置に居るどうしようもない脇役だって言われるかもしれない。
でも、それが『俺』なんだ。
そして、それは地龍に転生してからも、変わっていないと思う。
どんな姿になったって、俺は俺だ。
本質的な部分が変わることは無い。
俺の本質は基本『怠け者』であり、怒りとは真逆だ。
実際、俺が本気でブチ切れたのは、あのクソ龍殺しにダンジョンを真っ二つに割られて殺されかけた時くらいだろう。
それも白い粉によって、精神が反転した状態でだ。
要するに、何が言いたいかというと、俺が自発的に怒る事は滅多にないという事だ。
―――そう、思っていたんだけど……。
『…………』
ファーブニルのダンジョンを侵食する黒い霧を見る。
今日、この時、この瞬間、俺は人生で初めて本気で怒りを覚えた。
心の奥底から、マグマの様に熱い何かが込み上げてくるような感覚。
その原因を作った誰かをどうしようもない位に滅茶苦茶にブッ壊してやりたいと思う強烈な破壊衝動。
多分、それは今までの鬱積も全てが重なった結果なんだろう。
ああ、そうか。
これが、本気で怒るって事なんだな。
本当に嫌になる。
『はぁ……』
深い溜息。
そのまま、俺は移動する。
場所はエリベルの研究所だ。
エリベルの研究所にて―――。
転移門を潜って中に入ると、そこに部屋の主の姿は居なかった。
その従者もだ。
数体のスケルトンが忙しそうに、魔道具や素材を整理している。
『エリベルは居ないのか……。まあ、なんとなく予想はしてたけどさ……』
あの野郎、多分今回の件に関わってやがるな。
このタイミングで居なくなるなんてそうとしか思えない。
そのままスカズカと素材の保管庫に入り、ある物を探す。
がさごそ、がさごそ。
あった。
見つけたのはビー玉ほどの白い丸薬。
地龍の背骨の粉末。
通称白い粉。
精神を反転させる禁断の素材。
それを丸薬状にしたもの。
『………頂きます』
ぱくり、ごっくん。
躊躇なく、俺はそれを吞み込む。
ハッカのような味が口の中に広まる。
瞳を閉じる。
すぅーっと頭の中が冷えてゆく。
自分の中に意識を集中する。
脳が、意識が、認識が、俺の中の精神が、逆転する。
『ふぅー……』
再び、深い溜息。
ゆっくりと瞼を開く。
自分の中を駆け廻る激情を再確認する。
ああ、やっぱりだ。
やっぱり、地龍の背骨を服用しても、俺の怒りが収まることは無かった。
地龍の背骨は、精神を反転させても対象の本質、根っこの部分までは作用しないのだろう。
多分、本人が強く感じている、『本気の想い』までは反転させることが出来ないって事だ。
つまり、俺の感じた怒りは上辺だけの物じゃない。
俺の本心だという事を再確認できた。
その上で、今の俺は冷静だ。
冷静に、静かに怒り狂っている。
今ならどんな相手だって、どんな残酷手段だって使えそうだ。
そう―――ずっと使うのを躊躇っていた“アレ”を使ってしまおうと思えるくらいに。
保管庫を出ると、スケルトン達が傅きながら此方の様子をうかがっていた。
その骨は小刻みに震えている。
ああ、そうか。
さっきから俺の放ってる魔力に中てられていたのか。
ゴメンな。
すぅっと俺は放っていた魔力の圧を解く。
背骨の効果が効いて、精神が反転している今ならば、簡単にできる。
スケルトン達はこちらを見る。
『悪いな、自分たちの仕事に戻ってくれ』
俺がそう言うと、彼らはひゃーっと蜘蛛の子散らす様に仕事を再開した。
さて、次だ。
今もファーブニルではあの黒い霧と眷属達が戦っているのだろう。
俺は、アン達に思念通話を送った。
そして、ダンジョン深層『深淵の間』にて―――。
俺はエリベルや外に出ているウナやドス、ファーブニルの防衛に当たって居る奴らを除く、集められるだけ全ての眷属達を集合させた。
アン達やギジーからの現状を確認する。
ファーブニルに発生した黒い霧は予想以上に厄介な相手の様だ。
ロブンが指揮を執り、これを防衛しているが、現状前線を維持するので、精一杯だそうだ。
『大森林やほかの表層には、今のところ変化はありません。また、外を監視している鳥型達からの報告では、あの黒い霧はハザン帝国全体を覆い尽くす様に展開しているとの事です』
アンが掻い摘んで現状を報告してくれる。
『それと……エリベルとベルクの行方は未だ掴めておりません』
『そうか……』
まあ、エリベルの事だ。
鳥型達の監視に引っかからないようにするのはお手の物だろう。
死んではいないと思うけど。
『全くあの二人はっ!この非常時に一体どこで、何をしているのでしょうか……っ!』
アンが苛立たしげに呟く。
自分達に黙ってダンジョンの外へ出た彼らを非難しているのだろう。
アンだけじゃない。
他の皆も多かれ少なかれ、エリベルへの不審を募らせている様だ。
『まあ、エリベル達には会ってから確かめればいいさ。とりあえず、今はファーブニルを侵食してる黒い霧の方が優先だ』
『……そうですね。申し訳ありません。御見苦しい姿をお見せしました』
渋々と言った体でアン達は同意する。
『アース様、我々にもファーブニルの防衛に加わる許可を。深層を離れる事になりますが、あの霧は放置するには些か厄介です』
『勿論だ。俺も出る』
『分かりました、では直ぐにでも準備を――――って、え……?』
アンは動き出そうとして、だが、途中でぴたりと動きを止めた。
『ア、アース様……?い、今なんと?何と仰いましたか?』
恐る恐ると言った感じで問うてくるアン。
見れば他の皆もポカーンとしている。
ん?どうしたんだろうか?
俺、何かおかしなこと言ったか?
『ファーブニルの防衛に向かうんだろ?そんなのいちいち俺の許可とらなくても大丈夫だ。早くロブン達の救援に行かないと』
『そ、そうですよね。良かったです。申し訳ありませんでした、私の聞き間違いで―――』
『あと、“俺も出る”って言ったんだ』
『………………………』
あれ?
なんで黙ってんの?
ハッと我に返ったように、アンがこちらを見る。
『………イマ、ナント?』
『俺も出るって言ったんだけど?』
再び沈黙。
「「『ええええええええええええええええええええッッ!!??』」」
数瞬の後に、堰を切ったようにアン達が驚いた様な声を出す。
周りに居た眷属達もざわめきが大きくなった。
「えっ?えっ?お父―さんが外に出るの?」とか「乱世……乱世ですよ……あ、ござる」とか「ぷー、ぷる?ぷ、るるるるry……」とか「有りえませんわ。有りえませんわ!天変地異ですわ!」とか皆一様に冷や汗を浮かべながら、ぶつぶつ言っている。
……なんか、みんな酷くない?
『―――解答。対象カラ感ジル魔力ノ適合率ハ99.99%ヲ超エマス。対象ノ個体ハオ父様デ間違イ有リマセン』
ギジーの容赦のない機械音声が響く。
……ギジー、感情の無いお前には分からないだろうが、言葉って時にどんな武器よりも恐ろしい凶器になるんだぞ……。
白い粉服用してなきゃ、今の一撃で即死だったぞ。
アンがゆっくりと俺に近づいてくる。
そして、恭しくこうべを垂れた。
『……アース様、心労が溜まっているのですね……。全ては我らの不徳と致すところ。頼りない眷属とは思いますが、今しばらくお待ちください。必ずや、アース様の安寧を取り戻してご覧入れましょう。今一度、私達を信じで、ゆっくりとお休みくださいっ……』
慈愛の籠ったアンの声音。
いや、アンさんや、何一つ察せてないんですけど。
ていうか、君たち普段俺の事どう思ってた訳?
ねえ、ちょっと。
涙をぬぐう様に目をこすった後、アンの表情には決意が満ちていた。
『皆の物!立ち上がれ!アース様の安寧を邪魔する輩を、全て我らで排除するぞ!』
すると、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!と深淵の間にいる眷属やゴーレム達が一斉に叫び声を上げる。
いや、あの、ちょっと……。
「許せません……許せませんわっ!愛しいアース様に『外へ出る』なんて世迷言を吐かせるなんて……絶対に消し炭にして差し上げますわ……っ!」
エルジャの体から大量の魔力と共に凄まじい熱が発せられる。
ねえ、俺の話聞いてる?
「お父ーさんをお外に出さない様に頑張ろう、ぷるる!」
「ぷるーっ!ぷーぷーっ!」
トレスとぷるるが決意を固めた表情で立ち上がる。
ねえ、俺今精神反転してるんだよ。
だから、別におかしな発言してないんだよ?
外にだって出るよ?
別に俺引き籠りってわけじゃないんだよ?
「殺す、絶対に皆殺しにする……ござる」
ラセツは抜身の刀を眺めながら物騒な事を言っている。
もう、ホント泣いていいかな……。
『エルジャ、ラセツ!貴方たちは私についてきなさい!あの霧を排除します!』
「了解ですわ!」「ござる!」
『ぷるる、トレス、貴方達はアース様の警護と癒しを!今のアース様は疲れています!貴方達の癒しが必要です!』
「ぷる!」「わかった!」
『他の者達も配置につきなさい!アース様に『外に出る』などと世迷言を言わせるまで心労を与えた相手です!加減も慈悲も一切必要ありません!全て、殲滅します!』
剣を掲げ、アンが叫ぶ。
『アース様に安寧を!ダンジョンに平和を!往くぞおおおおおおおおおお!』
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」
そして、彼らは意気揚々と転移門を潜り、戦場へと向かっていった。
ぽつんと、残された俺。
傍にはぷるる、トレスが居る。
「お父ーさん。大丈夫だよ。一緒に魔石食べよう?美味しいよ」
「ぷるぅ……」
二人とも慈愛に満ちた瞳でこちらを見ている。
ぽりぽりぽり、ごくん。
………なんか、しょっぱいな、この魔石……。
精神反転しててもこれはクるわ……。
こうして俺の出鼻は挫かれた。
ほかならぬ眷属達の手によって……。
さ、戦闘の準備するか……。
俺はトボトボと深層の更に“奥”へと向かった。
ファーブニル第一層入口付近にて―――。
ロブンはファーブニルに住む魔物やゴーレム達と共に黒い霧の排除に当たっていた。
だが、
「……ちっ、なんてやりづらい相手だ」
思わずロブンは舌打ちしてしまう。
その顔には珍しい焦りの色が浮かんでいた。
いや、骸骨だから表情は無いのだが、それでも彼の顔には焦りの色が浮かんでいた。
というのも、この黒い霧に対して、あまり魔術が効かないのだ。
おそらくは魔力を吸収し、威力を殺しているのだろう。
魔術主体のロブンにとっては天敵と言っていい相手だ。
かといって、接近戦や物理攻撃が有効であるかと言えばそうでも無い。
今も、ゴーレムの一体が霧に近づいた途端、黒い触手にからめ捕られ魔力を吸い取られてしまった。
魔力を失い、魔核を砕かれたゴーレムがその場に崩れ落ちる。
「くそっ……」
大鎌で黒い霧を切り裂きながら、ロブンは舌打ちする。
そもそもこの黒い霧は一体何なんだ?
魔物なのか、それとも何かしらの現象なのか?
それすらも判別がつかない。
ギジーが現在解析に当たっているが結果は芳しくないのだろう。
それらしい報告は一向に送られてこない。
……こんな時、エリベルさんがいてくれたら。
ついそんな風に考えてしまう。
エリベルの持つ解析力、洞察力はロブンのはるか上を行く。
こう言った訳の分からない手合いは、彼女とギジーの解析を元に、相性のいい相手をぶつけるのが定石だというのに。
アースがダンジョンに無限の魔力を供給する心臓ならば、エリベルはダンジョンの頭脳と呼べる存在だ。
居なくなった今だからこそ、その存在、重要性が良く分かる。
一体彼女はどこで何をしているというのか。
「あの人の事だ、きっと何か理由があるに違いないけど……」
それにしたってタイミングが悪い。
一緒に闘って、傍に居てくれたら、どれだけ心強いか……。
「いや……それでは、笑われてしまうな」
あの人と並び立ちたくて、研鑽を積んでいるというのに、寄り掛かろうとしてどうする?
そんな弱い奴にあの人の隣に立つ資格があるのか?
答えは否だ。
ファーブニルの眷属筆頭が泣いて呆れる。
雑念を振り払い集中。
ロブンは、大鎌で霧を掃いつつ指示を出す。
「近接戦闘しか攻撃手段を持たない者は下がれ!結界を張れる者を前面に!大砲や遠距離魔術で徐々に黒い霧を削り取れ!」
ゴーレムや魔物達は即座に陣形を建て直す。
ひとまず、先程までの防戦一方の状態からは脱すだろう。
「魔物ならば必ずどこかに“魔核”が有る筈だが……」
どこだ?
もしこの黒い霧が魔物であるならば、何らかの規則性に従ってこの霧は発生している筈。
そう考えて一瞬、意識が逸れた。
その隙間を縫うように、黒い触手が彼の体に纏わりついたのだ。
「っ。しま―――」
油断した。
絡みついた黒い触手は容赦なく彼の魔力を吸い取ろうとする。
「くそっ、この程度で―――」
反撃の魔術を発動させようとした、次の瞬間―――。
ズバババババッ!!
彼を纏う黒い触手が切り裂かれた。
「何っ!?」
『何をしているのですか、情けない……。それでも、貴方達はあの御方の眷属なのですか?』
「え……?」
ロブンが振り向く。
そこに居たのは、アンだ。
更に、その後ろにはエルジャ、ラセツが居る。
「すまない、助かったよ」
『構いません、それよりも……』
アンは目の前に広がる黒い霧を見る、
『これが、侵入者……ですか?』
語尾が疑問形になってしまったのは仕方ないだろう。
何せ、見た目にはただの黒い霧なのだから。
尤も、感じ付魔力は禍々しいものだが。
「ああ、ダンジョン内に突如発生した“黒い霧”だ。ギジーからの報告では帝都へ続く入口までこの黒い霧で覆われているそうだ」
『なるほど』
しげしげと、アンは黒い霧を眺める。
ヒュンッ!と黒い霧から触手が伸び、アンに襲いかかろうとする。
だが、それよりも早く、アンは触手を切り捨てる。
黒い触手がジュウジュウと音を立てて消滅していく。
「気を付けてくれ、その霧の触手は魔力に反応し襲い掛かり、相手の魔力を吸い取る。正直、かなりやり辛い相手だ」
その結果を見てアンは一言。
『そうですか―――ならば、問題ありません』
大剣を構え、ゆっくりと息を吐き出す。
『この霧が魔力に反応して襲ってくるのならば、そんなもの、私にとってはなんの意味を成しません』
次々に襲いかかる触手を切り捨てながら、アンは続ける。
『ロブン、エルジャ、ラセツ。私が道を開きます。ついて来て下さい』
大地を蹴り、駆ける。
迷宮側の反撃が始まる。
帝都ファーブニルの入口付近にて―――。
「さてと……一応見張ってはみたけど……実際、何か起こるとは思えないんッスよねぇ~」
ファーブニルのダンジョンの入口を覆う天蓋。
その天蓋に一人の男が、のんびりと腰かけている。
ピエロ様な格好をした男。
神災の魔物、夢霧ジョーカーだ。
「もう、この霧の中は外から隔絶された亜空間。いわば、僕の体内、ダンジョンの様なものッス。突破できるわけないって言うのに……ふぁ~ぁ~……」
呑気に欠伸までする始末。
その傍では、今も帝都の住民が魔力と魂を吸われ苦しみ身悶えている。
「ん……なんか、闘ってる人たちもいるッスね」
現在帝都は、大陸会議もあって腕に覚えのある冒険者が多くこの地に集まっている。
彼らはその中でも、会議場からあぶれた護衛組の連中だろう。
ジョーカーの霧に対してそこそこ善戦している様だ。
「まあ、あくまで“そこそこ”ッスけどね」
ゴロンと寝転がりながら、ジョーカーは“ちょっとだけ”冒険者達が戦っている霧に魔力を込める。
「な、なんだ!?急に強く……っ!?」「ぎゃあああああああああ」「くそっ!手が追い付かねぇ!」「おい!回復魔術を使える奴はいないのか!」「誰かあああ助けてくれええええ!」
それだけであっという間に形勢は逆転する。
それはそうだ。
仮にも自分は神災の魔物。
たとえAランクやSランクの冒険者だろうが物の数ではない。
自分がちょっとヤル気を出せば、はいそれで終了。
人間程度がどうにかできるわけなどないのだ。
「無駄な抵抗なんてしないで、さっさとその魔力と魂をリアス先輩に捧げて下さいッス」
苦しむ冒険者達を、特に感情なく眺めながらジョーカーは呟く。
魔力を集める素材以上の感情は抱いていないのだろう。
空を見上げる。
黒い霧に覆われた上空に、同じく黒い霧で構成された祭壇が浮かんでいる。
今もリアスは、あそこで死龍復活の為の儀式を行っているだろう。
必要な魔力も集まりつつある。
ギブルやエリベル、レーナロイドと言った厄介な相手は結界の外。
計画は順調に推移している。
でも、
「……もし、万が一、誰かが侵入してこれるとしたら、それはここ―――ファーブニルの入口が一番可能性が高いッス。けど……な~んも起きないッスねぇ……」
もし、万が一結界が破られるならば、ダンジョンに隣接しているここが一番可能性が高い。
だから、こうして自ら見張っているのだが、何も起きない。
「う~ん、これならアオバ君たちに頼んだ方がまだしもマシだったかもしれないッスね」
黒の祭壇を防衛をするにあたって、ジョーカーは『ファーブニルの入口』を。
ラウ・ランファンは祭壇の下に位置する『帝城』を。
アオバ・キリシマは『ギブル達の隣接する壁の付近』を、それぞれ見張る事になった。
ちなみに、スイレンともう一人の彼女は帝都全域を細かく動き回り不審な者が居ないか探す遊撃役だ。
ジョーカーが決めた割振りとはいえ、これは少々采配を見誤ったかもしれない。
主に退屈に過ぎるという意味で。
「……ん?」
かすかな違和感を感じる。
それは自分の腰かけている天蓋の下。
ファーブニルから感じた。
「今……一瞬、結界に妙な反応があったッスね」
帝都全域やファーブニルに侵攻する黒い霧はジョーカーの体の一部だ。
故に、何か異変があれば、どの様な細かいモノでも彼は感知することが出来る。
結界の中を、黒い霧の中を“何か”が蠢いている。
「………んー……これは……」
仮面の下の笑みが深くなる。
どうやら、自分の勘は間違っていなかった。
やはり“ココ”が、尤も重要な防衛拠点になる様だ。
「どうやら……リアス先輩の勘は当たっていた様ッス」
それはちょっとした驚き。
予想外の事態。
だが、例え何が起ころうとも、崩れないゆるぎない自信があるからこそ、彼はその“侵入者”を歓迎した。
次の瞬間、無数の切れ目と共にファーブニルの天蓋が崩れ落ちた。
崩落の中、器用に破片を渡りながら、近くの建物の屋上にジョーカーは着地する。
舞い上がる土煙。
その中から、声が聞こえた。
『―――どうやら、いきなり当たりを引いたようですね』
澄んだ女性の声。
それは直接脳に語りかけてきた。
思念通話だ。
「……誰ッスか?」
ジョーカーは問う。
答えは煙の中から現れた。
黒く、何処までも黒い一匹の女王蟻。
その手には巨大な大剣を持ち、地味な色のマントをはためかせている。
『誰か……ですか。そんなの決まっているでしょう?』
剣を構え、凄まじい魔力の波動を発しながら、彼女は言う。
『私は―――貴方の“敵”です』
「なるほどッス」
そして、黒蟻の女王と夢霧は出会った。
ファーブニルの入口に設けられた天蓋が崩れ落ちる。
目の前で自分を見下ろすピエロの様な格好をした男。
アンの直観は見た瞬間に、この男がこの霧の発生源だと告げていた。
(凄まじい魔力ですね……)
ちらりと、アンは崩れかけた足もとを見る。
(やはり、エルジャ達はまだ“こちら側”へこれませんか……)
どうやら、黒い霧の結界を突破できたのは自分だけの様だ。
目の前の男は、こちらに仕掛けて来る様子は無い。
「僕の霧を突破するだなんて、随分とんでもない奴が来たッスね……って、えっ?」
煙が晴れ、はっきりと姿が見える様になったアンを見て、ジョーカーは呆ける様な声を上げる。
「ちょっ……ミュルスさんじゃないッスか?な、なんでこんなところにいるんッスか!?」
『……は?』
それは、アンにとって完全に予想外のセリフだった。
「え、嘘ッス、だって死んだ筈じゃ……?いや、でもどうして……?死龍はまだ復活してない……蘇生は、まだ不可能な筈ッス……なのに……」
疑問符を浮かべるジョーカーに対し、アンは内心またかと思った。
その名を聞いたのはこれで、もう三度目だ。
一度目はアースの母親ギブルから。
二度目は天龍ヤムゥから。
「いや……でも、ミュルスさんなら有りえなくもないッスね」
何やら目の前の男は勝手に納得している。
「ミュルスさんの“力”はある意味リアス先輩以上に厄介だったッスもんね。うん、それにこの際、そんな些細な事は問題じゃないッス。ここへ来たって事は、ミュルスさんも僕達に協力してくれるって事ッスよね?」
仮面の下から聞こえるジョーカーの声は明るい。
「すごく嬉しいッスよ!僕、“あいつ等”の中でも、リアス先輩とミュルスさんだけは本当に好きだったんッスよ!だから、こんな形で再会できるなんて、夢にも思わなかったッス。ホントに嬉しいッス、感激ッスよ、ミュルスさん!」
『……りなさい』
「え?なんッスか?聞こえないッスよ、ミュルスさん?それよりも、久々の再会を祝うッスよ!とりあえず、祭壇に行ってリアス先輩にも挨拶しましょう!リアス先輩も、ミュルスさんが生きてるって知ったらきっと喜んで―――」
『黙りなさいと言っているのですッ!』
跳躍。
一気に男の距離を詰め、大剣を横なぎに振るう。
紙一重でジョーカーは躱す。
「えっ?ちょっ、ええええええええええ!?何するんッスか!?」
動揺を隠さず、慌てふためくジョーカー。
そんな彼に、アンは告げる。
『私の名はアンだ!ミュルスなどではない!』
名前を間違えられる。
他の誰かに見間違いされる。
それはアンにとって、不愉快以外の何物でもなかった。
主から貰ったこの名―――『アン』を汚されるような気分になるからだ。
自分の名は『アン』だ。『ミュルス』とかいう誰かじゃない。
他の誰でもない。
唯一の『アン』だ。
それを汚されるのは我慢ならない。
「え?な、何を言ってるんッスか、ミュルスさん?僕ッスよ!『夢霧』ジョーカーッス!昔よくヤムゥさんに魔石とか掘りに行かされてたジョーカーッスよ。忘れた訳じゃないッスよね!?」
『だから、人違いだと先ほどから言っているでしょうが!私はアン!ミュルスではありません!』
再びアンが剣を振るうが、ジョーカーは避けるばかりで反撃しない。
身体から発生させた黒い霧で大剣を弾き、そのまま距離を取る。
「えっ、別人ッスか……?そんな……馬鹿な……」
信じられないといった風にジョーカーは呟く。
そして―――。
『―――っ!?これは……』
ゴウッ!!とジョーカーの身体から大量の黒い霧と魔力が放たれる。
さらに放たれる途轍もない殺気。
その圧だけで周囲の建物にヒビが入った。
「……ふざけんじゃないッス。ふッッッざけんじゃないッスよッッ!!」
怒りが、ジョーカーの体から溢れ出す。
「この偽物めッ!!寄りにもよってミュルスさんの姿を真似るなんて悪趣味にも程があるッス!ブッ殺してやるッス!」
『―――っ。それはこっちのセリフです!』
何を訳の分からない事を。
その怒りは私の物だ!
アンの体から魔力が迸る。
ジョーカーの全身から黒い霧が溢れる。
それは触手の様な形となってアンに襲いかかった。
その数、全部で十二本。
「死ねッス、偽物ッ!」
『全部いなすのは難しそうですね……ならばっ!』
アンは酸弾を放つ。
一瞬の内に放たれたそれは、黒い触手に当たりその起動を僅かに逸らした。
やはり、酸弾は吸収されない。
あくまであの黒いのが反応するのは魔力だけ。
軌道を外れた触手を無視し、残りの触手を大剣で一閃。
『やはり、この霧に対しては物理攻撃の方が有効の様ですね』
今のやり取りから、アンはそう結論付ける。
そして、それは間違っていなかった。
「偽物の分際でやるッスね!でも、まだまだッスよ!」
更にジョーカーの体から黒い霧が溢れ出す。
際限なく溢れ出す黒い霧は、漆黒の空が落ちてくるような錯覚さえ覚える。
感じる魔力もまた絶大。
雨の様に降り注ぐ黒い触手を、アンは紙一重で躱し、切り裂いてゆく。
『……くっ、数が多い!』
それだけではない。
先ほどよりも触手の纏う魔力の密度が強くなっている。
躱しきれない。
ついに、アンの左腕に触手が絡まる。
瞬間、魔力が急激に失われてゆく感覚。
『ぐあっ……』
渾身の力を振り絞り、大剣でこれを切り裂く。
だが、黒い触手は更に数を増し、アンに襲いかかる。
「ふん!終わりッスよ!偽物がどうやって結界を突破したかは知らないッスけど、所詮は偽物!それ以上その姿で……ミュルスさんの姿で無様を晒すんじゃないッス!」
『………』
全方位から襲い掛かる黒い触手。
対してアンは剣を構えない。
ただ、深く何かに集中する様に、息を吸った。
『……ふぅー』
静かに、アンはただそこへ立ち尽くす。
何の反撃もしないのか?
ジョーカーは疑問に思ったが、まあいい。
それなら、それでさっさと殺すだけだ。
「死ぬッスよ偽物!」
うねりを伴い大量の黒い触手はアンを蹂躙しようとする。
だが、黒い触手たちはアンに触れた瞬間―――全て霧散した。
文字通りの霧となって消え失せる。
「………え?」
その結果に、思わず間抜けな声を上げるジョーカー。
全くの予想外だったのだろう。
明らかに狼狽えている。
「なっ……え?ど、どうして、僕の霧が消滅したんッスか?なんでっ!?」
もう一度とばかりにジョーカーは再び全方位に黒い触手を展開し、アンを襲わせる。
だが、結果は同じ。
シュワッと。
黒い触手はアンに触れる事無く、その寸前で全て霧散した。
『やはり、一度使えば二度目の発動までは時間が掛かりますね。まあ仕方ありませんか。“あの状態”でなければ、結界を突破できなかったわけですし……』
アンが顔を上げる。
その瞳がジョーカーを捉える。
『そう言えば、貴方は私にこう問いましたね。なぜ私がこの結界を突破できたか、と』
「―――っ」
ビクリと、ジョーカーの身体か震えた。
背中を冷や汗が伝う。
なんだ、この感覚は?
『その答えをお見せしましょう』
すっとアンは手に持った大剣を、魔剣『リディル』を水平に構える。
次の瞬間、変化は起こった。
青白い光が、アンの体を包み込む。
「これは……」
まばゆい光はやがて収束し、形を成してアンを包み込む。
それは透き通る様な深いサファイアの如き輝きを放つ青い鎧。
「―――っ」
ジョーカーは反射的に、アンに向かって黒い触手を放つ。
だが、アンはむしろ自分から、黒い触手へと突っ込んだ!
「馬鹿なッス!?」
驚愕の声を上げるジョーカー。
黒い触手はアンの纏う青い鎧に触れた瞬間、全て霧散したのだ。
それは一瞬の油断。
ジョーカーとアンの距離は肉薄した。
『ふんっ!』
魔剣リディルがジョーカーに迫る。
「なっ……ぐっ……」
だが、ジョーカーもその脅威を悟ったのか、アンが近づこうとする瞬間、二人の間に黒い霧を発生させ距離を取る。
だが、完全ではなかった。
アンの剣はジョーカーの左肩を切り裂いていた。
ジョーカーは仮面の下で苦悶の表情を浮かべる。
「なんッスかその姿はっ!?」
『言ったでしょう?“答え”をお見せすると』
優雅に、騎士が礼を取る様にアンは剣を構える。
『私はアース様の眷属として力不足を常に感じていました。どうすれば、あの御方の剣と成り、盾となることが出来るのかをずっと考えてきた……。そして、たどり着いた答えが“コレ”です』
かつてアンは、このファーブニルのダンジョンで一体の魔物と戦った。
近接特化のアンが死線を乗り越え、ようやく倒すことが出来たあの魔物。
『青騎士』レイギン。
彼は優れた体術を有し、魔術を使う者にとって天敵ともいえる“ある異能”を宿していた。
『魔力無効化』。
彼の持つ力の結晶は、魔剣リディルの中に眠っていたのだ。
そして、これこそが、アンがジョーカーの結界を突破できた理由。
ジョーカーにとって、いや魔力を有する者にとって天敵と言っていい異能。
凄まじい修行と、剣の中に眠る彼の魂の残滓との対話の果て―――アンはその力を呼び起こすことに成功したのだ。
そう、名付けるならば―――。
『―――“武装化・青鎧形態”』
アンの呼びかけに呼応するように、青鎧が眩く光り輝いた。
―――『肉体の武装化』。
それは彼女が敬愛してやまない主が至った極地。
その領域に、ついにアンは足を踏み入れた。
『消えて貰いますよ、道化。我らの主の安寧を妨げた罪、償って頂きます』
青鎧の黒蟻は剣を構え、ジョーカーへと、神災の魔物へとその牙を向けた。
そして、遠くからそれを眺めていた者がいた。
ファーブニルの入口から、少し離れた場所。
ジョーカーとアンの戦いによって壊れた建物の傍に一人の女性が立ち竦んでいた。
銀髪を靡かせた、紅い槍を持った冒険者。
ベルディー・レイブン。
かつて、ヴァレッドと共にアースのダンジョンへと挑み、アンと激闘を繰り広げたSランクの冒険者。
その足元には傷ついた女の冒険者が寝かされていた。
「なぜだ……」
その表情は驚愕に彩られていた。
多少姿が変わろうとも、その魔力の波動を間違える筈もない。
何せ、ソイツは妹を殺した、忘れたくても忘れられない魔物なのだから。
「なぜアイツが―――あの黒蟻がここに居るッ!」
運命とは気まぐれなものだ。
たった一つの選択の違いで、その結末は大きく違う。
ダンジョンを離れた閉ざされた黒い霧の世界で―――ベルディーは出会ってしまった。
その魔物を―――アンを見つけてしまった。
第六章からずーっと考えてたアンさんの武装化ようやく出せた……
アンさんのターンはもうちょっと続くよ




