4.タイミングは大事
会議の場は物々しい雰囲気に包まれていた。
ウナ達も会場に移動するまでに何やら城の兵たちが騒がしい事には気付いていたが、会場にたどり着いた事でその理由が判明した。
帝国の主である皇帝がまだ会場に到着していないのだ。
各国の代表は既に席についているのに、主宰であるはずのカグリアス皇帝の席だけが空席のままになっている。
各国の方針を決めるこの大陸会議の場で遅刻など在り得ない。
それが主催国であるならば尚更だ。
「……これは、どういう事なのでしょうか?」
オリオンが不安そうに呟く。
「ぬっふぅ……。まさか、カグリアス殿の身に何かあったのでしょうかねぇ……」
パタパタと扇子を扇ぎながら豚が答える。
ウナがはっとした表情で口を開いた。
「はっ、もしや朝食を食べ過ぎたのでしょうか?」
黙ってろ姉。
ドスは視線で姉と思わしき人物を黙殺する。
シュンとなる姉。
ちょっと可愛い。
とりあえず、それぞれの席へと移動する。
オリオンが席に着き、ウナとドスはその後ろに控える。
その時だった。
『―――皆様静粛に!静粛に願います!』
音声拡張の魔術を使っているのだろうか、良く響いた声が場内に木霊する。
発したのは中央にある議長の席に座っている男。
確かこの国の宰相だった筈だ。
『現在わが国の皇帝であるカグリアス様の元に急を要する案件が入ってきております。その為、進行に若干の遅れが出ております。つきましては今後の日程について―――』
説明を聞く限り、この遅れは帝国でも予想外だったらしく、現在皇帝が自ら解決せねばならない問題が発生しているらしく、そのため会議が遅れるとの事らしい。
……非常に胡散臭い。
そもそも国のトップ自ら、それも各国の代表を放り出してまで進めるべき案件などそうそう有る筈が無い。
下手をすれば各国との外交に溝をつくりかねない事は重々承知の筈だ。
にも拘らず、この様な弁解をする理由。
そんなの簡単だ。
カグリアス自身の身に何かあったのだ。
それも、相当な何かが。
そして、周囲の状況から察するに、まだ宰相や城の者たちもそれを把握出来ていないのだろう。
だからこそこうして、引き伸ばしの演説をしていると言う訳だ。
その直後―――轟音が会議場に鳴り響いた。
「なっ、なんだ!?」「何が起こったの!?」「外から爆発音がしたぞ!」「きゃああああああああああ」「お、落ち着け!ここは大丈夫の筈だ!」「衛兵は何をやってるんだ!」
護衛に騎士たちは落ち着いているが、各国の代表たちは面白い様に慌てている。
爆発音は場外からだった。
それもすぐ近くだ。
おそらくは中庭付近かとドスは予想した。
ドスの行動は早かった。
「……ん、ウナ姉、オリオンお願い」
「分かりました」
「あっ、ド、ドスさん!?」
「……んっ」
言うないなや、ドスは会議場の入口から飛び出し、爆発音の合った方向へと走り出す。
魔力の流れ、音の振動、感知能力の全てを駆使して、ドスは爆発音の発信源を目指す。
場所はやはり中庭だった。
帝城内部に造られた中世ヨーロッパ風の中庭。
その一部から黒煙が舞い、周囲の木々がなぎ倒されている。
「……ん、あれは……?」
視線の先。
土煙に紛れてはっきりしないが、そこには人影があった。
帝国のシンボルでもある赤を基調とした礼服。
短く切り揃えられた黒い髪に精悍な顔立ち。
そして―――右手に握る金の走力が施された剣、『魔剣グラム』。
この国の最高権力者カグリアス・ディル・ハザンその人だった。
額から血を流し、所々に傷が目立つ。
「……ん」
更にもう一人。
彼の前にそびえたつ老人。
ドスはその顔に見覚えがあった。
白髪交じりの額に角を生やした老人。
ダンジョンへ戻った時、ギジーに見せてもらった冒険者だ。
多くの伝説を打ち立てた帝国の生きた伝説。
ハザン帝国で最も有名な冒険者。
『龍殺し』ヴァレッド、『穿界』ベルディーの師匠。
―――『銀鬼』リンウ・ソウセイ。
ハザン帝国『最強』の冒険者。
ドスが見たのは、その二人が殺し合っている姿だった。
数分前の事―――。
カグリアスは、この現状が理解できないでいた。
一体なぜ余はリンウと殺し合いをしているのだと?
先ほどリンウが部屋に入ってきた時は、今日の護衛任務についての確認に来たのだと思った。
だが、リンウはこう言ったのだ。
―――死んで下さいと。
その直後、彼の持つ武器がカグリアスの頬をかすめた。
そしてそのまま流れるように戦闘へと入った。
窓を突き破り、そのまま屋外へと。
魔剣グラムを構えながら、カグリアスは叫ぶ。
「リンウ!貴様、なぜ余に武器を向ける!」
「………」
だが、リンウは答えない。
だが溢れんばかりの殺気がある意味答えとなっていた。
手に持った八角棒の様な武器を構え、カグリアスへと向かって来る。
―――速いっ。
その速度はカグリアスであってもギリギリ肉眼で捉えられる程度。
「ちぃっ‼」
打ち出される八角棒を剣で弾き、返す刀でカウンターを加えようとする。
だが、即座に距離を置かれ剣は宙を切る。
更にリンウが八角棒を横なぎに振るう。
すると、今度は棒が分離し、まるで鞭の様にカグリアスに襲い掛かった。
四方八方から襲い掛かる無数の棍。
足の魔力を集中させ、これを回避。
だが、回避の瞬間、一気にリンウに間合いを詰められる。
その瞬間、リンウの顔に残酷な笑みが浮かんだ。
「―――っ!?」
「甘いでな陛下!―――“透撃”!!」
カグリアスの鳩尾にリンウの拳が突き刺さる。
凄まじい衝撃。
がはっと血を吐いてカグリアスはその場に蹲る。
「……なぜ、本気を出さないのですかな陛下?」
冷たい幽鬼の様な瞳でリンウはカグリアスを見下ろす。
対して、リンウを見上げるカグリアスの瞳には困惑の色が浮かぶ。
「本気……だとっ?出せる筈が無かろう!」
ぺっと血を吐きながらカグリアスは言う。
「………答えよ、リンウ。なぜ余に拳を向ける?正当な理由があるならば、これは両者合意の立ち合いという事でこの場は治めよう。もし何か余に恨み言があるならば聞こう。余は理由も分からぬ内にお主に刃を向ける気にはなれん!」
堂々たる風格を持ってカグリアスはリンウに問い詰める。
だが、リンウは笑う。
「なぜか……ですか。そうですな、理由もないままにお主を殺すのも忍びないでしょうなぁ」
くるくると、それが何を意味するか分からないが、八角棒を回しながら、リンウは答える。
「そうじゃの、まずは伝言じゃ」
「伝言……?」
「そうじゃ、曰く『お主には失望した』との事じゃ」
「……はぁ?」
何の事だ?とカグリアスは思った。
失望されるような失態など自分はいくらでも犯している。
まあ、その対象は主に宰相だが。
リンウやその周辺の者達に迷惑をかけた事は………数える位しかない、筈だ、多分……。
だが、続くリンウの言葉はカグリアスにとって予想外の言葉だった。
「―――『貴方があの魔女を裁いてくれる事を期待していましたが、この様子ではそれは望めないでしょうね』―――との事じゃ」
「何だと……っ」
魔女。
そう言われて思い浮かぶのは『レイノルズの魔女』と呼ばれる一人の女性。
ボルヘリック王国代表にして、ヴァレッドとベルディーを国際指名手配にし、全ての責任を押し付けたあの無責任な女。
レーナロイド・レイノルズ。
今回の大陸会議で、カグリアスと魔術都市エンデュミオンのギルド長ジェラルドは彼女を失脚させるつもりでいた。
エルド荒野大規模討伐作戦での責任の追及から、その後の処理の問題点、更にはほったらかしにされている国の現状などを上げ、あの魔女を宰相の地位から引き摺り下ろす算段だったのだ。
だが、それは予想以上に難航していた。
というのも、初日から予想外の事が起きすぎた為、彼女を追求してる時間が取れなかったのだ。
「『だから、ここからは私達のやり方でやらせてもらいます』、だそうじゃよ」
冷徹にカグリアスを見下ろしながらリンウは告げる。
「成程な……つまり、あの女の差し金か……」
あの女。
カグリアスは思い出す。
大陸会議が始まる数か月前、カグリアスの元を訪れてファーブニルの転換期を告げたあの謎の死人―――リアス・アウローラ。
リンウは彼女の仲間だったのか。
………いや、違うな。
カグリアスは頭を振る。
リンウの言葉を聞いてようやく冷静になれた。
長年の友が自分を裏切ったという状況は予想以上に自分から冷静さを失わせてたらしい。
全く、皇帝にあるまじき失態だ。
「……リンウよ、一つ問いたい」
「何ですかな?」
そして、カグリアスは告げる。
「………貴様の“中に居る”輩は誰だ?」
「――――っ!?」
瞬間、カグリアスの瞳に激しい熱が灯る。
それは―――怒りだ。
友の肉体を得体も知れぬ輩に利用されているという怒り。
激情と共にカグリアスは魔剣グラムを振り上げる。
だが、躱される。
リンウはそのままカグリアスと距離を取る。
カグリアスは問い詰める。
「……今、貴様と言葉を交わし、ようやく理解した。リンウ、貴様の中には別の“誰か”が居るとな」
そう。
冷静に今のリンウの肉体を見て見れば、その魔力の質が若干異なる。
銀色の澄んだ魔力の中に、まるで濁った水銀の様な淀んだ魔力の気配。
カグリアスの―――ハザン帝国の皇帝は代々真実を見抜く“瞳”を持っている。
リアスを見た瞬間に死人と見破り、嘘偽りを許さぬ絶対の瞳を。
その瞳を持って、カグリアスはリンウの現状を把握した。
なによりも―――。
「余の盟友リンウが、理由なき拳を余に向ける筈が無いわぁっ!!!」
凄まじい殺気と共にカグリアスはリンウに向き合う。
そのまま接近して剣を振るうが、即座にリンウは距離を取り、これを躱す。
「……はて?何のことじゃろうか?」
「惚ける気か?」
カグリアスの瞳には迷いは一切なかった。
確信をもって、彼はリンウを見つめる。
すると、リンウは―――いや、リンウの姿をした“誰か”が嗤った。
「『ぷっ……あはははは!あはははははははは!』」
それは老人らしくない、ともすれば若い男性の様な声だった。
ひとしきり笑いリンウは顔を上げた。
「『いや~まさかこんなに簡単に見破られるとは思わなかったっすよ。流石、皇帝。リアス先輩の事を一発で死人だって見破った眼力は伊達じゃなかったんっすね~』」
凡そ、先程までとはかけ離れたチャラい若者の言葉使い。
棒を持たない方の手をぷらぷらさせ、足をだらんとさせるその仕草もリンウのものではない。別の誰かの仕草だ。
「貴様……誰だ?」
口元にかすかな笑みを浮かべ、リンウの体に居る“彼”は告げる。
「『初めましてっすね、皇帝さん。自分は“ジョーカー”って言うッす。リアス先輩の命で、皇帝さんの持ってるその剣―――魔剣グラムを“返して貰いに”来たっすよ』」
「何だと……?」
「『悪いっすけど、説明してる時間は無いっすよ。さて、攻撃再開っす』」
ヒュンッと風を切るような音と共にリンウ―――いや、ジョーカーと名乗った男は間合いを詰める。
「―――っ!?ちぃっ!」
速い。
躱しきれない。
無数の分裂した棍節が嵐の様にカグリアスに降り注ぐ。
「ぐっ……があああああああっ!」
「『この体を僕が操ってるって所まで見破ったのは流石っすけど、それだけじゃあどうしようもないっすよね~。なんせ、このヒト、アンタよりも強いんっすからね』」
リンウの握る八角棒に魔力が籠る。
次いで跳躍。
壁や屋上を駆け、さらに加速する。
鬼族の驚異的な身体能力と魔力による強化が可能にした人間離れしたスピード。
「『どうっすか?目で追えないっすよね』」
言葉と共に繰り出される打撃。
その一撃、一撃は正確にカグリアスの急所へとヒットする。
「『確かに皇帝さんのその“瞳”は厄介っす。リアス先輩にも散々忠告されたっすからね。でも……こんな感じに常に超スピードで動き回って死角に回れば意味ないっすよね。その為にこのヒトをチョイスしたんっすし』」
次々と繰り出される打撃。
魔術を使った回避も間に合わない。
詠唱が終わる前に雨の様な攻撃によって妨害されてしまう。
「ぐっ……がっ……!!」
カグリアスは攻撃を何とか受け流しながらも、必死に考える。
(……ちっ、決して余の間合いには入らないか………忌々しいが、確かにリンウの戦い方を……余の弱点を良く知っている……)
カグリアスは近接特化型の戦い方を好む。
剣の届く間合い。
その中でならば、カグリアスは無類の強さを誇るのだ。
対してリンウの得意とする戦闘は中距離型。
八角棒による攻撃と、土魔術による砲撃、そして鬼族の持つ複数の固有術式。
実は総合的な戦闘能力ではカグリアスとリンウはほぼ互角と言える。
だが、その得意とする戦法が、いや領域が異なるのだ。
近接のカグリアスと、中距離のリンウ。
だからこそ、リンウは必要以上にカグリアスに接近しない。
自分の最も得意とする中距離での戦いに徹する。
自分の正体もバレ、カグリアスが冷静さを取り戻した今、先程の様に“透撃”を仕掛けて来る事も無いだろう。
次第に追いつめられてゆくカグリアス。
現実時間では一分にも満たない短い攻防。
そのわずかな間に、何百、何千と言う攻防が繰り広げられているのだ。
だが、その終わりは唐突に訪れる。
耐え切れなくなったカグリアスが中庭へと吹き飛ばされたのだ。
ボロボロの木々の中、カグリアスは血塗れで立ち尽くす。
「『いや~流石、帝国最強の冒険者の体は違うッすね。他人の力で無双三昧なんて気分いいっすよね~。ねえ、どうっすか、皇帝さん?今どんな気分っすか?長年の友人に追い詰められてるってどんな気分っすか?』」
「………余程、余を怒らせたいようだな……」
怒気と共に、大量の殺気がカグリアスから溢れ出す。
その殺気に思わずジョーカーもたじろいでしまう。
だが、直ぐに調子を取り戻したように口元に笑みを浮かべた。
「『……はっはっは、いや~怖いっすね。殺気ビンビンっす。……怖いので、ここで終わらせてもらうッすよ。一応結界は張ってますが、そろそろ効果が薄くなってくる頃っすから』」
ジョーカーは八角棒に魔力を込める。
どうやら向こうはこの一撃でケリを着けるらしい。
カグリアスにリンウの攻撃が迫る。
―――躱せない……。
その瞬間、カグリアスは死を覚悟した。
だが、
パンッッ!!
と、乾いた音が響いた。
それはカグリアスが攻撃を受けた音ではない。
もっと別の、そう――ー誰かが代わりにその攻撃を防いだような、そんな音。
そこには、カグリアスに向けられた八角棒を受け止める青年の姿があった。
「『……君誰っすか?』」
その姿をカグリアスは茫然と見つめる。
次いで訊ねる。
「貴様は……何者だ?」
青年は答えない。
ただ一言、こう言った。
「……ん、大丈夫?」
それは無表情のままに佇むドスの姿だった。




