3.知らない人と話すのって緊張するんだよ!
ハザン帝国食堂フロアにて―――。
「へぇ、聖王国では今そういう演劇が流行なのかい、知らなかったよ」
「そうなんです。私もほかの方から教えてもらったのですが、何でも魔術都市の黒ナントカの牙と言う方々がモデルになってるらしく」
「ぬっふっふ、あの劇でしたらセルド国でもだぁい評判でしたよぅ」
ウナ、ドス、オリオン、シュヴァイン卿、そして途中から同席したレーナロイドは仲良く談笑しながら朝食を楽しんでいた。
その光景はどこからどう見ても、各国の代表が親交を深めているようにしか見えないだろう。
………あくまで“表面上”は。
朝食を摂っていたドスの脳内に思念通話が届く。
無論、相手はレーナロイドだ。
談笑しながらも、二人は脳内で密談を進めていた。
『あ、そうだ。本題を話す前に……とりあえず謝っておくよ。一昨日は身内が迷惑かけて、ごめんね』
『……ん、身内?』
テヘペロ的な感じの口調に若干イラッとしつつドスは一昨日―――つまり大陸会議一日目にあった出来事を思い出す。
思い当たるのは……。
『……ん、もしかして、ピッグ商会で、会ったあの仮面の、男……?』
ピッグ商会を襲い、名の知れた傭兵『氷炎』のホワン・ロットを殺した男。
聖職者の様な衣装を身に纏い、顔の半分を仮面で覆った大柄の男。
『龍剣アスカロン』を持ち、オリオンと共闘しても倒す事の出来なかった恐ろしい強敵だ。
『そうそう、察し良いね。ルギオス・トランジェッタって言うんだけど、あれ私の騎士なんだよ。あ、一応今年で三八歳だよ、彼。若く見えるだろ?』
……意外とオッサンだった。
いや、まあ今年三歳になるドスからすれば大抵の人間はオッサンかオバサンになってしまうのだが。
ちなみにオリオンは今年で二十歳になるらしい。
まあ、それはそれとしてだ。
ドスは一日目のあの激闘を思い出す。
自分も正装ではない全力を出せない状態での戦いではあったが、それでも、あの男の強さは空恐ろしいものがあった。
下手をすれば、死んでいたかもしれない程に。
『あれは私も予想外だったんだよね。さっさと『氷炎』だけ始末して離脱する予定だったのに、突然君たちが来ちゃうんだから……。周囲には認識阻害系統の魔術を使ってた筈なんだけどね』
どうして効かなかったんだろう?とレーナロイドは器用に思念通話で呟くが、そんな事ドスに聞かれても分からない。
『……ん、気にしなくても、良い』
『え、そうかい?結構な恨み言を言われるかと覚悟してたんだけど……』
意外だったらしく、レーナロイドの声は多少驚いていた。
『それこそ、あの時の恨みーみたいな感じで責められると思ってたんだけどね』
とレーナロイドは言う。
『……ん、それよりも本題』
『まあ……そうだね』
脇道などせずさっさと本題を言えとドスは切り出す。
実際、ドスは既にあの件に関してはすでに過去のものだ。
ドスとの戦闘データを元に、ギジーがルギオスの魔力と戦闘パターンを既に計測している。
『龍剣アスカロン』に関しても、元々エリベルが研究済みの剣。
例えダンジョンの外であっても、ドスという『窓口』を経由することで、ギジーの結界や弱体化魔術をある程度行使することが出来る。
要するに既に『対策済み』なのだ。
次に戦えば、間違いなく勝てるとドスは踏んでいた。
無論ギジーのサポート付きという前提だが。
自分は偉大な父親であるアースの息子なのだ。
二度目は無い。
それはドスの矜持でもある。
レーナロイドもそんなドスの雰囲気を脳内で察したのか、
『……分かった。それじゃあ本題なんだけど―――リアス・アウローラの協力者についてエリちゃんに伝えてほしいんだ』
思念通話の声音が真剣味を増した。
『先ほどの話した通り、一番注意しなければいけないのは彼女―――リアス・アウローラだけど、それ以外にも警戒すべき人物はいる』
コップに注がれた牛乳を飲みながら彼女は言う。
『リアスちゃん以外で気をつけなきゃいけないのは主に三人』
三人。
思ったよりも少ない。
いや、死龍の復活なんて馬鹿げた事に賛同する輩が三人もいると考えるべきか。
レーナロイドは彼らの名前を口にする。
『雷斬り』アオバ・キリシマ
『夜叉』ラウ・ランファン
そして『ジョーカー』という謎の男。
『私の調べた中では、この三人がリアスちゃんの仲間の中核を担ってるメンバーだね』
『……ん、『雷斬り』……』
『ああ、流石に『雷斬り』は知ってるんだね』
『……ん』
『雷斬り』についてはドスも聞いた事があった。
というよりも、冒険者として活動していたドスの耳には嫌と言う程その評判が入って来たというべきか。
『雷斬り』アオバ・キリシマ。
東の大国、倭の国の凄腕冒険者。
ランクはS。
黒髪の十代後半ほどの少年で、何でも倭の国では最年少でSランクになった天才。
また奇妙な噂もいくつか耳にする。
曰く、彼の強さはおおよそ人のそれとはかけ離れていると。
曰く、彼は聞いた事もないような言語を使えると。
曰く、彼は人の真実を見抜くと。
曰く、彼は『神器』を複数所有していると。
曰く、彼はロリコンであると。
真偽のほどは不明だが、凡そその殆どが彼の強さを称える噂だった。
敵に回せば間違いなく厄介であろうことは明白だ。
もし戦う事になったら、出来る事なら先にギジーに解析させてからぶつかりたい。
そう思うくらいには強敵だろう。
そして残りの二人、『夜叉』と『ジョーカー』については聞いた事が無かった。
そう思っていたら、レーナロイドは補足してくれた。
『『夜叉』ラウ・ランファンは『雷斬り』と同じ倭の国の冒険者だよ。岩の様な大柄な男でね。単独で災害指定種を仕留めた倭の国の英雄だ。知名度的にはボルヘリック王国の『龍殺し』やハザン帝国の『銀鬼』と同じくらい有名なんだけどね』
そうだったのか。
不勉強だなと、ドスは反省した。
ただ、三人目『ジョーカー』と言う男についてはレーナロイドも名前だけしか知らないとの事だった。
『……ん、他には、居ないの?』
『んー、それっぽい奴らなら何人かいるんだけど、確証がつかめなくてね』
ちらりと、その視線がオリオンの方を向く。
その視線をドスは見逃さなかった。
『……ん、オリオンも?』
『えっ。あー、その……確証はないけど、可能性は高いよ』
『……ん、そう』
『あれ……?落ち着いてるね?もっとこう、色々なんかないの?護衛対象なんだろ?情とかないのかい?』
ドスの余りのリアクションの薄さにレーナロイドの方が面食らってしまう。
『……ん、別に、オリオンが、敵になるなら、殺すだけ、ならないなら、このまま護衛するだけ』
『へぇ……割り切ってるんだね』
『……ん』
ドスのその冷めたもの言いはレーナロイドにとって結構意外だったらしい。
だが、ドスにとっては父親であるアースとダンジョン、そして眷属が全てだ。
それ以外はその他大勢、村人AやB、後ろの背景でしかない。
はっきり言ってしまえばどうでもいいのだ。
ドスにとっての他人への物差しはただ一つ。
ダンジョンにとって敵か味方か。有益か有害か。
それだけだ。
それは目の前の女も、オリオンも変わらない。
例えば今この瞬間、オリオンが敵になると言えば、ドスは躊躇なく彼女の首を刎ねるだろう。
ドスとはそう言う人物だ。
そうであろうと、心掛けている。
そうでなければいけない。
『……ん、一つ、聞きたい』
『なにかな?』
『……ん、どうして、初日に接触してこなかったの?』
ドスがそう思うのも、おかしな事ではないだろう。
彼女の口ぶりからすれば、ウナとドスの事は最初から気付いていた可能性が高い。
ならばもっと早くに接触することだって出来た筈だ。
にも拘らず、こんなぎりぎりまで干渉してこなかったのはどういう事だろうか?
『あー……いや、その……なんだい』
だが、返ってきた返答はドスの予想を超えていた。
『…………だって……その……知らない人と話すのってすっっっっごく緊張するだろ?』
『…………………ん?』
一瞬、思考が停止した。
この女は何を言ってるんだ?
『いや、だからさ、知らない人と話すのって凄く緊張するだろう?会議とかならあらかじめ決められた台本があるし、何か予想外の事聞かれたら黙ってるか寝たふりしてれば何とかなるけど……自分から知らない人に話しかけるってすごく怖いじゃないか!子供とかならまだしもさ!さっき言ってたルギオスとだって平気で話せるようになるのに私は十五年掛かったんだよ!』
捲し立てる様にレーナロイドは言う。
だが、この時のレーナロイドの口調は先ほどまでの、どこかセリフ口調な感じじゃない。
素の自分が出ているようにドスは感じた。
ていうか、心開くのに時間掛かりすぎだろ……。
ドスは一回しか会った事が無いルギオスに少し同情した。
見た目は相当な強者だったが、意外と苦労しているらしい。
というか、アレだ。
この女、エリベルやウナ姉に通じる”何か”を感じる。
そう、一言で言い表すなら“残念な感じ”だ。
『…………ん、でも、今僕と、話してる』
『だ、だって君はエリちゃんの身内だろ。だから、二~三日くらいじーっと後を付けながら様子を見て、会う前に一時間位精神統一すれば何とかこうやって話すことくらいは出来るわけだよ。あのね、これでも私は今結構必死なんだよっ。もう超頑張ってるんだよっ!心臓バクバクなんだ』
この二日間、やたら感じてた気配や視線の正体にようやく合点が言った。
ああ、成程と思った。
確かにこの人はエリベルの知り合いだな、と。
そう、間違いなく変人だ。
『と、ともかく、伝えるべき事は伝えたよ。きちんとエリちゃんに伝えておくれよ?』
居た堪れなくなったのか、レーナロイドはプレートを持って立ち上がった。
「さて、それでは私は先に失礼するよ。皆様のおかげで楽しい朝食になった」
先ほど通りの、どこか芝居がかった口調。
だが、その頬が微妙に引くついているのをドスは見逃さなかった。
多分この女、内心ではめっちゃ動揺してるんだろう。
挨拶もほどほどに立ち去ろうとする中、一瞬だけ、レーナロイドは振り返ってドスの方を見た。
『ああ、そうだ。最後に一つ、言いたいことがあったんだ』
一体何だ?とドスは思った。
一呼吸おいて、彼女は言う。
『―――あの子を……エリちゃんを頼むよ。あの子は結構危なっかしいからね。君みたいな眷属がきちんと支えてやって欲しい』
そう言って彼女は去っていた。
その後ろ姿を見てドスは意外に思った。
こう言っては何だが、彼女は自分以外何も興味がないような印象をドスは持っていたのだ。
傍でハムを頬張る豚と言い、人は見かけによらないものだな、とドスは思った。
「何と言うか、とても賑やかな朝食になりましたね」
「……ん、確かに」
それから十五分後、ようやくウナとシュヴァイン卿の朝食が終わり、ドス達も移動を開始した。
そう――――人は見かけによらない。
その言葉の本当の意味をドスが理解するのは、もう少し後の事である。
そして、ハザン帝国皇帝執務室にて―――。
時を同じくして、ハザン帝国の皇帝であるカグリアスは朝食と共に書類に目を通していた。
大陸会議中とはいえ、こう言った日常業務はなくならない。
机の上に並べられた大量の書類。
無論すべて皇帝自ら承認しなければいけない書類ばかりだ。
手がブレて見えるくらいの速度でカグリアスは書類に判を押してゆく。
その合間にカグリアスは朝食を食べる。
「はむ……美味いな……執務中でなければもっと美味いんだろうがなぁ。あーダンジョンに行きてーなー……」
朝食であるサンドイッチを頬張りながらカグリアスはダンジョンへの思いを馳せる。
朝食はサンドイッチと紅茶、それに切り分けられた果物だ。
執務中であってもこれなら片手で済むし、なによりカグリアスはサンドイッチが好きだ。
特に具に肉を使ってるヤツが大好物。
更にダンジョンの中で休息がてら食べるならば、それはカグリアスにとってはどのような絢爛豪華な食卓よりも素晴らしい食事となる。
「まあ、大陸会議が終われば時間も作れる。はぁ……ようやくファーブニルに潜れるな。いや、宰相に頼んでユグル大森林の方へ行くのも悪くないな……」
妄想は膨らむ。
ファーブニルに潜って以前見えたイレギュラーな鎧武者と切り結ぶのも良い。
ユグル大森林に出来た転移ダンジョンで思う存分暴れるのも良い。
ああ、ダンジョンとは実によいモノだ。
その思いだけで判を押すスピードも二割増しだ。
簡単な朝食も食べ終え、ようやく書類の山との格闘も終わりを迎えた頃、不意に扉がノックされた。
「……誰だ?」
カグリアスは不審に思った。
この時間は誰もここへは来ない筈だ。
宰相も大陸会議の準備で書類を取りに来るのは会議の直前の筈。
ドアの向こうの人物は答えない。
無言のままに扉が開かれる。
カグリアスは警戒を強める。
傍に置いてある魔剣『グラム』を手に取る。
いつでも斬りかかれるように。
そして、入ってきた人物がその瞳に映った。
その人物を見た途端、カグリアスは警戒を緩めた。
「……なんだ、貴様か。何の用だ?まだ大陸会議までは時間があるだろう?」
「………」
その人物は答えない。
ただ、ゆっくりと、その口を開いた。
「は?」
カグリアスは一瞬、何を言っているのか分からなかった。
なぜならその人物はこう言ったのだ。
―――死んで下さい、と。
その直後、鮮血が宙を舞った。
ちなみに、レーナロイドが普通に話せるまでにかかった時間。
ルギオス 十五年
ヤムゥ 百二十年
エリベル 会って数秒
でもエリベルはレーナロイドが嫌い。




