19.魔女と賢者と死人と
第八章エピローグとなります
第零魔道研究所にて―――。
吹き抜けの天井から漏れる月明かりの下。
まるで何かの舞台の様に照られているのは二人の女性。
一人はエリベル。
長い銀髪をなびかせ凡そ人間離れした美貌を持つ女性だ。
ただし変態。
そしてもう一人は黒縁メガネをかけた女性。
エリベルと比べると一回り以上は見劣りする、凡そ平凡と言っていい容姿の女性は平凡な笑みを浮かべる。
彼女の名はレーナロイド・レイノルズ。
世間では『魔女』と呼ばれる女性だ。
彼女はダンジョンの外側に置いてエリベルの復活を知る数少ない人間の一人でもある。
尤も、エリベルがその事実を知った―――否確信したのはつい先ほどだ。
いかなる手段を使ってか、この平凡な女性は自分が復活して、しかもダンジョンに居る事を掴んでいた。
まあ、それでもエリベルは驚かない。
なぜなら昔から彼女は“そう言う存在”だったからだ。
なぜか人の知りえない事を知っている。
いつの間にやら情報を掴んでいる。
どうやってか彼女は知っているのだ。
そしてそれを隠そうともしない。
話せばなんでも答えるし、聞かなければ何も教えてくれない。
エリベルに取ってレーナロイドとは、彼女が生きていた時代からそう言う存在だった。
そんな警戒心剥き出しで対面するエリベルに対し、
「やっほーエリちゃん、会いたかったよ」
そんな感じに凄く気軽にレーナロイドはエリベルに声を掛けてきた。
その芝居がかった姿にエリベルは溜息をもらす。
「……はぁ、私は出来ればアンタには会いたくなかったわよ」
「えぇっ!?ひどいな!どうしてだい?」
「だって私アンタの事めっちゃ嫌いだし」
「さらにひどい!」
くねくねと身を捩じりながらレーナロイドは涙目で叫ぶ。
うざったい。
「つーか……なんでアンタ生きてるのよ?あれから軽く二百年は経ってるんだけど……反転して死人になったわけでもないし、魔力に乱れもない……普通の人間と変わらないわよね?」
「ふっ、若さの秘訣かい?そうだね、十分な睡眠と寝る前の果物とワインの摂取かな。今の時期は紫イチゴがお勧めだね」
「そう言うのを聞いてるんじゃないわよ!」
「えー…違うの?あ、そっかエリちゃんには言ってなかったっけ。ふふふ、実はね、私は軽く不死身だからそう簡単に死なないのさ。そう!世界が私を生かせと囁いているのだよ!」
「ふっ、決まった」と変なポーズをとったままレーナロイドはどーんと答える。
何言ってんだこの女……。
エリベルは軽く頭を抱える。
ホントにこの女は調子が狂う。
まるであのバカと話している時の様な気分だ。
「まあいいわ……。ぶっちゃけアンタなら百年生きてようが、千年生きてようが別に驚かないわよ。アンタなら何だそうなのかって納得したわ」
「なんでだーい!?私今結構重要な事言ったよ!?もっと驚こうよ!」
オーバーリアクション気味にレーナロイドは言うが、むしろエリベルは彼女がそういうモノだと思って納得してしまう。
色んな意味でこの女はエリベル以上の規格外なのだ。
そうでなければ、『魔女』だなんて二つ名がつけられる筈もない。
「そもそもどうやってアンタはここに来たのよ?今は大陸会議の真っただ中でしょう?」
エリベルは杖を構えながら問いただす。
第零魔道研究所はフォード砂漠の一角に位置し、現在大陸会議が行われているハザン帝国とは相当な距離が離れている。
そしてレーナロイドは仮にも、一応はボルヘリック王国の代表だ。
会議の合間に多少時間は取れるだろうが、それでもたかだか数分で移動できる距離ではない。
だが、レーナロイドはつまらなそうな顔を浮かべて「何だそんな事か」と言った。
「別にむずかしい事じゃないだろ?エリちゃんが今ここに居るのと同じ理屈さ」
「…………」
そう言われて、改めてレーナロイドを見る。
確かに魔力の流れが普通のそれとは違った。
「……ゴーレム、ではないわね?」
「基本原理は同じだけど、厳密に言えばちょっと違うね。この体は水の術式―――正確には天龍の術式を応用してるんだ。何よりこの術式が便利なのは、認識同期によって、距離の離れた場所にあっても、その情報を共有できるという点だね。この辺りは蟻のネットワークに近いかな。まあ、向こうの方が精度も数も断然上だろうけど」
自分の体をさすりながらレーナロイドは言う。
つまり今この瞬間にもレーナロイドはハザン帝国に居てディナーを楽しんでいながら、エリベルと対話しているという事だ。
どちらかと言えば、ハザン帝国に居る彼女が離れた場所へコンタクトを取るための『窓口』と言った方が正しいのかもしれない。
「見たことが無い術式ね……」
「まあ、エリちゃんには『龍王種に関する記述』はあんまり読ませてあげなかったからね。ていうか、アレは自力で何とか調べられるってものじゃないしさ」
「成程ね、それじゃあ本題なんだけど、どうして天龍を、それも真の龍王種であるヤムゥを私達のダンジョンにけしかけたのかしら?」
憑代であるエリベルの体から魔力が溢れ出す。
返答次第では、此処でやりあっても良い、暗にそう言っていた。
だが、レーナロイドは涼しい顔だ。
「だからエリちゃんの為だって言っただろう。私は嘘つかないよ……たまにしかね」
おどけて喋るレーナロイドに対し、エリベルの苛立ちは増すばかりだ。
「……下手をすればダンジョンそのものが崩壊していたかもしれないのよ?なぜそんな事をしたのかをしたのかしら?」
「え?だってエリちゃんなら何とかなったでしょ?」
何でもない事の様にレーナロイドは言う。
「ふざけないで頂戴。もしギブルが来てなかったら私達は全滅してたかもしれないのよ?」
「えー、それこそ冗談だろ?だってエリちゃん“切り札”使ってなかったじゃん」
レーナロイドのその一言にエリベルの表情が歪む。
どうして知っている?そんな表情だ。
「ま、リアスちゃん用に取っておくつもりだったんだろうけどさ。カードの使いどころを間違えちゃ駄目だって。下手すれば『全滅してたかもしれない』んだしさ?」
「……説教するつもり?」
「んー年寄りの小言かな。ま、聞きたくないなら聞き流してくれたまえ」
よいしょっと言いながら、レーナロイドは立ち上がる。
「まあ、うん、そうだね、分かったよ。とりあえずは順を追って話そう。夜はまだ長いんだしね」
そう言って彼女は机の隅にあった箱を取り出す。
中には酒瓶とワイングラスが入っていた。
「飲む?これ結構いい銘柄のヤツだよ。ルギオスに頼んで、あらかじめここに置いておいてもらったんだ」
「そんな無駄な事に使いパシリされたアンタの部下に同情するわ……」
飽きれるエリベルになぜかスケルトン軍団やベルクの「えーアンタがそれ言う?」というブーイングが聞こえた気がしたがスルーした。
ここには二人以外誰もいないのだ。
レーナロイドは二つのグラスにワインを注ぐ。
紅い液体に月の光が反射し、吸い込まれるような色合いへと変化する。
注がれたルビー色の液体を吞みほし、レーナロイドは口を開いた。
「多分だけど……明日の大陸会議、中断されると思う」
「……は?」
どういう事よ?と渡されたグラスの中身を揺らしながら、但し決して口にはせずエリベルは質問する。
レーナロイドは手酌でワインを自分のグラスに注ぎながら答える。
「―――明日、多分リアスちゃんが動く」
その一言はエリベルから表情を奪うのに十分だった。
「なんですって……っ」
「ずっと追ってたんでしょ?でも捕まえられなかったんだよね?リアスちゃんは昔から逃げるのが上手いからね。でも、多分それももうしないよ。明日、彼女は確実に行動を起こす」
「どうしてアンタが―――」
それを知っているのか?そうい聞こうとして、エリベルは口を噤む。
なぜならレーナロイドとはそう言う存在だからだ。
そもそもさ、とレーナは言う。
「エリちゃんはリアスちゃんの目的は知ってる?」
「……知らないわね。ダンジョンに狂ってるってことくらいかしら」
「んー正確にはそうじゃないんだよ」
ぴんと人差し指を立ててレーナは言う。
「彼女の目的は強力なダンジョンじゃない。その“先”に在るモノだ」
「ダンジョンの……先?」
「そう。強力なダンジョンは彼女にとっては本当の目的の為の道具に過ぎない。ま、それを準備するのに何百年もかかってるんだけどね」
彼女は言う。
「彼女の目的は龍王種最後の一体―――『死龍』ウロヌスの復活だ」
その言葉にエリベルは怪訝そうな表情を浮かべる。
『死龍』ウロヌス。
名前だけは聞いた事がある。
地龍、天龍、聖龍と並ぶ龍王種の一角だと。
だが、知っているのはせいぜいそれ位だ。
それがどういった龍なのか、どういう力を持っているのかなどはまるで知らない。
龍王種に関する情報はギブル以外は極端に少ないが、その中でも『死龍』ウロヌスに関する情報は抜きんでて少ないのだ。
その事をレーナロイドも察したのだろう。
うんうんと頷きながら、
「そうか、そうだね。エリちゃんはウロヌスの事は知らないんだったね。じゃあ、端的に言おう」
一呼吸おいて、レーナロイドは言う。
「『死龍』ウロヌス―――他の三種族と違い、ただ一体のみで龍王種としての力を覚醒させた龍……そして、『神災龍王』ギブルの元眷属筆頭にして、千年前彼女に反旗を翻し封印された最悪の邪龍だ」
「ギブルの……元眷属筆頭ですって……?」
「そ。まあ、私も彼女があんなものに拘る理由までは分からない。けど、彼女の目的が死龍の復活である事だけは間違いないんだ」
レーナロイドは手に持ったワイングラスを頭上に掲げた。
グラスの中、反射して浮かぶ月がとても美しい。
「だから、ああする必要があったのさ。……エリちゃんのダンジョンは強大に成り過ぎたからね。ガス抜きをしないと憑代にされちゃうんだ。リアスちゃんの死龍復活の憑代にね」
真っ直ぐにレーナロイドはエリベルを見る。
その瞳には先ほどまでのおちゃらけた雰囲気が一切なかった。
「エリちゃん、手を組まないかい?私は色々知ってるけど、あんまし戦力、というか、味方は多くないんだ。友達少ないんだよ。ルギオスに頼んで何人かは減らしてもらったけど、リアスの元には強力な手駒が何人もいる。流石に正面からぶつかると私でもきついんだよ」
レーナロイドは手を差し出す。
「何としても、死龍の復活は絶対に阻止しなきゃいけない」
だって、と彼女は言う。
「もし本当に『死龍』ウロヌスが復活したら―――この世界は崩壊するんだから」
???にて―――。
そして、同じく月明かりに照らされる中、一人の女性が立ち上がった。
ぴっちりとした秘書風の衣装に身を包み、猫の様な瞳を持つ女性。
死人リアス・アウローラ。
更にその傍には数人の男女が控えていた。
皆一様に決意を固めたような表情で彼女を見ている。
全員の視線を一身に浴び、満天の星空を見上げながら彼女は言う。
「……明日、動きましょう」
その言葉に最初に反応したのは大柄の男だった。
剃り込みを入れた短い黒髪に、着崩した浴衣を羽織っている。
名をラウ・ランファン。
『夜叉』の二つ名を持つ冒険者だ。
「……本当にやるのか?」
「勿論。ようやくここまで来たのですから」
「……そうだな。ようやく準備が整ったんだ。ここで止まるわけにはいかねぇ」
「ええ、その通りです。ようやく……ようやく『死龍』ウロヌスを復活させることが出来ます……」
リアスは近くにいた仲間に質問する。
「仲間は……同志はどの程度やられましたか?」
「二人だ。『氷炎』と『音断ち』がやられた。恐らく魔女の手先……ルギオスあたりだろう」
答えたのは同じく黒髪で、雷の様に鋭い瞳の青年だ。
名をアオバ・キリシマと言う。
「向こうからの襲撃はある程度予想はしていたが、それでも彼ら二人が欠けたのは痛いな。特にホワンは各国の商会とも繋がりが強かった。それを断たれたのは痛い……」
「問題ねぇだろ。それに……ほら、あれだ。龍殺しとか言うヤツが仲間になったんだろ?結構な戦力になるんじゃねーか?」
「いいや、全然ダメだろ。むしろ大事なのは彼の持ってる『力』の方だ。戦力としちゃ大して期待しちゃいないよ、あれには」
「そうっすねー。ぶっちゃけ僕ら四人にリアス先輩が居れば戦力的には問題ないっすもんねー」
白い仮面を被ったピエロの様な装いの男も同意する様に頷く。
「……仲間を悪く言うのは禁止ですヨ、アオバ、それにジョーカー」
横に居た白い修道服の女性が二人を注意する。
「えーでも事実っすよ?」
「それでも、仲間を貶める様な発言は私が許しません。お仕置きされたいんですカ?」
「あー、……えっと、すいませんっす」
「ちっ、悪かったよ」
白い修道服の女性から殺気が溢れ出したので、二人とも素直に謝罪した。
そしてリアスが全員の前に向き直り、口を開いた。
「ともかく、明日行動を開始します。各自持ち場について下さい」
了解と言った感じで各自挨拶をすまし、その場を後にする。
彼らが去った後、リアスは懐から拳ほどの魔石を取り出した。
何もかもを吸い込んでしまいそうな漆黒の魔石だ。
それを彼女は愛おしげに撫でる。
「ようやく明日……ようやく私の……私達の悲願が叶う」
月を見上げながら、彼女は謳う様に呟く。
「ああ……会いたい。早く貴方に会いたいわ……ようやく……ようやく貴方に会えるんですね……」
その呟きは星空の中に吸い込まれるように消えて行った。
???にて―――。
「げほっ……げほっ……」
「大丈夫か?」
「問題ありませんよ。まあ、ヤムゥがあそこまで力を上げてるのは少し予想外でしたからね。予想以上に力を使いました」
「いつまでも坊と侮っているからだ。あの子とて真の龍王種として覚醒した数少ない龍なのだからな」
「そうですね。時が経つのは早いものです……」
「それで、これからどうするのだ?」
「どう、とは?」
「死龍ウロヌスの事だ。リアスが奴を復活させようとしているのは貴女も知っているだろ。放っておくわけにもいかない。……まあ、ヤムゥの奴はそれを望んでる様だがな」
「ヤムゥは彼と仲が良かったですからね……でも、大丈夫です。ウロヌスもリアスもすべて私が決着をつけます。可愛いアースやその眷属達に負担をかけるわけにはいきませんから」
「無理をし過ぎだ。ただでさえ体を小さくしてようやく命を保っているのに、連続で力を行使などしたら―――」
「良いんですよ。ようやく私にも守るべきものが出来たのですから。少し位母親らしい事をしたいのです。たとえ……あの子に疎まれたとしても」
「……ヤムゥに言われたことを気にしてるのか?だが、当時は仕方のない事だった。決して貴女一人の責任では―――」
「それでも、です。結果として私があの子達を死なせてしまった事に変わりはないのですから」
「………分かった。そこまで言うなら止めはせん」
「有難う御座います、グウィブ……」
「だが、次は私も一緒に往くぞ。それだけは譲れない。もう決して貴女を一人にはさせない。もしウロヌスが復活するのならば今度は私が止めてみせる」
「………苦労をかけますね」
「いいさ。約束だからな……」
そして翌日。
大陸会議三日目。
全ての思惑、全ての思いを飲み込んで激動の一日が始まる。
第八章『大陸会議と神災龍王』 了
次章 第九章『死龍~千年の祈り~』編へ続く
今後の進捗については活動報告の方へ載せておきます。
また、4/19の活動報告に書籍化についての追加報告もあるのでもしよろしければそちらもご覧ください。