EX11.死皇と聖女
ロブン主役のお話になります。
深い深い森の中。
そこに漆黒のローブを纏った死神がいた。
名をロブン。
かつてファーブニルの眷属筆頭であり、生前は四大属性の魔術を治め『千魔技巧』の二つ名でその勇猛を轟かせた希代の魔術師だ。
「千豪火球!」
「ギィギャアアアアアアア!!」
無数に生み出される火球。
その炎を受けて、その魔物は断末魔の叫びをあげて息絶える。
「ふぅ……これでよし、と」
こんがりと焼けたグリフォンを眺めながらロブンはローブの埃を払う。
「えっと、言われた素材はグリフォンの嘴と爪……それと心臓か。うん、大丈夫だ、焦げてない。これならエリベルさんも喜んでくれるだろう」
ふふふ、と笑いながら仕留めたグリフォンを解体するロブン。
見た目がローブを纏ったスケルトンなので、その光景は中々に猟奇的だ。
ていうか、怖い。
完全に悪役の絵ヅラだ。
現在ロブンはファーブニルのダンジョンを離れ、外の世界に居る。
ファーブニルのダンジョンがアースのダンジョンへと組みこまれたため、ダンジョンに縛られることが無くなったため、自由に外に出ることが出来る様になったのだ。
そして、今はエリベルの助手としてファーブニルの延命に関わる稀少な素材を集めるべく大陸中を奔走しているのだ。
「リストに書かれた素材も、これで大体揃ったな。さて、鮮度の関係もあるし一旦ダンジョンへ―――」
戻ろうか、そう言いかけた時だ。
「キャアアアアアアアアア」
悲鳴が聞こえた。
何だろうと思って、悲鳴のした方を見て見ると、数人の人間達が魔物に襲われていた。
ああ、なんだ。
グリフォンに人間が襲われてるだけか。
よくある光景だ。
別に助ける義理もないしロブンは踵を返そうとしたが、その光景をもう一度見た。
そして―――気付いた。
冒険者達を襲っているあのグリフォン。
通常の個体よりも一回り大きく、魔力も強い。
あれは―――ま、まさか、キング・グリフォン!?
グリフォンの上位種。
その強さもさることながら、素材としての価値も高い一級品だ。
今しがた自分が捌いた通常のグリフォンとは比べ物にならない稀少度。
その素材価値は通常のグリフォンのおよそ数十倍。
欲しい。
あの素材が欲しい。
あれがあれば、エリベルさんにもっと褒めてもらえるかもしれない。
いや、それどころか―――。
『流石ロブンね!私が見込んだだけのことはあるわ!ありがとう!大好き!キスしてあげる!ちゅっ』
なんてね。
なんてね。
うへ、うへへへへ。
そんなありもしない妄想を膨らませて、ロブンは大鎌に体をこすり付けてもじもじする。
その姿は知らない者から見れば軽くホラーだ。
よし、決めた。
アレは僕の獲物だ。
ロブンは大鎌を構え、颯爽とキング・グリフォンと冒険者の間へと突っ込んだ。
ちなみに、エリベルからは便利なパシリ程度にしか思われていないのが悲しいところだが、彼はそれに気付いていない。
世の中には気付かない方が良い事もある。
暗転。
ロブンはキング・グリフォンと冒険者達の間に颯爽と割り込む。
ちなみに、手には手袋を、頭にはカツラとトレス特製の仮面を装着している。
アンデッドであることがばれないための変装だ。
余程魔力感知に優れたものでない限りは、自分がアンデッドだと気付かれることは無い。
「“風魔結界”」
冒険者を切り裂こうとしていたキング・グリフォンの爪がロブンの張った風の結界に阻まれる。
「グルアアア!?」
向こうも突然の乱入者の登場に驚いているようだ。
冒険者達も呆然としている。
そして、その隙を見逃すロブンではない。
「―――“千豪火球”」
周囲に火球を展開。
キング・グリフォンを取り囲むように放出される。
「ガルァアア!!」
だがキング・グリフォンも風の結界を発動し火球を防ぐ。
さらに、空いた隙間から高速飛翔で即座に距離を取った。
(流石に上位種。判断が早い……が、間違いだ。そのまま逃げればよかったものを)
向こうは逃げずに、こちらを攻撃するつもりだ。
むしろ好都合。
ロブンは大鎌を器用に回転させ、魔術陣を描く。
それを見てキング・グリフォンは高らかに吠えた。
「ギギャッギャッギャッギャ!」
それは嘲笑だ。
攻撃している瞬間ならまだしも、この高速飛行の最中に自分に魔術など当てられるものかと。
確かにそれは正しい。
並みの魔術師ならば、高速飛行中のグリフォンに攻撃を当てる事など不可能だ。
――――そう、“並みの魔術師”ならば。
「―――“雷針”」
ロブンを囲む魔術陣からいくつもの雷の矢が発生した。
水と風の複合魔術。
ロブンは極めて珍しい四大属性全適合の魔術師だ。
組み合わせも自由自在。
それ故に彼の扱える魔術は軽く千を超える。
雷の矢は上空を飛翔するキング・グリフォンにいとも容易く突き刺さる。
空中を高速で飛翔するグリフォンであろうとも、雷よりも早く動く事など不可能だ。
「ギィィイイ……ッ!」
キング・グリフォンが苦しげな悲鳴を上げる。
致命傷とまではいかないが、体の自由を奪う事には成功した。
次いで、本命の魔術を発動。
「―――“刺突炎葬”」
出現するは炎の槍。
大きさとしては普通の槍となんら変わらないが、見る者にはその魔力と温度の凄まじさが分かるだろう。
ロブンはその炎の槍をキング・グリフォンに向けて放つ。
狙いは額。
高速で放たれた炎の槍は寸分たがわずキング・グリフォンの額を貫いた。
「ギギャアアアア……」
絶命したキング・グリフォンは重力に従いロブンの目の前に墜ちた。
(よし!稀少素材ゲット。これで、エリベルさんに……ふふふ)
そんな事を考えて、早速解体に移ろうとする。
「お、おいアンタ何者だ?なぜ俺達を助けて……?」
後ろに居た冒険者の一人が声を掛けてくる。
ん?
ああ、そう言えば結果的には助ける形になったのか。
素材とエリベルの事で頭がいっぱいになって忘れていた。
さて、どうするか?
ダンジョンの事を考えれば、彼らは殺した方が良い。
だが、ロブンは元人間だ。
それも結構な甘ちゃんでもある。
他の眷属とは違い、何の関わりもない人間を無造作に殺せるほどの精神性を彼は持ち合わせていなかった。
なので、
「―――“睡魔”」
「な、何だ?急に眠気が…」
「うぅ……」
「え……?なに……これ……」
眠って貰う事にした。
冒険者達は次々に倒れていく。
“睡魔”は相手を強制的に昏睡させる魔術だ。
相手の精神を操作する、アンデッドのみが使える固有魔術。
と言っても、自分より格下か、魔力抵抗値が弱い者にしか効果が無い。
見たところ、彼らはそこそこ強い冒険者の様だが、ロブンの力は彼らをは遥かに凌ぐ。
あっさりと彼らは眠りについた。
後は彼らを適当な場所に運んで放置すれば問題ないだろう。
それではキング・グリフォンを解体しようか。
そう思って作業に入ろうとしたら―――。
「あの……どなた様でしょうか?ま、魔物はどうなったのですか?」
後ろから声を掛けられた。
「えっ」
ロブンは思わず素で声を上げてしまった。
振り向くとそこには、一人の女性がいた。
見た目は十七~八歳程度だろうか?
聖神教の神官が着る礼装に身を包んでいる。
茂みの後ろに居たから気付かなかったのか?
いや、それよりも……。
(………この人、僕の睡魔に抵抗した?)
睡魔はロブンの指定した範囲内に居る生物を強制的に昏倒させる術式だ。
その為ロブンが意図していない者であっても、その効果範囲内に居れば強制的に昏倒させられる。
そしてロブンは災害指定種である死皇―――デス・ロードだ。
ある程度弱めの睡魔だったとはいえ、普通のシスターに抵抗できる筈が無い。
だが、そのシスターをきちんと見た瞬間ロブンは感じた。
(なっ、この人……凄まじい魔力量だ)
無論、魔力の量だけ力量が決まる話ではないが、成程とも思った。
これならば無意識で先ほどの“睡魔”に抵抗することも可能かもしれない。
そして、もう一つ気が付いた。
「……貴方は目が見えないのですか?」
そう、女性の瞳は閉じられていた。
意識して閉じているのではなく、それが自然であるかのような閉じ方だ。
女性は頷いた。
「ええ、生まれつき目が不自由なものでして。あの、他の皆さんはどうなったのですか?先ほどから、声が聞こえなくて―――」
「―――“睡魔”」
彼女の話を聞くまでもなく、ロブンは睡魔を発動させる。
今度は本気の睡魔だ。
これならば、昏睡させることが出来るだろうとロブンは思ったが……。
「あの……どうかされたんですか?」
彼女はけろりとしていた。
「なっ……」
今度こそロブンは本当に驚いた。
まさか本気で放った睡魔が効かないとは予想外だ。
どうする?
殺すか?
だが、相手は自分の姿を見ることも、ましてや戦う事も出来ない盲目のシスターだ。
もし戦えるなら、先程のグリフォンの時も茂みに隠れるなんて事はしないだろう。
魔力が高いとはいえ、このまま放っておけばロブンが手を下さずとも、勝手に魔物に襲われて死ぬ可能性が高い。
ならば、さっさとこの場を離れるのが得策か?
「あ、申し遅れました。私はオリオン。オリオン・カーラーと申します。聖神教のシスターを務める者です」
そう言って女性はぺこりと頭を下げる。
聖神教……。
あのエルジャとか言う聖龍(笑)を神の御使いと崇めるインチキ宗教か。
「私は目は見えませんが、その分魔力感知に優れているんです。あの強そうな魔力を持った魔物を、いとも容易く倒してしまわれるなんて、貴方様は凄くお強いんですね」
緊張感のかけらもない声だ。
色々考えてるこっちが馬鹿らしくなる程の声音。
ロブンはぼりぼりと頭を掻いた。
(ああクソっ。こういう中途半端な感じだから、エリベルさんに甘いって言われるんだなろうな)
ロブンは懐からあるモノを取り出す。
「……手を出してください」
「?はい、こうですか?」
オリオンと名乗ったシスターは何の疑いもなく、手を差し出した。
ロブンは差し出されたその手に、懐から取り出した魔石を置いた。
「………これは?」
「避魔石と呼ばれる魔道具です。特定の魔物が嫌う波長を放ち、魔物を遠ざける効果があります。この森周辺の魔物の情報が入っています。それがあれば、楽にこの森を抜けだせるでしょう」
この避魔石は、複数の魔物のデータが入力できるようにエリベルが改良したものだ。
その為、その効果は折り紙つき。
これを持っていれば、例え赤子であろうともこの森を闊歩することが出来る。
「まあ、そんな貴重なものを……宜しいのですか?」
「構いません。それにここで会ったのも何かの縁です。別れた後に、また魔物に襲われて死なれでもしたら寝覚めが悪いので」
「それは……申し訳ありません」
何に対して謝るんだ?
本当に調子が狂うシスターだ。
ロブンはキング・グリフォンの解体は諦め、そのまま担ぐことにする。
一刻も早くここを去りたかったからだ。
「それでは、僕はこれで失礼します。お連れの方たちは、数分もすれば目を覚ますでしょう。それでは」
「え?あの……ちょっと……」
彼女の返事も聞かず、ロブンはさっさと森の中へと姿を消した。
そして、十分に距離を取ってから、深々と溜息をついた。
「はぁ~……。本当に甘いな僕は……」
相手は自分の魔術に抵抗できるほどの聖神教のシスターだ。
何らかの命令を受けていた可能性が高い。
それなのに中途半端な施しだけして、逃げる様にその場から去ってしまった。
「やれやれ、こんなんじゃまたエリベルさんに叱られるかな……」
いや、むしろあの人なら「そんなのどうでもいから、早く素材寄越しなさい」とか言いそうな気がする。
容易にその姿が想像でき、その事に苦笑しながらロブンはダンジョンに向けて歩き始めた。
そして、その場に取り残された女性、オリオンはじっと避魔石を眺めていた。
「……凄まじい魔力の持ち主でしたね」
先ほどまで自分たちが対峙していた魔物とは一線を画すほどの圧倒的な魔力。
そして、その魔力の波動には覚えがあった。
聖神教において最も許されざる存在―――死人。
すなわちアンデッドの魔力だ。
それも相当上位の存在。
護衛のAランク冒険者達をあっさり無力化する程の。
おそらくは死皇―――デス・ロード。
巧妙に魔力を隠していたが、オリオンの魔力感知はロブンの予想をはるかに超えていたのだ。
「うぅ……」
「あれ……?私達どうして……?」
護衛の冒険者達が目を覚ましたようだ。
「みなさん、お目覚めですか?」
「あ、オリオン様。一体何が?あ、先程の魔術師はどこに……?」
「たまたま通りかかっただけだと、急いでどこかへ向かわれました」
「そ、そうですか……。一言お礼を言いたかったのですが」
リーダーの男が悔しげに呟く。
「ええ、そうですね。その通りです」
その言葉にオリオンも頷く。
相手はアンデッド。
それもその親玉ともいえる存在。
そして自分はそれを滅する聖神教のシスターだ。
ならば、自分の成すべき事は決まっている。
「それはそうと、オリオン様。先を急ぎましょう。魔物の襲撃の所為で、他のメンバーとも逸れてしまいましたし……。聖神教の最高位聖女である貴方にもしもの事があってはいけませんから」
「……分かりました。直ぐに移動しましょう」
「ほら、お前らもさっさと準備しろ!本隊のあの天才二人組にこれ以上デカい顔させんじゃねーぞ」
リーダー格の男は他のメンバーに指示を飛ばす。
ちらりと、オリオンは先ほどのアンデッドが去った方角を見る。
「………次にお会いしたら、今度はちゃんとお礼を言わせてくださいね。優しい死皇さん」
そう、するべき事は決まっている。
きちんとお礼をいう事。
命を救って頂きありがとう、と。
胸元で握りしめた避魔石を離すことなくオリオンは冒険者と共に歩き始めた。
きっとまたあの優しい死皇に会えることを信じて……。
そして、その願いはそう遠くない内に叶えられることになる。
その後ダンジョンにて――
「エリベルさん、素材持ってきましたよ!」
「流石ロブンね!私が見込んだだけのことはあるわ!ありがとう!じゃあ、はいコレ。次のリストね!」
「えっ……あ、はい」
「頑張ってね。なるはやでお願い」
「………はい」
次回はレイノルズの魔女さんのお話になります




