EX12.魔女と天龍
レイノルズの魔女さんのお話になります。
―――さて、地龍についての矛盾点とその理由、他の龍王種についての説明は以上だ。
それでは、最後に龍王種とその他の龍種についての違いを教えておこう。
なぜ、地龍を含めた四種族のみが龍王種と呼ばれているのか?
それ以外に龍王種と呼ばれる龍種はいないのか?
その理由を説明しようと思う。
結論から言おう。
その四種の龍王種とそれ以外の龍種とでは、明確な“違い”が存在する。
その“違い”こそが龍王種を龍王種足らしめていると言える。
それは龍王種とそれ以外の龍種を分ける決定的な“壁”だ。
それは―――……。
そこまで読み、彼女はページを閉じる。
「はぁ~……久々に読んだけど、中々に恥ずかしい出来だね、昔の自分の作品って……」
そう呟いて、彼女は本を本棚へと戻す。
眼鏡をかけたこれと言って特徴の無い女性だ。
特徴の無いありふれた服装に、長くも短くもないありふれた髪型。
雑踏に入り込めばすぐにでも見失ってしまいそうな希薄な存在感。
余りにも無個性すぎる女性。
彼女の名はレーナロイド・レイノルズ。
ボルヘリック王国三大貴族の一角レイノルズ家の当主であり、『レイノルズの魔女』と呼ばれる女性だ。
「こういうのを黒歴史って言うのかな。うぁ~、若かったあの頃の自分を殴りたい……」
うぁ~うぁ~と唸りながら彼女は近くに置いてある椅子にだらしなく座る。
この場に居るのは彼女だけだ。
誰も咎める者などいない。
「龍王種か……」
本を枕にして目を瞑る。
思い浮かべるのはこの大陸で最も有名な魔物。
大地の母にして、『神災龍王』の名を関する一体の地龍。
その偉大にして雄大な姿を思い浮かべて彼女は溜息をついた。
「………上手くいかないもんだなぁ、どうにも」
「どうかされたのですか、レーナ様?」
「おふぅっ、おおぅ!?」
不意に後ろから声を掛けられ変な声が出る。
見ると後ろに誰か立っていた。
二メートル近い筋骨隆々とした体形。
青と白を基調とした神官の様な服装。
オールバックの黒髪で、顔の左半分は無機質な仮面に覆われている。
「ルギオスかい……驚かせないでくれよ。思わず変な声出ちゃったじゃないか」
「……何度もノックをしましたし、気配を消したつもりはありませんが?」
「それでもびっくりするものはびっくりするの!分かりなよ!」
「はぁ……」
理不尽な怒られようだ。
そもそもノックした際にアンタはきちんと返事をしたではないか。
きっと空返事だったに違いない。
ルギオスと呼ばれた大男は溜息をついた。
レーナロイドはその視線に気まずそうに目を逸らし、うぉっほん、とわざとらしく咳払いをしてからルギオスを見る。
「それで?君がここに戻ってきたってことは、もう片が付いたわけ?」
「はい。ノアード領及びレーベンヘルツで起きた反乱は無事鎮圧しました」
「ほいほい、ご苦労様」
「彼らの処罰についてはどうしますか?現宰相であるレーナ様に牙をむいたのです。処刑して然るべきと思いますが?」
「んー?いいよ、適当で。檻にでも入れとけばいいんじゃないかな?」
「いや、いいんじゃないかなってレーナ様………」
「だって実際どうでもいいしなぁー……」
心底どうでもいいと言う様に、彼女は答える。
その証拠に、直ぐに興味を失ったかのように近くにあった本を手に取った。
「この国はもう実際にはほとんど機能してない訳だし、お飾りの王族に、お飾りの宰相の首を取ったって、今更以前の様な国に戻るわけでもなし。反乱なんて起こすだけ無意味だと思うんだよね、私は」
パラパラとページをめくりながら、どうでも良さそうにレーナロイドは語る。
「そもそもこの国の主要産業である魔石が枯渇しちゃってるんだから、どうしようもないんだよ。誰が治めたって多少遅いか速いかの違いでしかない。何れにしたってボルヘリック王国はお終いだ。打ち切り、無念、はい残念」
彼女のハッキリとした断言に、ルギオスの顔が僅かに曇る。
仮にもこの国の宰相だというのに、まるで他人事のような口調だ。
「……国の情勢もそうですが、彼らが許せなかったのは、あの二人を賞金首にした事だと思いますよ?」
「あの二人?誰よ?」
レーナロイドは首をかしげる。
「『龍殺し』と『穿界』です。特にノアード家は現当主をいきなり国際指名手配にされたのです。彼らにとっては到底納得できるものではなかったのでしょう」
「えー、そうかな?………というか、私そんな決定したっけ?覚えてないなー」
「しましたよ。当時、『へーエクレウス死んだんだー。それじゃあ、あの二人に責任押し付ければいいか。私色々処理するの面倒臭いし』と、言っておられたではないですか」
「あー……ごめん忘れてた。ぶっちゃけ、どうでもよかったし」
「いや、どうでもいいって、貴女……」
ルギオスは頭を抱えたくなった。
どうしてこの人はこう無責任なのか?
その尻拭いをさせられるのはいつも自分だという事を少しは理解してもらいたかった。
「えーっと……そ、そんなことよりもさ、あっちの方はどうなったの?ほら、彼女。見つかった?」
明らかな話題逸らしに、ルギオスの顔はますます険しくなる。
「リアス・アウローラですか?ある程度補足してはいますが、正確な位置まで特定するのは難しいかと。それに彼女の周りには手練れが多いですし」
「あっそ。まあ、ある程度補足してればそれでいいよ。しかし、リアスちゃんも暗躍が好きだよね。なんで“あんなの”に拘るのかなー?」
「あんなもの……“最後の龍王種”ですか?」
「うん」
最後の龍王種。
それは四種族の中で唯一種族ではなく一個体のみで龍王種と呼ばれる龍。
その龍はおそらく地龍ギブルに次いで有名な存在だろう。
「私にはわかりかねます。あんなものを求めるなんて、彼女は一体何を望んでいるんですか?」
「さあね。まあ、ある程度予想は出来るけど……ん?来たみたいだね」
「えっ」
レーナロイドは手に持っていた本を閉じる。
そして、視線を扉の方へ向けた。
ガチャリと、ノックも無しに無遠慮に誰かが入ってくる。
入ってきたのは、二十代ほどの金髪碧眼の男性だ。
そして、その男性の後ろに隠れる様に小さな男の子も入ってくる
男は周囲を見回すと軽く舌打ちをし、近くにあったソファーに腰を下ろした。
入ってきた男性にレーナロイドはにこやかな笑みを浮かべて手を振る。
「やあ、ヤムゥ。久しぶり」
「ふん、そちらこそ息災そうだな魔女よ」
「その言われ方はあまり好きじゃないんだけどね。出来れば愛称のレーナと呼んで貰いたい。ちゃん付けも可。でも、さん付けは止めてほしい」
「貴様の愛称なんぞ魔女で十分だろうが」
軽口をたたきあう二人をルギオスは不思議そうに眺めていた。
一体この男性は何者なのか?
「レーナ様、この者たちは……?」
「ん?ああ、ルギオスは会ったことは無かったっけ?」
レーナロイドはこの男をヤムゥと言った。
ルギオスはその名を頭の中で反芻し思い出す。
「ヤムゥ………まさか天龍の長ヤムゥ様ですか!?」
天龍。
四種の龍王種が一種。
その長がヤムゥと言う名だった筈だ。
「む?誰だ貴様は?」
全く気付かなかったかのように、ヤムゥはルギオスを見た。
あれ、居たの?みたいな表情でルギオスを見る。
「彼は私の護衛だよ。名前はルギオス」
はっ、とヤムゥは鼻で笑う。
「貴様に護衛だと?随分笑えん冗談だな」
「まあ、そこは放っておいてよ。ともかく、彼は私の大事な仲間だ。気軽に殺しちゃ駄目だよ」
「ちっ」
ヤムゥは軽く舌打ちをする。
殺す気だったんかい、とレーナロイドは心の中で突っ込みを入れた。
「ルギオスにも紹介するよ。彼はヤムゥ。天龍の長だ。今は人の姿を取っているけど、れっきとした龍だよ。それと隣にいる可愛らしい男の子は彼の息子で名前は……」
「ば、バァルです……。えっと、初めまして」
ヤムゥの隣に張り付くように座っていた男の子がちょこんと立ち上がって自己紹介をする。
そして、また直ぐにヤムゥに張り付くように座った。
人見知りをする子らしい。
モジモジしちゃって可愛いなぁとレーナロイドは飴をあげようとしたが、ヤムゥに弾かれた。
ちっ、親バカめ。
「………ルギオスです。龍王種である天龍殿にお目にかかれて光栄です」
なぜ自分の主が天龍と繋がっているのか、一体どうやってここへ来たのかなど疑問は山ほどあったが、とりあえずルギオスは自己紹介をした。
だが、ヤムゥはちらりと一瞥しただけで目を逸らした。
「世辞は良い。それと、あまりビクつくな矮小な人間よ、埃が立つだろうが。案山子でも震えずに立つことが出来るのだぞ?貴様は案山子以下か?」
「なっ」
その傲岸不遜な言い方にレーナロイドは思わず苦笑した。
「相変わらず俺様全開だね。それで、今日は何でここに?」
適当にその辺にあったお茶とお菓子を差し出しながらレーナロイドは訊ねる。
「……ギブルに会った。それを伝えに来た」
ヤムゥがそう言うと、彼女はへぇっと呟いた。
「場所は?」
「ユグル大森林だ。出会いがしらにブレスを喰らった」
「ははっ、そりゃ災難だったね」
「全くだ。宴も近いというのに。あの女王だけは行動がまるで読めん」
「ふーん……で、どうだった?」
にやにやと笑いながらレーナロイドは訊ねる。
「何がだ?」
「とぼけないでよ。勝てそう?」
「無理だ」
きっぱりとヤムゥは言う。
「今の俺様では万が一、億が一にも奴には勝てん」
「そっか。それが分かっただけでも収穫だよ。そっかー今の君でも無理かぁ」
「……貴様の方こそどうするつもりだ?」
「何が?」
「大陸会議だ。リアスとか言うネズミが動いているんだろう?手は打ってあるのか?」
「まあ、多分大丈夫でしょ。大国の一つや二つ敵に回したって問題ないし」
緊張感のかけらもない声でレーナロイドは言う。
「そうか。ならば構わん。せいぜい俺様の邪魔をすんじゃねーぞ?」
「大丈夫、大丈夫」
「ならいいがな。貴様と利害が一致している内は、ある程度は合せてやる。泣いて感謝しろ」
「わーい、ありがとう、ヤムゥさまー。うぇぇぇぇん」
「………殺されたいのか?」
わざとらしいレーナロイドの泣き声にヤムゥの額に青筋が浮かぶ。
「えー…泣いて感謝しろって言ったのはそっちだろうに、まあ、先手は打つよ。ルギオス」
「はっ」
彼女は引出しから取り出した羊皮紙をルギオスに渡す。
「それはなんだ?」
「んー、とりあえずこれから先邪魔になりそうなやつのリストかな。ルギアスーとりあず、それに載ってる奴らは片っ端から殺しといて」
「了解しました」
何の逡巡もなくルギオスは頷く。
「ほぅ……興味深いな。俺様にも見せろ」
この魔女が邪魔になるかもしれないと思う者達。
それにヤムゥは興味がわいた。
ルギオスから羊皮紙を奪い取り、そのリストに書かれた名前を眺めてゆく。
成る程、確かにそこには名を馳せた者たちが載っていた。
龍殺しヴァレッド・ノアード。
穿界ベルディー・レイブン。
銀鬼リンウ・ソウセイ。
雷斬アオバ・キリシマ。
夜叉ラウ。
剣帝カグリアス・ディル・ハザン
聖棺オリオン・カーラー。
氷炎ホワン・ロット。
…………。
……。
およそ二十名近い名前が記載されている。
そして最後の名前を見てヤムゥは首をかしげた。
「ん?おい、魔女よ。なぜコイツの名前がリストにある?こいつはもうとっくに死んでいる筈だろ?」
その人物の名前を指でつつきながら問う。
「いや、彼女は生きてるよ。間違いなくね。まあ、生きているというよりかは、生き返ったという方が正しいかもだけど」
「ほぅ……」
ヤムゥの顔に笑みが浮かぶ。
「……面白い。宴まではまだ時間がある。丁度いい暇つぶしだ。コイツは俺様が狩ってやろう。魔女よ、コイツがどこにいるか既に見当がついているのだろうな?」
「勿論」
レーナロイドは地図を広げ、その場所を指差す。
その場所には覚えがあった。
以前狩りで取り逃がした獲物が逃げ込み、そしてギブルにブレスを喰らった場所だ。
すなわち―――ユグル大森林。
「はっ、面白い。あの名を馳せた魔術師ならば、俺様の暇つぶしの相手としては丁度いい。せいぜい楽しませてくれよ」
ヤムゥは手に持ったリストを握りつぶす。
そのリストの一番下の名には、こう記されていた。
―――賢者エリベル・レーベンヘルツ。
天の牙が地に突き立てられようとしていた。
次回より第八章に入ります。




