EX9.龍とカラスと冒険者と
グウィブとヘレブ、それと懐かしい彼らの会話になります
エルド荒野にて―――
白飛龍の長グウィブは高速飛行にて、真っ直ぐにエルド荒野を飛んでいた。
行先はここよりはるか北にある聖龍が治める地、ハルシャルード聖王国だ。
今回の事の顛末及び、アース達に危害が及ばない様にエルジャの父親を説得するためだ。
だが、その顔色は少々悪い。
『ふーむ……。アースにはああ言ったが、果たして上手くいくかどうか……。あ奴の親バカっぷりは異常だからな……』
思い浮かべるのは、エルジャの父親にして、現聖龍の長である一匹の龍の姿。
アレがどれだけ娘であるエルジャを溺愛しているか、グウィブはよーく知っている。
エルジャの見聞の為に外へ出すことに協力したが、その所為で聖地がどうなっているかは想像に難くない。
多分、今頃聖地は荒れに荒れているだろう。
下手をすると死者が出ているかもしれない。
多分教皇辺りが胃を痛めている事だろう。
さっさと向かってやらねば。
『全く……どうして、龍王種と言うのはどいつもこいつも子煩悩なのだろうな』
ぼやきながらも、速度は落とさずグウィブは飛び続ける。
だが、不意に目の前に現れた巨大な炎の壁が彼の往く手を遮った。
『――――っ!?』
突如現れた、全長百メートルはあろうかという巨大な炎の壁。
轟々と燃え盛る炎の壁に驚きつつも、グウィブは翼を広げて急停止する。
さらに風魔術による結界を構築し、熱が自分の体に届かないようにする。
視界一面に燃え盛る炎の壁はその温度、魔力密度共に並々ならぬものだ。
これだけの炎を作り出せる魔物など限られている。
少なくとも、このエルド荒野に限って言えばたった一体しかグウィブは知らない。
そして、炎の壁の中から、強大な魔力を纏った一匹の巨大なカラスが姿を現した。
白飛龍と並び称される、エルド荒野の二大魔物。
アクレト・クロウ、その長。
名はヘレブ。
かつてアンと死闘を繰り広げ引き分けた、誇り高き黒鳥だ。
『久しいな、ヘレブ。再会の挨拶にしては随分と派手な演出だな』
『……最初に言う言葉がそれか?まずは、一言。我に言うべきことがあるのではないか?』
ヘレブの鋭い眼光は真っ直ぐにグウィブに向けられる。
その瞳と声音には明らかな怒気が含まれていた。
それは目の前に構築された炎の壁からも伝わってくる。
『そうだな……。群れの者達には迷惑をかけた。お主との協定も、半ば反故にする形になってしまったからな……』
轟っと、ヘレブの体から風と炎が巻き起こる。
同時に炎の壁も激しく燃え盛る。
それは彼の感情を表しているようだった。
『半年だ……っ。半年も、貴様は一体どこで何をしていたっ!?長としての責任を放棄し、このエルド荒野を離れた理由。ウソ偽りなく話せ!』
ヘレブは声を荒げて詰問する。
返答次第では唯では済まさぬと。
言外にそう語っていた。
『……聖龍と地龍、それに天龍の長に会ってきた』
『何だと……っ』
あっさりと白状したグウィブのその言葉に、ヘレブはわずかに瞠目した。
グウィブの口から出てきたのは、全て龍王種と呼ばれる種族だからだ。
『聖龍の長ハルシャ・ルード、地龍の長ギブル、天龍の長ヤムゥ。彼らの仲介を行うのも、私の“使命”の一つだからな。だが、今回はいつもよりも時間が掛かった。“宴”も近い。皆、随分と気が立っていたよ』
『そうか……そういう事だったのか。ふん、成程な』
頷きと共に、ヘレブは炎を消す。
それと同時に周囲に張りつめていた怒気と、濃密な魔力の気配も霧散した。
その行動に、今度はグウィブの方が目を見張った。
『意外だな』
『……何がだ?』
『もう少し責められるかと思っていたのだが……。いや、正直に言えば、この場でお主とやりあう事になるだろとすら考えていた』
『それは我を愚弄しているのか?事情が事情だ。納得する他あるまい』
そのヘレブの姿にグウィブは、ふ、と笑う。
『……変わったな、ヘレブ』
『何がだ?』
『以前のお主なら、間違いなく私を滅ぼそうとしていた筈だ。長としての立場を蔑ろにした私を、お主が許す筈などないからな。それを許すとは、正直に言えば意外だった。何かあったか?』
『……別に何もありはしない。だが、長としての在り方が一つではない事を知っただけだ』
そう言って、思い浮かべるのは一匹の黒蟻の姿。
かつて自分の喉元に食らいつき、引き分けた黒蟻の長。
その後も、何度かあの森を訪れ、アンと話をした。
その際にお互いの長としての在り方を語り合った。
ただ、それだけの事だ。
『ふっ、ふはは、ふはははは』
『何が可笑しい?』
『いやなに、アースとその眷属達は本当に面白い者達だと思っただけだ。あの堅物であったヘレブですら、この様に変えてしまうのだからな』
ヘレブは僅かに不快そうな顔をする。
『……その言い方は我慢ならんな。その言い方ではまるで、我がアンの影響で丸くなったと言われているようではないか?甚だ不愉快だ』
『違うのか?』
『見当違いもいいところだ』
ヘレブはそう言うが、そもそもグウィブはアン個人の名前を一言も出していない。
それは、つまりそういう事だ。
ヘレブ自身はそのことに気付いていない。
自身が無自覚の内に、彼女と、その在り方を認めているという事を。
まあ、本人に言ったところで絶対に認めないだろうが。
『ふん、さっさと往け。目障りだ』
そう言ってヘレブは道を開ける。
その余りにひねくれ具合にグウィブは思わず苦笑した。
『……苦労をかけるな、ヘレブ。済まないが、また私の居ない間、エルド荒野を頼んだぞ』
『貴様に言われるまでもない。ここは我らの住まう場所だ。さっさと消えろ』
わかったわかったと言いながら、グウィブは再び移動を開始しようとする。
『……グウィブ』
『ん、何だ?』
『“使命”とやらが終わったら、さっさと戻ってこい。我も、お主も―――帰る場所はここしかないのだ。それを忘れるな』
ヘレブのその言葉に、今度こそグウィブは言葉に詰まった。
まさか、ヘレブからそんな言葉を聞くとは思わなかったからだ。
だから、
『―――ふ、言われるまでもない』
翼を大きく広げ、グウィブは北を目指す。
見上げる空はどこまでも青く、眼下に広がる荒野はどこまでも続いていた。
さて、急ぐとしよう。
聖王国までは、全力で飛ばせば半日で着く。
早く行ってあの親バカ龍の説得をしなければいけないのだから。
ハザン帝国領内のとある街道にて―――
三人の冒険者が街道を歩いていた。
一人は角を生やした鬼族の老人。
一人は青い髪に紅い瞳、原色のペンキをぶちまけた様な派手な服装の男。
一人は長い銀髪をなびかせ、眼帯をした槍を携えた女性。
「……ねぇ、師匠。今更なんだけど、なんで僕らハザン帝国の皇帝に会わなきゃいけないのかねぇ?一応、僕ら国際指名手配で第一級の賞金首になってたと思うんだけど?」
「今度の大陸会議に先駆けて、二国におけるお主等の過去の罪を不問にするとギルドから達しがあった」
「え?それ本当かい?」
「本当じゃ。ほれ、ギルドからの正式な書状じゃ」
「うわぁ、本当だよ。でも、これって国際問題になるんじゃないかなぁ?」
「確実になるじゃろうな。だが、ハザン帝国のカグリアス帝とエンデュミオンのギルド長ジェラルドはこれを承認した。つまり―――」
「その二国は、確実にボルヘリックと、いや、あの魔女と事を構えるつもりだってことだよねぇ」
「だろうな。その為の戦力を少しでも欲しいと言うところじゃろう」
「……一応、私もヴァレッドもボルヘリック王国出身なのだがな」
「じゃが、お主等はあの国に未練はないじゃろう?今更、義理立てするつもりもあるまい?」
「……まあな。妹が生きていれば違ったかもしれんが、もうあの国にはパルディーも、銀の烏のメンバーもいないからな……」
「だよねぇ。それにエクレウスも死んじゃったしねぇ。まあ、ノアード家やレイノルズ家の皆が気にならないと言えば嘘になるけど、みんなしぶといからねぇ。あの魔女の統治下でも元気にやってるだろうし」
「エクレウスか……。あやつが生き残っていれば、こうは成らなかったやもしれぬがな。つくづく、惜しい男を亡くしたモノじゃ。まあ、よい。ともかく帝都へ向かうぞ。ダンジョンと道外しの件はその後じゃ」
「いや、ダンジョンって……師匠のお目当てはダンジョンじゃなくて、あそこにある賭場じゃないのかい?あんな親切設定な賭場なんて見たことないからねぇ。あそこのモヒカンさん達、師匠の身ぐるみ剥いでもきちんと返してくれるしねぇ。それに、道外しの件だって本当はあや―――」
「黙れ、馬鹿弟子が」
「ぐはぁっ!」
「……全く、お前は少しは学習しろ」
額縁の外であっても、物語は綴られてゆく。
事態は少しずつ―――だが確実に進み始めていた。
次回はアース視点のお話に戻ります




