4.VSジャイアント・リザード 親の在方
遅れてすいません……
「……それで?龍王種の一角たる天龍がこんな森まで一体何の用なのかしら?」
最初に口を開いたのはエリベルだった。
その声音には明らかな警戒が混じっている。
「はっ、そう警戒するなよ。俺様は別にお前らに何かしに来たわけじゃない」
不遜な態度を崩すことなく、天龍はジャイアント・リザードの方に目を向ける。
「俺様はそこに倒れてるゴミを回収しに来ただけだ」
『ゴミ?』
ぴくりと、アンが反応する。
『ゴミとはまさか、そこに倒れている彼女の事じゃ無いでしょうね?』
「彼女?……ああ、それ雌だったのか」
心底どうでもいいと言った感じで天龍は答える。
「そう、それそれ。ジャイアント……ああ、まあどうでもいいか。とにかく、そのでけーゴミを回収しに来たんだ。そいつの仲間は、みーんな死んじまったからな。あとは、ソイツだけだ」
『なん……だと?』
反応したのは、倒れていたジャイアント・リザードだ。
『他の……者たちは、皆死んだというのか?族長も……父も……そんな……』
「あぁ?なんだ、生きてんのか?めんどくせーな……」
すっと天龍は右手を上げる。
するとその手から極薄の水の刃が発生した。
「とりあえず、死んどけゴミ」
高速で放たれた水の刃は真っ直ぐにジャイアント・リザードの首元めがけて発射される。
だが、放たれた水の刃は彼女の首を切断することは無かった。
スパアアアアアアアン!とアンが手に持った地龍の剣で水の刃を弾いたからだ。
「………あぁ?」
『なに……?』
天龍、そしてジャイアント・リザードさえその行動に声を上げる。
「……お前、何してんだ?」
『それはこちらのセリフです。彼女は我々の獲物です。誰であろうと横取りは許さない』
『黒蟻よ……お前は……』
ちらりと、アンはジャイアント・リザードの方に目線を向ける。
『勘違いしないで下さい。貴女を殺すことに変わりは無いのですから。ただ、それをあの龍に横取りされるのが嫌なだけです』
『………』
アンは剣を構え、天龍に向き合う。
すると天龍は大層不愉快そうに顔を歪めた。
「あ?何お前、誰に剣なんてむけてんだ?」
空気が、変わった。
ゾゾゾゾゾゾゾゾと背筋が凍る様な寒気が全身を駆け巡る。
アンだけじゃない。
フェルも、あのエリベルですら震えている。
「下等種族共が……この俺様に楯突いてんじゃねーよ!」
莫大な魔力が天龍から溢れ出す。
水刃が発生する。
その数、数百。
周囲一帯を覆い尽くす程の暴虐の刃がアン達に向けられた。
傍に立ったエリベルがアンに耳打ちする。
「アンちゃん……三十秒持たせて。そしたら転移門開いて全員でダンジョンへ逃げるわよ」
『エリベルさん……』
いつになく後ろ向きな発言にアンは驚く。
つまり、あれはそれ程の相手だという事だ。
「消えろ、不愉快だ」
水の刃がアン達に向けて発射されようとする。
転移門展開まであと二十秒。
―――間に合わないっ。
そう思った瞬間だった。
カッ!とアン達の居るはるか後方から、閃光が瞬いた。
その光線はアン達の頭上を通過し、目の前の天龍を貫いた。
ズパアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッッ!!!
光線が命中した天龍は、まるで雨の様にその身を四散させた。
「―――えっ!?」
『い、今のは……一体?』
閃光が走ったようにしか見えなかったが、今のは明らかに魔術的な攻撃だ。
そして、その攻撃にどこかアンは見覚えがあった。
「今の魔力反応……考えられるのは……でも……まさか……」
エリベルはぶつぶつと何かを考え込んでいる。
どうやら、エリベルも今の光に心当たりがあるらしい。
びちゃびちゃびちゃと天龍の肉片が周囲に降り注ぐ。
それに伴って、展開していた水刃も雨となって周囲に降り注ぐ。
アンの頭の中を疑問符が駆け巡った。
余りにも唐突な幕切れ。
意味不明な展開。
『な、何が……?』
アンは後ろを見ると、はるか後方に豆粒のような小さい影があった。
といっても、距離が遠すぎて姿形すら分からない。
だが逆に言えば、あそこに居る何者かは、あれ程遠く離れたところから今の一撃を放ったという事になる。
間違いなく恐ろしい程の強さを持った魔物だ。
だが、同時に安堵した。
理由は分からないが、あの天龍は死んだ。
あれ程体を爆散させて生きてなど―――。
「「「―――「「全く、「な」んの「「つもりだ」」」だ…」」」」…」」」」」
『―――なっ!?』
声がした。
それも一箇所じゃない。
何箇所からも同じ声が聞こえた。
見れば四散した天龍の肉片。
その一つ一つが声をあげているではないか。
ズズズズズズズズズと、四散した天龍の肉片は一箇所に集まり再び元の姿を形成する。
『な、そんな……まだ生きて……』
「……ったく、何のつもりだ、『地の女王』?俺様は、別にお前と事を構えるつもりは無いんだけどな』
数秒の後に元の姿に戻った天龍はアン達のはるか後方を眺めながら言う。
「それに………宴も近いんだ。そう焦ることも無いだろうが」
ちらりと、天龍はアン達の方を見る。
「さて、それじゃあそこのゴミを―――」
天龍がそう言うのと同時に、再び先ほどと同じ閃光が瞬いた。
だが、今度は天龍は身を捻って躱す。
「……ちっ、そういう事かよ。そいつらのモンだって言いてぇのか」
天龍は舌打ちしながら呟く。
「……興が削がれた。そこのゴミは貴様らにくれてやる。俺様の慈悲に感謝して泣け下等生物共」
そう言うと天龍の体から淡い光が漏れだす。
直後、その光はユグル大森林全体を包み込んだ。
『くっ、眩しい―――』
「これは――転移の光!?」
「―――じゃあな」
一瞬の内に光は収まり、同時に天龍の姿も消えていた。
更に遥か後ろに居た強大な気配も消えていた。
「………一体何だったのかしらね?」
訪れた静寂の中、エリベルが口を開く。
ぽつぽつと再び雨が降り始めていた。
『分かりません……ですが……』
降りしきる雨の中、アンは手に持った剣に力を込める。
『………あの龍とはいずれまた、会うような気がします』
確信にも似た強い口調でアンはそう言った。
『次に会うまでに、もっと強くなっていなければいけませんね』
「ま、その辺りはこれからの頑張り次第ね」
『ええ』
それにしてもと、エリベルは言う。
「良くあの場面で、天龍相手に啖呵切れたわね。私ですら一瞬躊躇したっていうのに」
『正直、私にも良く分かりません。ですが、彼女に水刃が向けられた瞬間、なぜか体が勝手に動いてしまったのです』
「後はまあ勢いで、ですかね」とアンは自嘲気味に言う。
それを聞いてエリベルは目を丸くした。
「はぁ……あのバカもそうだけど、アンちゃんも大概ね……」
『?どういう事ですか?』
「いえ、こっちの話よ」
どこか面白そうな笑みを浮かべるエリベルに対し、良く分からないがアンもくすりと笑った。
ちなみに、こんな時ですら笑える余裕がある二人を見て、フェルと森の魔物達は再び戦慄したという。
その後は、森の魔物も交えての事後処理の連続だった。
まずは、ジャイアント・リザードについてだ。
彼女は既にこと切れていた。
天龍が去った少し後に絶命していたようだ。
アンが最後に彼女と何かを話し合っていたようだが、それが何なのかアンは語ろうとしなかった。
腹を切り裂いてみると、確かに結界魔術が施された一メートルほどの卵が二つ出てきた。
エリベル曰く、この結界を解かないとこの卵は孵化しないとの事。
「結界の解除は簡単だけど、ダンジョンの防衛役には無理ね、デカくなりすぎるから」とはエリベルの言だ。
卵はとりあえず、しばらくはこのまま結界魔術を掛けたままにしておこうという事になった。
だが、思わぬ戦力が手に入ったと言えるだろう。
次に、突然現れた天龍について。
これはエリベル指揮下のレイス軍団、そして鳥型ゴーレム・ホムンクルス達が情報収集に当たる事になった。
行先はユグル大森林より西にあるハルプ草原だ。
そこで何があったのかを調べるのだ。
転移門もなく、距離も離れている為、調査には時間が掛かりそうだが、それでもやる必要はある。
そして、最後に森の復旧作業。
正直に言ってこれは負傷者の手当て以外は必要なかった。
アースのダンジョンから漏れ出る魔素の影響で木々の回復は早く、一か月もあれば元の姿に戻るらしい。
巣が破壊された魔物達は一時的にダンジョン中層と深層でかくまう事になった。
ただ、匿われた魔物達が高濃度の魔素の影響で思いがけない力を手に入れる事になるのだが、それはまた別のお話………。
『――――以上が、ジャイアント・リザードに始まる森の騒乱の顛末になります』
アンは深層にて、アースに事の次第を報告していた。
『…………そんな事があったのか』
驚き半分、呆れ半分と言った感じでアースはアンの報告を聞いていた。
自分が趣味のガーデニングをしている間に、そんな事になっているとは思わなかった。
足元には、剪定や魔術栽培によって育てられた怪しい木の実が大量に転がっている。
『ま、天龍やジャイアント・リザードの卵の件はエリベルに任せよう。俺なんかよりもずっと上手くやってくれる筈だ』
『ジャイアント・リザードの子が手に入ったのも幸運でしたね。刷り込みによってアース様を親と思えば彼らは十分な戦力になるでしょう』
『見た目が全然違うけどな……』
まあ、何とかなるだろと、アースは足元にある果実を手に取り口に含む。
実に旨い。魔力濃度も、味も文句なしだ。
趣味が生きている。
アンにも一つ渡す。
『……美味しいですね』
『だろ、自信作だ』
しばらくはシャクシャクと果実を咀嚼する音だけが深層に響く。
ぺろりと果汁の突いた指を舐めながら、アースはなんとなく呟いた。
『しかし、凄いな、そのジャイアント・リザードってやつは。むぐむぐ』
『何が、ですか?』
『むぐ……んぐっ、ごくん。ふぅー………いや、だって自分を殺そうとした相手に子を託そうとするんだぞ?並みの神経じゃ出来ないだろ、そんな事』
『あ……』
何気なく言ったアースの一言。
その言葉を聞いた途端。
不意に、アンはハンマーで殴られたかのような衝撃を受けた。
あの名も知らぬジャイアント・リザードの姿を思い出す。
それまで殺し合った相手であるにもかかわらず、命乞いもせずただ自らの子を託そうとする、あの母としての姿を。
彼女は最後にこう言った。
『済まない―――そして礼を言う』
もし、もし仮に同じ場面がきたら、自分は同じような行動がとれただろうか?
自分よりも、子を優先させるという選択肢を取れるだろうか?
不意に、アンはとてつもなく自分が小さい存在に思えてしまった。
最近生まれた四匹の女王種。
アンは彼女たちを露骨にアースから遠ざけていた。
自分よりも、彼女たちの方が可愛がられるのが怖かったから。
自分が、この方の隣に居られなくなることが嫌だったから。
そんな矮小な思いを優先させて、自分はダンジョンを、この御方を危機にさらすというのか?
いや、それ以前に、自分は“親”としてそれ程までに小さい存在だったのかと。
『―――――っ!』
あまりに情けない自分の有り様に、アンは手に持った果実を思わず握りつぶしてしまった。
ぐしゃりと握りつぶされた果実が地面に落ちる。
『ちょ、アン!?え、なんで?お、美味しくなかった……?』
俯いていた顔をあげ、アンはアースの顔をはっきりと見る。
もう、迷い何て無かった。
『アース様、折り入ってお願いがあります。実は先日―――』
自分はちっぽけな存在だ。
自分よりも、子供たちがアースに気に居られるのが妬ましいと思う様な馬鹿な親だ。
でも、だからこそ、あの四体の女王種、そしてジャイアント・リザードの子供たちにもこの御方に名前をつけてもらおう。
自分と同じように、その存在を誇れるような名前を。
親である自分にも負けないような立派な名を。
この御方と共に、どこまでも歩み続けるのだから―――。
閑章『アンのダンジョン防衛記! その3』 了
次回より、第七章『龍王種邂逅』編となります




