1.VSジャイアント・リザード 森の異変
アン主役の番外編となります。
時系列的には第四章17.「宴と少しだけ近づいた距離感」の少し前のお話になります
アースが本格的な中層ダンジョンを作り始めて数か月が経った頃、眷属であるアンはユグル大森林の制圧に当たっていた。
彼女の役目はダンジョンにおける戦力の確保である。
交渉を行うターゲットは主に群れで行動する魔物達だ。
ゴブリン、コボルト、オーク、オーガ、キラーアント、キラービー等々。
ユグル大森林は大陸最大の規模を誇る為、部族的な生活を営む魔物も数多く存在する。
そう言った魔物達であれば、アン達の住むダンジョンでも共生が可能だ、というのがエリベルの弁だ。
既に、ダンジョンの中層には彼らが住めるように森と同じ環境のフロアが製作中であり、アースに至って彼らを迎えるために、なんとエルド荒野の地下に広大な森を作ってしまったという。
そのスケールの大きさに、アンの中の“アース様凄い!”ポイントがガンガン増えた。
ちなみにポイントが溜まれば“アース様らぶー”ポイントと交換することが出来る。主にアンの心の中で。
まあ、なにはともかく、ダンジョンの為の戦力をそろえる事がアンの役目なのだが、実際にアン自身が活躍する事は意外に少なかった。
なぜなら、既にユグル大森林の頂点の四種族はアースの交渉(という名の脅迫と懐柔)によって抑えられている。
そのため、アンは彼らを主軸にこの森の魔物達と交渉を行っていけばいいのだ。
彼らには常時アンの子蟻達をつけさせている。
アンと子蟻達との間には既に独自のネットワークが構築され、子蟻達が体験した出来事をダンジョン内に居ながら、アンは全て知ることが出来るのだ。
なので、彼ら四長に何かあれば即座にアンに信号が送られるようになっている。
更に、ダンジョン内から子蟻達へ指示も飛ばすことも出来る。
女王蟻であるアン自ら外に出て行動するというのは何か余程の異常事態(主にアース関連)が起こった時しかないのだ。
―――まあ、それは建前で本当はアースがいるこのダンジョンから離れたくないというのがアンの本音なのだが、そんな事は子蟻達の前ではおくびにも出しはしない。
上に立つ者は威厳が大事なのだ。
普段からアース様大好きオーラを発しているアンだが―――だがアースがそれに全く気付いていない―――子蟻達やユグル大森林の魔物達の前ではきちんと“女王蟻”でいなければいけないのだ。
上に立つ者としての義務である。
アースと一緒のダンジョンダラダラ生活を叶えるためにも日々頑張らなければいけないのだ。
『………ふむ、ユグル大森林の制圧は既に七割方完了ですね』
アンはエリベルから貰った映像魔石を起動させる。
極彩色の球体から立体映像の様に映し出される映像にはユグル大森林の全体図が映し出されていた。
赤くマーキングされている部分はアン、もといアースの勢力下にはいった場所を示している。
アンの言うとおり、画像の殆どの部分は赤く染まっていた。
『西方エリアカラ報告、オーク族三十五匹傘下ニ入リマシタ』
『北方エリアヨリ報告アシッドラビット及ビコブ豚数十匹確保シタトノ事デス』
『中央エリア第十三地区蜘蛛族チュラン族長ヨリ報告「オ腹空イタ―」トノ事デス』
『中央エリア第二地区蛇族スー族長ヨリ最近ノ雨ノ影響デ河川ノ氾濫ガ起キソウトノ事デス』
『分かりました。………というか、チュランのそれは報告ではありません、全くあの蜘蛛は……』
報告を行っているのは、アンの後ろに控える次世代の女王種達だ。
アンも蟻としての特性から、一定の周期で次世代の女王種を生む。
彼女たちはその第一世代だ。
その数四匹。
だが生まれたてであり、子蟻達に比べて思念通話がたどたどしいが、それもいずれは何とかなるだろう。
高位女王種であるアンに比べれば幾分魔力や繁殖力は低いが、それでも通常のキラー・アントに比べればその能力は雲泥の差だ。
彼女たちはアンの傍付きとして、情報処理や代理演算など、献身的にアンを支えてくれている。
彼女たちのサポートは力強いが、アンは彼女たちに関して言えば、特段束縛するつもりは無かった。
蟻の本能としては彼女達にはダンジョンの外に出て自由に自分の王国を築いてほしいと訴えている。
かつて自分の母がそうした様に。
だが、アン自身はそう考えていなかった。
なにせ、アン自身も、かつては自分の親元でダラダラと引き籠り生活を続けていたため、彼女たちの行動を束縛するつもりは無かった。
出ていくのならば引き止めないし、此処に居たいというのならばいつまででもいればいい。放任主義と言えば聞こえはいいが、アンはそういう風に考えていた。
『トコロデ、アン様?』
『ん、どうしたんですか?』
後ろに居た次世代女王種の一体がアンに思念通話を送る。
『私達ガ生マレタ事、アン様の主デアル“アース様”トヤラニ報告シナクテ良インデスカ?』
『………大丈夫です』
『エ、デモ―――』
『大丈夫です(ニッコリ)』
『………ハ、ハイ』
無言の威圧を受けて次世代女王種はしゅんとなる。
そう、未だに、次世代の女王種が生まれた事はアースに報告していない。
エリベルやほかの眷属達には話してはいるが、アースにだけは報告していなかった。
彼女たちの管理は同じインペリアル・アントである自分の仕事だ。
アース様の手を煩わせるまでもない。
こんな些事であの御方に無駄な手間をかけてほしくないというアンの心遣いだ。
決して、アース様に同種族の女王種を近づけたくないとか、自分より彼女たちの方がお気に入りになってしまったらどうしようとか、自分よりも可愛い名前が付けられたらどうしようとか、そう言った事は一切考えてはいないのだ。
考えていないったら、考えていないのだ。
心の中の小さいアンも「そーだそーだ」って言っているから間違いないのだ。
『さて、各エリアからの報告もだいぶ済んできましたし、そろそろ食事に―――』
休憩でも取ろうかと、アンが立ち上がったとの時だった。
子蟻達のネットワークではなく、個人回線にてアンに思念通話が送られてきた。
『アン様!大変です!』
渋く、それでいて透き通る様な声が頭の中に響く。
送り主はユグル大森林四長が一体アーク・フェンリルのフェルだった。
『フェルですか?どうしたのですか、それほど慌てて?』
フェルは四長の中では最も古株であり、常に冷静に物事を見極めることが出来る優れた長だ。
その彼がここまで慌てるのは珍しかった。
『南方エリアに巨大な魔物が出現!傘下の魔物達が次々に被害にあっております!』
『……現れた魔物の種類と数は?』
『見たことも無い巨大な魔物です!ただ感じる魔力は少なくとも私やスーよりも上かと……』
蛇族の長ヴェノム・ヒュドラであるスーや、犬族の長アークフェンリルであるフェルよりも上。
ならば、少なくとも相手は王級以上の魔物という事になる。
この森には彼ら以上の階級の魔物は存在しない。
つまり、その魔物は外部からやってきたという事である。
アンは黙考する。
(………アース様の魔力に引きつけられた魔物か?いや、ユグル大森林の魔力の活性化に伴って呼び寄せられたか……)
判断材料が足りなさすぎる。
だが、それから数秒の後、子蟻達からもネットワークを介し、南エリアの状況が伝えられてきた。
その中に、件の魔物の姿もあった。
エリベルの記録から該当する魔物をはじき出す。
『これは……ジャイアント・リザードですか。ユグル大森林よりさらに西にある草原を支配している王級の魔物の筈。……それがなぜユグル大森林に?』
ジャイアント・リザード。
龍に属する王級の魔物。
その戦闘力は、地属性の龍の中では地龍、鉱龍には及ぶまいが間違いなく十指に入る強者だ。
成程。確かに、フェルや子蟻達だけでは荷が重そうだ。
『……分かりました、私も直ぐに出向きます。貴方達は残って、子蟻達への指示を継続してください。あとエリベルさんへの回線を―――』
残った女王種達にいくつかの指示をだし、アンは戦闘準備を整え子蟻達と共に転移門を潜った。
暗転。
洞窟を抜けると、そこには数体のレッサー・フェンリルが居た。
『フェルの使いですか』
こくりと、群れの一体が頷く。
『分かりました。直ぐに案内してください』
アンはレッサー・フェンリルの一体に飛び乗り、フェルとジャイアント・リザードがいるであろう南エリアを目指した。
しばらく移動していると、ふいに触覚に水滴がつく。
雨が降ってきたようだ。
『雨季でもないのに珍しいですね。戦闘に影響が出なければ良いですが……』
雨の中では酸の力が弱まる。
本降りになる前に決着をつけたいところだ。
しばらく移動を続けると、その巨体が見えてきた。
成程、確かにデカい。
余りの巨体故、周りの木々が胴元程度までしか届いていない。
体高だけでおよそ五十メルド。尻尾の部分まで含めれば百メルドになるかもしれない。
アクレト・クロウのヘレブが約十メルド程の大きさだったから、あの龍は軽くその十倍はあるという事になる。
その巨体故か、ジャイアント・リザードが動くたびに周りに木々がなぎ倒されてゆく。
既に、フェルや森も魔物達とも交戦中の様だ。
まだ距離は離れているが、アンはフェルに思念通話を送る。
『フェル!無事ですか!?』
『―――っ!?アン様ですか!?大丈夫です。多少の手傷を負いましたが、戦闘に支障はありません』
『そうですか、良かった。既に子蟻達から被害状況については報告済みです。ここからの指揮は私が―――っ!!?』
殺気を感じた。
見れば、ジャイアント・リザードの視線がこちらを向いているではないか。
まだ随分と距離が離れているにもかかわらず、その巨大な瞳は静かにアンを見つめていた。
むき出しの敵意と明らかな警戒。
どうやら、向こうはこちら側で最も警戒すべき相手を早くも見極めたらしい。
森の魔物達と戦いながらも、その視線は明らかにアンに向けられていた。
『成程……厄介ですね』
こちらに引き込めれば御の字だったが、どうやら交渉の通じる相手ではなさそうだ。
一体向こうにどういう事情があってこの森に来たのかは分からないが、敵になるというのならば容赦はしない。
『――――アレを排除します。全員、私の指示に従って下さい!』
「『「『「『「『「『ハッ!!!』」』」』」』」』」』
口頭で、思念通話で全員がアンに賛同する。
そして、森の魔物達から魔力があふれ出る。
『往きますよ!!』
降りしきる雨の中、彼らの戦いが始まった。
ちょっとした補足
1メルド=1メートルとなります。
あと、章を番外編とアンのダンジョン防衛記!その3に分けました




