17.白色と金色 後編
ぼーっとした様子で、少女は黄金のトカゲを見つめる。
長い前髪で見えないが、その瞳は虚ろだった。
「……………」
そして、そのまま少女は逃げ出した。
その反応が予想外だったのか、黄金のトカゲ―――ファーブニルは驚く。
「―――なっ!?ちょ、ちょっと待つのだ、道外しの少女よ!?」
「やだ!」
ダッシュである。
壁に穴をあけ、地面に階段を出現させ、少女はとにかく逃げた。
ファーブニルもそれを必死に追いかける。
「待つのだ!私は別に、お前に危害を加えるつもりは無い!」
その言葉で、ぴたりと少女は足を止める。
そのまま、さっと近くにあった石の陰に隠れる。
「………………本当?」
石の陰から、ひょいっと顔だけ出して、黄金色のトカゲをうかがう。
「あ、ああ、本当だ!第一、ここは私のダンジョンだぞ?殺すつもりならば、最初からそうしている」
「うー……」
未だ、少女は警戒心を解かない。
それはそうだろう。
つい先ほどまで、自分が見える者が、自分を殺そうとしたのだ。
それで、はいそうですかと信じられるほど、少女もバカではなかった。
なので、ファーブニルは作戦を変える事にした。
「仕方ない、ではまずはこれをやろう。ほら、友好の印の魔石だ。お前は鉱石や魔石が好きなのだろう?ダンジョンに入ってから、ずっと“見ていた”からな」
ファーブニルがそう言うと、少女の足元に白くて丸い小さな魔石が出現した。
まるで、誘拐犯が「飴を上げるからついておいで」みたいな謳い文句だ。
怪しいにも程がある。
こんなバカな手段に引っかかるやつなんて―――。
「……………くれるの?」
――――居た。
少女は、魔石とトカゲを交互に見る。
「ああ。魔石だけで不満ならば、宝石や黄金だっていくらでも出せるぞ?」
そう言うと、少女はぱぁっと顔をほころばせた。
「ありがとう、トカゲさん!」
先ほどの警戒心はどこへやら、魔石を握り締めて、とてとてとトカゲの方へ近づいていく。
実にチョロい。
誰に似たのかは言うまでもない。
どこかのダンジョンで、惰眠をむさぼってる地龍がくしゃみをしている事だろう。
「トカゲさんは良い魔物なの?私を殺さないの?私が見えるんだよね?声が聞こえるんだよね?」
「トカゲさん、ではない。ファーブニルだ。無論だ。殺す気など、さらさらない」
手乗りサイズの黄金トカゲは、ふんと顔をあげながら、答える。
サイズが小さいから、自然と見上げる形になる。
遠くから、冒険者の声が聞こえる。
「………とりあえず、ここでは、落ち着いて話が出来んな。道外しよ、先程の転移門を開いてくれ。転移先の設定は私がする」
「え、うん………?転移門ってなに?」
くりんと、少女は首をかしげる。
「ああ、それも分からんのか。先ほどの、鬼族を追い払ったアレだ。あの魔術陣を出現させよ」
「う、うん……やってみる」
戸惑いながらも、少女は先ほどと同じように、転移門?と言われたものを、なんとか出現させた。
「――――設定はこれで良し。では、入るぞ。ああ、言っておくが、くれぐれも驚かないでくれよ?」
「へ?」
そう言って、ファーブニルは、転移門を潜る。
少女もそれに次いで、転移門を潜った。
数秒の光の後に、少女は全く別の場所に居た。
「ふう、これで落ち着いて話が出来るな……時間もまだ持つだろう」
「へ?」
そして、驚いた。
目の前に、巨大な黄金の龍が居たのだ。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
絶叫。
少女は、腰を抜かして驚いた。
もしも、自分が普通の人間だったら、確実に漏らしていただろう。
「こらこら、だから、驚くなと言ったろうに……」
飽きれた様子で、黄金の龍は溜息をつく。
「あれ、この声………さっきのトカゲさん?」
「いかにも。アレは余所行き用の姿で、こっちが本来の姿だ。ああ、ダンジョン内を移動するときはあの姿の方が都合がいいのでな。そして、場所だが、ここは私のダンジョンの最下層で私が住まうフロアだ」
一息に説明するファーブニル。
ふわぁーと少女は口を開ける。
「おっきいー……きれぇー……」
小さな自分と比べても、その存在感は圧倒的だった。
黄金色に輝く鱗、宝石のような瞳。
見る者全てを魅了してしまう様な龍だった。
「まあ、その辺に適当に腰かけよ」
言われて、少女は床にぺたりと座る。
改めて周囲を見れば、このフロアも凄い造りだった。
白い石で造られた壁には、金や宝石による装飾が施され、あちこちに金銀財宝、宝石に魔石が転がっている。
その最奥には、これまた黄金で造られた大きな台座があった。
ファーブニルはその台座に寝そべる。
「まず、改めて自己紹介をしよう、道外しの少女よ。私の名はファーブニル。鉱龍であり、このダンジョンの主だ」
「えっと、初めまして?」
「うむ」
落ち着かない様子で、少女は周囲を見る。
「えっと……その……」
「そう警戒するな。先ほども言ったように、私はお前に危害を加えるつもりは無い」
「う、うん」
「さて、何から話したものか……。ああ、そう言えば、お前は自分が道外しだという事を知らなかったな?」
こくりと、少女は頷く。
「もし、良ければ、先にお主の事を教えてくれぬか?どんなことでもいい。なぜこのダンジョンに来たのか、話してくれ」
その言葉に、少女は茫然とした。
口を開き、長い髪で覆われた瞳は食い入るようにファーブニルを見ている。
「な、なんだ?別に、話したくないのならば―――」
「話す!」
両手の拳を胸の前で握りしめ、少女は口を開いた。
「そ、そうか……?」
その余りの迫力に、思わずファーブニルの方がたじろいでしまった。
それからは凄かった。
まるで少女はマシンガンの様に、喋りっぱなしで、聞いているファーブニルの方が参ってしまう程だった。
ダンジョン内なので時間の感覚が分かりづらいが、きっと半日以上は経っていただろう。
でも、その理由にも納得がいった。
彼女がどれだけ他人との会話に飢えていたのか、どれだけ寂しかったのかを理解したからだ。
時折、そうか、なるほど等の相槌を打ちながら、ファーブニルは少女の話に耳を傾けた。
どれくらい、話し続けただろうか?
「はぁ~……、こんなにお話しできるなんて、夢みたい」
そこには、満足そうな表情を浮かべる少女と、少しばかり頭を抱えた黄金の龍が居た。
最初の警戒心はどこへやら。
少女は完全に、ファーブニルに心を許したようだ。
チョロすぎである。
誰に似たのかは言うまでもない。
「聞けば聞くほど、不可思議な存在だな、お前は………」
少女の話から、おそらく彼女が生まれたのはエルド荒野にあるダンジョンだろうと、ファーブニルは予想した。
あそこにダンジョンがあるなど、聞いたことは無かったが、もしかしたら、自分が知らない間に魔物がダンジョンを造ったのだろう。
だが、ダンジョンの天敵である“道外し”がダンジョンから生まれるなんて、聞いた事が無かった。
「おそらくは、お前を生み出したダンジョン―――そこの主が、相当に異質な存在だったのだろうな」
「私を生み出した……それって、お父さん?」
「うむ。まあ、そう思って間違いない。それだけではない、お前から感じるかすかな魔力とその存在感。お前の主とやらは、正体こそわからぬが、きっと私以上の“化け物”なのだろうな」
「化け物………」
「ああ、すまん。悪い意味なのではない。むしろ、それほどの力を持つ者から生まれたことをお前は誇りに思うべきだ」
ちなみに、道外しの少女が生まれた理由の一つが、アースがエリベルのダンジョン、そのゴール地点である遺跡に横穴を開けた事だ。
本来なら、決して交わる事の無いダンジョンとダンジョンの開通と言うイレギュラーと二つのダンジョンの魔力の混じりあった結果、その“異常”が道外しと言う形で生まれ出る事になったのだが、それをファーブニルは知る由もない。
「さて、お前の話も聞いた事だし、次は私の番だな」
「トカゲさんの?」
「トカゲではない、ファーブニルだ。私の事はファーブニルと呼べ。長ければ、ファルでも構わん。眷属達は皆そう呼ぶ」
こくりと、少女は頷く。
ようやくと言った体で、ファーブニルは口を開いた。
「まず始めに言っておくと、私はお前の事はダンジョンに入った瞬間に気付いていた」
「そうなの?」
「ああ、私はダンジョン内ならば、此処に居ながら、全域を感知することが出来るからな。まあ、これは迷宮主ならば誰でもできる事なのだが。ダンジョンの中にある無数の気配―――その中でも、お前の魔力は、明らかに“異質”だった。だから、直ぐに気づいたよ。得体のしれない何かが、体の中でうごめいているような感覚だったからな」
んー?と少女は首をかしげる。
「それが、まさか道外しだったとは思わなかったが。…………何はともあれ、私の“理性”が有る状態でよかった。そうでなければ、こうして会話をすることさえできなかったからな。それに、今お前がこうしてここに来たのも、私にとっては僥倖だった」
さて、とファーブニルは言う。
「本題に入ろうか、道外しの少女よ。私はお前に頼みがある。だから、ここへ呼んだ」
「頼み?」
「…………お前を生んだ、ダンジョンの主を私の元へ連れてきてほしい」
「私を生んだ人?さっき言ってた、お父さん?」
「そうだ。お主の話を信じるならば、お主の主は相当な力の持ち主だ。そいつに、ここに来るように、お前に頼みたい。私や、私の眷属達はこのダンジョンから出ることが出来ない。お前の能力であれば、ダンジョンとダンジョンを繋ぐことも、長い移動距離を縮める事も可能だろう」
「…………」
「どうした?」
急に黙り込んだ少女に、ファーブニルは怪訝そうな表情を浮かべる。
「それって、ここから出て行けって事?」
「そう言う訳ではないが、そもそも、お前は別のダンジョンの魔物だ。ならば――」
「やだ!」
「何?」
「私、此処に居たい!ファルともっとお喋りしていたい!」
どうやら、自分は相当この少女に懐かれてしまったようだ。
よほど今まで寂しかったのだろう。まあ、話を聞いていればそれもやむなしだが。
しかし、これではまずい。
自分にはただでさえ時間が無いのだ。
なんとかして、彼女に他のダンジョンの主を連れてきてもらわなければ。
それも、出来るだけ強力な、自分よりも強い迷宮主を。
だが、少女はじーっとこちらを見てる。
歯を食いしばり、白く長い髪で、その瞳は見えないが、きっと潤んで今にも泣き出しそうなのだろう。
仕方なく、ファーブニルは折衷案を出した。
「はぁ……わかった。ならば、しばらくはここに居ていい。お前の力を安定させるためにも、知識を与えるにも、時間が必要だろうしな」
その提案に、少女はぱぁっと花の様な笑顔を浮かべた。
わーい、と笑いながら、ファーブニルの周りを走り回る。
対照的にファーブニルは、はぁっと大きなため息をついた。
自分は何をやっているのだろうか?
八大ダンジョンの一角であり、そのダンジョンの長である自分が、こんな少女を頼るだなんて……。
「私はしばらく眠りにつく。お前も、どこか適当な場所で寝るがいい」
「うん!分かった!」
………でも、仕方が無い。
彼女は自分にとっての希望なのだ。
ようやく待ちわびた、道外し。
これから彼女を鍛えれば、より強力に道外しの能力を行使できるだろう。
それこそ、ダンジョンとダンジョンを繋げることが可能な程に。
そして、これから彼女が連れてきてくれる者。
強力な迷宮主こそが、ファーブニルにとっての本当の希望だった。
ああ、早く。
早く来てくれ。
早く――――私を殺してくれ。
自分を殺してくれる、その誰かの存在を心待ちにしながら、ファーブニルはゆっくりと眠りについた。
次回から、本編に戻ります




