16.白色と金色 中編
お待たせしてしまい、大変すいませんでした。
マジで、仕事なんて滅びろ……。
道外しの回想になります。
自分が見えた角の生えた老人を追いかけていると、大きな建物があった。
ドーム型の様な建物だ。
正面に屋根まで届きそうな大きな門がある。
その門の前には屈強な男達が列を成して並んでおり、そのなかには数は少ないが女性もいた。
あ、何人かの人間が出てきた。
ボロボロだが、皆一様に笑っている。
見れば、大きな袋を担いでおり、袋から金属が擦れるような音が聞こえる。
「………なんだろ、この行列?」
まあ、行列なんてどうでもいい。
問題は、あの老人だ。
ファーブニルに挑む冒険者達を眺めながら、先程の角を生やした老人を探す。
――――居た。
今まさに大きな門を潜って、中に入ろうとしていた。
「ま、まって!」
少女は必死に追いかける。
ようやく見つけた自分と話が出来る存在。
並ぶ冒険者達を文字通りすり抜けて、少女はファーブニルへと突入した。
そして――――後悔した。
少女にはダンジョンと言う知識が無かった。
教えてくれる人が誰もいなかったのだからしょうがない。
道行く人々の会話を聞いても、単語の意味が分からない彼女は、ダンジョンと言うものをきちんと理解していなかったのだ。
結論。
まもの が いっぱい いた。
左を見ても魔物。右を見ても魔物。前を向けば、勿論魔物。
「わああああっ!?」
死ぬ。
いくら、自分に穴や階段を出現させる能力があると言っても、これは無理だ、と思った。
それほどまでに、目の前の魔物達は強い。
感じる魔力が桁違いだ。
というか、自分はいつの間に魔力の感知なんて覚えたのだろうか?
なんか、使い方の様なものが自然と頭の中に流れてきたような気がする。
まあ、そんな事はどうでもいい。
問題は目の前の魔物だ、どうしよう。
と、彼女が困惑していると、彼女にとって予想外の事態が訪れた。
目の前に現れた魔物が、彼女の横を素通りしたのだ。
「………え?」
町で出会った人々と同じように、すり抜けて、居ない者の様に彼女の正面を通り過ぎて行った。
「ここの魔物達も、わたしに気が付かないんだ……」
助かった、と安堵しつつ少女は再び探索を開始した。
その後出会う魔物も、最初の魔物達と同じように彼女に気付かず素通りしていった。
そして、しばらくして気付いた。
「なんか、この洞窟……力が使いづらい……」
通り道用の穴や階段、通路を出そうとしているのに上手く出せないのだ。
出せたとしても、きちんと形を成していなかったり、直ぐに消えてしまったりと中途半端な結果に終わってしまう。
どういう事だろう?
首をかしげても、勿論答えなど分からない。
とりあえず、周囲を警戒しつつ、探索を再開した。
慎重に観察を続けると、ダンジョンは彼女にとって予想以上に、刺激に満ち溢れていた。
「うわー……きれーな石……」
壁から生えている光魔石や宝石に、心を奪われる。
また、所々には金貨の様なものや、魔石の様なものまで落ちている。
つい手に持って、その輝きに目をやる。
人や生き物には触れられない彼女だが、どういう訳かこう言った鉱石は掴むことが出来るのだ。
それに、彼女自身なぜか無性に鉱石や魔石と言うものにご執心だった。
無論、それは彼女の生まれが影響しているのだが、それを彼女が知る由もない。
それから、また色々と魔石を眺めながら、ダンジョン内を歩く。
「うーん……あのおじさん、どこだろう……?」
進めど、進めど全く姿が見えない。
「うわああああああああああああ!」
「きゃああああああああ!」
「………ん?」
なにやら、悲鳴のような声が聞こえた。
声のした方に行ってみると、一組の男女が狼男のような魔物相手に奮闘していた。
見れば、だいぶ劣勢の様だ。
「た、たいへんだ……どうしよう」
おろおろと周囲を確認するが、どうやら周囲に人はいない。
「え、えい!」
少女は狼の前に“壁”を出現させる。
と言っても、中途半端にしか力を出せない状況では、壁と言うよりも、地面に出来たでっぱりと言った方が正しいだろう。
だが、そのでっぱりに魔物は足を躓かせ転倒した。
冒険者達は驚いたような表情を浮かべる。
「た、助かった!逃げるぞ!」
「ええっ!」
二人の冒険者は、一目散に逃げ出し、こちらへ向かって来る。
魔物の方は、起き上がろうとしているが、打ち所が悪かったのか、ふらふらしている。
この分なら逃げ切れるだろう。
こちらに向かって来る、冒険者を見て少女は安どの笑みを浮かべる。
「……あ、あの!大丈夫だった―――――」
そして、そのまま少女を“すり抜けて”、冒険者達は去って行った。
「あ…………………」
「助かった」「運が良かったわ」などと話しいるが、その声もすぐに遠くなった。
残された魔物の方も、追いつけないと悟ったのか、踵を返しダンジョンの奥へと引っ込んでいった。
先ほどまでの騒がしさはどこへやら、静寂が訪れる。
「………そっか、そうだよね」
ぽつりと、少女は呟く。
「わたし……見えないんだもんね………」
早くあの老人を見つけよう。
話がしたい。触りたい。
それだけ思い、少女は探索を再開した。
だが、少女は気付かない。
その様子を見つめていたものが居たことを―――。
そして、少女は知らなかった。
彼女が人間達にとってどのような存在なのかを。
自分の存在を、人間達が知った時、どんな悪意が向けられるのかを。
それから、しばらくして少女はついに目的の老人を発見した。
大きな刀を手に、老人は狼の魔物と戦っていた。
――――居た、あの人だ。
「す、すごい……」
思わず、少女は口を開けて、その光景に魅入ってしまった。
少女の眼から見ても、鬼族の老人は圧倒的だった。
老人の十倍はあろうかという狼の魔物が一方的に追い詰められている。
しかも、一匹ではない。
何十匹と言う、巨大な狼たちが成すすべなく蹂躙されている。
やがて、最後の狼が首を落とされ倒れる。
「ふぅ、こんなもんかのう。しかし、一層目でレッサー・フェンリルが現れるとはのう……。こいつらは本来、二十層よりも下の階層でなければ出てこん筈なんじゃが……」
ぶつぶつと何かを言っているが、少女にはどうでもいい事だった。
ただ、無邪気に老人へと近づいた。
自分の姿が見える老人の傍へと。
「おじいさん!」
「―――ん?おぉ、お主は広場に居た幼子ではないか?なんで、こんなところに居るんじゃ?」
老人はひどく驚いた様子で、こちらを見た。
「おじさんに会いに来た!」
「いや、会いに来たってお主……ここはダンジョンじゃぞ?幼子が立ち入っていい場所では、というか“蓋”をどうやって潜り抜けて―――」
少女は、老人の裾をぎゅっと掴む。
その様子を見て、鬼族の老人―――リンウはふぅとため息をつく。
「……まあ、よいわ。こうなっては致し方あるまい。攻略はここまでにするとしよう」
「え?」
「お主を町まで連れてゆく。お主の親に引き渡さなければいかんからのう」
「………わたし、親なんて居ないよ?」
そもそも、少女は自分がどこで生まれたのかすら分からない。
気が付いたら、暗い洞窟の中に居たのだから。
だが、その言葉をリンウは誤解したらしい。
すまなそうな表情を浮かべる。
「そうか……孤児じゃったか、すなんな。あい、分かった。では、お主を孤児院へ連れって行ってやろう。幸い儂は、この王都では顔が広い。お主の一人くらい、何とか面倒を見てもらえるじゃろう」
孤児院と言う場所は分からなかったが、老人が自分をどこかへは無そうとしているのは理解できた。
だから、少女は必死に懇願した。
「そんなとこ行きたくない!わたしはオジサンと一緒がいい!オジサンとお話がしたい!」
それを聞いて、リンウは困ったような表情を浮かべる。
全く自分のどこが気に入ったんだか、と言いたげな表情だ。
だが、次の少女の言葉で、リンウは表情を変える。
「わたし、他の人には見えないんだもん!オジサンしかわたしの事が見えない!声も聞こえないんだもん!」
「…………なんじゃと?」
そう言って、リンウは気付く。
目の前の少女の姿が薄ら透けている事に。
よく魔力を感じて見れば、微弱ではあるが人のそれとは違った。
「そうか、お主魔物じゃったのか……」
「へ……?」
白い少女は首をかしげる。
一体、何の事だろうと言う様に。
その様子に、リンウは悲しそうな表情を浮かべた。
低級アンデッドの中には、自分が死んだことにも気づかず、まるで生きているかのようにさまよい続ける個体も存在する。
リンウも、彼女がそんな悲しいレイスの類かと思った。
ならば、さっさと供養してやることにしよう。
リンウはアンデッド用の浄化魔術の心得もあった。
ぽんっと、白い少女の頭に手をやる。
あくまで、優しく、安心させるように。
「安心せよ、幼子よ。お主は寂しくなんぞない。今から儂が、在るべき処へと還してやろう」
そう言って、その手に魔力を込める。
苦しまぬよう、あくまで優しく。
だが――――。
「いや!」
ばしっ!と少女はその手を弾いた。
何かされるという事を本能的に悟ったのだろう。
「独りなんか、やだ!一人ぼっちなんて、絶対嫌だ!……わたしは……っ!わたしは―――」
次の瞬間だった。
少女の体が光る。
リンウのその手を拒むかのように、二人の間に“壁”が出現した。
物理的に、質量をもった壁が。
「むっ!?これは―――っ!」
驚きの声を上げる、リンウ。
更に、壁だけではない。
横の壁からは階段が、床からは下へ通じる穴が、次々に出現する。
「この現象は………まさか……」
手に持った刀で、リンウは目の前に出現した壁を切り裂く。
向こう側には、呆然と立ち尽くす白い少女が居た。
「………今のはお主の仕業か?」
確認するように、リンウは訊ねる。
「そ、その、驚かせちゃったのなら、ごめんなさい。今のは、その……わざとじゃなくて―――」
その言葉が続く前に、彼女の眼前に刃が付きつけられた。
「え?」
「そうか……そうじゃったか幼子よ。お主―――レイスではなく。“道外し”であったか……」
そう言って、老人は殺気と共に剣を構える。
その表情は、どこか悲しそうでもあった。
「え、なに、どうしたのオジサン……」
オロオロと少女は体を震わせる。
「……成程、お主は自分がどういう存在なのかも、知らぬのか。ならば、教えよう。幼子よ、お主は“道外し”と呼ばれる魔物じゃ」
「え………?」
断言するような口調に、少女の前髪に隠れた瞳が大きく見開かれる。
「“道外し”とは、ダンジョンに介入し、その魔力を奪い、ダンジョンを改変する魔物の事じゃ。ダンジョン、いや、冒険者にとっても天敵と言ってもいいの。なにせ、ダンジョンにとってはその存在を荒らされるし、冒険者にとってはせっかくの攻略を台無しにされる。なぜ、お主が他の者に“見えない”のかは分からん。じゃが―――」
そして、リンウは、彼女にとって決定的な事実を突きつける。
「………“道外し”は見つけたら、即座に始末するのが冒険者の鉄則じゃ。お主等は、儂ら冒険者にも、ダンジョンにとっても害悪でしかない、という理由でな」
「え……なに……どういう……こと?」
何が何だか、分からない、と言った表情で少女は、リンウの方を見る。
縋り付くように、一縷の望みを託すように。
「要するにじゃ……儂は、お主を始末―――殺さねばならん、という事じゃ」
「―――っ!」
その言葉と同時に、リンウは刀を構えた。
「え、おじさん、冗談……だよね?」
ようやく会えた、自分が見える人。
その人が自分を殺そうとしている。
その事実が、少女には耐えきれなかった。
「………恨むのならば、魔物に生まれた己の宿命を恨むがよい」
「え、や、やだ。やだよ……」
ギラギラと向けられる殺気はいやおうなしに少女に事実を突きつける。
拒絶を、敵意を、絶望を。
頭を掻きむしりながら、少女は咆哮した。
「いや……いやああああああああああああああああああああああああああああ!!」
次の瞬間、リンウの足元に青白い魔術陣が出現した。
「これは―――まさか、転移門じゃと!?このファーブニルにすら介入することが出来るとは……!?信じられん……っ!」
驚きも冷めやらぬ中、リンウの体を光が包み込む。
リンウはその状態のまま、少女の方を見た。
「忘れるな、道外しよ!お主が魔物である限り、儂ら冒険者はお主を狩らねばならん!ファーブニルに道外しが現れたという情報は直ぐにギルドに伝わるじゃろう!腕利きの冒険者達が、お主を狩る為に、このファーブニルにやってくるじゃろう!」
その言葉に、少女はびくりと震えた。
「お主は、儂が――――」
最後まで言い切る前に、リンウは光となって消えた。
「はぁ……はぁ……はは、ははは」
ぽつんと、一人残された少女は、力なくその場にうなだれた。
乾いたように、笑い声が出てくる。
「あはは……あはははは………あははははははははははははは!!!!うわああああああああああああああああああああああ!!!!」
壊れた目覚まし時計の様に、少女はしばらく笑い―――そして、泣き続けた。
もう、嫌だ。
何なんだ、この世界は。
私はただ……私の望みは……っ!
どれぐらい、そうしていただろうか?
不意に、後ろからカサカサと、音がした。
「ふむ、お主か。私のダンジョンに入り込んだ小さき者は」
「…………え?」
声がした。
自分に向けられた声。
声のした方を見る。
そこには、掌に乗る程の小さな黄金のトカゲが居た。
「お初にお目にかかる、白き少女よ。我が名は“ファーブニル”。このダンジョンの主だ」
そして、少女は龍と出会う。
すいません。あともう一話、続きます。
その後、本編に戻ります。
アン 「アース様、大変です!」
アース「どうした、アン?出番が無くて焦って―――」
アン 「書籍化です!」
アース「………へぁ?」
詳しくは活動報告にて




