6.馬鹿な奴ほど本気になると怖い
ファーブニル第八十層『青騎士の間』にて―――
ガキィィィイイイイインッ!!!
フロアに斬撃の音が響き渡る。
騎士レイギンの放った斬撃が俺の左腕に命中する。
『うおおおおおおおっ!?』
やばい、斬られた!
一年前のあの時を思い出す。
あん時も、ヴァレッドに左腕を切られたんだっけ?
なんなの?
皆、俺の左腕に恨みでもあるのか?
『………って、あれ?』
痛みが無い。
おやと思って見て見ると、剣は俺の腕を切り裂くことなく弾かれてた。
『え!?』
「―――ぬぅっ!?」
お互いにこの結果は予想外だったのだろう。
俺も奴も驚きの声を上げる。
だが、チャンス。
レイギンが驚いている隙に、距離を取る。
四足歩行で後ろ走り。
器用に出来ます。
距離を取って、改めて俺の腕を見る。
――――斬られていない。
それどころか、かすり傷一つついていない。
おぉ、こんなに丈夫になってたのか、俺の体。
脱皮を繰り返していくうちに、だいぶ丈夫になったようだ。
成長期、万歳。
伊達に毎日エリベルの実験という名のお仕置きに付き合わされちゃいない。
一方、レイギンは自分の剣をしげしげと眺めている。
「ふむ……」
カチリと剣を構える。
そして――再び、その姿が霞む。
『どこに―――』
「―――――こっちだ」
後ろ。
背後から、レイギンの声がする。
次いで風切音。
尻尾に当たる剣の感触。
ギイィィィイイイイインッッ!!!
だが、弾かれる。
―――大丈夫だ、痛くない。
腕だけじゃない。
俺の体の表皮や鱗は、全身くまなく強化されている。
成長期、万歳。
でも、超怖い。
『う……おりゃあっ!』
俺はそのまま身を捻り、尻尾を騎士に叩きつける。
勢いそのまま、剣を弾かれ、がら空きになった胴体に命中した。
「……ぬう……おおおおおおおおおお!?」
当たった!俺の攻撃、当たった!
今、俺、素面の状態だよ!?なのに当たった!
ちょっと嬉しい。
そのままレイギンは、壁に叩きつけられた。
ガラガラと壁の崩れる音がする。
「ぐぅ……っ。なるほど……我が斬撃をものともしないとは、凄まじい硬度だな」
べこりと、壁にめり込んだ体を引き抜き、レイギンはこちらを見る。
多少埃を被っているが、無傷っぽい。
あの鎧、魔術無効だけではなく、物理防御力も高いみたいだ。
反則じゃないか。
鎧に着いたほこりを払いながら、レイギンはこちらを見る。
「我の斬撃でも傷つかぬほどの頑強さ、そしてその土色の肌……そうか!分かったぞ、侵入者よ!――――貴様、さては“地龍”だな!」
ビシッと俺を指差して、レイギンは言う。
ヘルムを被っているから分からないが、多分ドヤ顔をしているんだと思う。
………え、気付いてなかったのか!?
俺は、思わずぽかんとしてしまう。
だが、何を勘違いしたのか、レイギンは上機嫌で続けた。
「フハハハハ、図星か!?だが、隠そうとしても無駄だ。我のこの眼力からは―――」
『いや、隠してるつもりなかったけど……』
「―――え?」
『ていうか、今まで気が付かなかったのか?』
見た目とかで、すぐ分かるだろうに。
あ、絶滅種だから気付かなかったとか?
え、今まで俺の事なんだと思ってたの?
「…………」
『………』
何とも言えない沈黙。
「静かだね」
そんな中、白い少女の冷静な突っ込みだけがフロアに響く。
………ていうか、アレ?今、声が離れたところから聞こえたような。
いつの間にか、少女が背中に張り付いてない。
どこ行った?
フロアを見渡すと、遠くの方、入口のすぐ脇に立ってた。
何気に一人だけ安全地帯に移動していた。
ずるい。
「がんばれ、トカゲさーん」
応援してくれないで、助けてくれないかなぁ。
具体的には、さっき道造ったみたいな感じで。
俺の足の速さだと、フロア出るまでに逃げ切れそうにないんだけど。
多分、逃げようとしてもすぐに追いつかれる。
「いまはむりー」
返答が返ってくる。
なんで、考えが読まれてるのか分からないけど、とりあえず無理ですか。そうですか。
ケチ。
「けちじゃないもん」
ぷんすかと白い少女は怒っているが、どうでもいい。
でも、実際問題どうしようかこの状況。
何とかして、見逃してもらえないだろうか?
「――――いていたぞ」
『え?』
少女との会話に気を取られていた為、一瞬びくっとなる。
見れば、レイギンはなにやらぷるぷると震えていた。
『え、何だって?聞こえないんだけど?』
「と、当然、気付いていたぞ!貴様がち、地龍だってことくらい!もちろん、一目見た時からなぁっ!当たり前だろう!わ、我は誇り高きファーブニル第八十層階層主だぞ!気付いてない訳ないだろうがああああああああ!!!」
ぶんぶんと両手を振り回しながら叫ぶ甲冑騎士。
あ、そうっすか……。
この感じだと、多分俺が地龍だって見破って、俺が「な、なぜわかった!?」的なリアクションでも期待してたのかな。
なんか、可哀そうな奴。
「このひと、かわいそう」
白い少女に遠慮は無かった。
遠くからでもしっかり聞こえるのが悲しい。
でっかいフロアによく響く。
多分、むこうの騎士さんにも届いてる。
「なんだ、その可哀そうな者を見る眼はあああああああああああ!!」
レイギンは叫びながら突進してくる。
気のせいか、その声がちょっと震えている。
もしかして、ヘルムの下で泣いてるんじゃないか、コイツ?
「泣いてるとおもう」
白い少女よ、君ホント遠慮ないね。
でも、おかげでちょっと落ち着いた。
俺は相手を見る。
さっきと違って、攻撃が単調だ。
きちんと見える。
これなら―――。
ギィィィイイイイン!!
「ぬっ!?」
またしてもヘルムの下から驚きの声が漏れる。
そうだろう。
俺は左手で、思いっきり剣を弾いてやったのだ。
で、出来た!白い粉を飲んでなくても出来た!
ふぉ……ふぉおおおおおおおおおおお!
怖い怖い怖い怖い怖い。
ふぅーっ!ふぅーっ!
そして、そのまま右の拳を相手に向かって叩き込んだ。
『ぬおりゃああああああっ!』
「ぐおおおおおおおおおっ!」
当たった!
また、当たった!
俺の攻撃が当たったよ!
殴った拳が痛い!そして――――怖い。
バウンドしながら、レイギンは床を転がり倒れる。
『はぁ……っ。はぁ……っ。』
俺は浅い呼吸を繰り返す。
怖い怖い怖い怖い怖い。
痛い痛い痛い痛い。
ジンジンと痛む右手。
エリベルのお仕置きで感じる痛さとは全く違ったベクトルの痛み。
たとえ相手が魔物でも、これが“殴る”って感覚だ。
やっぱり怖い。がくがくと膝が震えている。
いや、全身が震えている。思わず吐き出しそうだ。
胃が締め付けられそうに痛い。
もう無理だ、もう無理だ、もう無理。
俺はレイギンを見る。
頼む、今の一撃で倒れてくれ。
もう起き上がらないでくれ。
「………ふぅー、中々の威力だな。少々油断していたようだな」
むくりと、レイギンは起き上がった。
甲冑の胸部の部分が少しだけ凹んでいる。
だが、それだけの様だ。
うぁ……うぁぁあ………。
怖い怖い怖い怖い。
「我の甲冑の傷をつけるとは、褒めておこう」
『な、なあ、もう止めにしないか?お前の剣じゃ俺は傷つけられないんだし、これ以上戦う必要はないだろ?』
「ふむ……確かに、我の剣では貴様に傷一つつける事は叶わんようだ」
コキリ、とレイギンは剣を持っていない方の手を首に当てる。
そして、自らの剣を地面に刺した。
『じゃ、じゃあ―――』
「ならば、やり方を変えるだけだ」
『え?』
すっ、とレイギンは掌を前に突き出すような構えを取る。
なんだ、あの構え。
前世で見た空手家の様な構えだ。
「認めよう、侵入者。貴様のその堅さに敬意を評し、ここからは我の全力を持ってお相手しよう」
さっきと声音が違う。
なんか、やる気っぽい声だ。
止めて下さい、全力なんて出さないで下さい、お願いします。
土下座でもなんでもするから。
「往くぞ」
来ないで!
ダンッ!とレイギンが駆ける。
速い!先程とは全然違う。
目で追い切れない!
いや、最初から目で追い切れてなかったけどさ。
気づけば、レイギンは俺の直ぐ眼前に居た。
張り手の様に突き出した掌を俺の胸に当てる。
とんっと軽く押し当てる様に。
「喰らうがいい!」
『――――っ!』
寒気がした。
先ほどまでの、おちゃらけた雰囲気じゃない。
どうやら先ほどの中途半端な攻撃の所為で、返って相手の本気を促してしまったらしい。
「透撃ッ!!」
俺の腹部に拳を当て、そのまま思いっきり押すように力を入れた。
直後だった。
―――ズンッ!!!!と体の中から音が響く。
『――――え?』
何だ……これ……?
朦朧とする意識の中で、俺は腕を振り下ろす。
ほとんど反射的な行動だ。
だが、そんな単調な攻撃当たる筈が無い。
あっさりと、後ろへ下がって回避される。
ごふっと、口から血が溢れる。
え?え?え?
痛い。
痛い痛い。
痛い痛い痛い。
「確かに、貴様の鱗と表皮の堅さは脅威だ。だが、それだけならば、いくらでもやり方はある。例えば、このように“衝撃のみ”を体内に浸透させる技などな」
口からボタボタと血が垂れる。
俺はそれを必死に口で押える。
何だよコイツ、さっきまであんなに馬鹿っぽい雰囲気出してたのに……。
急にやる気出すんじゃねーよ。
「これは“透撃”と呼ばれる、和の国の武術で、打撃の衝撃のみを内部へ与える技だそだ。貴様のような奴にはうってつけだろう」
多分、ドヤ顔だ。
もっとも、先ほどとの馬鹿丸出しの声と違い、階層主としての威厳ある口調だ。
「剣戟だけが我の専門ではない。体術、槍術、弓術。我はあらゆる武術をその身に収めている。貴様のような異様に堅い相手を攻撃する手段など、いくらでもある」
再びの構え。
ま、マズイ……よけ……ないと。
だが、体が動かない。動いてくれない。
がくがくと震えるだけだ。
自然と首だけが、後ろにある入口へと向かう。
あそこから出れば―――。
「逃げようとしているなら無駄だ。別に我ら階層主に、行動制限は無い。その気になれば、フロアの外でも出ることが出来る」
希望を踏みつぶすようにレイギンは言う。
畜生、そういう事言うなよ。
ダンッ!という、地面を蹴る音。
今度は背後に居た。
見えてはいない。
でも、背中にヤツの手の感触がある。
やめろ、やめろ、やめろ。
――――ズンッッッ!!!!!
避けられず、俺の横っ腹にもろに当たる。
衝撃で思わずよろけてしまう。
『がはっ……』
なんだよ……これ……?
内臓が内側から引き千切られるような感覚だ。
うぇっぷ……吐きそう。それに、泣きそうだ。
痛い。それに、怖い。
「どうした、これで終わりか?」
じゃりっと足音が聞こえる。
俺にはそれが死を告げるカウントダウンに聞こえた。
来るな、来るな、来るなあああああああああ!!
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」
俺は必死になってブレスを放った。
レイギンは避けようともせず、そのまま光の渦に飲み込まれる。
爆音と共に巻き起こる土煙。
でも――。
「言った筈だぞ。このフロアでは魔術は意味をなさないと」
レイギンはめり込んだ壁から、バキバキと音を立てて出てくる。
時間稼ぎにもならなかった。
ただ相手をちょっと遠ざけただけだ。
逃げようとしても逃げ出せない。
身体を動かそうとしても、動かせない。
「どうやら、もう手は無い様だな」
ともすれば落胆した様な口調。
勝手に落胆してろ。
あぁ――――詰んだ。
どうしようもない。
命乞いをすれば見逃してもらえるだろうか?
必死に頼み込めば助けてもらえるだろうか?
そんな考えばかりが頭をよぎる。
『………げほっ』
レイギンは、再び掌を前に突き出すような構えを取る。
マズイ……、あの一撃をもう一度喰らったら、多分死ぬ。
だって、もうすでに俺の意識は朦朧としている。
視界の焦点すらあってない。
「だいじょうぶだよ、トカゲさん」
遠くから白い少女の声が聞こえる。
何がだよ……。
ふざけんな。
一人だけ、遠くに逃げやがって……。
見てないで助けてくれよ、下さいお願いします。
「終わりだ」
俺は恐怖のあまり思わず目をつむってしまう。
ああ――――死んだ。
そう思った。
だが、その攻撃は一向に向かってこない。
……何でだ?
閉じた目をゆっくりと開ける。
『………え?』
信じられなかった。
俺とレイギンの間に割って入る様に、一体の魔物が俺の前に立っていた。
『―――言った筈です。この身は剣と成り、盾となり、いつ、如何なる場所であろうとも貴方をお守りすると』
その魔物を、俺は知っている。
黒く、気高く、そして、誰よりも長く俺の眷属として共にいた魔物だ。
二本の剣を構え、マントをなびかせ、堂々と立ちはだかっている。
警戒心をむき出しにしながら、レイギンは訊ねる。
「………何者だ、貴様は?」
その魔物は―――。
『大丈夫ですか、アース様?』
アンが、そこに居た。
まるでアンさんが主人公の様だ………




