本物の涙
「ところで、戦うかどうかはともかく彩ちゃ…彩さんはいつからここにいるんだい」
優二は彩の素性を知ろうと、自分のことを話すように水を向けた。とにかくもうしばらくは一緒に過ごさなければならないらしい。お互いにある程度は知っておいた方が良いと思う。
「いつからだろう…もう随分前だと思うけど」
彩は優二に対して至って普通に応対していた。いくらかは心を開いてきているようであった。
「じゃあどうやってここへ来たんだい?」
「事故に遭って……新宿で事故に遭って気がついたらここだった」
優二はすぐに一昨日の事故を思い出した。女子高校生が事故に巻き込まれたが、当人は跡形もなく消えてしまった、あの事故だ。目の前の彩がその被害者だったに違いない。その後はほとんどニュースを見ていないので、あの事故がその後どのような展開を見せたのかは分かっていなかったが、おそらく何の進展も見せていないだろう、と思った。あの事故の当事者と、目の前に座っている女子高生が同一人物であると、優二には確信があった。
「一昨日の夕方の事故だな、被害者が消えたって大騒ぎになってたぞ」
「えー、私がここに来たのはもっとずっと前だよ」
「事故があったのは6月16日、時刻は午後7時頃だった」
「そう、私が事故ったのもその日。時間もそのくらい。でも一昨日じゃないよ」
〈ここではあなた方の世界と時間の流れ方が違います。ユージさんが知ってる事故でアヤさんはこちらに来ました〉
どうやらこの世界は元いた世界よりも時間の流れ方が速いらしい。優二にとっては一昨日の夜の話だが、先にこの世界に来ていた彩にとってはもっと多くの時間が流れていたようだ。
「三人でカラオケやって、外に出て駅の方に歩いて行って。そしたらこの光がすぅっと宙を飛んでて。追い掛けようとして知らぬ間に車道に出ちゃって、気が付いたら車が突っ込んで来てて。で、いつの間にかここにいた」
自分もそうだが、このコも随分と理不尽な連れて来られ方をしたものだと思った。優二はあの夜テレビで見た、泣き崩れる彩の二人の友人のモザイクを掛けられた姿を思い出していた。事故現場近くににしゃがみ込み、他の目撃者と同様にインタビューを受けていた。
「やっぱりそうか。一緒にいたっていう友達、泣いてたぞ」
「ふーん、明日香と美咲泣いてたんだ」
「帰りたいんだろ」
「別に」
どうも強がりには見えなかった。友達のことも大して気にしていないらしい。テレビ越しに見た異常な蒸発事件に、全く関係のない優二でさえいくらかは心を痛めたものだが、その当人はほとんど何も感じるところがないようだ。薄情なものだ。
「友達って言ったって、お互いに上手く利用しあってただけだし。なんかその場の流れで泣かないといけないタイミングだと思って泣いたんじゃないの。今頃はケロッとして『どこ行ったんだろうねぇ』とか不思議がってるよ」
「ご両親や親戚の方とかも心配してるんじゃないのか」
「お父さんもお母さんも、私が小さい時に死んじゃった。顔も覚えてない」
「そ、そうなのか…ゴメン…」
彩は優二から顔を背けた。泣いているようだった。小さい頃に親を失い、色々とイヤな思いもして段々と性格も捻くれていってしまったのだろう。突っ張ったもの言いも、寂しさの裏返しなのかも知れない。その上、今はこんな理不尽な目に合わされている。優二は自分のデリカシーの無さを悔やんだ。
〈アヤさん、嘘は良くないと思います。アヤさんの悪いクセです〉
光が口を挟む。
「何、嘘泣きか。また騙しゃぁがったのか!」
彩は腹を抱えて笑い出した。
「あはははっ! もう面白過ぎ。それでお金持ちだったら、おぢさん女子高生にモテモテだよ」
「寒気がするようなこと言うな! 全く近頃のガキゃあ」
「おぢさんの娘だって今にそうなるって」
「ウチの子をお前と一緒にするな。ウチの子は真面目でしっかりしてるんだ」
たった今まで笑い転げていた彩の表情が俄かに氷りついた。無表情で優二をにらみつけている。
「な、何だよ」
それまでは彩に対して怒っていたのが、彩の態度の急変で咄嗟に対処が出来ない。どうやら自分に過失があったようなのだが、すぐには思いあたらなかった。彩はますます不機嫌そうな顔つきになっていった。
「おぢさん、デリカシーってのが無いのな」
「な、何を……」
「今おぢさん、私のこと“不真面目でだらしない”って言った」
「え、そんなこと」
「言った!」
どうやら本気で怒らせてしまったようだった。優二にしてみれば、からかわれたことに腹を立てて正当な抗議をしたつもりだったが、彩の受け取り方は違ったようだ。彩はいつも大人から比較され、否定され続けてきた。比較され、否定されることに敏感に嫌悪感を示すようになっていた。今、優二によってその両方を一度にぶつけられたのだ。自分の娘と比較され、彩の人格を否定された。
彼女は立ち上がり丘を逆の方へ下りて行った。その背中からは怒りと悲しみが感じ取られた。
「ちょっと待てよ、一人で移動すると危ないぞ」
優二も慌てて立ち上がり、彩の後を追って丘を駆け下りて行った。追いついて左手を掴んだ。振り向いた彩の目に、本物の涙が浮んでいた。
「離してよ」
優二は呆然として手を離した。なす術も無くただ彩の後ろ姿を見送っていた。




