第五十九話 夜明けの血戦準備
一 ガドルの秘密
夜明け前、全員が屋敷で最後の準備をしていた。
アルクが各部屋を回って状態を確認していると
——ガドルの個室の扉が少し開いていた。
アルクが覗くと、ガドルが棚の前で何かをしていた。
棚に、小さなぬいぐるみが並んでいた。
熊のぬいぐるみ。兎のぬいぐるみ。小さな竜のぬいぐるみ。全部、手のひら大で、丸々としてかわいい。壁には、野花の絵が一枚。
「……ガドル」
ガドルが、ぎくりとした。振り返った。
「……見たか」
「見た」
「……誰にも言うな」
「言わない」アルクは言った。「でも——いつ、そんなものを」
「ヴォルタの市場に、一瞬だけ立ち寄る機会があった」ガドルは言った。「傭兵生活が長くて、部屋に何も置けなかった。屋敷に個室ができたから——少し、置いてみた。問題があるか」
「問題はない」アルクは言った。「似合っているとは思わないが」
「それが聞きたいんじゃない」
「……かわいいな」アルクは言った。
「そうだろ」ガドルは言った。急に得意そうになった。「この竜のぬいぐるみは、特に気に入っている。目がいい」
「キラに似ている」
「だから買った」
そのとき、廊下からネッサの声が来た。
「アルクさーん、準備でき——」扉が開いた。ネッサが、棚を見た。
「……ガドルさんの部屋、かわいい!!!」
「静かにしろ!!」
「ぬいぐるみがある!! かわいい!!!」
「黙れ!!」
ヴィナが通りかかった。扉の中を見た。「……ガドル」
「なんだ」
「似合わないな」
「お前もか!!」
「でも——いいと思う」ヴィナは言った。「強い男が、かわいいものを好む。悪くない」
「ヴィナさんが褒めた!!」ネッサが言った。
「褒めていない。事実を言った」
リィナが通りかかった。扉を見て、手帳を取り出した。「……記録します」
「するな!!」
バルガが最後に来た。棚を見て、少し間を置いた。「……俺も、一つほしい」
「お前もか!!」ガドルが言った。「なぜそうなる!!」
「かわいいものは、いいだろ」バルガは言った。「戦場に出る前に、かわいいものを見ると——守るべきものが、はっきりする」
全員が黙った。
「……バルガ、それはかっこいいな」ガドルが言った。
「お前が言い始めたことだ」
「俺はそんな理由じゃなかったが、今からそういうことにする」
「嘘をつくな」
「戦いが終わったら」ガドルは言った。「一つ、やる。好きなのを、選べ」
「……ありがたい」バルガは言った。少し、間を置いて、付け加えた。「なら——今日は、必ず、全員で、帰るぞ。ぬいぐるみを、もらう約束が、できた」
その声が、いつもより、低かった。
二 ルミからの情報共有
全員が食堂に集まって、ルミが話した。
ルミはアルクの肩の上で、小鳥の姿だ。常にアルクのそばにいる。
「昨夜から感じていた」ルミは言った。「大軍の後ろに——ヴァルゴの気配がある」
「ヴァルゴ自身が来るのか」ヴィナが言った。
「うん。そして——二つ目の封印石の気配も感じる。今日の戦場に、持ってくるつもりだ」
「やはり大軍は陽動だ」カインは言った。「戦いの混乱の中で、二つ目を設置しようとしている」
「どこに設置するつもりでしょうか」リィナは言った。
「わからない」ルミは言った。「でも——ヴァルゴが直接持っている。ヴァルゴを止めないと、設置される」
「ヴァルゴを止める」アルクは言った。「でも、三百の軍勢を誰が引き受けるかという問題が先にある」
「ランスさんの魔核無効化技術が、鍵になるかもしれない」リィナは言った。「大規模に使えれば——」
「実戦で、大規模には試していない」アルクは言った。
「今日が、その日です」リィナは言った。迷いなく。
「ただし」カインが言った。声を落とした。「一つ、懸念がある。リィナさんが魔核無効化を戦場全体に届かせるには、しばらくの間、無防備になる。三百が攻めてくる中で、その数秒を、どう作るか」
「俺が、敵を引きつける」バルガが言った。即座に。「《鉄壁の号令》で、できるだけ多くの注意を、こっちに向ける。その隙に、リィナが撃て」
「一人で、三百をか」ヴィナが言った。
「やれるだけ、やる」バルガは言った。「タンクの仕事だ」
「無理はするな」アルクは言った。「お前が引けるのは、せいぜい数十だ。残りが、リィナに向かう」
「……わかっている」バルガは言った。だが、その目は、何かを、思い詰めていた。
三 緊急発信
出発前、カインが符を取り出した。
「イリア殿下に、状況を伝える。王都の騎士団を動かしてもらえるよう、要請する」カインは言った。「消耗するが——今日は、使う必要がある」
「俺も付与をかける」アルクは言った。「カインの魔力の消耗を、少しでも和らげる」
「ありがとうございます」カインは符に向かって、念じた。符が光って、消えた。
「届いた」カインは言った。少し顔色が悪い。「でも、大丈夫です。」
カインは言った。「——みんな。今日の相手は、今までで一番多い。でも、数が多いということは、統制が乱れやすいということでもある。乱れた瞬間が、勝機だ。俺は後方から、その瞬間を見る。見つけたら、必ず伝える」
「頼む」アルクは言った。
全員が、武器を確認した。
ヴィナが剣を。ガドルが斧を。リィナが杖を。バルガが大盾を。ネッサが召喚の準備を。
そして——夜明けの光の中、アルクと仲間たちは、霧牙の森の縁へと向かった。




