プロローグ 与える者の、伝説
——もし、この物語の結末を、先に見られるとしたら。
それでも、きっと、信じないだろう。
割れた空。天を覆う、漆黒の澱み。滅びの淵に立つ、二つの世界。その中心に、一人の男が立っていた。
六対の光の翼を広げ、世界中の縁をその身に束ねて。かつて倒したはずの最強の敵すら、今は隣で共に拳を握っている。光と影。女神と、古き王。分かたれた二つの力が、男の手の中で一つになろうとしていた。
「——還れ」
その一言で、世界は救われた。澱みは浄化され、空は晴れ、二つの世界に光が満ちた。
この、神々すら超えた伝説の男の名を、アルクという。
……ところで。その肩の上では。
もふもふの白い小鳥が「やったぁ〜!」と翼をぱたぱた。橙色の光の塊が「見たかぁ! うちらの主、世界一やで!」と関西弁でぐるぐる。虹色たてがみの子が、きゅぴーん、と尻尾を立てて飛び跳ね。銀髪の女の子の妖精が「ごしゅじんさま、かっこよかったぁ〜!」と、ほっぺを赤くして、えへえへしていた。
世界の命運をかけた、決戦の直後である。もう少し、こう、緊張感というものは——いや。いいのだ。これが、彼の仲間たちなのだから。
ともかく。彼は、最初から英雄だったわけではない。むしろ、逆だ。
彼の人生は、どん底から始まった。
十五の歳、職業を授かる鑑定の儀。その台座が、彼の番で——ぴしり、と、壊れた。浮かんだ文字は、たった一つ。《鑑定不能》。
「無能だ」と人々は笑った。けれど、誰も知らなかったのだ。台座が壊れたのは、彼の力が桁外れすぎて、目盛りを振り切って、ついでに台座の限界まで振り切ったからだと。なにしろこの世界には、彼の力を呼ぶ言葉すら、まだ存在しなかった。早すぎたのである、いろいろと。
遡れば、すべては一つの声から始まっていた。
別の世界に、神崎陽介という男がいた。リハビリテーション科の医師。歩けなくなった人をもう一度立たせ、言葉を失った人に言葉を返し、諦めかけた人の手を、ただ握り続ける。地味で、遅くて、劇的な完治とは縁遠い。それでも彼は、その仕事を愛していた。自分の灯を削って、他人の闇を照らし続けた、三十年。
その魂が、役目を終えようとした時——星の女神が、ふわりと降りてきた。
『あなたの魂、ずーっと、ずーっと見ていました!』女神は、なぜかほっぺを上気させ、前のめりで言った。『他人に与え続けたあなたみたいな魂、千年に一人も現れないんですよ!? もう、わたし、見つけた瞬間に決めました。この人だ! って』
……女神。少し、近い。
『あっ、こほん』女神は、咳払いをした。『と、とにかく。新しい世界へ、あなたを送ります。とびきりの贈り物と、一緒に!』
女神が授けたのは——手のひらほどの、小さな守り手たち。彼が誰かに与えるたび、誰かを救うたびに、一つ、また一つと目を覚ます、力の根源たち。
(なお、この中に、甘いものを見ると我を忘れて飛び込む子や、やたらと元気で口数の多い関西弁の子や、世界の終わりを司る古き王相手に毎日スイーツを押しつけて回る未来が待っているなどとは、さしもの女神も、この時はまったく予期していなかった。女神もまた、その渦中に巻き込まれる側だったのだが——それは、ずっと先の話)
『その世界で、あなたはきっと笑われて、底辺を歩きます。誰も、あなたの力を知らないから。——でも』
女神の声は、急に、確信に満ちた。
『あなたの本当の価値に気づいた者は、世界の果てまであなたに従います。ひとり、またひとり。銀髪の女騎士も。明るい召喚師の女の子も。毒舌だけど世話焼きの魔術師も。かわいいが大好きな、いかつい傭兵も。……あっ、これは言いすぎました。お楽しみが、減っちゃいますね』
女神は、てへ、と舌を出した。
『ともかく!いつか、あなたは——二つの世界を救う英雄になります。これは、もう、決定事項です!』
光が、眩さの極みに至る。
『最後に、ひとつだけ』女神の声は、どこまでも優しくなった。『前の世界で、あなたは自分を後回しにして、みんなを照らし続けた。だから——今度こそ。今度こそ、ね? 自分のことも、ちゃーんと、大切にしてくださいね。あなたが与えたものは、ぜんぶ、あなたのもとへ還ってくるんだから。あなたはもう、一人ぼっちじゃ、ないんだから』
……ちなみに、この健気な願いは、後にきっちり裏切られることになる。
なぜなら当のアルク本人が、英雄になってもなお、相変わらず自分のことは後回しで、人にばかり与え続けるからである。女神は後年、頬をふくらませて、こうぼやくことになる。「もう! だから言ったのに!」と。
そうして男は、ヴァルナ・クロスに生まれ落ちた。アルクという名と、眠れる守り手たちを連れて。その力に、まだ名前すらない世界へ。
完結まで書き溜めた作品をあげています。
手元には完成までありますので、
しっかりと物語の最後まで続けていきます。
一気に何話もあげたり、
時々になったりと不定期になるもしれませんが
主人公たちの物語にお付き合いください。




