第1話 セカンド・チャンス
「人生は良いカードを持つことではない。悪いカードをうまくプレイすることである」
―ロバート・ルイ・スティーヴンソン―
「―――オールインだ」
恍惚と、緊張に震える声で俺は宣言した。
眼前には、1000万ドルの札束。
俺の手には、ロイヤルストレートフラッシュ目前の手札。
――『スペードのA』だ。これさえ来れば、巨富も名声も全て俺のものだ。
俺は一瞬、出来過ぎた手札だと考えた。だが実際出来てきているのだから、そいつに賭けてみたくもなる。それが欲に誠実な人間の性だ。
だが、恐れることは無い。俺はこのトランプカードを信じている。
何故なら……【切り札】は、信じる奴にしか来ないと、俺は信じているからだ。
トレードした1枚の伏せカードの先に、俺が望む『未来』が待っている。
大丈夫。俺はカードを……信じている!
「オープン」
無機質なディーラーの宣言により、カードがめくられる。そのカードは―――
―――『スペードの2』。
その瞬間、破裂音と共に、俺の視界が瞬時に暗くなった。
♤
――あれから、どれくらいの時間が経ったんだ?
うつ伏せの状態から身体を起こすと、辺り一面、地面も景色も漂白されたような真っさらな世界だった。
俺が好んで着ていた黒のミリタリージャケットが、この空間では異様に目立っている。
生も動も無い無機質な空間に俺一人……いや、ホワイトアウトした視界の先に、もう一人。
眩い光を放つ白のドレスを纏った女が、俺の前に立ちはだかっていた。
『目覚めましたか、札に愛されし博徒よ』
その神々しい姿と振る舞いは、まさしく女神だった。ドレスの下には、はち切れんばかりの豊かな果実が熟れに熟れて……。
『お黙りなさい。それが世界に革命を起こす者の思考ですか。穢らわしい』
ほっとけ、男なら誰でも抱く本能だろうが。……って、世界に革命を起こす者だと? まさか俺のことか?
『その通りです。貴方はある世界の均衡を塗り替えるに相応しい者。故に私は、貴方に転生の機会を与えに来たのです』
て、転生!? じゃあ俺は、あのポーカーの後で……。
『はい。下衆な者たちの詐術によって、貴方は殺されたのです』
詐術……やっぱりあれはイカサマだったか。頭が痛むのは、弾丸に頭を撃ち抜かれた直後の衝撃だったというわけか。合点がいったと同時に、腸が煮えくり返る怒りが込み上げる。
『貴方の智謀、そして持ち札を余すことなく活用する戦術。ここで朽ち果てるには惜しい。その能力は別の世界でこそ活かされるべきだと私は考えました。……さぁ、今こそ再起の時です』
――これは、俺にとっての『セカンド・チャンス』だ。
女神が右手に掲げた長い杖が、朽ちかけた俺の魂に、新たな命の息吹を吹き込んでいく。
ということは、俺は何かの【スキル】を手にするのか? あるいは希少な職業に就いて無双するとか? それとも――。
『己の窮地では、カードに運命を委ねなさい。――貴方は今から、トランプカードを操る召喚士『ジョー・カーティス』となるのです!』
……え? 今、なんて言った? トランプ、だと……?
♡
―――俺は『転生もの』の物語には詳しくない。
転生早々にピンチに陥り、ヒロインと出会って、主人公がそれを助ける……そんな王道の展開があることくらいは知っているが。
しかし、この俺『ジョー・カーティス』には、武器も無ければ魔法も使えない。HPゲージも無ければ、スキルを記したステータス画面すら存在しないのだ。
―――そんな俺が、鬱蒼とした森の深淵に放り出され、いきなりゴブリンの群れに囲まれるなんて、誰が予想できるっていうんだ!?
「キャシャアアアアアアア!!」
どす黒い緑の肌に、尖った鼻と耳。腰布一枚で棍棒を振り回す醜悪な妖精・ゴブリン。その数、およそ20匹。汚い牙を剥き出しにして、俺を獲物として品定めするように舌なめずりしている。
もう一度、冷静に状況を確認する。
俺には剣などの武器は無い。
炎を放つ魔法も使えない。
戦況を覆すスキルも持っていない。
残されたのは、前世から愛用していた54枚の【トランプカード】の束のみ……!
俺は女神に試されているのか? セカンド・チャンスを掴みたければ、この修羅場を越えてみせろというのか……!?
「グガアアアアアアッッ!!」
「痛ッ……!」
四方からゴブリンの棍棒が振り下ろされる。木の根で掘られた棒は俺の背中に直撃し、骨をも振動する痛撃を味わう。
だが痛がっている暇はない。ギャンブルと同じだ。日和った奴から、欲に喰われる……!
「ちくしょうッ!!」
俺は無我夢中でゴブリンたちに立ち向かった。奴らは棍棒片手に、みぞおちに肋骨に首と、姑息な所ばかり狙ってやがる。
一匹倒すことなら何とかなるが、流石に多勢に無勢だ。
「がぁあああああああ!!」
俺はついに、ゴブリンに痛恨の一撃を食らわされた。
勢いよく地面に叩きつけられ、懐に持っていたトランプのケースが開き、辺り一面に紅色のアーガイル模様のカードが散らばった。
「……絶体絶命、てか?」
さっきの衝撃で身体を起こせず、目の前には無数のゴブリンが俺を亡き者にしようと迫ってくる。頭上に迫る棍棒が、俺を粉砕しようとしたその刹那。
『己の窮地では、カードに運命を委ねなさい』
俺は咄嗟に女神が諭した言葉を思い出す。
――そうか、カードか!
俺は振り下ろされる棍棒を避けて、手元にあった1枚のカードを無意識に拾う。
「頼むぜ俺のカード……信じてるぜ!」
俺は右手のカード、地に伏せられた絵柄が、俺の運命を左右する。
出たカードは―――【スペードの2】!
「……マジかよ」
一瞬、二度目の死を覚悟した。
あのイカサマ勝負で、最後に引いた死に札。
また俺は、この札に裏切られるのか。
そう思い、再びゴブリンが俺に襲い掛かる――その時だった。
『御主人様に、触れるなーーーーッッ!!!』
掲げた『スペードの2』から、天を衝くような光柱が迸る。
ゴブリンたちの目を焼く強烈な閃光とともに、金髪のツインテールをなびかせ、軽装の鎧を纏った女騎士が姿を現した。
「……お、お前は……!?」
光に目が慣れた俺は、眼前の光景に絶句した。
「我が名は『スペード2の騎士・ニーナ』。――御主人様をお守りするため、ここに参上いたしました!」
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
先ずは『第7話 いざいかん、【革命】の旅へ!』までお読みいただけると、本作品の雰囲気が概ね分かりますので、お付き合いの程をお願いします。
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